第5話:FLOWER
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5月13日午前1時39分付:行間調整
裏モード、あるいは裏システム、裏デュエル等と呼ばれているブレイクオブサウンドのモードは、『ARゲーム】でよくある事でもあった。
【裏モードでは、プレイヤーはリアルのダメージを受ける】
【しかも、リアルダメージを受け過ぎると、病院送りになる】
【それが続くと―】
ネット上でのデマが急速に拡散し、裏モードは『MMORPGでデスゲームをやっているようなWeb小説と同じ』と認識するようになった。
「このような噂話が広まるのは、別の意味でも都合は良いかもしれない。しかし、本来の意味では誤った認識を助長させる」
ブレイクオブサウンドのスタッフ、赤羽凪雲が秋葉原へ向かった理由、それは裏モードの調査であった。
ここで言う別の意味とは、ブレイクオブサウンドで廃課金を強いられるソーシャルゲームと一緒にされないようにする為には都合が良いという意味である。
しかし、純粋にゲームを楽しむユーザーにとっては変な噂話が出てくる事は、不安感を増加させるという悪影響もある。
そうした事もあって、赤羽は噂がデマであると証明する為の調査をスタッフ数人と行っている途中なのだ。
しかし、それでも【ARゲーム】の違法パーツや外部ツールと言った問題が浮上するにつれ、裏モードの危険性は上昇している。
危険と言っても生命的な意味ではなく、犯罪的な部分がネット上で言及されていた。違法ガジェットを使用したプレイヤーがイースポーツとしての【ARゲーム】に参加したら…。
こうした資金が超有名アイドルのCD購入に使われ、CDランキングに影響するという事までアカシックレコードには書かれている。
それでも彼らは『アカシックレコードはデタラメを言っている』と言う事で流す事は間違いないだろう。
超有名アイドルを唯一無二のコンテンツと考え、他のコンテンツを排除しようとする超有名アイドルファン―それが一番当てはまるだろうか。
彼らが超有名アイドルを唯一無二のコンテンツにしようと言う動きは過去にもあった。その方法の一つとして、大御所と呼ばれる存在を歴史上から抹消すると言う物。
時には炎上させた対象が大御所のビジュアル系バンド、演歌のラスボスだった事で、海外を含めた支持者が火消しを行う事もある。
彼らは大御所を炎上させる事により「自らの発言が正義である」と強調、それに加えて超有名アイドルの宣伝を行う事で芸能事務所から賄賂を貰うと言うケースも―。
なお、芸能事務所側は炎上請負人の存在、自分達が請負人を雇って自分達以外の芸能事務所に所属するアイドルを炎上させた事も否定しているが……。
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4月2日午前11時50分、武内皐月の方はチュートリアルを眺めつつ、システムの把握に努める。
【このゲームは、上から下にノーツが落ちてくるタイプの音楽ゲームとシステムが似ていますが……】
チュートリアル文章の段階で既にメタな小ネタが展開されており、これを見てシステムの把握をしようと言うのは酷なのではないか、と考えた。
「このような解説で大丈夫だろうか」
ふと、武内もつぶやく程にチュートリアルが形をなしていない。本来であれば商業ラインに乗せてリリースする予定がなかった、と言うのもあるかもしれないが。
【目の前にある青色のライン、そこにターゲットが入った際にタッチしてください】
青色のラインとは、3つの画面の下にあるラインの事である。このラインを越えると演奏ミスとしてゲージが下がり、0になると演奏失敗となる。
音楽ゲームのシステムとしては使い古されているシステムだが、格闘ゲームでもシステムに類似点がある作品は多い。差別化と言う意味でも色々な工夫をする必要性があるのは間違いない。
それでなくても、音楽ゲームのシステムは一社が特許を取得している事でさまざまな弊害が起こっていた。現在は沈静化している状況だが音楽ゲームが増えていけば、この状況が変化するのは火を見るより明らかだ。
ブレイクオブサウンド、ゲームシステムとしては――ロングレンジから現れるターゲットを、ミドルレンジで位置を見極め、ショートレンジに設置された青のラインに合わせる事で演奏する物だ。
音楽ゲームでは珍しい要素と言えば、アイテムの存在だろう。一定数のミスを救済する物、一定時間だけ獲得スコアが2倍、レアアイテムのドロップ率上昇というソーシャルゲームでは考えられないようなアイテムが無料で手に入る。ある意味で太っ腹と言えるだろう。
この音楽ゲームで課金要素となっている物は裏モード専用のアイテムで、こちらはアバターのドレスアップ、アバター自身のパワーアップと言った物がメインとなっている。
表モードではアバターに関しては特に関係ないようで、プレイヤーもアイコンでカスタマイズされるのみらしい。しかし、これでも物凄い量の課金率を誇るのだが……。
チュートリアルを含め、10分位は時間を使っただろうか。武内はざっくりとだがルールを何とか覚えた。ターゲットが青いラインを越えるとゲージが減り、そのゲージが0になると演奏失敗になる事を自らのプレイで実証する。
「周囲が騒がしい。何が起こっているのか―」
武内は周囲が騒がしい雰囲気になっている事に気付く。悲鳴のような声は聞こえないが、歓声は聞こえる。一体、何が起こっているのか。
「その曲は――?」
武内が立ち上がり、ブレイクオブサウンドを終了しようとした直前、一人の男性が武内に声をかけてきた。
「貴方は一体……」
男性の声を聞いた武内は彼が何者なのか知らない。見知らぬ人物に声をかけられるような節は全く見当たらない為か、足早に去ろうとも考える。
「自分の名前はシャルン……違った、シャロ。シャロ=ホルス」
男性の方は、少し考えた所で名乗ったのだが、その名前を使うのは間違いと気付き、シャロ=ホルスと名乗る。黒いショートヘア、ラフな格好は武内の服装を踏まえると、サラリーマンとバンドマンと言う位の違いがあった。
「武内皐月です」
武内の方は淡々と名乗るのだが、シャロにとっては少し入りづらい様に思えた。まず、何処から話すべきか―悩むような表情を見せる。
「呼びとめた理由だが、その楽曲に覚えがある。曲を作ったのが、自分の知っている人物だからだ―」
シャロが武内を呼びとめたのは、先ほどまでプレイしていた楽曲が知り合いの曲だったかららしい。
そして、その曲が何故収録されているのかを聞きたかったのだが、プレイスキルを踏まえると……そこまで事情を知っているとは思えないのも事実だった。
「この曲はアンテナショップでカスタマイズしてもらった物で、プリインストール等ではないようです」
武内の方も、アンテナショップでカスタマイズしてもらった為か、その辺りの事情をシャルに話す。すると、シャルの方もある程度は理解したような表情を見せる。
「そうか。初期楽曲ではなかったか――」
シャロの方は少し考えた後、武内にお礼を言って、武内の目の前にあるアンテナショップへと向かった。
シャロと別れた武内はヘッドフォンを外し、野次馬の集まっていたエリアへと移動をするのだが、そこは歩行者天国に近い場所だった。そして、そこに建てられた看板にはロケテスト実施中とある。
立て看板を見ると、そこには【ARサバイバル】と書かれている。簡単な説明の書かれた看板を見ると、対戦格闘と書かれているのだが、行われていたのは格闘技と言うよりはストリートファイトだ。
『失敗か――。しかし、彼らは捨て駒にすぎん。視聴率が悪ければ、打ち切りとなる番組と同じように』
歩行者天国から若干離れたビルの屋上、そこには北欧神話の鎧を思わせるような黒騎士が様子を見ていた。
『所詮、炎上請負人でも金に目のくらんだ低レベル連中だ―警察に差し出したとしても、問題はないだろう』
先ほどとは違う人物の声が鎧から流れる。しかし、これを聞いている人物は鎧の人物1人だけである。
『ネットを炎上させ、そこから邪魔なコンテンツを削るとは―。視聴率の低迷で番組を打ち切るよりは残酷な事をする』
またもや別の男性声がする。一体、彼は何種類の人物が融合しているのか?
『超有名アイドルコンテンツを推進する動きは何度かありつつも、その度に阻止され続けていた。今度こそ、地球上を支配するコンテンツへと―』
今度は過激発言を持ちだすような男性の声である。その辺りから鎧のビジュアルにノイズが入り始める。
『目的は分かっているな。我々の目的はコンテンツ業界からの世界支配……その為に、我々の資本で都合よく動かせる超有名アイドル以外は、全て排除する』
最後に聞こえたのは、如何にもカリスマを持っていそうな女性の声だ。どうやら、この鎧はアバター扱いらしい。そして、アバターの黒騎士は姿を消した。
先ほどまで黒騎士のいたビルの屋上に姿を見せたのは、アキバガーディアンの警備兵である。どうやら、ここ数日のロケテストで襲撃犯がいるらしいという情報を掴んだのだが…。
「先ほどのロケテ会場で不穏な鎧騎士が目撃されたと聞いたが、遅かったか」
警備兵の一人が悔しがる。バイザーで顔は隠れているが、その悔しさは周囲にいた警備兵も理解できるほどだ。
「やはり、あのロケテ参加者は超有名アイドルファンだったという事か」
別の警備兵は電子双眼鏡で周囲を見回すが、他に妨害を考えているような人物は発見できない。どうやら、先ほどのアレで打ち止めらしい。
「仕方がない。ここは、リーダーの指示を……」
警備員の隊長と思われる角付きのメットの人物がリーダーに連絡を入れようとしたが、ノイズで連絡が出来ない。周囲には妨害電波が出ている反応はなかったはずなのに。
午前12時頃、秋葉原のアナザーフィールドではモブと思われるプレイヤーを撃破した一人の人物が、周囲を見回していた。乱入してくるような人物は特にない為、このまま離脱できそうである。
【クロノス・AA:97%・SSS】
彼女のバイザーには、リザルトが表示される。何度か見なれた物だが、それでもこの表示が彼女を安心させているのかもしれない。
「今度は超有名アイドルの―?」
アーマーが消え、そこから姿を見せた女性、彼女は着信メロディが鳴るスマートフォンを手に取り、電話に出た。その人物はアキバガーディアンの警備隊長である。
『――瀬川隊長、彼らはロケテストを荒らすだけが目的なのでしょうか?』
彼女の名は瀬川彩菜、超有名アイドル商法が到達する物が分からなくなり、そこからアキバガーディアンを知った事でガーディアン入りを果たした。
アキバガーディアンに協力する人物は、誰もが何かしらの理由を持って超有名アイドルに敵対心を持っている。
ここでは、そうした人物を集めて違法なアイドル商法を根絶やし、コンテンツ流通を正常化させる為の活動を行っていた。
「事情は分かった。しかし、他のロケテスト会場でも同じような事件が起きている以上、増援は期待できないだろう」
『どちらにしても部隊の分断が目的なのは明白。対策を立てなければ、超有名アイドルのネット炎上に手を貸す事になるのは……』
「それは百も承知だ! しかし、ネット炎上勢はマスコミとも手を組んで推しアイドルのみを残し、他は容赦なく叩き落とすという事を平然とやってのける。一種の嫌われをリアル世界で展開させているのは、向こうなのだ」
瀬川は思わず感情が爆発し、今の不満を警備兵にぶつけてしまった。その思いは、スマートフォンを叩きつけたい程に。
『焦る気持ちは分かります。それでも、我々が動かなければ―警察等もあてにできない以上、我々がやるしかないのです』
警備兵は瀬川の気持ちが分かっていた。本来であれば、怒鳴ったとしても何も変わらないと伝えるべき場面である。しかし、同じようにして感情を爆発したら大変な事になる。
それこそ、悲しみの連鎖を生み出すのは想像に難くない。その影響もあってか、警備兵の方は感情を抑えていたのかもしれない。
「―すまない。怒りたいのはお前達も同じだったな」
そして、瀬川の方は通信を切り、別のフィールドへと向かった。目的は間違ったコンテンツ流通を行う、超有名アイドル商法を駆逐する事。
同刻、フィールドから姿を消した瀬川と入れ替わるようにフィールドへ姿を見せたのは赤羽凪雲だった。彼の目的は裏システムの真相を探る事でもあり、別の目的もあった。
【アナザーモード・セット】
赤羽の右腕に装着しているガジェットにはタブレット端末が装着されており、そこにはメッセージが表示される。
【アーマーシステム・セッティング】
次の瞬間、赤羽の周囲に謎のプレートが展開され、プレートの消滅と同時に赤羽にはタブレットに表示されたアーマーが装着されていた。
ミリタリーSFを思わせるデザイン、迷彩色の装甲、各種銃火器、テストタイプと言うには本格的な装備であり、どう考えても初心者が使うようなカスタマイズではない。
「これがアナザーモード……そう言う事か」
赤羽は何かを確信し、乱入してきた超有名アイドル候補生と思われるモブガジェットをテンポ良く撃破する。
【FLOWER・AA:99%・SSS】
赤羽が記録したスコアを見た観客、動画で見ていたファン等が盛り上がりを見せる。99%は100%の次に成績が高いのだが、裏モードでは99%が最高と言っても過言ではない。