第10話:透明なエモーション
5月13日午前1時57分付:行間調整、吉川の該当ワンシーンで途切れ部分があったので、その部分のみ加筆
様々な事件が起きた4月、いくつかの芸能事務所の不祥事が明るみになった5月……ブレイクオブサウンドを巡る事件は急加速で拡散し、終息していった。
しかし、これでもプレイヤーが安心して裏モードへ手を出せるようになるには、先が長かった。表モードに関しては事件との関連はないという事で問題視されていなかったのだが……。
6月、アナザーワールドの表面化に驚くネット住民は多かった。4月下旬から5月頃には関連キーワードに浮上する時期はあったが、別のラノベ作品か何かという事でスルーしてきた流れもあり、本来の意味を知って二重の驚きだったのかもしれない。
本来の意味でのアナザーワールドの存在が明らかとなったのが5月下旬と考えると、拡散度合いとしては比較的に早いと言える。
6月中旬、今回の動きにいち早く反応した企業が存在した。彼らはブレイクオブサウンドにビジネスチャンスを感じ、運営へコンタクトを取ろうとする。
しかし、コンタクトを取ろうとした複数の企業はスタッフを特定するには至らず、結局は全てが不発に終わった。
理由の一つとしては、アナザーワールドは誰が生み出したわけではない存在だった事が有力と言われている。1年前の事件では、開発者不明の為に犯人を特定できなかった裏事情もあるのだ。
そして、企業は炎上請負人や超有名アイドルファン等を利用し、彼らを突き止めようとしたのである。ちなみに、運営の正体に関してはテレビ局もキャッチ出来ていない。
お台場にあるテレビ局の会議室、そこには円卓のように並べられたテーブルと椅子だけが置かれた殺風景な場所だった。
数分が経過すると、そこに唐突に姿を見せたのはレーヴァテインである。しかし、そのデザインはそれぞれが違う物であり、レーヴァテインと言うのはチーム名、メンバーは別々に存在すると考えられるような状態だった。
「こちらも同じ事をしているのに、一向に見つからないのはどういう事だ?」
「運営自体はホームページも存在している。しかし、製作スタッフ個人を特定できないだけらしい」
「マスコミから避ける理由か? 名ばかりスタッフと言う訳ではないだろう」
「確かにブレイクオブサウンドは、サービス開始当時のゲームサイトでも見かける事は滅多になかった」
「一体、彼らは何が狙いなのだ」
「我々のやる事は一つだけだが……」
最初に出現したのは戦国時代の鎧武者、西洋の鎧姿の人物である。入口から入って来たのではなく、配置された椅子から出現したと言うべきか。
「既にテレビ局の方は番組の企画を進めている。後には引き返せないぞ」
次に姿を見せたのは、秋元の目の前にも姿を見せた鎧であり、基本形態と言うべき存在。
「ここまでやれば、炎上請負人も不要となってくる。そろそろ、我らの正体を知られる前に切るのが頃合いか」
その後に姿を見せたのは、黄金の騎士とも言える人物だった。どの鎧も兜は全体を隠す物であり、素顔を特定できない。
最後に姿を見せたのも白銀の騎士だが、こちらも素顔は見せないタイプだ。しかし、声に関しては――。
「炎上請負人の方は、一部を切り落とせば問題はない。全てを切り落とせば一部は警察へ情報を流し、こちらに対して復讐するのは容易に想像できる」
その声はカリスマ女性の声であり、この人物がレーヴァテインのリーダーとも言える存在だろう。
「しかし、既に捕まった請負人から警察にではなく、アキバガーディアン等へ情報が流れていると聞く」
「警察であれば与党に要請してもみ消す事も容易だが、向こうはもみ消しが効かないぞ」
他のレーヴァテインはカリスマ女性の意見に対し、消極的に反対意見を出す。彼女のカリスマ性を持ってしても、現状を打破する事は難しいと考えているのかもしれない。
「噂によれば、秋元のプロデュースする超有名アイドルも半数以上が逮捕されたという話を聞く。理由はARゲームの炎上商法を計画したとして」
「切り捨てるのはフジョシや投資家ファンも混ざっている炎上請負人よりも、超有名アイドルの方ではないのかな?」
「我々もスケジュールを早め、何としても超有名アイドルを唯一無二としたコンテンツ流通を国会へ通さなければいけない」
「その為の準備をする為にも囮が必要となる。そこで……」
周囲はカリスマ女性の意見を聞くことなく、独自で動きだそうとしている。影で操っていた秋元を含め、超有名アイドルのメンバーは逮捕された為でもある。
「焦るのも無理はないが、今のまま暴走を続ければ、今度は我々がアキバガーディアンに捕まる事になる。そうすれば、彼らは超有名アイドルではなく音楽ゲームの楽曲や同人STG等を頂点にしたコンテンツ流通を行うだろう」
カリスマ女性も対抗策としての意見を出すが、それよりも警戒するべきなのはアキバガーディアンだと考える。
彼らは超有名アイドルの様な日本でしか通用しないコンテンツよりも、海外で評価の高い音楽ゲーム楽曲や同人STGを頂点としたコンテンツ流通を行うと……彼女は考えていた。
「加速度的に進みつつあるコンテンツ消費、それを抑止する為の超有名アイドル商法の唯一無二化計画である事を忘れるな」
最後の締めの言葉で会議は終了したが、それでも周囲に不安の色が大きいのは確かだ。
6月上旬、企業側もブレイクオブサウンドに対して行動を起こしつつあった。何と、彼らは独自で音楽ゲームを作り上げてしまったのだ。
「向こうからコンタクトがなければ、こちらで作ってしまえばよかったのか」
男性スタッフの一人が、ある企画書を完成させて会社へ持って行こうと秋葉原を歩いている。
「後は、これを……」
しかし、会社を目前にして彼らを取り囲んだのは予想外の勢力だった。
「そのカバンの中身を見せてもらおうか」
何と、彼を取り囲んだのは警察だったのだ。アキバガーディアンであれば、何とか言い訳を作って逃げる事も可能だが、警察ではどうしようもない。怪しまれるような物は持っていない為、彼は指示通りにカバンの中身を見せる事にする。
「間違いありません! このメモリーです」
警官の一人がUSBメモリーを発見し、それをタブレット型パソコンに読み込ませる。あのメモリーにはゲームの企画書が――。
「これは……!」
別の警官が中身を確認し、その内容に衝撃を受けていた。そして、この男性は逮捕される事になった。一体、どういう事なのか?
6月8日、スポーツ紙には一面記事に秋葉原で逮捕された人物について書かれていたのだが、そこに書かれている文面は誰もが疑うような内容だった。
「裏システムが、こうした形で表面化するとは……」
深刻な表情でスポーツ紙をコンビニの外でチェックしていたのは、シャロ=ホルスである。
ネットでも噂になっていたブレイクオブサウンドの裏モード、それがある男性のUSBメモリーから設計図を発見したという事で表面化してしまった。
彼が企画書としてベースにした物、それはアカシックレコード上にあったARシステムを利用した音楽ゲームの企画。このゲーム自体は別の世界では実用化されていると明記はされているが、特許を取っている訳ではない。
そこで彼は、この企画書で特許を取り、一攫千金を狙っていたのだ。他にもさまざまなARゲームの素案があったのだが、一部は既に使用されていたので、その中から彼は音楽ゲームのデータをコピーしていった。
しかし、その考えは超有名アイドルを狙った事件の警戒をしていた警察官によって発見され、水の泡となる。
彼の起こした行動は予想外の展開を生み出す事になり、さらなる混乱を呼び起こすきっかけにもなった。
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衝撃的な事実が表面化し、運営には非難のメールが届いているとネット上では思われていた。しかし、そうしたメールは届いていないのが現実である。
【こうした事件の表面化を恐れて、スタッフを公表していないのか?】
【あれは事件と言うよりは、炎上目的で意図的に起こされた事件の可能性がある】
【しかし、警察に捕まったという話がある以上、炎上目的ではないだろう。アキバガーディアンであれば、炎上目的の作戦もあり得るが】
【一体、彼は何をしようとしたのだろうか?】
【ソレは後々分かるだろう。噂では新しい音楽ゲームを作ろうとしていたらしいが】
つぶやきサイトでも色々と言及されているが、この件に関して慌てていたのは意外な場所だった。
この日の午後、緊急の記者会見を動画サイト上で行うと言う情報が出てきたのは、放送開始の10分前だった。
この記者会見では、ブレイクオブサウンドのアナザーワールドについての言及があると言うつぶやきも存在し、動画サイトの会場は即座に満席となる。
「一体、誰が出てくるのか。気になる所だ」
若干興味なさそうな表情で一連のタイムラインをタブレット端末で確認していたのは、信濃杏である。彼女は別の一件を検索していたのだが、緊急記者会見の話を聞き、動画サイトの会場へアクセスした。
午後1時、緊急の記者会見がスタートした。画面に姿を見せたのは、覆面をした人物ではなかった。その人物とは、想定外の人物だったのである。
「数日の間、姿が見えないと思ったら、そう言う事ね……」
動画で姿を見せた人物、その姿を確認した天城きらりは別の意味でも衝撃を受けたようだった。
『今回はスタッフ代理として緊急の会見を行う事にしました』
会見の席に姿を見せた人物、それは何と吉川シズカだったのである。彼が本当にスタッフ代理なのか疑わしい部分はあるが、彼のカリスマ性は非常に高いと言えるかは明言できない。
今から30分前、動画サイトのビル入口に姿を見せた吉川は受付のスタッフに身分証明書を見せ、スタジオ入りをしていた。
「ここまでの流れになるとは予想もしていなかった……」
彼がアタッシュケースの中に厳重封印している物、それは今回の会見で使用する重要なアイテムでもある。その中身は会見開始時に見せる為、今は鍵がされているのだが。
「向こうは既に任せてある以上、こちらは何とかしのぐしか方法はないか」
しばらくして吉川は持参した原稿をチェックし、いくつかの項目を確認した後、本番に備えた。
記者会見の冒頭、吉川はスタッフ代理で来た事を説明する。そして、先ほど用意したアタッシュケースを用意された机の上に置く。
『まずは、これをご覧ください』
アタッシュケースの電子ロックを解除し、ケースが自動で開く。そして、ケースの中に入っていたのは携帯ゲーム機サイズの小型ガジェットだった。
【まさか、新作発表会か?】
【緊急で新作発表と言うと、何処かから情報が漏れた?】
【ARゲーム関係とは違うのか】
【新作ゲームの発表なら、事前発表が急なはずはない】
【別の発表が隠されている】
動画サイト内の流れるコメントには、さまざまなコメントが書かれており、その半数近くがARゲームの発表会を思わせる物だった。
『このゲーム機はARガジェットの原型機を再現した物です。ブレイクオブサウンド等に使われている物のプロトタイプと思っていただければ、ご理解出来ると思います』
この発言を聞いた視聴者は誰もが驚いた。ブレイクオブサウンドで使用されているガジェットの形状を踏まえると、プロトタイプと言われる機種ではプレイ方法が違うからだ。
『見ていただければ分かりますが、こちらはコントローラ形式を採用したガジェットです。現在使用されているタブレット形式とは仕様は異なりますが、原理は同じ物。ARゲーム的な部分は変わりません―』
その後も吉川はARガジェットの解説を続け、30分近くはARゲームの原理や解説を行いつつ、裏システムの原理もさらりと流すという巧みな話術で視聴者を釘付けにした。
記者会見の行われている一方、お台場のテレビ局には複数の特殊車両が姿を見せていた。この車両は警視庁所属ではなく、アキバガーディアンのパーソナルマークが印刷されている。
「これはどういう事だ?」
「これでは、我々はラスボスではなくかませ犬ではないか!」
「一体、アキバガーディアンで何が起こったのか」
何時ものレーヴァテインが集まる会議だが、一名だけログインしていない人物がいる。それは、カリスマ女性の鎧だった。これが意味する物、それは……。
「チェックメイトよ! レーヴァテイン!」
姿を見せた人物、それは天城きらり。彼女のフルアーマー装備を見る限り、レーヴァテインとは戦う気があるようだが。
「貴様は、あの時の――」
きらりの見覚えがある鎧姿の人物も、そこにはいた。レーヴァテインの正体に関しては探りを入れていたのだが、それが的中した事になる。
「テレビ局に関係する投資家ファンを駆逐していった結果、最終的にここへたどり着いた」
きらりがレールガンの引き金を引き、レーヴァテインの1体を消滅させる。残念ながら、ホログラムであって実体は存在しないが。
加速する流れ、それはアカシックレコードの影響なのか。武内皐月は似たような事を思い出しつつ、再び竹ノ塚のフィールドに姿を見せた。
『1年前の出来事、あの事件に興味ある名前を発見した。武内……君の事だったのか』
そこに姿を見せたのは、レーヴァテインだった。声はカリスマ女性ではなく、別の男性のようだ。しかし、武内には彼とノ遭遇歴はない為、声が違う等の特徴は見分けられない。
「その鎧は――」
武内はレーヴァテインとの遭遇歴はない……と思い込んでいた可能性もあった。そして、目の前の人物を見て何かを思い出す。
『テレビの方では報道されない事件があるという話は、嘘ではなかったという事か』
「黙れ――」
『超有名アイドル以外のコンテンを広めようと動き出したアキバガーディアン、コンテンツ法で超有名アイドルの活動妨害をしようとするコンテンツ・ガーディアン、それに超有名アイドルを不要コンテンツと拡散する――』
「それ以上は口にするな! お前達の様な拝金主義や利益至上主義者がコンテンツ流通に関わるべきではない!」
『超有名アイドルは唯一無二の存在。それは銀河系が誕生するのと同じ位に偉大な――』
次の瞬間、武内の握りしめていたブレード型ARガジェットがレーヴァテインを縦一文字に切り落としていた。そして、レーヴァテインは消滅する。どうやら、ここに姿を見せていたのはホログラムのようだ。
「思い出した。レーヴァテイン、それはテレビ局の利益至上主義者達が生み出した超有名アイドル国家へ作り変える為に生み出された……吐き気を催す邪悪その物」
武内の腕は震えていた。ブレイクオブサウンドを崩壊させようとする者、それは利益優先で動くテレビ局や投資家等の様な金の力で全てを動かそうとする存在だったのである。