第11話:Almagest
5月13日午前2時付:行間調整
武内皐月、彼は過去に超有名アイドルの絡む事件に巻き込まれていた。それは1年前の西暦2016年、後にアナザーワールド事件とネット上で言われる事件。
詳細はパズルのピース状態で不正確な部分も存在するが、テレビ局関係者、マスコミ、芸能事務所に投資していた政治家等が計画した物である事だけは判明したらしい。
それを武内が今まで隠していた理由は不明。記憶操作説もあれば、裏金を出して黙らせていたという説もネット上では浮上しているが……それらもネット上の炎上を狙ったデマなのは火を見るより明らか。
6月中旬、アナザーワールドを巡る一連の動きはクライマックスを迎え、レーヴァテインはカリスマ女性を含めた全員がコンテンツガーディアンへ引き渡された。
カリスマ女性の正体は具体的に名前は出てこなかったが、超有名アイドルの現役メンバーだったと言う事が週刊誌で明らかになる。彼女はジェネラル秋元に対して恨みがあった訳ではないが、実質的に影で操っていた事になる。
これに関しては、何とも皮肉な話とネット上で拡散していく。他にもテレビ局関係者がレーヴァテインのメンバーに含まれていたが、その全てが超有名アイドルと深い関係を持っていた人物だったと言う。
余談だが、カリスマ女性の名前は逮捕された人物が18歳という事で、仮に警察へ捕まった場合は少年法等で実名が出ないのだが、それらはコンテンツガーディアンでは通じない。
結局、レーヴァテインに関係した人物全員の名前はオープンとされ、関係する芸能事務所やバラエティ番組の制作会社にも立ち入り調査が入る。
そして、アニメ専門のテレビ局以外は超有名アイドルの出ていないドラマや時代劇の再放送でつなぐしかないという状況に追い込まれた。スポーツ番組等の放送できるコンテンツもあったので、致命的なダメージを受けたのはごく一部のテレビ局だけらしい。
こうした混乱は数日続いたが、7月に入る直前の6月下旬には落ち着く事になる。そこで、ようやく裏システムに関しても安全宣言が出される事になった。
しかし、安全宣言が出た事とプレイ人口の増加はイコールではない。アナザーワールドはあくまでも招待客限定であり、選ばれていない人物にとっては無縁とも言える空間だ。
【アナザーワールドの安全宣言が出たとしても、我々には無縁だな】
【表システムは警察の取り調べを受けなかった以上、こちらが警察の事情聴取等を受ける事はないだろう】
【しかし、アナザーワールドに選ばれる人選がどうなっていたのか気になる】
こうしたネットの声も大きい事を考慮し、運営はひとつの種明かしを行った。それは、アナザーワールドで運用されているシステムが別のARゲームを応用した物である事。
予想外のネタばらしには周囲も驚いており、これに関しては気づいた人間が少ないという展開となった。
これを最初から知っていたのが信濃杏、途中から気付いたのが武内皐月とアキバガーディアン、ネット上の噂を繋ぎ合せてたどり着いたのが長門凛と天城きらりと言えば、どれだけの勢力を真相へ辿りつかせなかったのかが分かる。
「超有名アイドル勢に特許を奪われないようにする為とはいえ、ここまでのブービートラップを仕掛けていたとは」
ネタばらしを動画で知ったシャロ=ホルスも、これには驚きを隠せなかった。裏システムに関係しない人物には無縁の話であり、驚くような人物はいないのだが…。
「超有名アイドルプロデューサーが、全ての金を集中させようとしたとは思わなかった。何処かで似たような事を考えているような人物はいたかもしれないが」
そして、シャロは自分が開発したプログラムを何処かへと送信し、アップデート対応するようにメッセージを添えて指示した。
「どちらにしても、音楽業界だけではなく他のコンテンツさえも黒一色にしようとした事に関しては到底許せるものではない」
シャロが想定している敵は超有名アイドルファンや投資家ファン、タニマチでもなければ、芸能事務所でもなかった。それよりも先にいる存在である。
6月末、アナザーワールドとは別の一件で芸能事務所に強制調査が入った事が報道され、その過程で炎上サイトの正体が判明した。
【本当か!?】
【これが事実とすれば、全てはマッチポンプだったという事になる】
【超有名アイドルが売れているように見せかける為、捨て駒コンテンツが用意されていたという事か】
【何と言う展開になったのか】
【これが現実とは――】
炎上サイトの正体、それはフジョシやBLと言った勢力であり、男性有名アイドルを題材にした本を発行していた事もある。
何故、こうした勢力が一連の事件を実行したのかは……現段階では不明確のままだ。しかし、これと同じような炎上騒動は目の前のリアルとして起こるのは避けられないだろう。
こうして超有名アイドルと言うコンテンツは衰退していき、新たなコンテンツが頂点に立つかと思われたが…そのような動きにならないように自重を求めていたのはアキバガーディアンだった。
『推しアイドルを広める為、他のアイドルを炎上させるようなやり方でコンテンツ業界を盛り上げるやり方は間違っている。そうした行為をコンテンツ法で新たに規制する事がないように、皆様方には自分の発言で炎上を引き起こす事のないように―』
このメッセージが発表された直後、超有名アイドルを巡る炎上事件が複数目撃され、引き起こしたとされる人物がコンテンツ法で逮捕、実名報道がされる事になった。
その事件を引き起こしたのがフジョシ勢やBL勢の残党だった事、更にはビジュアル系バンドのBL作家なども次々と逮捕されていく。
「これでは魔女狩りと言われても文句は言えないけど、アキバガーディアンの本当の狙いは……」
ネット上で事件の記事を見ていた長門凛は、超有名アイドルや芸能事務所の存在が全てを狂わせたのではないか……と考える。
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7月1日午前10時20分、信濃杏はタブレット端末を片手に草加市にあるソーラー発電施設へと足を運んでいた。
「ここが噂のアカシックレコードがある場所……」
杏はアカシックレコードに書かれていた文章を解析し、この場所を発見する。その一方で、杏よりも20分早くたどり着いている人物もいた。しかし、この人物に杏が遭遇するのは後のタイミングである。
「加速度的に解決した事件の数々……それをご都合主義や様式美という一言で片づけるのは難しい。おそらく、それに関係するのはアカシックレコードに違いないだろう」
そして、杏はソーラー発電施設へと潜入する。受付では当日見学に関しても問題なく受け付けてもらえる為、杏は見学に偽装してアカシックレコードのある場所へと向かう事にした。
一方でアカシックレコードへ別ルートで向かっていた人物、それは武内皐月だった。ある人物に呼ばれた為なのだが、その人物の名前には心当たりがない。
「ここか……」
場所的には3階の奥にあるサーバー管理室、そこの扉の先にあるのかは分からない。メールには『超有名アイドルが唯一無二の存在である世界』を打破する為の秘密兵器を見せる……と。
武内がドアを開けると、そこにいた人物は社長が座りそうなデザインの椅子に腰かけている。服装は青の背広だが、その外見には見覚えがあった。何と、そこにいたのは吉川シズカである。
「実は、別の人物にも声を掛けてある。それに加えて、君のよく知る人物も来るはずだが……」
吉川は全員が揃ってから話をしようと考えた。しかし、武内は若干納得の出来ない部分があるようだ。
「レーヴァテインの正体、それを知っていて泳がせたのですか? 1年前も――」
「泳がせたとしても、第2、第3のレーヴァテインが誕生するのは必然だった。それ程、超有名アイドルの地球上におけるコンテンツ支配思想は、そう簡単に崩せるものではない」
「独占禁止法等の法律で規制できなかったのですか?」
「それが出来れば、苦労はしないだろう。可能であれば、コンテンツ法を作る必要性もないし、アカシックレコードの記述に従ったシステムを生み出したりはしないだろう」
吉川の発言は強気の物。しかも、これを実行しなければ超有名アイドルが絶対神にでもなるとばかり考えている。まるで、超有名アイドルに対して恨みがあるような発言だ。
「何故、超有名アイドルを目の敵に?」
「アイドルコンテンツ自体が飽和している状態を、何とかして変える必要性があったのだ。そして――」
吉川が話している途中、部屋に入ってきたのは長門凛、赤羽凪雲、シャロ=ホルスの3人が同時に入ってきた。
「真相は超有名アイドルファンを騙ったフジョシ、夢小説勢のせん滅、超有名アイドルを炎上させておけば英雄になれると言う英雄願望を餌に、コンテンツ自体をコントロールする事」
赤羽は全てを見通しているような表情で、吉川の発言を否定する。超有名アイドルばかりが利益を出し、他のコンテンツは予算の問題で作品のクオリティ等を維持出来ない状態になっている現実……。
「そして、遂にはアカシックレコードの秘密兵器とも言えるARガジェットを解禁し、夢小説勢を次々と撃破していき……という状況を作らせたのか」
シャロの方は、吉川に踊らされていた事には呆れかえる。しかし、それでも夢小説勢の暴走によって一部作品では商業二次創作しか認めないという作品も出ている。こうした方向性を変える為には、悪しき勢力を完全排除する必要性があったのだ。
「私も途中から夢小説勢が超有名アイドルファンを名乗り、目立つ為だけに自体を混乱させている現実を目撃した。これがコンテンツ流通の闇だと言う事も……改めて知った」
長門の表情は何か物哀しいような目をしている。コンテンツ流通を正す為とはいえ、このような魔女狩りが許されてもよいのか、と。
午前10時35分、2階の見学コースから外れた廊下をうろついていた杏を発見したのは、天城きらりだった。
「あなたは確か……」
きらりは杏を発見するなり、彼女を抱えて何処かへと向かった。きらりはさりげなくパワーがあるのを杏は気付かなかった。
午前10時40分、吉川のいる部屋へ最後に到着したのは杏ときらりだった。どうやら、これでメンバーは全員そろったらしい。
「本来であれば、もう1人にも話しておきたかったが、彼女は忙しい為に手が離せないとの事だ」
吉川が指を鳴らすと、他のメンバーが持っているタブレット端末には瀬川彩菜の顔写真が表示された。
「彼女がレーヴァテインの正体をテレビ局のスタッフとネット上に流した事で、事態は急転したと言っても過言ではない……ダイジェスト気味に話せば、こういう事になる」
吉川の方は若干悔しい表情をしているが、彼女の行動がなければ超有名アイドルにテレビ局を独占されたままで、下手をすれば特定芸能事務所が日本のコンテンツを支配するセカイになってしまう所だったのだ。
午前11時、吉川は全ての事情を話した。アカシックレコードの正体、テレビ局が行おうとした事、超有名アイドルによるディストピア、更には過去の超有名アイドル商法の事……。
「それらを踏まえて、君達に判断して欲しい事がある」
再び、吉川が指を鳴らすと、そこに表示されたのは別のゲームで使用されているガジェットだった。
「このガジェットは、まさか――!?」
赤羽には見覚えがあった。あの時に目撃したランニングガジェットである。そのデータを、何故に吉川が持っているのか?
「これ位の事、アカシックレコードにアクセスできる自分には容易なことだ」
ランニングガジェット、それは別の世界でスタンダードになっているガジェットで、それによるパルクールアクションもその世界では絶大な支持を受けている。
「他にも、様々なガジェットが存在する。それらは軍事利用の可能性もあり、非常に危険な存在だ。これらの力が海外に流れる事になれば、地球は文字通りに滅亡するだろう」
唐突な発言に周囲が沈黙する。戦争が起こる可能性も否定できないARガジェット、それをこのまま運用し続けるべきか、あるいはガジェット自体を封印すべきか……。
「2度は同じ事は言わない。戦争の火種となる可能性があるARガジェット、この技術を使い続けるべきか、超有名アイドルの様な悪用を防ぐ為に封印するか? どちらにすべきか、君達の意見を聞きたい」
そして、彼らは吉川の言う選択を迫られた。下手をすれば地球滅亡もあるだけに、この選択は非常に重い物になるだろう。