第2話:DAYDREAM
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5月13日午前1時23分付:行間調整
西暦2007年、音楽業界は超有名アイドルに勝てるアーティストが不在である事、日本政府が超有名アイドル優遇をした事で音楽業界はディストピアとも言える時代へ突入。
この時代は超有名アイドル以外がアーティストとは認められないという訳ではないのだが、上手く海外アーティストを欺けるように偽装がされていたのは間違いないだろう。
一方で、アニメソングや音楽ゲームの楽曲、同人シューティングゲーム楽曲が動画サイトで支持されていた。海外に日本の経済再生計画が知られるのは危険と考えられ、ある妥協案が提案される。
それは、下手に刺激する事で流血を伴う状態になるのを避ける為の治外法権を一部エリア限定で認める事になった。
認められていたのは関東地方と関西地方等の都心部に限定されたが、それでもネット上の大手動画サイトを含めて認められたエリアがあった事もあり、一部の創作ユーザーは治外法権に一安心をしていた。
それから時は流れ、西暦2017年。治外法権も東京都と埼玉県だけになっていき、遂に追い詰められる事になった。
その原因は超有名アイドルファンによる裏工作である。しかし、いくら違法であっても超有名アイドルの行う事は全て無罪―それが現状である。
一方で、こうした動きに反旗を翻す勢力も存在する。それが『ARゲーム』のランカーと言われる上級プレイヤーである。
彼らの実力は想像を絶しており、外部ツールや違法ガジェットを使用して超有名アイドルの宣伝を繰り返すブラックファンに対し、圧倒的なスキルで撃破していく。
こうしたランカーの存在は『ARゲーム』にとって全ての作品で歓迎される訳ではない。ジャンルによっては一部ランカーが上位を独占し続ける事で、初心者お断りの雰囲気になるというネット上の懸念も存在していた。
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西暦2017年4月1日、ネット上では、この動きに対して、このようなやり取りが行われていた。
【1年前の再来か?】
【再来とは違うだろう】
【似たようなシステムを使用したARゲーム自体は、既に出回っている以上、再来とは違うかもしれない】
【どちらにしても、今回の一件がアナザーワールド事件を人気検索ワードに押し上げる程の勢いがあるのは事実だ】
【1年前も超有名アイドル勢が流したウソという風に言われているが】
【ネット炎上勢の仕業と言う路線も未だに残っているな】
これらのやり取りは、厳重に管理されているとも言われているが、その真相は不明である。
同日午前11時3分、上野駅のジャイアントパンダ前で赤羽凪雲は人を待っていた。時計アプリを確認すると、既に約束の時間から3分が経過している。
「待たせた。ちょっと、別の勢力にも警戒されているからな」
赤羽の前に現れたのは彼よりも身長が低いリュックサックを背負った女性。帽子を深く被り、露出の低い服でまとめている。
「ここで待ち合わせる事も非常に危険だが―」
赤羽が監視カメラの方を振り向く。彼が振り向いた理由は不明だが、カメラの奥で行動を見張っている人物に睨みつけているのだろうか?
「治外法権が最近では東京と埼玉だけという話もあるが、それは警戒し過ぎだろう」
女性の方は、赤羽の過剰警戒に関して疑問を抱く。密輸等をしている訳ではないので、もう少し堂々とすべきなのだが。
「確かに、そうした危険ドラッグの取引をしている訳ではない。下手に過剰警戒するのも危険か」
「そう言う事だ。こっちも危険物の運び屋をバイトでしている訳ではないからな」
彼女に言われ、赤羽もその通りと考えて警戒を解く。そして、彼女から受け取った端末は『ARゲーム』で使用される端末と同じ形状をしているのだが……。
「それが目当ての作品かどうかは保証できないが……最近になって治外法権とは別にラインが動いているのは、これ位だ」
彼女の方は赤羽の目的の品が、これとは思えないと断りを入れた上で端末を渡していた。
「治外法権とは別に動く『ARゲーム』か。アカシックレコードに存在するジャンルとは少し異なるのも気になる」
データを確認していた赤羽は、これがアカシックレコードには記載のない物とは違うと考える。それを踏まえると、『ARゲーム』のジャンルが出尽くしているとも考えられているのだが……。
データの内容は、パワードスーツの様に装着するガジェット、それを使用してビルを駆け登る動画、コース解説、レギュレーション等だった。
タイトルに関しては黒塗り処理がしてあるらしく、それを解読する事は出来ない。赤羽にとって作品タイトルは些細な物であり、彼が注目をしていたのはガジェットの性能、システムと言った技術的な部分である。
「向こうではパルクールなんとかって仮タイトルで動いているようだ。既にロケテスト終了、実稼働も開始したという話をネット上でも聞く」
「パルクールか……ガジェットのシステムは裏システムにも転用できそうな気配がする」
「裏システムへ深くかかわると、それは自滅を意味するぞ」
「分かっている。だからと言って、超有名アイドルが考えるコンテンツ一極化は到底受け入れられない。あれは、単純に言えば一次創作以外は認めないというシステムだ」
「超有名アイドルによる一次創作で打ち止めの使い捨てコンテンツ……と言う風に言えば、二次創作勢は黙っていないだろうな。夢小説勢やBL勢を駆逐する為には都合が良いのかもしれないが」
「どちらにしても、今の段階で重要なのは『ARゲーム』のガジェットデータだ。それらを解析して裏システムで流用可能になれば、超有名アイドル勢を一掃できるシステムが出来るかもしれない」
赤羽の話を聞いて、彼女の方は若干あきれ返っている。彼女もアカシックレコードには触れた事があるが、そこまで危険な思考をした事はない。
「約束の品は渡したぞ……私もこれから上野で用事があるからな」
彼女の名は信濃杏、ネット上では『神のごとき幸運の持ち主』と言われているのだが、本人にはその自覚があるようには思えない。
同日午前11時20分、ある人物のプレイ動画がアップされていた。曲名は『DAYDREAM』と書かれている。
【あのデイドリ?】
【曲名被り位は他の音ゲーでも見かける。あちらとは大きく違うだろう】
【あちらは恐怖の譜面だが、こちらは難易度が高いだけの気配がする】
音楽ゲームでも曲名が被るケースはまれにある。特徴的なタイトルであればメーカー側も即座に対応するが、紛らわしいようなタイトルでは放置されるケースが多い。
曲の雰囲気はロックと言うよりは、ハンズアップと言うジャンルであり、向こうのデイドリとは別物と言える。
【ゲーム作品によって、ここまで変わるものか?】
【譜面の傾向も他作品とは違うように見える】
【元々はスマートフォンを想定していたらしいが、ムービーなどを重視していく内にハイスペックマシンが必要になったようだ】
動画のコメントは定番の物が多い為か、スルーの割合が多い。コメントの内容は楽曲に対する批判、譜面詐欺等のような物や中には超有名アイドルのCD宣伝を思わせるコメントもある。
つぶやきでも動画で流れているコメントや色コメントに対する言及がないのだが、これに関してはスルースキルでも会得している可能性が否定できない。
「まさか、この曲をクリアできる人間がいるとは―」
スマートフォンで動画を確認していたのは、セミロングの黒髪で長袖を着ている男性だ。彼は、先ほどまで赤羽がいたジャイアントパンダの前にあるベンチに座り、慣れた手つきで動画を検索していた。
その際に発見したのが、今回のDAYDREAM。この曲はかなりのスキルを持っていないと解禁をするのも困難とネット上の攻略サイトでも言及されている。
それ程の楽曲を解禁出来た実力者が誰なのか、それを調べていたのが彼だ。
「外部ツールやチートと言う手段を下手に使えないのが音楽ゲーム――その上で、あの曲を出すとは。スタッフとしても油断できないか」
吉川シズカ、彼はブレイクオブサウンドの開発スタッフの一人でもある。主に企画・素案、システム原案と言った部分に関与していた。
「しかし、自分の知らない部分でブレイクオブサウンドが悪用されているという噂……気になるな」
その吉川が疑問を持っていたのが、秋葉原等で行われている裏バトルの存在だ。ネット上ではブレイクオブサウンドのシステムが使用されており、楽曲もそれを基準としている話だ。
ブレイクオブサウンドの収録楽曲は、基本的にJ-POPに代表されるような権利会社が楽曲使用の権利を持っている曲は使用していない。
全てが同人楽曲、過去に同人音楽ゲームで収録されていた物、ブレイクオブサウンドのオリジナル楽曲で構成されている。これによって、楽曲使用料を抑える役割を持っている。
超有名アイドルの楽曲を使うと、使用料がケタ違いの為に開発費用が楽曲使用料だけで底を尽きる可能性も否定できない。
それを踏まえた上で、吉川は現地へ行って確認をしようと思ったのだが……色々な事情で確認が出来ないのが現状だった。
「今はランキング荒らしを対処する方が先と言うべきか」
外部ツールやチートに関してはチェック体制が現状であり、下手にツールを使えばアカウント凍結も避けられない。しかし、ランキング荒らしに関しては違った。
噂によれば複数アカウントや代理プレイ、複数人プレイという話が浮上している。一方で、携帯型ガジェットで複数人プレイは不可能だろうと言う結論も出ている。
「彼らの目的は何なのか? 特に一言メッセージを打ち込めない以上、宣伝に利用している事は考えられないが」
ブレイクオブサウンドでは、いわゆるタダ乗りと言われるような宣伝や商業と認められるような動画投稿等は認められていない。
あくまでも非商業の範囲、プレイヤー交流や同人活動の範囲であれば実況動画等の投稿は自由となっている。
それでも、マナー違反とも言えるようなプレイヤーが出てくるのは、人気作品の宿命と言えるだろう。いわゆる有名税だ。
動画がアップされてから10分後の午前11時30分、信濃が目的地に到着した。上野駅近辺にあるゲームセンターであり、様々なジャンルのゲームが置かれているのも特徴である。
「あいつはいないのか。早くに来て損を―?」
入口の自動ドアが開き、数歩の所で音楽ゲームの筺体を見つける。その筺体はDJセットを思わせるような機種で、その昔にはこの機種では無数のランカーが存在したという伝説があるのだが……。
「探している人物ではないが、少し様子を見るか」
そのゲームをプレイしている女性の後ろ姿を見て、探している人物とは別人だと言うのが分かった。自分よりも身長があるように見える事に加え、服装も若干は出と言う事もあったからである。
身長は170より少し高めの女性が、音楽ゲームをプレイする光景も異様と考える人物がいるのかもしれない。しかし、そうした視線さえも無視して演奏を続ける集中力が彼女にはあった。
「あの女性プレイヤー、素人かと思ったら予想外のスコアを出している」
「あれがランカーなのか?」
周囲の観客も少しざわつくのだが、それでも振り向いたりする動作はしない。ゲーム中に振り向くプレイヤーは稀にいるが、基本的にはマナー違反と判断されているようだ。
ここ最近では色々ない事件も起きている関係上、下手に不審者扱いをされた場合には出入り禁止と言われる恐れもある。
「女性ランカーねぇ……」
信濃は存在に関して疑問を抱いていた女性ランカーが目の前にいる事に驚くが、そのリアクションは大げさな物ではなく淡白なものである。レア度合いで言えば、女性ランカーは都市伝説と言われる位だ。
「今はあいつを探すのが優先か」
女性ランカーと思われる人物のプレイ中だが、足を止めていた信濃は別のゲームコーナーへと移動する。結局、女性ランカーが1曲プレイ終わった段階で興味が薄れたようだ。
午前11時40分、信濃は2階の格闘ゲームコーナーへ足を踏み入れる。その一方で、2階から1階へ降りる人物と信濃がすれ違った。
信濃はすれ違った人物が探している人物と確信し、すぐにその人物を追いかけようとしたのだが、気がついた頃には姿はなかったのである。
「逃げられたというよりは、気づかれたと言うべきなのか」
探していた人物の名前は長門凛、すれ違った人物の外見は黒髪のロングヘアーにネットアイドルを思わせるようなコスチューム、それにガントレットを思わせるような形状のガジェットを右腕に装着していた。
「どちらにしても、これ以上の捜索は無駄に……」
信濃は長門の追跡を断念し、階段で1階に降りる。目の前にいた人物、それは先ほどの音楽ゲームをプレイしていた長身の女性だったのだ。
身長は178と信濃よりも背が高い為か、子供と大人位の差が出ているのかもしれない。その彼女が信濃に声をかけた理由、それは長門の件と考えていたが……。
「あなたって、確か幸運の―」
その切り出しをした事に対し、信濃は眼を鋭くして睨みつける。
「信濃と言うと幸運のイメージはない。逆に言えば、雪風の方だろう」
この人物に関われば何か大きな事件に巻き込まれると直感し、何とかして彼女から離れようと考えるのだが、向こうの方が阻止しているように見える。
「それもそうだけど、貴女に確認したい事があって―」
どうやら、確認したい事と言うのは幸運に関する事ではなく、ブレイクオブサウンドの事らしい。一連の裏システムや裏モードと言われる部分なのか、あるいは別の事か。
「この楽曲について知っている事があれば、教えて欲しいのだけど?」
この場では曲を流す訳にはいかない。ゲーセン内なので爆音で音が聞き取りにくいという部分もあるだろう。その為、彼女は信濃に曲名も書かれたリザルト表示画面のキャプションを見せた。
「その曲は見覚えがない。オリジナル楽曲系なのは間違いないが、隠し楽曲か?」
信濃は聞き覚えがないと答えると、ありがとうという一言だけを残して、そのまま姿を消してしまった。どうやら、彼女は秋葉原等のゲーセン遠征を行っている途中らしい。
午前11時50分、先ほどのゲーセンを出た所である人物と鉢合わせになった。それは赤羽である。彼の方も色々と巡回をしている途中のようだ。
「偶然と言うべきか、目的が同じだったと言うべきか」
赤羽の方は信濃と早いタイミングで再開するとは予想外と言うべきだった。
「赤羽、お前は裏モードや裏システムで何か知っているのではないか?」
信濃は気になるような口調で赤羽に尋ねるのだが、彼の方も表情的に知っている気配は全くない。
「アカシックレコードにも類似項目はあるかもしれないが、向こうを調べるのには時間がかかる。解析に時間を回すのであれば、システムの充実に時間を回した方が有意義だ」
現状の赤羽はゲームのスタッフでもある為、アカシックレコードを別目的で解析している余裕は全くない。それは、信濃も分かっている。
「とりあえず、今の所は保留にしておく。しかし、これだけは言っておくぞ――」
信濃は去り際に赤羽へ忠告をする。その内容とは赤羽でしか把握できないような物だった。
『アカシックレコードに関われば、常軌を逸したオーバーテクノロジーに苦悩し、やがてはその力を具現化させようとするだろう。あの力は地球を消滅させる事は容易と言える技術……本来はゲームの中だけで完結させるべき物だぞ』