第4話:SECOND HEAVEN
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5月13日午前1時31分付:行間調整
信濃杏、彼女の神と言えるような幸運はネット上で話題になった。しかし、テレビで取り上げられるような事は一切なかった――と言われている。
これに関しては「マスコミの取材方法に問題がある」等の様な理由も考えられたのだが、それはネット上で言われているだけであり、実際は違う理由らしい。
「マスコミ? 対応がもう少し手早ければいいけど、面倒だし」
こうした回答を某動画サイトで語っていたと言う。ネット上でも対応力等が低いまとめ系サイトや炎上目的のアフィリエイト系サイトには取材に応じないという徹底ぶりを見せる。
彼女がここ最近になってピックアップされた事には理由が存在する。それは、彼女がブレイクオブサウンドの開発初期段階で関わっていたという事実があるからだ。
彼女ならば一連の秋葉原で展開されているバトルを知っているのでは……と言及されたのも、ピックアップされた理由の一つだと言われている。
しかし、彼女は裏システムに関しては存在を否定はしなかったが「自分が作った物ではない」と開発その物に関しては否定した。
それに加えて、彼女はアナザーワールド事件に関して、このようなコメントを残している。
「ブレイクオブサウンドの土台を生み出した自分としては、一連の事件が起きた事に関しては残念に思う……」
杏は土台を作ったのが自分であると明言した。その一方で運営はノータッチであるとも付け加えた。
「しかし、一部の人間の暴走だけで全てを規制や禁止に追い込む流れは、超有名アイドルが唯一コンテンツになろうとしている現状と変わりがない」
アナザーワールド事件を踏まえ、ブレイクオブサウンドを規制する事に関しては反対の立場を示し、そうしたやり方は超有名アイドルが行おうとしている唯一神信仰的なコンテンツ流通を連想させるとも明言した。
唯一神信仰型コンテンツ、ネット上ではこのような表現をされた商法に関しては否定的な意見が多い。一部では超有名アイドル商法だけではなく、他のコンテンツも全て当てはまると言われているが―それは単純に一部勢力が流しているデマと火消ししている人間も多い。
俗に言う一部メンバーを非難し、推しメンバーを持ちあげるタイプのアイドル商法を展開しようとした芸能事務所が書類送検を受けたというニュースも記憶に残っており、こうしたやり方に否定的な意見が多いのもこのためだ。
「本当の意味でコンテンツ業界が現実に直面するのは、いつになるのか―」
音楽ゲームのランカーとしても知られる長門凛は、このようなコメントをコミュニティに残していた。
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4月2日午前10時30分、竹ノ塚にあるアンテナショップに姿を見せた青年は、ある物を受け取っていた。
「これで、ようやくプレイできる」
青年は昨日の段階で赤羽からブレイクオブサウンドを薦められていた。ところが、スマートフォンではプレイが出来ないというオチとなり、ネットで調べた結果が、専用端末だった。
「ダウンロードは出来たのに、どうしてプレイできないか悩んでいたら―」
彼の名は武内皐月、175センチと言う長身の男性である。彼の姿を見た周囲の客も驚きの表情を見せるのだが、それ以上に珍しい格好の客が来る事もあるので、すぐに別の方向へ視線を向ける人物が多い。
午前10時40分、店を出た武内は早速ブレイクオブサウンドを始めようかと考える。しかし、バッテリーの充電も必要なので、プレイは断念と思うのだが―。
「太陽光充電? タブレット端末もここまで進歩したのか」
武内は思わず驚く。この辺りの説明はアンテナショップでもあったはずである。
『この端末は太陽光充電を搭載しております。家庭用電源でも充電できますが、そちらよりもエコなのは間違いないと思いますよ』
この発言をすっかり忘れていたと言うより、説明書を見落としていた方が有力だ。
午前10時50分、店のスタッフが武内の個人情報をメインコンピュータへ転送しようとした時のことである。
「この人の名前、見覚えがあります」
男性スタッフの一人が、武内の名前を見て何か思いだそうとしていた。転送をしようとしていた女性スタッフは困惑しているが。
「そう言えば、1年前の事件に似たような苗字の人物がいた覚えがある――気のせいだと思いたいが」
別の男性スタッフも武内の名前に見覚えがあるようだった。何故、彼はそこまで有名だったのか。それには一つ理由がある。
今から1年前、アナザーワールドの試験運用がされていた際、本来であれば入る事の出来ない人物が複数人迷い込んだという事件があった。
超有名アイドル絡みで報道される前の出来事で、この事件の知名度は非常に低い物だ。しかし、ARゲームでガジェット未所持者が空間内に存在する事は身に危険を及ぼす事がある。
それは過去の事件でも証明されていた。こうした背景がARゲーム空間におけるガジェット未所持者を進入禁止にするというガイドラインが作られるきっかけとなった。
この事件に関しては意図的にガジェットのデータを得る為に計画された物とする説も存在し、今でも真相は謎に包まれた七不思議とも言われる事件の一つにカウントされている。
武内は試験運用が行われている時には、該当するエリアには侵入していなかった。実は通る予定だった道が工事中だった為、別のルートを歩いていた結果……と当時の調査資料には書かれているのだが、信憑性が疑われている為に採用されていないのが現状だ。
午前10時50分、近くのコーヒーショップへ立ち寄ろうとしたが入る前から満席だった為に断念、他のお店でもブレイクオブサウンドをプレイできない気配がして入店出来ないでいた。
「アンテナショップで言っていた事は本当だったという事か―」
ブレイクオブサウンドは基本的にレストラン等ではプレイできない事も説明書で書かれている。これは、特別な電波がアンテナショップと一部エリア以外では遮断される為らしい。
自宅等では普通にプレイ可能だが、電波が遮断されている環境ではオフラインプレイしか出来ない事も書かれていた。ちなみに、ブレイクオブサウンドは常時ではないが、オンライン必須の作品である。
午前11時、武内はコンビニへ立ち寄り、別のアンテナショップを探す事にした。竹ノ塚近辺では3店舗確認出来るのだが、距離は離れているのが気になっている。
彼の手にはタブレット端末はなく、カバンの方にしまっている。その代わりに持っていたのは、ソーダ、チョコ、ミントのアイスクリームである。しかも、コーンの上に3段……3倍アイスクリームと言う事だろうか?
「先ほどのショップへ戻るにしても、満席になっている気配ですね。後は、どうするべきか」
アイスを食べながら、武内は悩んでいる。引き返すにしても満席だったのは店を出る前に確認していた。別のショップの混雑状況は、入店前の電子掲示板で満席という表示を確認している。
午前11時10分、アイスも食べ終わって武内はゲーセンの前で時間を潰している。電子音の様な物を入店前に確認し、タブレット端末を確認すると充電が完了したという表示が画面に出ていた。
【アカウントキーを検索中です】
充電完了後、ダウンロードを行っているような表示とは別にアカウントの検索を行っていた。アカウントとは、アンテナショップで行った手続きの事だろう。
「もしかして、近くにアンテナショップが……?」
武内が周囲を見回すと、ゲーセン正面の道路を挟んだ所にアンテナショップがあったのである。どうやら、アンテナショップに入らなくてもアカウントの認識に関して問題はないらしい。
武内も疑問に思ったが、ショップの外でも電波が出ているのは……身体に悪影響があるのではないか、と。しかし、スタッフからは驚くべき回答が出ていた。
「問題は特にありません。この電波は携帯電話等で使用されている物、光回線等で使用する物とは全く違いますので」
「そうなると、もっと危険な電波にも聞こえますが……?」
「毒電波とか謎電波とか、そう言った部類ではありません。御冗談を」
「冗談ではありません。中二病とか、そう言った類で動くゲームではないでしょう?」
「魔法で動くようなゲームでもなければ、異世界へ転生するような物でもありません。その辺りの安全は保障できます」
「確かにARゲームはジャンルによっては危険を伴うのも知っていますが……違う意味で危険人物になるのは冗談でもお断りです」
女性スタッフとの議論は5分以上も続いた覚えがある。ARゲームに危険性が存在する事は週刊誌の報道等でも聞かれる物で、ネット上でも大きく取り上げられる場合があった。
「そこまで危険性を考えるのであれば、プレイをしない方が自分の為でしょう。お金儲け等の欲望を持った人物が、ARゲームをプレイした事で極度の被害妄想で病院に運ばれたという例もありますので」
最後にスタッフの言った一言、これが武内の決意を固めたと言っても過言ではなかった。いくらゲームが無料でも命を落としかけるような事があれば、手を出さない方が良いだろう。
MMORPGでデスゲームだったという展開はWEB小説ではよくあることだが、ARゲームにはデスゲームと言う概念は存在しない。これに関しては、全てのARゲームが共通で掲げている事だ。
しばらくすると、電子音が端末から鳴り、アカウントキーを習得できたというメッセージが表示された。これでオンライン認証は終了である。
「無料ゲームなのに、ここまで厳重な認識が必要なのか―」
ゲームによっては海賊版対策のプロテクトが仕掛けられているのも存在する。しかし、ソーシャルゲームでそこまでの対応をする作品は非常に少ないだろう。
その理由として、ソーシャルゲームの場合は外部ツールやRMTの様な業者を取り締まる方が優先されるからだ。
外部ツール勢とリアルマネー勢が無双を行うゲームは、即座に運営不可に陥るのは言うまでもない。オフラインゲームであればチートも使用方法によってはグレーゾーンだろうが、オンラインゲームではレッドゾーンである。
「いざプレイしようとすると、ここまでの手続きが必要……そこまでの価値が、ブレイクオブサウンドにあるのか」
何度同じ事を考えただろうか。簡単な手続きでプレイできるソーシャルゲームが爆発的なヒットを生み出したのは、コンテンツ的な部分もあるがお手軽にプレイできる部分がメインなのではないだろうか。
しかし、アーケードゲームでもチュートリアルで手間取る作品はあっても、ここまでの厳重な手続きが必要な作品は前例がない。
午前11時30分、ゲーセンのベンチに座る武内は雨が降っていないのを確認し、タブレット端末を取り出してゲームのデモムービーを確認する。
「音は……これを使うのか」
タブレット端末から全く音がしないと思った武内は、カバンの中からケースに入った小型のイヤホンを取り出した。
イヤホンと言うよりは、ヘッドフォンを小型化したようなデザインをしており、これも太陽光で充電して動くタイプである。
武内は小型ヘッドフォンを耳に装着し、音が鳴っているのを確認する。周囲の音が聞こえなくなるのを防止する為、音量設定が一定を超える設定にはできない。
他にも聴力低下を防止するという意味でも、様々な機能が搭載されている。色々と制約が厳しいシステムだが、これも健康面を懸念する動きに配慮したのだろうか。
その後に説明書を見て判明するのだが、実はタブレット端末側にもスピーカーは搭載されている。しかし、マナーモード設定の関係で音が出なかったという事らしい。
人混みを自動的に認識し、即座にマナーモードへ切り替えると言う物だが……ここまでのシステムを実装している事も謎が多い。
こうした機能はスマートフォンに実装が急がれるような物のはず、それなのにゲーム専用に近いタブレット端末で運用すると言う事にも理解に難しいだろう。
午前11時45分、秋葉原に姿を見せたのは帽子を深く被って顔を見せないようにしている信濃杏だ。
彼女が周囲を警戒するのには理由があるのだが、今回は別の意味での警戒である。普段はマスコミ軽快なのだが、今回は――。
「向こうにもいる」
電子双眼鏡を片手に、少し離れた歩行者天国にいる重装備の警備兵を発見する。彼らの胸には超有名アイドルのCDジャケットをデジタルプリントした物が確認できた。
「アキバガーディアンが別の任務で常駐出来ない事をチャンスに、超有名アイドルが秋葉原を制圧しようと言うのか」
秋葉原を警備する為の組織、アキバガーディアン。彼らは別の歩行者天国で行われているARゲームのロケテスト警備に向かっており、杏が向かおうとしている場所には配置がない。
超有名アイドル側は、ネット上で彼らのスケジュールを把握し、不在のチャンスを利用して秋葉原を自分達の私有地にしようと……そう言った計画がつぶやきサイトで拡散されていた。
杏が双眼鏡で周囲の様子を見ている事は通行人も目撃をしている。しかし、それを通報しようとは思わないようだ。その理由の一つに、アキバガーディアンや一部の協力者にはさまざまな特権が与えられている。
「どっちにしても、連中の目的はブレイクオブサウンドの方か。配置されている警備兵も一部のネット勢力をかく乱させるダミーかもしれない」
目的が分からなければどうしようもないのだが、杏は警備兵のいるエリアの近くまで移動する事にした。仮に向こうが気付いたとしても、問題はないと考えているからだ。
午前11時48分、杏が警備兵のいるエリアまで急接近すると、予想通りの反応を示した。警備兵が杏の方角を向き、突如として発砲してきたのだ。
「ロケテストはフェイクだ! 歩行者天国で信濃を発見した。繰り返す―」
警備兵の一人が何者かと無線連絡をしているが、それも既に手遅れである。無線連絡をしている警備兵とは別の人物が杏に向けてアサルトライフルを構え、即座に発砲する。しかも、事前警告なしである。
発砲した銃に関しては『ARゲーム』専用のガジェットであり、一般人には素通りの演出すら発生しない。命中のエフェクトが出るのは、杏に命中した時だけだろう。
しかし、その杏は指をパチンと鳴らし、自分の目の前に飛んできた銃弾を全て無効化したのである。この現象を見た警備兵は何の事か分からずに混乱し、指揮系統も乱れてきた。
「外部ツールを使った違法ガジェットで、こちらのワンオフガジェットに勝てると思ったのか?」
杏が展開したのは自動発動タイプのシールドビットである。しかし、一定ダメージを越えると貫通ダメージを受けるタイプで無効化は存在しない。
こうした現象が発生するパターンは、たった一つだけ。それは、相手が外部ツールや違法プログラムを組み込んだガジェットを使用している事だ。
「違法パーツにでも手を出さなければランカーに勝てないと言うのか? 呆れた話だ」
杏は少しやる気のないような表情を見せ、自分に対して撃ってきた警備兵を次々と迎撃していく。その表情は、仕事とはいえど面倒事を押しつけられたような……説明できないような物。
午前11時50分、アキバガーディアンの特殊部隊が駆けつけ、一連の違法ツール使用者は拘束される事になった。
「まさか、ロケテストの方は囮だったとは、ご協力感謝します……って、いない?」
白い提督服を着た男性が、杏に向かって敬礼をする。しかし、杏は面倒なのでスルー。男性が「囮だったとは」と言った時には既に姿はなかった。
杏の方は話が長引くと判断、あの場は足早に去った。今回は別のゲームセンターへ行くのが目的なので、下手に足止めされるのはまずいと考えたからである。
「ロケテストの襲撃はフェイクと考えると……奴らの本命は、ARゲームを潰す事じゃないのか」
杏は超有名アイドルが一部コンテンツでアイドルグループの宣伝を展開、それがゴリ押しとも言えるような部類である事に対し、ある種の懸念を抱いていた。
それは、無尽蔵とも言える資金回収システムを使い、超有名アイドルがコンテンツを展開、最終的には自身が唯一無二のコンテンツとなる事……それはアカシックレコードにも書かれており、揺るがない事実。
「やっぱり、そっちが有力なのか……」
杏はアキバガーディアンの設立に協力をしていたという話もネット上には転がっている。しかし、それが浮上する度に彼女は否定し続けていた。その理由として、現在のアキバガーディアンは自分の考えていた組織とは違うと言う事らしい。
本来、杏が設立しようと考えていた組織はコンテンツの正常化。どういった意味なのかは当初から不明であったが、便乗タダ乗り的な利用方法や炎上商法に関しては大幅に規制を行うと言う物らしい事は、ネット上のログでも残っている。
「超有名アイドルコンテンツ――あのシステムは賢者の意思と言っても過言ではない。人類が賢者の石をコントロール出来たという話は存在しないと言っても過言ではない」
杏はスマートフォンで何かのサイトを確認した後、目的地であるゲームセンターへと向かった。