バイク
「いえ、お代をいただく訳にはまいりません」
宿のカウンターで、俺はアシャさんを見る。アシャさんは肩をすくめてみせる。カウンターの男に目を戻すと、頭を下げ。
「昨日は、当ホテルの料理長が大変失礼いたしました。お詫びいたします」
ああ、食堂の事か。頭を上げると。
「お怒りかとは存じますが、とりあえずお詫びの気持ちです」
「あー、別に気にしちゃいないんだが、詫びについては受け入れる。料理長の言いたいことも最もだと思うしな。俺に怒りをぶつけないと思いのやり場が無かったんだろうさ」
「そう言って頂けると助かります」
そう言って、再び頭を深々と下げる。
「宜しければ、朝食をお取りになって行って欲しいと料理長が言っております。いかがでしょうか?」
俺は、料理長に含むところは無いので了承し食堂の席に着いた。あまり、待つことも無く料理長自らが料理を運んできた。俺達の前に料理を置くと一歩下がって頭を下げる。
「昨日はすまなかった。あんたを貶すって事は、息子の気持ちも貶すことだと気が付いた。気付かせてくれて有難いと思ってる」
そう言って頭を上げ。
「朝食を食べていってくれ」
そう言って厨房に下がって行った。皿の上には、スクランブルエッグにベーコンとソーセージがのっていた。それとは別にパンとサラダがテーブルにのる。
「さて、食べよう」
「ええ、美味しそう」
まずは、スクランブルエッグからだな。
「ん、美味い」
一口食べて、思わず口に出す。
「ほんと」
アシャさんの口にも合ったようだ。
食べ終わったところで、料理長が手荷物を持ってやって来た。
「ありがとさん、飯、美味かったぜ」
「ほんとうに美味しかったです。この次に来た時には是非ディナーも頂きたいですね」
「ああ、ウチのホテルの売りの一つなんだ。次に来た時には、腕に選りを掛けてもてなさせてもらうから、是非また来てくれ」
それから、バスケットをテーブルに置くと。
「弁当を作った。良かったら持って行ってほしい」
そう言って、踵を返すと厨房に戻っていく。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
料理長の背中に声を掛け俺達は食堂を後にした。
待ち合わせ場所で待つと程なく騎馬に守られた馬車が3台やって来た。俺達は挨拶を済ます。国王のソーデルトと第2王女のアレシア、外務大臣のトクロンに文官が5名それに国王と王女の世話をする為の女官が5名、護衛の近衛騎士が1小隊20名。そして勇者のラングか。
「さすがに護衛無しとはいかなかったみたいだな」
俺がそう言うと、外務大臣が。
「陛下は必要ないと仰られたんだがな。そう言う訳にもいかん。アースデリア王国側が拒否した場合は、ガーゼルの街の外で待つことになるだろう」
「つまり、道中の安全確保と言うことか」
「さすがに、他国の冒険者に全て任せる訳にはいかないとの意見が多くてな」
「あいつが残った勇者なんだろ? あいつが居れば平気なんじゃねえの?」
勇者の方を見ながら言う。
「彼は、今回の侵攻に反対でね。武官達の不評を買っているんだ、単独での護衛の承認が得られなかった」
へー、まともな勇者も居たってことか。それにしちゃ俺を敵みたいに睨んでるけど、それはそれ、これはこれってことか。
「じゃあ、出発しようか。俺達は護衛だからな。行程はそっちに任せる」
そう言って、業火に乗り込んだ。
パコナの街に届く前に野営の準備に取り掛かった。見張りは、アインとフィーアに任せれば良いと言ったんだが、近衛兵も見張りには付くとの事だ。まあ、口出しするほどのことでもないな。俺もアシャさんも料理は出来ないので、携帯食と簡単なスープが晩飯になる。
「わたしもアプリコットちゃんに料理習おうかしら。ノエルさんみたいに」
「あー、良いんじゃねえの。ノエルはパスタ中心に習ってたな。被らないように習えば短い時間でバリエーション増えるな」
「そうですね」
「アシャさんの手料理か。楽しみだな」
「もう、ハードルを上げないでください」
話しながら、携帯食をモソモソ食っていると。ラングがやって来た。
「寂しい食事だな。そんな物で護衛中の気力が持つのか?」
「余計なお世話だ。仕事はきっちりやるさ。で? 俺達の飯を集りに来た訳じゃねえんだろ?」
ラングを見ながら言うと。
「バグロアとアレーナの事を聞きたい。どうやって倒したんだ。2人とも、そう簡単にやられる程弱くは無かったはずだ」
アレーナってのは、あの時の女の方の勇者だよな。するとバグロアってのは男の勇者ってことか。
「2人とも、業火の剣で一振りだった」
ラングは目を細め。
「ゴーレムで倒したということか」
少し残念そうな表情をするラングに。
「俺は、上級魔法も国宝級の剣も持っちゃいないしな。5000人の兵を目の前に、悠長にしている場合でもなかったしな。なんだい、仲間の敵討ちか?」
「いや、仇を討つほどの関係ではない。それより、フェンリルもあのゴーレムで倒したのか?」
あの2人はただの同僚って事か?
「フェンリルとやった時は、まだ業火は作ってなかったからな。剣で戦った。死ぬかと思ったぜ。あの時はな」
刀の柄に手を添えながら言うと。ラングの表情が目に見えて嬉しそうに変わる。やっぱり、こいつもそうなのか? 面倒事の予感がするな。
「そうか! では、俺と戦え。今からすぐに」
やっぱり、こいつもバトルジャンキーか。
「嫌だね。誰が好き好んでそんな面倒な事するんだよ。俺は、平和主義者なんだ」
「何を言うか。武力で戦争を無くそうと言うようなヤツが、どの口で平和などとふざけたことを言うのか」
「別にふざけちゃいねえよ。俺は、本気で戦争を無くすつもりだ。大体、今は護衛依頼の最中だ。戦力を減らすような馬鹿な真似ができるかよ」
自分だって、王の護衛で来てるんだろうに何を言い出すんだか。
「俺は、強い奴と戦うためにスガラト王国の勇者を引き受けたんだ。それが、何より優先する。王とてその事は納得している」
「だったら、何でアースデリアの侵攻に参加しなかった? そうすりゃ俺と戦えただろうに」
「1対1でなければ意味が無い。集団戦、しかもこちらの兵力が数倍だったのだからな。そんな場所で戦う意味など無い」
「自分の都合で人に戦いをしかけようなんて奴に戦う意味なんて言われたくねえな」
「剣を取って、技を鍛えているんだ。強い奴と戦いたいのは当たり前だ」
「俺にメリットがねえな。アシャさん行こうぜ」
飯も食い終わったから、アシャさんを促してテントに行こうとする。
「待て! お前も剣士なのだろう。剣士なら剣を極めようとするのが当たり前だ!それを、メリットなどと。
腰の剣は飾りだとでも言うつもりか」
誰の当たり前なんだ。
「俺は、冒険者兼鍛治師兼魔道職人兼ゴーレム術師兼雑貨屋の店長だ。剣士の当たり前なんか知ったこっちゃねえよ。面倒事が嫌だからメリットがねえっていてんだ。察しろよ」
「何を察しろと言うのだ。抜け!」
剣の柄に手を掛けるラングに向かって。
「どうせ、嫌だと言ってもしつこく突っかかって来るんだろうな、お前みたいな奴は。だったら3つ条件を出そう。そいつが飲めるなら相手をしてやる」
「条件? なんだ、言ってみろ」
「ガーゼルの街まで待つ事。今は仕事中だ、そんなくだらねえ事をやってられねえ」
「その言いぐさは気に入らんが、仕事中と言われれば飲まねばなるまい」
「それから、お前さんとヤルのは1度きりだ。勝とうが負けようが2度目は無い」
「真剣で斬り合うんだ2度目が有る訳無かろう」
「なんだよ、試合じゃねえのか?」
「命を掛けずに、何が戦いだ」
「いきなり戦いだとか言って殺し合いをするなんて」
そう言うアシャさんを制して。
「まあ良いさ。最後は、お前がスガラトの勇者を辞めてもらう。アースデリアとスガラトがせっかく友好関係を結ぼうってんだ。ぶち壊す訳にはいかねえからな」
「わかった」
そう言って戻ろうとするラングに。
「おいおい、終わったら勇者に再就職ってのは無しだぜ」
「当たり前だ。勇者など強い奴に出会うためになっていただけだ。未練など無い」
ラングは戻って行った。
「お兄ちゃん! 殺し合いなんてやめて! どう言うつもりなの? こんな事で人を殺すようなお兄ちゃんじゃないでしょ」
「別に殺すつもりなんか無いよ。相手がどんなつもりで掛かって来てもな」
「お兄ちゃんがそのつもりでも相手がいる事なんだよ。そんな事を言ってると殺されちゃうよ」
「大丈夫だ。やりたい事も出来たし。アシャさんを悲しませるような事はしないよ。信じてくれ」
そう言ってアシャさんを見つめる。頬を染めたアシャさんが。
「うー。・・・・約束だよ」
「ああ、約束だ」
『キーーーーーン』
良い音と言うか、耳に響く音と言おうか。作業場兼倉庫に結構大きな音が響き渡っている。隠密性は全く無いな。
「よしよし、音はともかく動力は取り出せるな。ヤマト帝国の魔力タービンってのはどういった構造なんだろうな。魔力で直接タービンとか回せるんかね? あの時バラせば良かったかな。・・・まあ、そんな事してたら、スガラトの侵攻に間に合わなかったかもしれねえけどな」
昨日から作り始めた風力タービンエンジンの作動実験は成功した。こいつの構造は、前方から魔術で筒の中に風を流し込み、中に入っているファンを回転させ、そのファンの軸から伸ばしたシャフトを動力として使うと言った至極単純な構造だ。簡単に言えば小型軽量の粉挽き用の風車だ。この世界、少なくともヤマト帝国以外には、車載用の動力は無いからな。画期的な魔道具のはずだ。
「魔石を使って空気を高速で取り込んで6枚羽根のファンを回す。羽が多ければ多いほど回転速度やエネルギー効率は落ちるらしいけどトルクは出るみたいだからな。回転速度の遅さは、風速で稼げばいい」
さて、魔力を切って、魔力エンジンを持ち上げる。こいつは元々は、アプリコットに作ってやったワンドの星を回すアイデアを発展させた物だ。
「あとは、このエンジンを何に乗せてテストするかだよな」
ラングとの試合は明日だ。今日はあまり時間が無い。スガラトから、道中何事も無くガーゼルに付いたのは3日前だ。その後、話し合いによって単なる友好条約ではなく、より親和性の高い同盟関係になったようだが、細かい内容までは流れては来ない。まあ、戦争が無くなるんなら国同士の関係には興味は無い。
「タイヤ以外は自分で何とかなるかな」
それじゃ馬車屋に行くか。
馬車に使うタイヤの材質は魔物から取れる素材を利用するらしい。中まで全部ゴム状の何かでできていて空気は入れないようだ。
「道が悪い上に、旅の途中で簡単に修理は出来ないんだから、パンクレスはあたりまえだな」
しかしタイヤで衝撃を吸収出来ないって事か、まいったな。
「車体への負荷が大きくなる。上手く衝撃を吸収しないと、搭乗者への負担が大きくて長距離移動やスピードを上げる事も出来ないな」
あまり大きな物は作れないってことか。自転車のように軽くて速度も出ない物なら、タイヤの空気だけで
サスペンションは必要無い訳だから。軽くて、サスペンションを装備できれば、タイヤで衝撃を軽減できなくても良いだろう。ただし。
「末端の重量が増えるな。その辺は何とかしないと荒れ地で跳ねまわる事になっちまう」
まあ、エンジンのテスト用車輌とは言え、それなりに使える物は作りてえな。いつかはパペットバトラーキャリア的な何かを作りたい。業火での長距離移動は快適とは言えなかったからな。
「なんでこんな事になるんだろう・・・・・・」
俺とラングはガーゼルの街の外で向き合って試合の開始を待っているんだが。
「ばあさん、何してんだよ」
「せっかくの好カードだからね。勿体ないじゃないか」
「好カードじゃねえだろ。あいつは殺し合いのつもりなんだぞ。見ろよ、すんげー顔でこっちをにらんでるじゃねえか。ありゃあ相当頭に来てるぞ」
「何だい、あんた自信が無いのかい?」
「そう言う問題じゃねえだろ。陛下もスガラトの国王までいるじゃねえか」
「同盟が成った祝いだよ。せっかくなんだ。パーっと景気良くやっちまいなよ」
「・・・・・・で? どうなってんだ?」
「ん? あんたの勝ちが圧倒的に売れてるね。でも、5秒以内か10秒以内に勝ってくれると冒険者ギルドの総取りなんだ。どうするね?」
「じゃあ、5秒以内で俺の勝ちに有り金全部だ」
そう言って、エメロードにカードを渡す。
「おや、大した自信だね。じゃあ、向こうさんが6秒くらい粘ってくれるように祈っておこうかね」
「勝手にしろ」
俺とラングの試合を聞きつけた領主のザナッシュが冒険者ギルドと謀って見せ物にしやがった。俺達を遠巻きに囲んだガーゼルの街の住人達は結果を予想しあったり、酒を酌み交わしたり。おーおー、屋台まで出ていやがる。
「まあ、これじゃラングも怒るか」
「タケル兄ちゃん。大丈夫なの? 死んだりしたら嫌だよ」
「タケルさんなら負けないと思いますけれど。相手の方にもあまりひどい事はしないでくださいね」
ケーナとアプリコットが話しかけてくる。他の皆は少し離れた所でこちらを見てる。皆心配な表情はしてないな。勝負に絶対は無いと思うんだけどな。ラングはスガラト王国の勇者だった訳で、弱いはずは無い。
「まあ、負けるつもりはねえけどな」
2人の頭に手を乗せてグリグリと撫でまわす。
「ちょっ。止めてよ。タケル兄ちゃん」
と言いながら、ケーナは手をはずそうとはしない。アプリコットは恥ずかしそうに頬を赤らめている。手を下ろすと。
「さて、行って来る」
そう言って、ラングの方に向かって歩いて行く。
「タケル兄ちゃんガンバレ―!」
「「タケルさーん。がんばってー!」」
「店長負けるな!」
「お兄ちゃんガンバレ―!」
「タケル。負けんじゃないよ!」
皆の声援を背中に、ラングと向き合う。
「何だか祭りになっちまったな」
「祭りだろうとなんだろうとやる事に変わりは無い」
「しかし、本当に勇者を辞めるとはね」
「お前の言うとおり、国を巻き込む必要は無いからな」
そう言って、剣を抜き構える。俺も刀を抜き構えを取る。
「「いざ!」」
そう言ってから身体強化をする『1』頭の中で数を数える。全力で飛び出し、ラングの前で急制動を掛ける。俺を目で追えないラングが構える剣を左手のソードストッパーで弾き、右手の刀に魔力を流し峰打ちモードで袈裟切りにする。『2』ラングは後ろにゆっくりと崩れ落ちて行く。地面に倒れ込むラング。『3』
刀を鞘に戻し、右手を握り拳を高々と上げる。『4』周りで見ている人々は俺が瞬間移動した様にでも見えた事だろう。一拍置いて
『ウオーーーーーーー』
辺りに声と言うより、音が響き渡った。賭けは俺の1人勝ちだ。
ギアチェンジの機構なんか知らねえんだよな。原チャリにすら付いてる部品だけど、運転免許も持っていなかった俺にはどんな構造なのかまったく思い付かなかった。
「でも、代わりの方法は思い付いたからいいか」
で、自己流の無段変速機をでっち上げた。この変速機は独楽のような部品の斜め45度になった部分に軸の先端の小さな円盤を押しつけて動力を伝える。エンジンシャフト側の円盤をタイヤに向かう方のシャフトの独楽に当てる。その時に当てる位置を変える事で変速する。まあ、かなり強力なスプリングで押し付けないとスリップしちまうから、この部分を作るのには苦労した。
「まあ、いけるよな」
目の前にはかなり変わった形のバイクが有る。まず目を引くのは、ハンドルと前輪を繋ぐフロントフォークが無い事だろう。中空タイヤを使わないコイツの前輪から腕に伝わる振動を出来るだけ軽減する為に、フロントもリアもスイングアームで下部フレームと繋がっている。さらに、下部フレームと上部フレームは完全には固定されておらず、エンジンから排出される風を使って浮き上がる。排出される風は上部を浮かせるだけでなく。シートの下から突き出たマフラーに見える排気口から推力の補助としても吹きだされる。ハンドルや動力シャフトは、ユニバーサルジョイントを使って車体の上下動に影響を受けることなく動きを伝える事が出来る。・・・はずだ。
「さーて、上部フレームにエンジンを載せるか」
『カチャカチャカチャ』
バイクにエンジンを取りつけていると。
「それは何だ? 見た事も無い物だ」
「パペットバトラーのキャリアの動力が欲しかったんでね。そいつを動かす動力の為の試験機だ。って言うか、お前なんでここに居るんだ?」
作業台の横の椅子に腰かけ、俺がやる事をボーっと眺めていたラングが。
「仕方無かろう。スガラトの勇者は止めてしまった。この街にはお前以外に知り合いなどいないんだ。ここくらいしか時間をつぶす場所が無い」
「あー、あれを見られた後じゃ街中をうろうろするのは気まずいってか?」
「そっ、そんな事は無い!」
「そうだよ、気にする事は無い。みんな生温かい目で見てくれるさ」
「生温かい言うな!」
「だって、自信満々で試合をして、5秒で倒されてんだぜ。可哀想な子を見るような目で見てもらえるさ」
「可哀想では無い! 惨めな負けかただっただけだ」
「生きてるんだ。そいつは惨めな負け方なんて言わないさ。幾ら格好良かろうとも死んじまったらしょうがない。冒険者はな、死なない限りいつかは勝つって思ってりゃいいんだよ」
「俺は冒険者では無い!」
「だったら、どうやって生活するんだ? どうせ、剣で身を立てるしかねえんだろ? だったら、手っ取り早いのは冒険者だぞ。あんな事をしたんだ。はじめはやりずらいだろうが実力が有ればいずれ尊敬の目で見てもらえるようになる! ・・・・・・かもしれない」
「ぐっ」
返す言葉が無い様だな。
「とは言え、最初はお手伝いクエストから始めるのがお勧めだ。・・・・・・悪い、街の住人と接触したくねえんだよな」
「そんな事は・・・・・・」
黙り込んでしまったラングをほおっておいて。
「よし、完成だ。後はテストだな」
バイクにキーを差し込んで、左手のレバーを握り込む。こいつは向こうのバイクと同じでクラッチだ。最も俺の知識が無いせいで、操作方法も構造と同じでバイクとはけっこう違った物になっている。左のグリップで変速機を操作し無段階に調節できるが、途中で6段階に引っ掛かりを作っているのでそこで、固定する事も出来る。キーを捻ると。
『キーーーーーーン』
甲高い音がする。右手のアクセルを捻って風速を変える。左のレバーを離すと。
『ギャン』
小さな音を立てて、円盤と独楽がぶつかる。後輪がゆっくりと回転を始めた。スタンドが立っているので走りだしたりはしない。
「お、動いた動いた」
「!!」
ラングは驚いているようだ。そりゃあそうだろう。自動でタイヤを回す方法など無かったはずなのだ。
「どうだい? すげえだろ?」
「自分で車輪が回る物など見た事は無いからな。で、これは何なのだ?」
「バイクだな。人を乗せて走る物だ」
「は? こんな物が人を乗せるだと? こんな物に乗ったら横倒しになってしまうではないか」
「ん? ・・・・・・あー、そう見えるか。そう見えるよな」
自転車すらない世界だ。縦に車輪が2つ並んだ乗り物なんか無かったはずだもんな。
「バランスを取りながら乗るんだよ。後で見せてやるよ」
バイクの正解を知ってるんだ。作るのはそれほど難しくは無かった。部品の構造も精度だってツァイより上って訳でも無い。
「主様、もうわたくしに乗るのは嫌だと言う訳ですね」
ツァイが言う。
「そうじゃねえよ。こいつは馬車の何倍も大きな運搬車を作る為のエンジンの試験機だ。ツァイ達程便利に使える物じゃないよ。大体お前らは、俺の家族みたいなもんだけど。こいつはただの魔道具だ」
「本当ですか? 最近はケーナお嬢様達の馬車を引くばかりで、主様をお乗せしていませんでしたので。てっきりわたくしは必要なくなったのかと思っていました」
「そんな事ねえよ」
「ゴーレムドンキーがしゃべった・・・・・・」
驚くラングに。
「失礼なお客様ですね。わたくしはゴーレムホースです」
「え?ゴーレムホースは全部ゴーレムドンキーになったんじゃ?」
「ゴーレムギルド公認のゴーレムホースは2人だけいるんだ。このツァイはその1人ってことさ」
『バーン』
作業場兼倉庫の扉が勢いよく開くと。
「ただいまー」
「「「「ただいま」」」」
「タダイマ、ますたー」
ケーナ達が帰って来た。今日は魔物の討伐に行くって言って、まもーるくんを着て出て行った。ただし、街中では皆マントを着ているから、嬉しくない。
「おー、おかえり」
皆に挨拶を返し。
「どうだいノルン。まもーるくんの具合は?」
ノルンに向かって言う。ノルンのまもーるくんは、ヴァイオラが使っていた物を改造した物だ。時間が無かったし勿体ないんでサイズだけ変えてみた。つまりガーネットやカーシャのよりはやや露出は多めって事だ。ただしヴァイオラよりも大ぶりな胸のノルンが着ると。なんだかとってもケシカラン事になっている。パレオ状のスカートは付けなかった。プロポーションが抜群なので勿体ないもんな。腕は二の腕までをカバーするロングの手袋。足は、ショートブーツにオーバニーソックス。もちろんケープ状の防具は付いている。
「どうもこうも有りません! なんで、あたしのはこんな形なんですか! 恥ずかしいじゃないですか!」
そう言ってノルンはマントをはずした。その動作で、大きな胸がタユンタユンと大きく揺れた。んー、やはり質量の関係から見ると、形状はアシャさんの物にした方が良いな。今にも飛び出しそうな感じは素晴らしいのだが、あれじゃ邪魔だな。しかし、恥ずかしいならマントは着てたままの方が良いんじゃねえか?
「ウワァ!」
叫びとも聞こえる声に振り向くと。ノルンをガン見し、顔を真っ赤にしたラングが膝をついていた。目はノルンの胸に釘付けだけどな。急に床に崩れ落ちたラングを心配してか。
「大丈夫ですか!」
そう言って、ノルンが近付く。慌てて近付いたからさらに大きく揺れている。こぼれそうだ。
「グーーーッ!」
そう唸ってラングがノルンを避けるように起き上がって出口に向かってよろよろと走り出す。
「初だな・・・」
「タケルいるかーい」
そう言って入って来たカーシャとぶつかったラングの手はカーシャの胸をしっかり握り込んだ。
「ん?」
「ぐわー!!」
胸を握り込んだ手を見て叫び声を上げたラングは、フラフラと2、3歩下がると。
『バター――ン!』
後ろに倒れ込んだ。ラングの鼻からは鼻血が吹きだしていた。
「へー、あんな事で本当に鼻血を出すヤツがいるとは・・・・」
俺が感心したように言うと。
「どうしたんだい? コイツ鼻血を出して目を回してるぞ。このままでいいのか?」
「んー、バケツの水でもかけてやりゃ目を覚ますんじゃねえの?」
「ふふふ。タケルよりも初な男がいるとはね。世の中は広いって事だね」
「その話は、もう忘れてくれ」
水を掛けるのも可哀想だな。タオルでさっと顔を拭いて。ティシュを鼻に突っ込むと。脇に手を掛け足を引きずりながら、作業場の片隅にある仮眠用のベットに乗せた。
「俺はこいつのテストをしたいんだけど、カーシャは何の用があったんだい?」
「ああ、タケルに作った剣のメンテナンスに来たのさ」
「ちょっと出てくるから、それからでいいか?」
「ん、今日は預けて行くよ」
「明日の朝一で来てくれ」
カーシャにそう言うと。アシャさん達に向かって。
「さて、出かけてくる。こいつの様子を見ててくれないか? 直ぐに戻れると思うけど、戻る前に目を覚ましてもからかうんじゃねえぞ。カーシャ」
「あら、心外だね。あたしゃ、タケル以外の男は眼中にないよ」
「へーへー。じゃあ頼んだぞ」
そう言って、クラッチを切る。そのままレバーを金具で固定してブレーキを踏んで後輪の回転を止める。
「ゲートオープン」
俺の声に反応して、作業場の高さ15mのドアがゆっくりと開いてゆく。この方が業火を出す時に気分が出ると思って付けた自動ドアだ。
「タケル兄ちゃん。その『ばいく』って本当に倒れないの?」
「ああ、倒れないようにバランスを取るんだよ」
バイクを押しながら道に出る。変速機が1速になっている事を確認し、バイクに跨る。アクセルで回転数を上げゆっくりとクラッチを繋ぐ。スルスルと動きだす。
「おー、走った走った」
アクセルと変速機を調整しながら速度を上げて行く。軽快に走りだすバイク。
「んー、風が気持ちいなー」
よし、御使いに行こうか。
「こんちはー。ソークラスさん居るかい?」
木工店のドアをくぐりながら声を掛ける。
「お、タケルじゃないか。何だい今日は?」
「ああ、ちょっと作って欲しい物があってさ」
そう言って背負ってきたバックから箱を取り出す。
「こんな感じの物作れるかい?」
そう言って箱を手渡す。
「ん? 宝石箱? へー、綺麗なもんだな。しかし、この中身にしちゃ箱が貧相だな」
蓋を開け中を確認したソークラスが言う。
「箱も中のアクセサリーも俺が作ったんだ。売り物にするにはもっとそれっぽい箱が欲しくてさ。ソークラスさん作ってくれねえか? それ程売れまくるもんじゃねえと思うけど、アクセサリーの意匠に合わせて箱に彫刻とかして欲しいんだ。取りあえず、試作品を2、3個納品してくれ。特に急いじゃいねえけど。こんな物を買うなんて、貴族や豪商だろうからそれなりの体裁にしてくれ」
「へー、面白いな。いいぜ、そうだな、10日後に3個でどうだ?」
「ああ、それで頼む」
それから、しばらく打ち合わせをして店を後にした。
「うわわわわわわわわ」
あわててブレーキを掛けバイクを停車させる。
「あービックリした。地面のギャップにサスペンションが付いていけないのか?」
中までゴム状の何かがつまったタイヤが重いせいか? 街の南門を出て街道を走ってみた。未舗装だから平坦に見えてもそれなりにデコボコしている。速度を抑えている分には問題ないが、少し速度を上げるとバイクが跳ねまわる。
「風圧で浮かせてるけど、ドッカンドッカン突き上げられたもんなー」
さーて、どうしたもんかな。パンクの事を考えると空気を入れるってのはちょっと避けたい。となれば、ホイルやディスク、そしてブレーキにスイングアームなど足周りを含めたバネ下荷重を徹底的に減らすか。
「いや、俺を乗せた上部フレームを浮かせ、補助とは言え推進力すら賄ってるんだ。もっと強力なエンジンにして、エアバイクに・・・・・方向舵をどうする? スラスターを付けるか? それにベクタースラストノズルを付けて。さらに、自動的に姿勢制御をする魔術式は・・・・・」
ギャップを拾うのが問題なら、ギャップの影響を受けないようにすればいいんだよな。
「んーーー・・・・・・はっ!! コイツはタイヤを回す動力の試験機だぞ。危うく、目的を忘れてエアバイク作っちまうところだった」
何が、強力なエンジンだ。元々風魔術で起こした高速の風を回転力に変える為の装置だ。風が必要なら、こんな物必要が無い。とべーるくんと同じにすりゃあいいんだ。
俺だ店に戻ると、ラングもカーシャも帰った後だった。
「じゃーーーーーん」
俺が両手を広げて言うと。
「何が? ジャーンなの?」
ケーナが言うと。
「ケーナちゃん。タケルさんは疲れてるんですよ。最近『ばいく』ばかり弄ってましたからね。優しくしてあげないと」
アプリコットが小声でケーナを注意する。聞こえてるんですけど。何だか、可哀想な人みたいな扱いなんですけど。
「でも店長、この前と変わってませんよね?」
「うん、ここ2、3日色々やっていた割には何も変わったようには見えないな」
アシャさんもガーネットもわかってねえなー。
「車輪を支える棒が少し華奢になりましたか? 車輪の穴も大きくなっているような気がします」
「おー、ノルンには分かっちゃった? スチール製のパーツを全てアダマンタイトに変更して、強度を上げまくった事で、結果的に重量を抑える事に成功した。オリハルコンを使っても良かったんだけど、あれは重いからな。さらに、タイヤも、アダマンタイトで作った薄い板バネの周りにゴムっぽい何かを付けることで、中空にし、空気圧を使うことなくタイヤに弾力を与えると共に、大幅に重量を軽減できた。完璧だ。サスペンションの追従性には全く不安が無くなったと言える。もっともタイヤの問題が解決したからな、フロント周りはスイングアームに拘る必要は無かったかもしれない。メンテナンス性を考えると、市販する時はフロントフォークの方が良いな」
「「「「「??」」」」」
「店長? 訳が分からない説明で誤魔化したようですが、アダマンタイトって言いました?」
アシャさんが目を細めながら言う。体感温度が下がったような気がする。
「え? 俺そんな事言ったかな?」
「「「言いました」」」
「言った」
「店長。この『ばいく』は試験機だって言ってましたよね? 自分で走る馬車を作るための車輪を回す試験機だって。そんな物に一々アダマンタイトを使うなんて。いったい幾ら掛かったんですか? 確かに、金塊が有ります。でも、お金がいつまでも有ると思っていませんか? 業火を作るのにどれだけ費用が掛かったんですか? お金は使えば減るんですよ。パペットバトラーを幾つ作るつもりか知りませんけど。これからどれだけお金が必要だと思うんですか? ADRの砲弾にもオリハルコンを使うんですよね? 無駄遣いをしている余裕が有ると思ってるんですか?」
アシャさんに詰め寄られる。俺は後ろに下がりながらアシャさんの言葉を聞かされている。
「金塊は金塊のまま使うだけじゃなくて、アクセサリーにして付加価値を付けて売りさばく。ソークラスに見栄えが良い箱を頼んでいる処だ。元々の雑貨屋の商品とは言えないが、資金集めには良いと思う」
「はあーー。まあ良いです。ここは元々店長の好きな事をやる為の店ですからね。ただ、無計画にお金を使う事は関心しません。これからは、皆に相談してください。店長のやりたい事を止めるつもりはありませんから」
「はい」
「ねえ、タケル兄ちゃん。この『ばいく』のテストを今からするんだろ? で、完成したらどうするのさ? お店で売るの?」
「ああ、日常の足に使って宣伝して、買いたいってヤツが出てくれば売る事も考える。で、皆で普段使いの足代わりにしてくれ」
「ん? それはかまわないが、良いのか? せっかく作った『ばいく』なのだろう?」
「俺にはツァイがいるからな。それに、一応完成はさせたけど、結論から言えば失敗だろうな。このエンジンは、数十トンの重量になる輸送車は動かせないと思う。もっとパワーが有るエンジンが必要だな。もう1つ案はあるから、そのエンジンも作ってみるさ」
風魔術エンジンとも言えるコイツは、出力が低いように思える。やっぱり風魔術で大出力を得ようとするにはもっと工夫が必要になるんだろう。火魔術と併用してジェットエンジンのような機構にすればいいのかもしれない。
「作る前に分らなかったんですか?」
アプリコットが無邪気に言う。結構な精神的ダメージを追加された。
「こっちの方が簡単そうなんで先にやってみたら、思ったよりもパワーが無い事がわかったんだ・・・」
言い訳じみた内容だ。
「じゃあ、この間のままで良かったのではないか? 仕上げる意味は有ったのか?」
ガーネットの指摘が入る。
「いやいや、一応仕上げておいた方が良いだろ。完成させなきゃ分からない事もあるし、商品になるかもしれないし。売れそうなら、材質を落とした廉価版を作ってみてもいい」
テストは成功し、実用的なバイクが出来た。こいつはガーネットが気に入り普段使いの足になった。