初めての・・・
「ガーネット姉ちゃん、ありがとー」
マナポーションを飲んだケーナが上体を起こしながら言う。
「人助けもいいが、あまり無茶はするな」
まあ、アインが一緒だったしな。あいつがケーナに無理をさせる訳ねえからな。
「うん、気を付ける。で、その人は?」
「シグか、少し弱ってはいるが、直に目を覚ますだろう。しばらく何も食ってなかったみたいだ。無計画な所は直ってないみたいだ」
「シグ? 直って無いって? タケル兄ちゃんの知り合いなの?」
「ああ、サースベリアからの帰りに知り合ったんだ。ゴブリンに追い掛けられてたところを助けた」
「そう言えば、あの時もお腹すかせてましたね」
ノルンが、なにか懐かしい事を語っているような口調で言う。
「そうですね。パスタを美味しい美味しいって言って食べてましたよね。何だか、ずいぶん昔の事みたい」
「そうだな、短い間に色々有ったからな」
俺は、アプリコットの言葉に相槌を打つ。
「ノルン姉ちゃんもアプリコットも知ってるんだね」
「うん」
「ええ」
「どんな、人なの?」
「そうだな・・・・・・。行きたいところが有って旅をしてるって言ってたな。それまでは、孤児院を飛び出してから、スラムで日銭を稼ぎながら生きてたそうだ」
「悪い事はしなかったって言ってた」
「偉いですよね。そんな環境で真っ当に生きようとしていたんですもの」
「じゃあ、助けて正解? あたしやアプリコットと歳は同じくらいかな?」
「そうだな。冒険者になりてえって言ってたからな。15才まではまだあるんんだろう」
「うっ・・・・・・。あ?」
どうやらシグが目を覚ましたようだ。
「シグ君。大丈夫?」
アプリコットがシグを覗きこむように顔を近づけて尋ねる。
「あー? ・・・・・・うわーーー!!」
アプリコットの顔をアップで見て驚いたんだろうな。シグはベッドをずり上がるようにしてアプリコットから離れる。
「う? アプリコット・・・さん? あれ? どうして?」
周りを見渡して。
「あれ? ここはどこだ? ん? タケルさん?」
「よお、久しぶり。相変わらず無計画だな、シグ」
「ここは? なんでオレは? なんでタケルさんとアプリコットが?」
「ノルンもいるぞ」
「シグくん、具合はどうです? おかしなところはありませんか?」
ノルンが尋ねる。シグは少し考えてから。
「うん、何ともないみたいだ。ノルンさんが助けてくれたのかい?」
「いいえ、あなたを見つけて来たのはケーナよ」
そう言ってノルンが指し示す方を向いたシグはソファーに半身を起したケーナに向かって。
「ありがとう助かった」
そう言って頭を下げた。
「ケーナさん? あんた顔色が悪いぞ。大丈夫なのか? 俺を助けるのに怪我したのか?」
「シグが、動かないもんだから怪我でもしたのかと思ってハイヒールを掛け過ぎたんだ。で、魔力切れを起こした。まあ、マナポーションを飲ませたから直に回復するさ」
「そう、・・・なんか、・・・ごめん」
もう一度頭を下げる。
「ううん。ケガしてるんだと思って、慌てちゃったんだ。ガーネット姉ちゃんにポーションを飲ませてもらったから、もう平気だよ」
『グーーー』
ニッコリと笑うケーナから慌てて目をそらすシグの腹が鳴った。
「飯もらってきたぞー」
そう言ってラングが戻って来た。
「腹減ってんだろ? 取りあえずそいつを腹に入れとけ」
「ごちそうさま」
そう言ってスプーンを置くシグに。
「さて、シグ何が有った? これからどうするんだ?」
「スガラトで王都外壁の修繕工事の日雇いをやって金を溜めたからさ、シュバルリに行こうとしたんだ。途中でオークの群れに襲われて、荷物を捨てて何とか逃げ延びたんだけど、森の中で迷っちまって。腹が減って倒れたのかな?」
「渡した金を使い切るのが早かったな? そんなに大食いなのか?」
「そんな簡単に食べ切れる金額じゃなかったよ。友達の妹が大怪我して、治療費で全部使っちまったんだ」
「スガラトに友達がいたのか? ホグランのスラムに居たって言ってなかったか?」
「スガラトに行ってから出来た友達だよ」
その友人の為に有り金全部出しちまったのかー。シグ、男の子だねー。
「で、シュバルリには何しに行くんだ?」
「剣聖スカラート様の所に」
ん? 師匠のところに? 弟子入り志願ってか・・・・。
「弟子入りしたいんだ! 強くなって! あいつらを見返したかったんだ・・・」
見返したかった・・・か? 過去形?
「師匠はもう弟子取らないって言ってたぞ」
「え! タケルさんって、剣聖の弟子なの? だったら」
手を突き出して、シグの言葉を遮って。
「あー、俺は弟子じゃねえ。勝手に師匠だって思ってるだけだからな。強くなりそうなガキとしか思っちゃいないんじゃねえか? 3日だけ稽古をつけてもらっただけでな。その時もう弟子は取らねえってはっきり言ってたぞ」
「紹介してもらうのは無理?」
「無理って言うより。無駄だな。時間が無くて1人前に出来ないから弟子は取らないってよ。師匠はそういうところ頑固っぽかったからな」
「・・・・・」
少し黙ったシグは。
「オレ、勇者なんだよ」
そう言って反応をうかがうように俺達を見まわし。
「なるほど」
「勇者ですか」
「へー、勇者かー」
「ほー」
「シグ君もですか」
俺達の淡白な反応を見て、訝しげな表情で首を傾げる。シグも勇者なのか。
「勇者だからって、贔屓はないぞ。弟子になりたいって押しかけた勇者が断わられてたからな」
「そんなんじゃない。オレ3年前の年初めのカードの更新で勇者だって事が分ったんだけど。それからは、孤児院の仲間や大人から避けられるようになって。街の連中には馬鹿にされるようになった。勇者のクセにって言われて。それが嫌になって孤児院を飛び出して、スラムで暮らしてたんだ」
そう言えば、ノルマルトの所のドミニクがそんな事を言ってたな。シグは続けて。
「強くなりたかったんだ。ノルマルト様みたいに強くなって見返してやりたかったんだ。剣聖スカラート様の弟子になれば強くなれるって思ってホグランを出て来たんだ」
勇者スキル。それまでの生活を無茶苦茶にする・・・か。まったくロクなスキルじゃねえな。
「でも、旅の途中でタケルさんに助けられて、タケルさんにもらったお金でミカルの怪我を直す事ができて。あいつらを見返すことなんかもうどうだっていいんだ。誰かを助けられるようになりたいって思ったんだ。誰かの為に何かしたいって思ったんだ」
ほうほう、友達の妹はミカルって言うのか。俺も少しは良い事したかな?
「でも、オレはオークにもゴブリンにも追いかけられて、逃げて。他人に助けてもらえなきゃ死んでた」
「でも、生きてるだろ? 死なない限りチャンスはある。まあ、そいつをどう生かすかはシグ次第だ」
思いつめた表情で。
「・・・オレは。オレは強くなりたい。タケルさんみたいに強くなりたい!」
ラングが。
「確かに、タケルの強さは別格だな」
「キャナルとミカルの敵討ちの手伝いもしたいし」
キャナルってのが、スガラト王国で出来た友達か。
「あいつらの親父さんを殺したヤツ。ナイトメア オブ ガーゼルを」
あれ? ナイトメア オブ ガーゼルって、俺の事だよな? 俺みたいに強くなってオレを倒す? 俺があの時殺した兵隊の中に、そのキャナルの父親がいたって事か・・・。さて、どうしたもんか? まあ、取りあえずは。
「アプリコット、アイン、ケーナとシグをシルビアの宿に。とにかく2人とも今日はゆっくり休め」
問題の先送りだな。
「はい」
「ハイ」
「はーい」
「宿に泊まる金なんかねえよ」
「気にするな。せっかくケーナが助けたんだ。こんな中途半端なところでほおりだしたりしねえよ。こいつも貸しにしとくよ」
「・・・・・うん。ありがとう」
そう言って、4人で店から出て行く。アシャさんが。
「ナイトメア オブ ガーゼル。それって店長の事ですよね? スガラトの王都のギルドで噂されていましたよね」
「ああ、そうだったな」
ガーネットは。
「ガーゼルの悪夢か。まあ、スガラトの連中からしたら、店長がやった事は悪夢だな」
「それでどうするんだ? まあ、友達の親の敵って程度なら大丈夫だと思うが」
ラングが言うと。ノルンが。
「ラングさん? 大丈夫と言うのは? タケルさんの命を狙う事は無いって事ですか?」
「いや、そうじゃねえよ。その友達との関係にもよるけどな。例えば、親の敵討ちとかを目的に修行するとな。歪むんだよ、剣がな。命を狙って剣を振るうようになっちまう」
「人に斬りつけるんですから命を狙うのでは無いのですか?」
良く分からないノルンにガーネットが。
「自分は剣を振るう事で敵の命を奪う覚悟はしているが、常に相手を殺そうとして剣を使う訳ではない。戦闘力を奪えばそれで良いのだ。例え、戦争であっても。いや、戦争の時は、殺すよりも怪我人の方が、より効果的に相手の戦意を奪い。戦力をそげるからな」
俺は。
「ラング達が言いたいのは。命を、必殺を狙う気持ちが強いと、常に相手の急所に剣を入れようとする。つまり、間合いが狭まる。腕や足に傷を負ったら戦闘力は下がるんだ。それじゃ実力が伯仲している時は勝てない。長生きできないって事を言いたいのさ」
「ではどうするんですか? 店長のことです。このままシグ君を見放すつもりは無いんでしょ?」
「まあ、知らない仲じゃないし。ケーナが拾ってきたのは何かの縁だろ? この縁がシグを不幸にしないようにって思うよ」
俺達は店を出たが、俺は冒険者ギルドに寄ってからシルビアの宿に戻った。
「ねえ、タケルさん。どこに行くんだい?」
「あれ、言わなかったっけ? 魔物の討伐さ、西の森の辺りだ。昨夜冒険者ギルドでちょうど良いのが有ったからな」
「え? オレなんかが付いて行っていいのかい?」
「ああ、危険も無いしな。今日は俺1人でできる簡単なお仕事だ。冒険者になりたいんだろ? 見ているといい。冒険者の仕事ってヤツをさ」
「うん!」
シグの返事を聞いてラングが。
「で? 討伐対象の魔物は何だ?」
「ん? サイクロプス。西の森をうろついてる所を目撃された。あれはCクラスだそうだからな、俺1人で行けんだろ?」
ガーネットが。
「紅角や蒼角でなきゃな」
と言った。赤かったり青かったりかー。黄色がいれば信号機だな。
「なんだい、そりゃ?」
「黒い角のサイクロプスよりも強いのさ。紅や蒼い角を持った個体はCクラスの範疇に納まらない程の強さだそうだ」
ラングが引き継いで。
「強さはBクラスの上位だぞ。亜種じゃ無く変異種だと見てるから、Cクラスのままらしいけどな」
なるほど。Bクラス相当か・・・。
「騎士団が出張るクラスって事ね。まあ、そんな偶然もないさ」
あ。これってフラグ?
「タケルさん。大丈夫なのか? Cクラスの魔物って強いんじゃないのか?」
「ああ強いぞ。ブラッドグリズリーにオーガも強かった。まあ、俺の敵じゃ無かったけどな。冒険者ランクはCだけど、こう見えて勇者(笑)なんだ」
「え!! タケルさんも勇者なのかい?」
「ああ、野良だけどな」
「そうか、タケルさんも・・・。だから、昨日オレが勇者だって言っても驚かなかったのか」
「ラングも勇者だぞ。素行が悪くて首にはなったが、スガラト王国公認の公認だったんだぜ」
「ラングさんも勇者・・・」
「首じゃねえ。お前が辞めないと勝負しないと言ったんだろうが。素行が悪いとか言うな」
侵略戦争に行くのを拒否したんだ。十分素行が悪いと言えるだろうに。
「あれ? そうだったっけ? とにかく、ここに勇者が3人。勇者なんてそれ程珍しいもんじゃないって事だな。周りに何を言われても気にする必要は無いってことさ」
「うん」
シグの返事を聞いて、馬車を止めた。西の森の側の広い草原だここなら広さも十分にある。
「さて、皆はここで待っててくれ」
馬車を降り、とべーるくんを取り出し装着しながら。
「シグが弟子入りしたいって言ってた。剣聖の技だけどな、俺も使える」
「弟子じゃ無いって言ってたのは嘘なの!?」
「弟子じゃねえさ。でも、皆伝並みだ。魔闘流の秘伝を見せてやろう。1つ目の目標だろ」
ラングが口を挟んできた。
「タケル、お前普段の訓練は手抜きか!」
「勝負の時に使ったろ? 訓練してれば分るだろ? 気が付かなかったのか?」
「・・・・・・」
ラングは黙り込み、シグは。
「なあ、タケルさん」
皆まで言わせず。
「それから、俺の二つ名は『殲滅の白刃』ってんだ。スガラトじゃ『ナイトメア オブ ガーゼル』とも呼ばれてるらしい」
「え? ・・・・・・タケルさんが? キャナル達の・・・仇!」
シグが困惑した表情でオレを見る。サイクロプスを探してる間に落ち付くと良いんだけど。俺は魔石に魔力を流し、飛び上がった。
「さて、空からさがせば直ぐだろ」
魔力を探りながら森の上空をゆっくり飛行する。しばらくすると。
「いた」
サイクロプスが座り込んで、ビックボアを抱え込み、むしり取った足にかぶりついているところだった。
「あれって蒼角だよな。・・・・・・はあー。やっぱりフラグかよ」
蒼い1本の角を生やしたサイクロプスか。Bクラス相当の強さね。ヤツの頭の上をゆっくり旋回しながら。
「ランチタイムを邪魔するのも悪いか?」
ドラグーンを抜いて、パラメータをいじった方のエクスプロージョンに合わせる。トリガーを引き。
『ゴウッ!』
「最後の食事くらいゆっくりさせてやればよかったか?」
サイクロプスが抱えるビックボアの魔核近辺を吹き飛ばす。
「魔核が吹き飛べば・・・・」
ヤツのランチはむしり取られた足を残して消えた。消えたランチを探して辺りを見回すが、当然見つかるはずは無い。
『ゴウッ!』
もう一度エクスプロージョンを打ち込みサイクロプスの注意を俺に向ける。
「さて、食後の運動の時間だ」
良い感じの距離を取りながら馬車の方向に向かって飛ぶ。
『ベキ!! バキッ!! ベキッ!!!』
振り返ると、大木を叩き折りながら追いかけて来るサイクロプスと目が合う。まあ、あんなことされたらヤツじゃなくても怒るだろうな。ビックボアの足1本しか食ってなかたからな。
「さて、ちゃんと着いて来いよ」
少しだけ、とべーるくんの速度をあげて、馬車の方に向かった。
「ただーいま」
そう言いながら。馬車の側に着地した。
「おかえり、釣れたんだな。では、冒険者の仕事ってやつをジックリと見せてもらおう」
ラングだ。
「ますたー、ガンバレ。陰ナガラ応援シテアゲテモイイヨ」
「だいたい、自分達は店長の全力の戦いと言うものを見た事が無いのだ。今日はきちんと仕事をして、店長の実力ってやつを見せてくれ」
だれも、俺を心配してくれないらしい。
「よし! 期待に答えようじゃないか」
そう言って森の方を覗うと。サイクロプスがちょうど出て来たところだった。
「じゃあ、ちょと倒してくる」
そう言いながら、皆を見ると、複雑な表情のシグと目が合った。
「・・・・・・」
無言のシグにかける言葉は見つからない。振り向いて森に向かう。
「ケーナ。AMRを準備してちょうだい」
「うん」
アシャさんとケーナの会話が聞こえたが、そのまま小走りにサイクロプスに向かう。適当な所で立ち止まり太刀を抜き構えを取って適当に身体強化をして向かい合う。奴は突進の勢いを生かし、右手に持った棍棒状の岩を思いきり叩きつけるように振り降ろした。凄い早さでオレに向かって来る。5mに届く程の身長から振り下ろされる攻撃は凄まじい威力になるだろう。当たればタダじゃすまない。素早く身をかわし。
「当たればだがな」
呟く俺の声をかき消すように。
『ズン!』
俺の脇の地面に大きな音を立てめり込む。素早く持ち上げた棍棒を今度は横薙ぎにしてきた。太刀の刃を合わせ受け流す。すると、棍棒を振り切ることなく、途中で引きもどしながらもう一度横薙ぎにしてきた。あれを普通の人間がやると関節か靭帯を痛める。その攻撃にも、慌てることなく刃を合わせ受け流してやる。
『グオー!!』
と叫んで。今度は上段から振り下ろしてきた。まともに食らえばグチャグチャになっちまう。ここで、初めて全力で身体強化しながら太刀から左腕を離し頭上に掲げる。まあ、いけるだろ。
『ズン!』
両足が数センチ地面に沈んだが、岩を受け止めた。
『ゴーーーーー!!』
ヤツは叫びながら、押し込んでくる。ビクともしない俺を見て。左手も添えて。
『グオー!』
更に体重を乗せてきた。
『ミシ! ビキ!』
俺は、左手に力を込めて棍棒に指を食いこませる。
『グッオーーー!!』
ヤツは更に力を込めてくるが、俺はビクともしない。俺が潰せないと分かると今度は岩を力いっぱい引き上げる。押してくる力にはまだまだ耐えられるが、引き上げられれば直ぐに持ち上がる。当り前だよな、身体強化で体重が増える訳じゃ無い。俺が手を離すとサイクロプスは勢い余って後ずさる。
「チャーンス」
魔力操作で、ヤツの足の魔力を乱す。
『ズーーン!』
腰が抜けたように、尻持ちを着く。身体強化したままヤツの体に飛び乗り、太刀の魔石に魔力を流す。
『ズシャッ!』
首を斬り飛ばし、素早く飛び下り、ヤツから離れながら太刀をひと振りして納刀する。
『シャーーー』
首から噴水のように血が噴き上がる。そのままゆっくりと崩れ落ちて行く。血しぶきを除け、皆の所に戻る。
「蒼角だったぞ。ガーネットがあんなこと言うから、フラグが立った」
そう言うと。ガーネットが。
「自分が何と言おうと、サイクロプスの角の色が変わる訳がないだろう。当たりを引いたのは、店長の日頃の行いのせいだ」
酷い事を言う。
「そうですよ、普段からサボってるからツケが回って来るんです」
アシャさんまで。
「でも、凄いですね。タマにしか働かないのに。珍しい魔物に当たるなんて」
ノルンがナチュラルに酷スギル。
「ツケが回ったにしちゃ、ついてたな。あのタイミングでサイクロプスが転ぶなんてな」
ラングが失礼な事を言う。
「転んだんじゃねえよ。転がしたんだよ」
俺が言うと。シグが。
「転がしたって、タケルさんが何かしたようには見えなかった」
「見えないさ」
そう言って、ラングに軽く魔力操作を行う。膝から力が抜け座り込む。
「え!?」
驚くラング。皆に向かって。
「今のが、魔闘流の秘伝だ。技の名前は無いんだが、俺は魔力操作って呼んでる」
「魔闘流・・・・・・。剣聖スカラート様の技・・・・・・」
シグがつぶやく。
「ああ、今の魔力操作とサイクロプスの棍棒を受け止めた身体強化。この技を使えるのは、俺が知る限り師匠と俺だけ」
ラングが。
「何しやがるんだ。黙ってこんな事するな」
言葉とは違って、たいして怒っちゃいない。かな?
「聞いたらOKしてくれたのか? 奇特なヤツだな」
「馬鹿野郎。OKする訳ねえだろうが」
「だったら、聞くだけ無駄じゃねえか」
「おまえなー。人が嫌がる事はするなって言われた事ねえのか?」
「ん? おー、昔そんな事を言われた事があったかもしれない」
「そう言う事は、忘れるんじゃねえ!」
少しだけイラついてるか? カルシウムが足りてねえんだな、きっと。
「忘れちゃいないさ」
「だったら何でこんな事したんだ!」
「元から覚えなかったんだ」
「クッ! ・・・・この「はいはい、そこまでよ。」」
俺を怒鳴り付けようとしたラングの言葉をアシャさんが遮った。2人そろってアシャさんを見る。
「シグ君が話を聞きたそうにしてるわよ」
言われて、シグに顔を向け首を傾げ話を促す。シグは
「タケルさんは、その力でキャナルの親父さんを殺した」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。スガラト王国のアースデリア王国侵攻軍の軍隊を皆殺しにした。キャナルの親父さんがその中に居たならその時に死んだんだろ」
「殺したんじゃないか。仇ってことだろ」
「俺が殺したのは兵士だ。キャナルの父親がその中にいたとしてもそいつを殺したのは、戦争さ、俺じゃ無い」
「どう違うんだよ!」
「全然違うさ。兵士ってのはな、戦争の目的の為にやて来る人殺し達の事だ。敵国の人間を殺しに来るんだ。相手に殺される事だってあるに決まってるだろ。あの時ガーゼルに俺が居なくてもアースデリア王国の国民だけじゃなく、スガラトの兵士の中にだって死人は出てたはずだ」
「昔ドサクサに紛れて取られた領土を取り返す為に、仕方無く起こした戦争だったって聞いた。それに、キャナル達の親父さんは優しい人だったって」
「どんな素晴らしい理想を掲げようと、人殺しに違いは無い。そこには、兵士個人の事情が入り込む余地は無い。どれだけ優しい人間だろうと、子供が国に残っていようと、結婚したばかりだろうと、全く関係無い。奴らは人殺しの集団だ」
「・・・・・・」
「納得できないだろ? 理不尽だと思うだろ? でもな、戦争なんてやつは理不尽なもんだ。真っ先に死ぬのは、権力を持たない弱くて優しい人達なんだよ。俺はな、俺の手の届く範囲から戦争を無くすんだ。スガラトの兵士を5千人も殺したヤツが言っても信じられないだろうがな」
「戦争なんか、いつでも何処かで起きてるもんじゃないか。スラムには、そのせいで家族を無くした連中も多く居た。戦争を無くすなんてできっこないじゃないか」
「シグはそう思うのか。俺はそうは思わない。人同士の争いとは違うんだ、戦争が起きる根っこなんか単純だ。相手が持っている物がどうしても欲しい。これだけさ」
シグは黙り込んで、俺が言った事を考えてるようだ。そこにラングが割り込む。
「人の欲は無くなりゃしねえだろう。欲が有れば争いは起こるだろうが」
「そうかな? 俺は、そうとはかぎらないと思う。欲しい物を手に入れる方法は3つ有るだろ? 買う事、もらう事、そして奪う事。奪うことが出来なくなれば、買うか、もらうしか方法が無くなる。そのためには仲良くしなきゃならない」
シグの理解を促してくれてるのか? ラングが協力してくれてる。
「仲良く出来ねえから戦争になるんだろうが」
「だったら、戦争を出来なくすりゃあいい。戦争を起こした国に、俺が作る傭兵団が問答無用で攻め込んで権力の中枢を叩き潰す。そのために作ったのが烈火だ。その為の傭兵団だ。圧倒的な武力で脅して戦争を起こせないようにするのさ」
業火は俺の趣味の為に作ったんだけど。
「そんな事がいつまで続けられると思ってるんだ。タケルの傭兵団と同様の武力を蓄えた国が出て来たら終わっちまうんだぞ」
「そうなるまでに、戦争なんかしなくても、欲しいものが自由に手に入る世界にすりゃあいい。戦争なんか馬鹿らしいと皆が考える世界にすりゃあいいじゃねえか」
「そうなったら傭兵団は必要無くなるな、そうしたら、また戦争が起こるだろうさ」
「それでも良いさ。そうなる時までの間は、ここら辺りから戦争が無くなる。先の事はその時誰かが、どうにかすりゃいい。そうなるまでに、戦争なんかしなくても良い世の中になってるのが理想だけど。先のことなんか知らねえ。戦争をしなくとも人がちゃんと暮らして行けるって事を証明したい。後のことはその時生きてる奴らが考えりゃいいんだ」
「なるほど、自分の手の届く範囲から戦争を無くすってことか」
「キャナルたちみたいな子供がいなくなるってこと? そんな事が出来るのかい?」
「簡単じゃねえだろうさ。でも、やろうとしなきゃ絶対に出来ない。ヤマト帝国がいずれこっちにも攻めてくる。今がチャンスなのさ。今なら、この辺りの国を纏める事が出来る。帝国が来ても来なくても、無理やり国と国を友好的な同盟関係で結び付ける。アースデリアとスガラトで出来た事だ可能性は有る」
「可能性は有る・・・・・」
シグがつぶやく。
「なあシグ、友達の人殺しの手伝いをするよりも、幾らかマシなんじゃねえか? 何処まで行けるかなんて分からねえが、一緒に行ってみねえか?」
「一緒にって、オレ弱いから。着いていけないよ」
「俺が鍛えてやろう。弟子を取った事はねえけど、どんな事にも最初はあるもんだ」
「いいのかい? 何にもできないぞ。オレ」
「今は、だろ? それにな、師匠の弟子には秘伝を使える人間は居無いって言ってたからな。秘伝を使える俺の弟子の方が可能性が有るかも知れねえぞ」
そう言って笑いかける。
「うん」
「それに、シグを一人で行かせると、今度こそ何処かで野たれ死にしそうだからな。心配だ」
「うっ」
言葉に詰まるシグの頭に手を置いてグリグリとこね回す。ラングが俺にウインクしてくる。ラングに軽く頷いて返す。
「チョッ。タケルさん。子供扱いするなよ」
そう言って、思いっきり飛び下がるシグに。
「よし! 今からお前は俺の弟子だ。ああそうだ、呼び方はどうでもいいが俺の事は師匠とは呼ぶな。宜しくな」
「・・・・ヨロシク」
恥ずかしそうに言うシグを皆が優しい目で見つめている。