はしーるくんのコピーか
「店長。おかしなものが見えますよ」
ハーミットのコクピットのアシャさんから声が掛かり、リビングの正面に有るメインモニターに外の様子が映し出される。
「はしーるくん?」
俺が言うと。
「こんな所でなぜあんな事をしているのでしょう?」
ノルンが不思議そうに言う。ここはスガラト王国の王都まであと数キロと言った場所だ。こんな所からはしーるくんを押して帰るのは結構骨だ。
「そりゃあ、街から出て気持ちよく走らせていたは良いが、転倒でもして壊してしまったのではないか?」
ガーネットが言うと。
「でもあの人、怪我していないみたいだし、服も汚れてないみたいだよ。はしーるくんを押して歩く元気も有るみたいだし」
ケーナも言う。
「いや、元気はないみたいだよ」
シグが言うと。はしーるくんを押していた人間がシートに突っ伏すところだった。
「まあ、どこか壊れたんだろうな」
俺が言う。
「え? タケル兄ちゃんが作った魔道具なのに壊れたりするの?」
「何言ってんだケーナ。どんなに良く出来た道具だって使ってりゃ壊れるさ。もちろんアインや業火達だってそうだ」
「アインも壊れちゃうの!?」
「壊れなくとも、関節などの摩耗は有る。オリハルコンを使っているからかなり先の話になるが、永遠に稼働することは無い。メンテナンスは必要さ。あいつらには自己診断機能も付いてるから、自分から言い出すまでは平気だけどな」
「そうですよ、何かあれば店長が直してくれます」
フィーアが言う。
「今は、まだ生まれてから時間が経ってないからデータが少ないが、データが集まってくれば定期的に部品の交換をすることで、トラブルを未然に防げるようになる」
そんな話をしているうちにはしーるくんに追い付き停止する。はしーるくんを押していた人間は接近した俺達を振り返り驚愕の表情で見上げている。なんだ男か。歳は20代後半と言ったところか? 俺は、マイクに向かい。
「ハーミット、外部スピーカーに繋いでくれ」
「はい」
ハーミトの返事を待って。
「おーい、聞こえてるか? 俺の名はタケル。目の前の6本脚のゴーレムの中から話をしている。今からそっちに行くけどいいか? 別に危害を加えるつもりは無いからな」
ぎこちなく頷く男を確認してからドライバーを1本持ってハッチを降りていく。
「よう、どうしたんだ? 故障かい?」
「あ、ああ。機関部は動いているのだがね、車輪に動力が伝わらなくなってしまったのだ」
んー、何か変だな? はしーるくんを見ながら違和感を感じた俺は。
「ちょっと見てやろうか? こう見えても俺はそいつの専門家だ」
「おー! そうか! そうだな! そんな大きな自走車に乗っているのだからな、そんな大きな自走車見たことも聞いたことも無い。君が作ったのかね?」
自走車? ハーミットのツーリングモードを? 自ら走る車ってことか? こいつははしーるくんじゃないのか? 感じた違和感はそれか、コピーって事か
「まあね。なかなかだろ? ハーミットってんだ。それから、俺はタケルだ。冒険者兼ゴーレム術士兼鍛冶士兼魔道具職人兼雑貨屋の店長だ。ウチの店じゃはしーるくんも売ってるぜ」
男は怪訝な顔をしながら。
「僕は、・・・・・・ジルフだ。タケル君これを直せるのかね?」
「とりあえず、見せてもらおう」
自走車にまたがりキーを捻る。クラッチを握りアクセルを開ける。風がエンジンに吸い込まれ風車が・・・・・。やっと回り始めるが、音が違うか? アクセルを開けながらゆっくりとクラッチを繋ぐ。ドライブシャフトが回り、後輪が・・・・・・回らない。とりあえずエンジンを止め。自走車から降りる。ドライバーを取り出し、ドライブシャフト後端のカバーを取り外す。ドライブシャフトに繋がるベベルギアが車軸に付いたベベルギアを削り取っていた。
「随分粗悪なコピー品だな。ギアを鋳造しやがった。しかも、かみ合わせが悪いから削れちまったんだな。まったく、コピーするなら完コピして欲しいもんだな。ウチの評判に傷がつくだろうが。どこで買ったんだ?」
「バロウズ商会だ。スガラト支店で45万イェンもしたのだが、粗悪なコピー品だと?」
「ああ、ウチのはしーるくんのな。ガーゼルに来れば10万イェンだぞ」
「なんだって! それは本当かね!」
「ああ。ただ、今ちょっと店を休んでるからな。直ぐにとはいかないかもしれないけどな」
「ぜひ頼みたい! オーダーメイドで、自分だけの・・・はしーるくんを作れるかい?」
「おー、ジルフ。良く分かってるねー。専用機ってのは男のロマンだよな」
「タケル君は分かってくれるか。初めは良かったのだが、同じ自走車が走っているのを見るとなんとなく物足りなくなってね。バロウズ商会に相談したら、本社に戻さなければ無理だと言われたのだよ。スガラトには技師が居ないのだそうだ。1日でも手元から離したくなくてね、もう1台買おうかと思っていたところなんだ」
45万イェンのバイクをもう1台? しかも、オーダーメイドじゃ更に高くなるだろうに。金持ちだな。はしーるくんの事を知らないとすれば商人じゃねえのか。とすれば貴族ってところか。馴れ馴れしかったかな? まあ、今更か。それにしても、バロウズ商会? どこかで聞いたような? 何所だったかな?
「コンテナを開けてくれ」
ハーミットに話しかけると。
『はい』
スピーカーから返事がして、ハーミットがさらに姿勢を低くする。2番コンテナのハッチが開く。
「王都まではまだ結構ある。運んでやるよ」
「それは有難い」
ジルフが笑顔で自走車をコンテナまで押してくる。コンテナに収まる試作はしーるくん1号と2号を見て。
「これは? こんな形の自走車は見た事が無い」
「試作のはしーるくん1号と2号だ。自走車とはデザインが全く違うだろ?」
このコピーもそうだが、量産型はアメリカンタイプだ。1号は作った時のままで、カウルなしの古いレーサータイプだが、フロントはスイングアームを使っている。2号は俺の趣味全開でスイングアームをフロントフォークに変更し、セミカウルを付けカフェレーサー風にしている。本当は、ドゥカティ750SS風にしたかった。画像でしか見た事が無いが、ドゥカティ750SSは恰好良かったからな。でも、2気筒にしちまうとパワーが足りないし、チェーンよりもドライブシャフトの方が構造が簡単で、作るのにも、メンテナンスするにも都合が良かったので、それっぽいセミカウルを付けただけで妥協している。
「これはいいね。すごくカッコいい。私はこういった物が欲しかったのだよ」
ジルフが2号を食い入るように見て言った。
「乗ってみるかい? 操縦方法はこれと変わらない。ただし、未舗装路には向かない完全な趣味で作ったヤツだからな。スピードは抑え気味にしてくれ」
「いいのかい? 遠慮しないよ?」
「いいさ、でもジルフのに比べて力は倍近く有るはずだ気を付けてくれ」
量産型のはしーるくんに比べて倍だからな。粗悪品のコピーに比べるとどうなんだろう。
「了解した」
そう言うジルフに2号を渡し、自走車をコンテナにしまうと俺達はスガラト王国の王都に向かって出発した。
「へー。ジルフの奴上手いな」
ジルフの乗る2号をモニターで見ながら俺が言うと。ガーネットも。
「そうだな。量産型はしーるくんと2号は全く特性が違うからな。いきなりで、あそこまでスムーズに発進できるのはすごいな」
と感心したように言う。ウチじゃあ1番はしーるくんに乗っているのがガーネットだ。そして、操縦も1番上手い。もちろん俺よりもだ。だいたい、俺は原付すら持っていなかったんだバイクの運転が上手い訳がない。
「ガーネットが言うならそうなのでしょうね。彼は、はしーるくんで走るのが好きなんですね」
アシャさんが言う。
「まあ、正確には自走車って言うらしいがな。市販型のはしーるくんのコピーさ」
俺が言う。
「コピーですか」
「そう、どうせコピーするなら完コピして欲しかったよな。性能は分からねえが、品質は悪いな。肝心な部分が最悪だ。全くなっちゃいない。駆動関係の部品は少なくとも鍛造の鋼で作って、キチンと精度を出すくらいはして欲しいところだ。そんな物を、45万イェンだってよふざけた値段だよな。ウチのは10万イェンだぞ」
性能的には原付に毛が生えた程度だから高すぎる気がしてるくらいだ。するとラングが。
「はしーるくんが安すぎるんだよ。あれだけの魔道具だ45万イェンはそれほど法外な値段じゃないぞ」
「そうなのか。何分その手の知識が全くないからなー。それに、魔道具店を見て回った時はそれほど高い物じゃなかったぞ」
「それは、大量生産の簡単な魔道具だランプやコンロだろ? はしーるくん程精巧な物は普通は受注生産されるから店先で見る事なんかできないさ」
なるほど、そんなものか。
「でも、タケルさんの、はしーるくんのコピーを自分達の商品として売るなんて。酷い商会ですね」
そう言うノルンに俺は。
「まんまコピーして売り出したってところには思うところもあるが、少しだけ外見をいじってこれは自分のオリジナルだとか言うよりはましか? いや、まんまコピーしてオリジナルだって言い張るかもしれないな」
でも、向こうで使われている道具だって、原形をコピーすることから始まっているんだと思う。物によっては、オリジナルを作った者より成功したコピーだってあったはずで。特許料を払おうとパクった物だろうと、何かを参考にして発展させた事には違いない。手続きの有無は契約や商売としては重要だろうが、技術の発展とはまた別の話だろう。
「だいたい、はしーるくんは俺の手作りだからな。欲しがる人達全員に行き渡る程作る事は出来ないし、するつもりも無い。俺はロボを作り操縦する事が大好きなんだ。ロボを保有し自由に使うために冒険者になり、ゴーレムギルドに所属し、傭兵団を作った。ここいらから戦争を無くしたいってのは本当だが、ロボを使っても誰からも怒られないって事が気に入ってるのさ。誰かがはしーるくんの代わりを作ってくれるんだ。ありがたいくらいさ。今は粗悪なコピー品だろうが、環境が整えばすぐに、はしーるくんを凌駕するものを作る奴が現れるさ」
まあ、あの出来ではちょいと渋いだろうが、それこそこれからの技術だろう。需要が有りそこに競争が加われば、技術は加速する。飛行機がいい例だ、あれは初の動力飛行から音速を超えるまで50年とかかっちゃいない。2回の戦争による開発競争が大きな要素だったかもしれないが優れた発想によって生み出された物は加速度的に普及するもんだろ。はしーるくんだって、有効性が認められ複数の商会が作るようになれば、良い物ができるだろう。そのうち俺も買う事になるかもしれない。
「お兄ちゃんはぶれませんね。まったく、その情熱をもっと他にも・・・・・・」
アシャさんが何かブツブツ言っている。ラングが。
「お、王都が見えて来たぜ」
「よう、バックス隊長殿! 少しぶりだな」
スガラト王国の王都の南門で挨拶する。
「少しぶりじゃねえよ! で、今日は何の用事なんだ?」
「陛下に少しお願いがあって寄ったんだ。オッサンに取り次いでくれ」
「お前さんが来たら閣下にお知らせするのは仕事だから当たり前だが、言うに事を欠いて内務大臣をオッサン呼ばわりするな」
「いや、本人の前では言わねえぞ。俺は常識人だ」
「ふざけた事を言うな。いきなりあんな物で王都の正門に乗り付ける奴が常識とか言うな。常識に失礼だろうが。みてみろ、みんな引いちまったぞ! 何考えてやがんだ!」
正門で入場待ちをしていた人々は俺達のパペットバトラーに驚き道を開けてしまった。
「え? みんなが優しくして嬉しいなって思ってたんだけど?」
「馬鹿野郎! そんな訳あるか! 怯えてんだよ! 引いてんだよ! 気付けよ! 察しろよ!」
「そんな事言われてもさ、俺はまだ見てのとおり若造だよ? 人生経験が浅いんだ無理言うなよ」
そこに、のんびりとした声がかかった。
「やあ、バックス隊長。ご苦労様」
ジルフを見たバックスは、素早く敬礼をし。
「ジルフォルト様おかえりなさいませ」
ん? なんだ、ジルフってのは偽名か。しかし、後ろを切っただけとか、分かり易いな。ネーミングセンスは大したことねえな。
「お兄ちゃんと、同じくらい酷いね」
「俺のはあそこまでひどくない」
失礼な事を言うアシャさんにそう返す。ジルフが俺に振り向き、頭を掻きながら。
「さっそくバレてしまったね」
「ジルフ、貴族様なんだな。あ、ジルフォルト様って言わなきゃいけねえのか」
「おいタケル。子爵様になんて、口の利き方・・・・・・って、サクラント様にも敬語は使ってなかったな。でもな、あの方は諦めているから構わんかもしれんが、普通なら不敬罪でぶち込まれる所だぞ」
「いやいや、そんな事くらいで不敬罪などとは言わないよ。だいたい、自ら本名を名乗っていないのだから。ジルフのままでいいよタケル君」
「そうそう、名前や立場を知られたくないから偽名を使うんだ。そんな状態で不敬罪とか言われても困っちまうぞ」
「そんな理不尽なことは言わないさ」
「だよな。で? どうよ、俺のはしーるくんは?」
「いやー、これは良い物だ。アクセルに対する反応が素早く、自走車に倍すると思われるエンジンの出力。その強大な出力を余すところなく大地に伝えるだけでなく、道の凹凸をしなやかにいなす足回り。素晴らしい! タケル君! 僕は今感動している!」
何だか分らねえけど、熱い思いの丈は伝わってくる。
「熱いな」
ラングが言う。
「暑っ苦しいね」
とガーネット。
「でも、なんだかロボの事を話す時のタケル兄ちゃんに似てるような」
「そうですね。何かに夢中になる男性と言うのはみな同じ様になってしまうのですね」
ケーナの言葉にアシャさんが相槌を打つ。
「タケル君。はしーるくんを返さねばならんな。名残惜しいが、仕方がない。ところで、さっきの話は本当かい? タケル君の店に行けば同じものが買えるんだね?」
「そいつに積んであるエンジンは売り物には使うつもりはねえんだ。だから、基本的にはジルフの自走車のエンジンと同じ物さ。もっとも、あれは劣化コピーだからな。俺のオリジナルが負けてるとは思わねえけど。オリジナルって事に胡坐をかいてると、尖った性能のコピーに足元をすくわれるなんて事も有るかも知れねえか?」
オリジナルを超えるコピー品なんか向こうの世界にはいくらでも有った話だろう。耐久力はともかく出力だけは上だなんてことは有るかもな。
「そう言うものかい? しかし、僕はタケル君が作ったはしーるくんが欲しいな。走りに対する拘りのようなものを感じたよ。作り手の想いとでも言うのだろうか? 僕は、そんなタケル君が作ったはしーるくんに乗りたい。金もうけのために作られた自走車にはきっと何かが足りないんじゃないかと思うから」
ジルフォルト子爵か、こいつが走りに掛ける想いってやつはロボに対する俺のと同じなのかもしれない。短い付き合いだが、俺はこの男を気に入ってしまったようだ。
「やってみたい事もあるから、出力もレスポンスも上のエンジンを乗せてやるよ。もちろんボディーはジルフの好みに合わせる」
乗り掛かった舟だからな、思う存分やらせてもらおう。そう、自重しないってやつだ。
「おー、ありがたい。では、イェンを握りしめてタケル君の店に行かせてもらうよ」
「俺達は、王都に用事があるから少ししないとガーゼルには戻れないけどな」
「僕だってこちらの仕事を前倒しでやらないといけないから少しだけ後になるかな。2か月分くらいの仕事を片付ければいいかな?」
そういうジルフにアシャさんが。
「ガーゼルの街に来ていただいてもお店に店長が居るとは限りませんけどね。いーつも出歩いてばかりでお店はフィーアちゃんに任せきりですものね」
その言葉を聞いてアシャさんを振り向き、驚いた顔をしたジルフが。
「えーと、タケル君の奥方かな? それにしても、お美しい方だ。僕はジルフォルト。タケル君の友人・・・・・・でいいのか? とにかくよろしく」
「え? 奥方・・・・・・」
アシャさんが真っ赤になって両手を頬にあてくねくねしだした。
「いや、彼女は冒険者パーティーの仲間だ。それから・・・・・・」
皆をジルフに紹介する。その後、返品してやると言いながら自走車を押して町中に消えて行った。それを見送った俺にラングが。
「大分、気に入ったみたいだな。ジルフォルト子爵か、変わり者の貴族様だったな」
「ラングは知り合いじゃないのか?」
「俺は、強い奴に会いたくて勇者をしてたからな。貴族とは付き合いが無かったな」
「そうか。まあ、お客として来た時の為にプランを練っておこうかな」
「と言う訳で、真聖シガト王国の事を頼みたいんだ。王家のやっていた事はとんでもないことだし、決して許されることではないかもしれないけどな。まあ、貴族や役人達はともかく、国民にまで責任を負わせることもないだろうし」
スガラト王国のソーデルト国王が。
「国の教育のせいで、国民の意識がおかしな方向に向いている可能性は有るだろうが、その意識改革は真聖シガト王国に任せるとして。同盟への加入については、条約を批准するのであれば問題ないだろう。今までの行いを無かったことにはできんが、これから信頼を得るための行動を取ってもらおう」
お、話が分かるじゃねえか。
「だいたい、多かれ少なかれどこの国であっても問題は有るのだ。今更その問題を大小であげつらうよりもこれからどのように行動するかが問題だからな。タケル殿が、誘拐の事を水に流すと言うのだから、こちらとしても様子見させてもらおう。他国への通達については任せてくれ。真聖シガト王国にもチャンスは与えれれるべきだ」
「よろしくお願いします。そうそう、あそこが集めた技術には有効なものが数多く有るんで、同盟の発展のために生かしてください」
「ああ、それを手土産にすれば、文句を言う国もあるまい」
よし! これで真聖シガト王国の事は同盟に丸投げできるな。同盟加入の口利きはしたんだ、あとは、自分達の努力次第という事でいいだろう。