第3話:GOLDRUSH
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5月13日午前1時26分付:行間調整
西暦2012年、ある革新的な音楽ゲームがアプリとしてリリースされた事が、コンテンツ業界のトータルバランスを覆す試金石となった。
その名は『ブレイクオブサウンド』、数年後にはユーザー数が500万人を超える巨大市場へと成長していき、遂には超有名アイドルファンにとっても脅威となる。
しかし、芸能事務所側はブレイクオブサウンドに関して、超有名アイドルを脅かす程の人気が出るとは考えず、最初はスルーを続けていた。
西暦2015年、そのトータルバランスは一気に崩れた。ユーザー数が1000万人を突破、海外でもプレイヤーが現れるほどの人気を獲得していたのである。
この状況を重く見た超有名アイドル勢は、何としても自分達以外のコンテンツが売れる事を阻止する為、ネット炎上請負人を雇って超有名アイドルファンを増やそうとした。
しかし、その結果として、超有名アイドルが日本政府と密かに行っていた裏取引等が週刊誌にスクープされる。
そうした背景から超有名アイドルが駆逐されるのも時間の問題と考えたが、政府が保護している等の理由で駆逐するまでには至らず、未だに問題のある超有名アイドル商法が続く。
この件に関しては、その後も別の形で報道されるのだが、それらが真実かどうかまで突き止める事は出来ず……該当するマスコミが謝罪会見に追い込まれる事もあった。
西暦2016年、アナザーワールド事件が発生。その詳細は不明だが、『ARゲーム』を利用した裏バトルであるとネット上では言及されている。
裏バトル自体は一部の『ARゲーム』でも数年前から確認されている。しかし、該当するモードが海外を含めて確認されていない事から、原因不明として調査等も中断された。
この事件の真相は表面化する前に抹消されたという事にされたのだが、真相を知ろうとする者は後を絶たなかったという。
基本無料のソーシャルゲームがメインとなって行く中、課金要素はほぼ皆無に近いブレイクオブサウンド、それが廃課金疲れという別の問題に直結していたかは不明だが、爆発的な人気が出た理由かもしれない。
しかし、音楽ゲームの場合は上級者プレイヤーを含めたランカーの存在が足かせになっているらしい……という議論は何度も続いていた。
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4月1日午前11時ごろ、武内という青年はスマートフォンであるメールを受け取り、それをチェックしていた。
【基本無料のゲームを見つけた。気晴らしにでもどうだ?】
このメッセージを受け取った武内は、メールに書かれていたURLをスマートフォン経由で閲覧する。
【新たな音楽ゲームの形】
キャッチコピーを確認し、ホームページで紹介されているキャプション画像を確認するが、見た目で新しい要素は見当たらない。
「本当に新しい音楽ゲームなのだろうか―」
彼は悩みつつもダウンロードURLをクリックするのだが、エラーが表示される。
【この機種ではプレイする事はできません。プレイをする為には専用ガジェットが必要です】
結局、この日はダウンロードも出来ないというオチに終わった。その後、ネットで検索を行った結果、アンテナショップでガジェットが帰る所までは分かった。
【現在、該当ガジェットはキャンセル待ちです】
次にガジェットの予約ボタンを押そうと考えたら、今度はキャンセル待ちである。転売防止の為、色々と手続きを踏まなければいけないのだが、それでもキャンセル待ちが後を絶たない。
機種のカラーによっては即日ではなく翌日渡しで可能なものもあるらしいが、ブレイクオブサウンド未対応だったら涙目である。
「問い合わせるか―」
彼が取った行動、それはアンテナショップの所在地検索で発見した竹ノ塚の店舗へ電話をかける事だった。
午前11時20分、検索で手間取った事もあってか問い合わせに出遅れた気配があった。何故かと言うと……。
『お問い合わせが殺到しており、改めておかけ直しいただくか――』
昨日のキャンセル待ちである程度は察していたのだが、電話での在庫問い合わせが殺到しており、それに対する応対で混雑していたのである。
ネットの在庫に関してもリアルタイムで対応しているわけでなく、F5攻撃の様な単純なものや外部ツールを使っての予約を考えようと言う転売屋もいる位だ。
「このまま電話をしていても、時間がかかるだけか」
結局、10分程待っても動きがなかった為、かけ直しをする事にした。
午前11時50分、あれから改めて電話のかけ直しを行うが、それでも変化はなかった為に電話を切り、1階の台所でカップラーメンを作り始める。
お湯に関してはやかんではなく、電気ポットで熱湯を沸かす事に。それとは別に冷蔵庫からはコンビニで買った野菜パックの封を開けて、付け合わせの野菜炒めも作り始めた。
台所は175と言う身長の彼にとっては手狭と言う訳ではないが、一人で料理をするには少し広い位だろう。そこに自分の料理をよそう為の皿、箸、コーヒー用のカップも用意しなくてはいけない。
野菜炒めを手慣れた動きで調理する。その頃には正午になっており、昼のニュースが始まっていた。居間には20サイズ位の薄型液晶テレビがあり、そこには男性キャスターが映っていた。
『お昼のニュースです。ブラウザゲームの体験本を出版した人物が、実際にはプレイせずにWeb小説を参考にして書いたとして―』
居間には誰もいないのだが、一人暮らしと言う訳ではない。この時間は仕事で居ない事が多く、何時も一人でお昼を食べている。
「ブレイクオブサウンドについては、どこもニュースでは取り上げていないか」
テレビの方を振り向かず、彼は黙々と野菜炒めを作り、出来上がった料理を皿に盛った。その後はご飯もよそい、昼食の準備は完了する。
同時刻、赤羽凪雲はファストフード店ではなく、近くのラーメン店に入った。食券式の店であり、彼は餃子としょうゆラーメン、チャーハンと書かれた食券ではなく、スマートフォンを持っている。
『あの力は地球を消滅させる事は容易と言える技術……本来はゲームの中だけで完結させるべき物だぞ』
赤羽は店に入っても、あの時に聞いた信濃杏の一言が脳裏に焼き付いており、数秒程は思考が止まっていた。
「餃子とチャーハン! ラーメンの方は出来上がってから―」
男性店員がカウンター席に座っている赤羽に餃子とチャーハンを置く。どうやら、注文情報が別の場所に送られており、そこから調理を開始し、出来上がった順で料理を出していくというシステムが使われていた。
ラーメン店でもお客を多く集める為に、色々なハイテクを実装し、ファストフード店に負けない程の集客を記録した店舗もいくつか存在する。今回の店で使用されたハイテクも、その内の一つと言えるだろう。
「ラーメンの方が後か。普通にしょうゆを頼んだはず……?」
赤羽は何かがおかしいと思った。ラーメンと餃子、チャーハンであれば定食扱いとして一括で出てくるはずなのだが、ラーメンだけ遅いのが気になる。
数分後、待っていても仕方がないのでチャーハンを半分ほど食べ始める。チャーハンの方はいなり寿司と同じ味付けという油揚げを使った珍しい物で、この店の人気メニューにもなっている。
「この店の稲荷チャーハン、店のメニューで出すとは思わなかったが―」
「それがどうして、だな。まるでいなり寿司をチャーハンにしたような発想―大手じゃ真似出来ないだろう」
周辺の客にも評判であり、テレビ取材NGの割には客が入っているのも納得である。餃子の方も一工夫がされており、チョコを使った物もある。赤羽が頼んだ物はチョコではなく、普通の餃子だが。
「ラーメンお待ち!」
「それ、こっちです!」
赤羽は聞き覚えがある女性の声がして、そちらを振り向いた。すると、そこにいたのは天城きらりという長身の女性である。
「女性だと、あの量だ――な!?」
今、赤羽は自分が言った事に対して改めて再確認をする。きらりが頼んだラーメン、あれが本来の赤羽が食べるはずだったラーメンの量だ。つまり、遅いという事が意味する物。それは―。
「へい! 野菜プラス唐揚げラーメン、お待ち」
その予感は的中した。考え事をしていた為か、しょうゆラーメンから離れた位置にある野菜プラス唐揚げラーメンの項目を間違ってタッチしてしまったのである。
「えっ?」
赤羽は思わずスマートフォンを再確認する。すると、確かに注文したラーメンはこれで間違いない。本来であれば、しょうゆラーメンが来るはずだったのに…。
「店長、お昼20食限定の野菜プラス唐揚げラーメンは―」
「注文は既に締め切っているから、もうメニューには表示されないはずなのだが」
「確かにエラーとかじゃなくて、画面に残り1食と言う風に出ていたから―」
「とはいっても、既に締め切っている以上はどうしようもない。夕方にも限定数なしでメニューに出るから、そこで注文を―」
別の女性が店長に向かって何かを注文しようとしていた。彼女は券売機の方を指さしながら、身振り手振りで状況を説明する。どうやら、彼女は自分の目の前にあるラーメンを食べたかったらしい。
身長165位、ラフ気味な服装に帽子を被り、首には携帯音楽プレイヤー用のヘッドフォン、それに背中にはリュックサックという典型的なオタクにも見えそうな外見だ。
黒髪のロングヘアにブルーライト対策のサングラスをしているのが、唯一の違いだろう。秋葉原で見かける音ゲーマーも似たような装備をしている場合がある。もしかすると、彼女も音ゲーマーかもしれないが…。
「あの、自分は本来であればしょうゆラーメンを注文するはずだったので」
そこで挙手をしたのは赤羽だった。『野菜プラス唐揚げラーメンを辞退するとは』という空気が張り詰めていたが、正直言って量が多い。食べられない量ではないのだが、食べ過ぎてもこれからの行動を考えると支障が出るのは間違いないだろう。
「そこまで言うのなら――彼の隣に座りな」
店長の方も話がわかったらしく、彼女の方はチョコ餃子と稲荷チャーハン、しょうゆラーメンの画面をタッチして、赤羽の隣に座る。
それから1分後、赤羽が本来注文したはずだったしょうゆラーメンが到着する。半分はシステムの不具合と言う事で、ラーメンだけは半額料金と言う事になった。
「それじゃあ、早速ラーメンから……いただきます!」
割り箸ではなくマイ箸を取り出し、彼女はデカ盛りと言うには中途半端かもしれないラーメンに手を出した。
そのラーメンはもやし、キャベツ、ねぎ、メンマと言ったようなトッピングに加え、豚肉の唐揚げがカツ丼のように2枚乗っているラーメンだ。
唐揚げラーメンもしょうゆと同じスープを使用しており、味の方は折り紙つきだ。味の方も脂っこい舌触りがなく、女性客でもスープを飲み干すという事は日常茶飯事。
豚肉の唐揚げ自体は店のメニューにあるが、これをラーメンに乗っけたバージョンは昼には限定数あり、夕方は限定数なしという制限がかけられている。その理由は値段にあった。
「この量で、唐揚げ付きが800円はお得なのよね」
しょうゆラーメン単体と豚肉の唐揚げ5枚で1200円、ライスと餃子付きでも少し高めとなる。それが、昼限定でラーメン+唐揚げが800円はお得なのだ。ミニ餃子とたくあんのおまけつき。
「ライスは別注文でも、特に問題ないし」
白飯はこの店舗では取り扱いがなく、大体がチャーハンだ。定食として半ライスがあり、そこでならば白飯も…。
「確かに。ここの稲荷チャーハンはおいしい。ライス定食を敢えて頼まなくても、問題はないだろう。白飯を食べたいのならば、他の店を頼る手もある」
赤羽もチャーハンを食べ終えてラーメンに手をつける所だ。しかし、彼女の正体が分からない。
「そう言えば、貴方の顔に見覚えがあると思ったら……赤羽凪雲ね」
どうやら、彼女は自分の事を知っているらしい。それを踏まえて隣の席に座り、唐揚げラーメンを食べている訳ではないだろう。
「私は君の顔に見覚えはない。一体、どこで知り合ったのか」
赤羽の一言を聞き、彼女は食べようとしていた豚肉の唐揚げをラーメンの上に戻し、箸を置いた。
「そう言えば、貴方に何も言っていなかったわね。私は長門凛、ブレイクオブサウンドのランカープレイヤー」
何と、赤羽の隣に座ったのは長門凛だったのである。赤羽も長門の名前に関しては聞き覚えがあったのだが、それ以外は全くだったので二重の意味で驚いた。
ラーメンを食べ終わった頃、丁度午前12時30分を過ぎた辺りだ。赤羽の方も食べ終わり、店を出る頃に店長が250円を長門に手渡した。
「さっきのしょうゆラーメンの代金だ。半額分、おつりとして渡しておく」
店長は凛の食べていたカウンター席に250円をラーメンの割引チケットと一緒に置く。お詫びの意味を兼ねているのかもしれない。
「じゃあ、250円は赤羽の方に―」
席に置かれた250円とチケットを受け取った長門は、小銭の方を赤羽の方に渡した。
「私はゲーセンの方に行かないといけないから―」
そう言い残し、長門の方は姿を消してしまった。ゲーセンとは、おそらくは音楽ゲームを置いてある場所なので、そう遠くはないだろうが。