再会?
あれ? 俺、いつの間にベッドに入った。・・・部屋の中はまだ暗い。今は何時頃だ。
「ここは、どこ・・・だ?」
俺・・・は。そうだ、業火で・・・。あっ、・・・やべ。ベッドの上に半身を起し。
「うっううぇ」
吐きそうになる。と、胸の前に桶が差し出され、背中をさすられる。堪え切れず吐いた。口に付けられたコップで口を漱いでから水を飲み、そのままットに倒れ込む。毛布が肩まで上げられ。
「夜明けまでまだ時間があります。もう少し寝ていてください」
そんな声を遠くに聞きながら、眠りに戻った。
「知らない天井・・・・じゃねえな」
目を開けると、そこに見える天井は数ヵ月ぶりに見るシルビアの宿の俺の部屋の物だ。
「帰って来たんだな・・・・・」
ベットから起きあがろうとしたが、体がだるいし頭もボーっとしている。
「おはようございます。気分はどうですか?」
「・・・最悪だ、まるで人を5千人くらい焼き殺した後みたいだ」
「・・・・えーと、どう反応したら良いんでしょうか?」
「悪い、聞き流してくれるとありがたい」
ベッドに上半身を起こし。
「おはよう。ただいま、アシャさん」
「おかえりなさい、タケルさん」
アシャさんの方を向いた。久しぶりに見るアシャさんは、やっぱり美人だ。
「大変な、冒険をしてきたんですね。ノルンさんとアプリコットちゃんから聞きましたよ」
「ほら、俺ってCランクの冒険者だからね」
「やってる事がAランクやSランクみたいですけどね。昨日丸1日おきなかったんですよ。お腹すいたでしょ? 1人で起きられますか? 朝食はお部屋に届けますか?」
「ああ、大丈夫だ。着替えて顔を洗ったら食堂に行くよ」
アシャさんを見送る。
着替えを済ませ食堂に入ると。
「「「「「おはよう(ございます)」」」」」
「おはよう・・・」
朝も少し遅いせいか、他の客はいない。ーーーー食堂にはケーナ、アシャさん、ガーネット、ノルン、アプリコットが揃って同じテーブルについている。テーブルの横にはアインとフィーアも揃っている。皆が、俺の方を心配そうな目で見ている。
「えーと。・・・色々心配かけてゴメン。もう、平気だ。それから、ケーナ、アシャさん、ガーネット、アインも大分待たせちまったな。ただいま」
「おかえり、タケル兄ちゃん」
「おかえりなさい。タケルさん」
「おかえり。タケル」
「オカエリ、ますたー」
そこに、アリアとシルビアさんが、みんなの朝食を運んできた。
「「タケルさんおかえりなさい」」
「アリアちゃん、シルビアさん。ただいま」
テーブルに料理が並べられる。
「おーうまそうだ。久しぶりのシルビアさんの料理だ、なんだか、ガーゼルに戻って来たって感じがするなよなー」
「ふふ、ゆっくり味わってくださいね」
「タケルさん、オムレツはあたしが作ったんだよ。タケルさんが、留守にしている間に練習したんだよ。後で感想聞かせてね」
「おー、アリアちゃんが。それは楽しみだ。いただきまーす」
「「「「「いただきます」」」」」
朝食を食べ始める。
「やっぱりシルビアさんの料理は最高だね。アリアちゃんのオムレツも美味いなー」
「ありがとうタケルさん。では、ごゆっくり」
「タケルさん、もっともっとお料理覚えるから、楽しみにしててね」
俺に何が有ったかは、昨日のうちにノルン達から聞いて居たようで、朝食の話題は主に俺がいない間のガーゼルの様子になった。
「そうか、店は開けていてくれたんだ。ありがとうアシャさん」
「雪が融けて冒険者が活動を始めましたからね。ポーションが売れていますよ。材料を自分たちで取れるのが大きいですね」
「魔術師が居ないから、森に入るの大変だったろ?」
「あら、アインがいるんですもの。何の問題も無かったですよ」
「そうか。アインご苦労さん」
「エヘン! モット褒メテクレタマエ」
「あたしが魔道具を作れればもっと稼げるんだけどなー。あ、みえーるくんは何とかできるようになったんだよ。今は、おはなしくんを作る練習しているところなんだ」
ほー、俺が適当に書いた設計図からみえーるくんがねー。
「そうか、だったら後で見せてくれよ」
「うん!」
「ケーナが作った魔道具かー楽しみだな」
弟子の作品だもんな。
「でも、これからはノルンもアプリコットも居るんだ。パーティとしての実力は数段上がるぞ。2人をファミーユに入れてもいいよな?」
「「「もちろん!」」」
「その話は、一昨日のうちに済ませています。もう仲間ですよ」
アシャさんが言うと。
「タケルさん、あらためてよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ああ、俺の方こそよろしくな。もっとも、アプリコットは魔術師としての訓練もちゃんとしないとな」
「はい、頑張ります!」
「ところで、一昨日の後始末はどうなってるんだ?」
「はい、昨日から領主騎士団や街の冒険者でやっています。昨日の午後には王国騎士団も到着しましたから今日は総出で行うそうです」
敵兵の埋葬か。世話掛けちまうな。
「王国軍は何人くらい着たんだ来たんだ?」
「総員3千名程だな。スガラト軍と比べると兵力じゃ劣る。ガーゼルが落ちていたら奪還は無理だったろうな」
ガーネットが言う。
「あいつらは先遣部隊だったんだ、本隊は4万人だそうだぞ」
「4万人か。・・・・各地の領主騎士団がおっつけ到着する事を考えても相手にならんな」
「まあ、4万人全てがアースデリアに来る事は無いと思うけどな」
「なぜだ?」
「ああ、俺が業火で向こうの王都を更地にしに行くって伝言させたからな。半分以上は残るんじゃねえのかな? もっとも、7日後って言っといたから、その前に襲いかかろうとすると来ちまうかもな」
「「「「「なっ!」」」」」
「また、危ない事をするつもりなんですね。業火の右腕が壊されてたじゃないですか。今度は8倍の兵力なんですよ。タケルさん1人でどうにかなる訳無いじゃないですか。危ない事はもうしないでください」
アシャさんが心配そうな顔をして言う。
「そうでも無いぞ。今の業火の2次装甲は仮のもんだからな。向こうに行くまでにちゃんとした装甲を付けてやるさ。そうすりゃちょっとやそっとじゃ壊れたりしねえよ。それに、今度は戦闘にもならねえ筈だ」
「戦闘にならない。ですか?」
「ああ、デモンストレーションは一昨日終わったからな。今度は強請るだけで済むはずさ。もっとも、ダメ押しは必要かもしれないから建物くらいは壊すかもしれないけどな」
「建物ですか?」
「ああ。人はこれ以上殺す必要は無いと思う。建物の崩壊に巻き込まれない事を祈るばかりだな」
「祈るばかりって、加害者はタケル兄ちゃんじゃないか」
「ケーナ良く分かったな。その通りだ」
「あまり心配かけないでくださいね」
アシャさんが心配そうに言う。
「そうするよ」
俺が軽く言うと。ケーナが。
「あのー、えーと。タケル兄ちゃん・・・。あのね」
「ん? どうしたケーナ。何か言いたい事でもあるのか?」
なんとも歯切れの悪いケーナに聞き返す。まあ、あの事だろうな。
「何で、5千人も殺したのか。か?」
「うん。あんなに殺さなくてもスガラト王国は引き下がった筈だって、皆んな言ってた」
まあ、そう思うよな。皆んなを見渡すと口にしなかっただけで聞きたかったみたいだな。
「2千人くらいでよかった筈だって言ってたろ。全軍の4割が戦闘不能になりゃあ軍は引く。無意味に殺しすぎだ。俺は人殺しが好きなんだろうって感じか?」
アシャさんが。
「タケルさんがそんな人じゃないことはここにいる皆は知ってます。でも、何でだろうとも思っています」
「おそらく、あれが死ぬ人間が一番少なくて済む方法だと思ったからだ」
それを聞いたガーネットが。
「なるほどそう言う事か。でも、それは店長がスガラトの王都に行って、よほど上手く交渉出来ないと難しいのではないか?」
「え? ガーネット姉ちゃんは分かったの?」
「2千人の兵隊が戦闘不能になれば確かに5千人の軍は引くだろう。でも、店長の話では本隊が4万人控えているのだ。今度はそいつらが攻めてくる。タケルならひょっとすると負けないかもしれないが、ガーゼルを無傷でとはいかないのではないか?」
「そうだな、あの時点では本隊の規模は分からなかったが、実際に4万人が攻めてきたらガーゼルを無傷で守るって訳にはいかなかっただろうな。だから、5千人を殺さなきゃならなかったのさ」
「4万人の本隊が来るっていうのに2千人も5千人も変わらないんじゃないの?」
「4万5千人からしたら、2千減っても5千減っても人数はそれ程変わらないさ。でもな、2千人しか倒せなかったと思えば、20倍の人数がいれば押し潰せると考えるヤツが向こうにいるかもしれない。でもな、全滅させちまえば5千人しかいなかったから5千人しか倒せなかったと思うんじゃないか? そんな奴が王都に攻め込んでくるって言えばアースデリアを攻めてる場合じゃないだろうって考えるんじゃないかと思ってさ。まあ、実際には広く展開されたら5千人だって手間取る。そして、4万人が攻めてきたら追い返すには全軍の4割。つまり、1万6千人を倒さないと引かないって事になる。合わせて、1万8千人だ。3千人残したおかげで3倍以上殺さなきゃならなくなる。もう吐くのは勘弁してほしいぜ」
皆が大人しくなる。
「と言う訳で、吐きながらあんな事をやった訳さ。さて、業火を掃除してやらねえと」
「あ、それならノルンさんとアプリコットちゃんがやってくれましたよ。自分達は取りあえずやる事が無いからって言って」
「おー、すまなかったな。ありがとう2人とも」
「いいえ」
「あたし達そんな事しか出来ませんから」
「じゃあ、業火を改修するか」
「あ、ギルド長がタケルさんにお話が有るそうですよ。今朝使いが来ました」
「ん? 婆さんが? しばらく顔を出してねえからな。ちょっと行ってくる」
「はい」
「こんちわー。お久しぶり」
軽い挨拶をしながらギルドの戸を潜る。受付を見まわし、知った顔を見つけて、歩み寄る。
「アネモネさん、お久しぶりです」
「あ、タケル。おかえりなさい。大活躍だったわね」
「仕方無くだよ。必要な事をしただけだ。それより、婆さんから呼び出しが有ったんだけど」
「はい、ちょっと待っていてくださいね」
そう言ってアネモネはカウンターから立ち上がり、奥の階段に向かった。
「5千人の軍を1人で全滅させるなんて。まったく、とんでもないCランクの冒険者も居たものね」
ん? 誰かが俺に声を掛けて来た。声の方を向くと。
「あれ? テラピアじゃねえか。どうしたんだこんな所で」
「転勤よ、シュバルリ支部からガーゼル支部にね」
「なんだ、左遷か」
「違うわよ! 困った事があったら助けるって言ったでしょ。ガーゼルに居なきゃそんな事できないじゃないの。転勤願いを出したのよ。そうしてやっと来てみたら、タケルは居ないし、スガラト軍は攻めてくるしで、大変だったのよ」
「あー、それは何と言って良いか」
あっそうだ、テラピアって元B+冒険者の魔術師だって言ってたよな。
「そうだ、テラピア。あんたに頼みが有るんだけど」
「え? なに? できる事なら手助けするわよ」
「実は」
「タケルおまたせ」
「ギルド長の所に行かなきゃならねえ。詳しい話は後でな」
「ええ、落ち着いてからで良いわ」
「じゃあまたな」
テラピアに言い、アネモネについてギルド長の部屋に案内される。
「よお、婆さん。何か用かい?」
「タケルよく来たね」
そう言って立ちあがったエメロードは。
「タケル。私達のガーゼルの街を守ってくれてありがとう」
深々と頭を下げ、そう言った。
「流れ者だが、今はガーゼルは俺の街でもある。自分の街を守っただけだ。礼を言われるような事じゃねえさ」
顔を上げたエメロードが。
「そうかい、ここはあんたの街でも有るんだったね」
「ああ」
軽く頷いて返事をする。
「さて、タケルにわざわざ来てもらったのはね。呼びだしなんだよ」
「呼び出し? 領主様かい?」
「いいや、昨日王国軍が来たのは知ってるかい?」
「今朝聞いたよ。今日は後片付けするって。大変だよな」
「自軍の死者が出なかったんだ。味方の死体を片付けるよりは大分ましだ。多少の苦労は仕方が無いさ」
「そうかい。で、軍がどうしたんだい?」
「ああ、軍の偉いさんが話を聞きたいとさ。今、時間は有るかい? なるべく早く領主館に来いとさ」
「ああ、いいぜ。どうせ、呼ばれるんだろ。今から行こう」
まだ気持ちが悪いからな。店に行く気分じゃ無い、面倒な事は今のうちに済ませちまおう。
「じゃあ、一緒に行こうかね」
「すると何か? 敵軍を壁で囲み逃げ場を奪ってから全員焼き殺したと言うことか」
「ああ、そう言っただろ」
「何とむごい。敵とは言え戦い方と言うものがある」
「そうだ、戦争とは勝てばよいと言う物では無いのだぞ」
何言ってんだこいつら。上から目線で戦いを見てんじゃねえぞ。俺達は、領主館の一室で王国軍の指揮官たちと面会している。
「俺は騎士じゃあないんでね。戦争なんかしたこと無いのさ。だけど向こうさん騎士だけじゃ無く、魔術師も、一般兵もいたみたいだぜ。簡単な鎧に飾り気の無い武器を持ってる連中がいた」
「騎士以外も戦争に使うのか。節操が無いな」
「他国への侵略に騎士を4万5千人も動員できねえから、兵士も必要なんじゃねえのか?」
「なんだ?4万5千人の軍だと? 報告では、ガーゼルに襲いかかった軍勢は5千となっていたが?」
「5千人はガーゼルを落とすための先遣隊らしいぜ。街を落とした後に、本隊4万が来る事になってるんだと」
「なんだと、領主騎士が間に合ったとしても、6千人に満たない戦力にしかならんぞ」
おいおい、そんな事俺の前で言っていいのか? 俺は一般市民だぞ。
「大将に伝言をして17人は帰したからな。本隊をこっちによこす場合じゃねえと思うぞ」
「伝言とはなんだ。また、勝手なことをしたのか。戦争中なのだ、貴様ら冒険者は軍の指揮下に入っておるのだぞ!」
「残念だが、俺は、免除なんだよ。なあ、婆さん」
「ああ、そうだね。タケルがガーゼルを拠点にしている限り、タケルのパーティは戦争参加の強制依頼は免除になっているね」
「何だと! そんな勝手が通ると思っているのか!」
「通ったんだよ。領主のザナッシュ様も了承している」
「そうは言っても。今回の戦争に参加しておるではないか。そうなれば、軍の指揮下に入っている事になるではないか」
「それが、違うんだな」
「なに?」
俺は、スガラト王国軍との会話をクーロナルとのところから聞かせてやった。
「どうだい? 今回のスガラト王国軍の侵攻は、国際法違反ではないそうだ。だから、勇者達を連れてきたんだとさ」
「何と、勇者を2人参戦させたのか」
「詭弁だ。独立の話など300年も前の話なのだぞ。アースデリア王国は国際的にも独立国と認められている!」
「あー、その辺は戦争が終わってからスガラト王国と話してくれ。ここで、俺に言っても意味がない」
そう言うと、指揮官達は、気まずそうな顔をして黙ってしまった。
「でだ、俺はガーゼルに住む人間だからな。スガラト王国の言い分なんか呑める訳がない。だから国際法に則った戦争ではなく、スガラト王国がバクアップしている盗賊団の仕業として対応した。盗賊に自分の店が襲われそうになったら普通は反撃するよな? 盗賊は皆殺しだろ何かまずかったか?」
「い、いや、確かに今回の事は盗賊行為である。一般人と言えど反撃し撃退する権利がある」
一番偉そうな男がそう言うのを聞いて、内心ガッツポーズをしながらも、平静を装って。
「だろ? だから、伝言に使った奴らを残して皆殺しにしたし。勇者が装備してた、装備も俺がもらった。盗賊が持ってた装備は討伐した人間の物だからな。真っ赤の鎧一式と真っ赤なグレートソードに青い金属光沢のスタッフなかなかいい装備だったな。グレートソードなんか炎を吹き出してたもんな」
「なに! フレイムソードだと。それは、スガラト王国の国宝だぞ。それを自分の物にするつもりか!」
「何か問題が? 盗賊の持ちモノだ。本当の持ち主が誰かなんて事は問題じゃないよな」
盗賊が持っていた物は、討伐者に所有権が移る。取り替えしたければ交渉する事になるが、それに応じるかどうかは討伐者次第だ。答えることが出来無い指揮官達は、歯噛みして俺を睨みつけた。
「ふふふ、流石ですね。タケルが戦争参加の強制依頼を受けていようといまいと、彼方が居なくてはアースデリアはスガラトに蹂躙されていた事でしょう。また、国を救ってくれたのですね。ありがとうタケル」
「自分の店を守ろうとしただけだ」
「そうですね。ですから、この先もタケルの好きになさい。でも、スガラトの王都を更地にしてどうしようと言うのですか? 理不尽な行為を行ったのは国王以下国の者達なのです。国民まで巻き込むと言うのはタケルらしくありませんね」
女王の登場に驚いたのか動けなかった指揮官たちが。
「「「「陛下!」」」
そう言ってから、慌てて立ち上がり礼をする。
「なぜ、このような場所に」
「良いのです。今回の件の功労者が来ているのですよ。お礼を言わないわけにはいきませんよ」
「そうおっしゃられても」
「良いと言っています」
「はっ」
女王と指揮官たちの話が済んだところで。
「さっきの質問だけど、ああ言っておけば本隊は侵攻しないか、一部を王都に戻さざるを得ない。全軍が戻れば良し、そうで無ければ、こちらに向かって来る部隊は俺が潰す。別に5千人を相手にするのが限界と言う訳じゃあ無いんでね。そして、王都にいって、国王を強請る」
「どうやって、とは聞いても仕方が無いですね。で、強請るとして。どう言った条件を飲ませるつもりなのです?」
「向こうが売って来た喧嘩だ。今更売らないとは言わせない。解約したいなら、相応の違約金を払ってもらおうと思う。例えば、賠償金として、今年の軍事費と同額の賠償金をアースデリアに支払わせる。その上で、現国王を退位させアースデリアに友好的な王位継承者に王位を譲らせる。新国王と陛下が対等な立場で友好条約を結ばせる。なーんてのも良いかもしれないな。目一杯高く買い取ってやったんだから、解約料は高く付くぜ」
「無茶な事を言いますね」
「ああ、無茶だ。しかし、俺は国境の兵士達を見た。彼らは、たったの16人で5千人の兵から逃げることなく最後まで戦った。それを見てこの国を守ろうと思った。あんな事を許しちゃいけない。スガラトにはどんな奴にちょっかいを出したのか、思い知ってもらう。業火がいれば、それは可能だ」
「大ボラもいいところだ。1人の冒険者に出来ることではない。寝言は寝てから言え」
指揮官の1人が言う。
「いいえ、タケルができると言うのなら出来るのでしょう。賠償金の金額や国王の退位はともかく、友好条約は交わしたいですね。スガラトを経由しなければ他国との国交も出来ませんからね。では、タケルへの報酬はタケルが戻ってからにしましょう。その本隊の動きが分かるまでは、私達はガーゼルに居ることになりますから。ザナッシュ殿には迷惑を掛けてしまいますが」
「じゃあ、その辺を落とし所にするとしよう。今回の件は、俺が勝手にやる事だから、報酬に付いては特に必要無いんだが、国としちゃあ功労者への褒美を出さないという訳にもいかないんだろうから。爵位とかじゃ無い方向で頼もうかな」
「爵位要りませんか、タケルらしいですね」
「フェンリルバスターと最近ドレイクバスターも着いたからな。片方だけで子爵待遇なんだろ? それで十分だ」
「「「「ドレイクバスター!?」」」」
「ああ、この前バシリスクロードを討伐したからな」
「Aクラスの魔物をこの短期間で2匹ですか。やっぱりタケルは凄いですね」
「会ったのは3匹目だがね、倒せたのはたまたまだ。・・・Aクラスの魔物と言えば、フィフスホーンを送り込んだのは。スガラト王国じゃあねえだろうな。今、軍を準備していたところを見ると十分可能性は有るな」
「証拠は有りませんが、今回の件を見ると、より確実な方法を取ろうとした事は考えられますね」
「やっぱり、王都を更地にしちまおうか? アースデリアが併合するなら王家だけ潰してくるってのも有りだな」
「そこは、友好条約で留めてください。交渉に当たってはタケルの事を使わせてもらっても良いですか?」
「別にかまわねえよ。上手くすりゃ帰りに向こうの代表を連れて来れるかもしれねえ」
「ええ、タケルが戻るまで、ザナッシュ殿のお世話になりましょう」
「それ程時間はかからないと思うが、10日くらいは掛かるぞ。そんなに王都を空けて平気なのか?」
「王子も内務大臣も残っています。王子にはここで、経験を積んでもらいましょう」
「はははは。厳しいんだな」
「これからも様々な事が起こるでしょう。いい機会です。タケルがいればスガラトとの件は解決したも同然でしょう。国の一大事を訓練に使えるのですからなかなか出来ない贅沢な事ですね。ふふふ」
「俺が成功するって信じてくれているのか。では、信頼に応えられるよう微力を尽そう」
そう言って領主館を後にした。
「タケル兄ちゃん、腕が壊れちゃってるよ。本当に業火で行って平気なの? 4万人の敵なんでしょ魔術師だっていっぱいいるよ。業火、壊されちゃうよ」
店の倉庫でクレーンに吊られた業火を前に皆が揃っている。俺は、ゴーレムランチャーを業火から取り外しクレーンで下ろした。作業用ゴーレムを使って奥に運びながら。
「今の業火の装甲は向こうで付けた仮の物だ。本当の装甲を付ければこんな事にはならない。それの証拠に1次装甲や骨格、腕よりも爆発の中心に近い上に華奢な指ですら無傷だったんだぜ」
ランチャーを下ろして、みんなの所に戻る。
「業火で全力で向かえば丸1日も掛からずに向こうに着く。準備する時間は十分にある。まあ、改修する所も有るから余裕が有る訳じゃねえけどな」
「絶対に成功する保証は無いんですよ。危ない真似はやめてください」
アシャさんが言うと。
「そうだ。油断をすると足元をすくわれるぞ。ノルンもアプリコットも何か言ってやってくれ。パーティに入ったばかりだからといって遠慮する必要などないぞ」
ガーネットが2人を促す。
「でも、タケルさんは。今までも言った事は全部成し遂げています。あたしの事も色々良くしてもらいましたし。タケルさんが出来ると言うなら出来そうな気がします」
「バシリスクの群に1人立ち向かった時も。多砲塔戦車に生身で突撃した時もちゃんと帰って来てくれました。今度もきっと無事に帰って来てくれます!」
2人の評価が異常に高い気がする。
「タケル。2人に何をしたんだ。信頼感が半端ないぞ」
「ふっ、俺の本質が垣間見えてしまうんだな。仕方が無い。人徳が無自覚にあふれ出てしまうものだ」
「ますたーハ、色々ナモノヲ溢レサセルンダナ。体中ノ穴カラ血液ヲ吹キ出スクライハイイケド内臓トカハカンベンシテネ」
「出すか! そんなもん」
俺は業火に向き直り。
「フィーア。3次装甲除装してくれ」
『はい、店長』
『ゴーン、ドン、ガーン、コン・・・・・』
フィーアの返事と共に金の装甲を包んでいた薄いオリハルコンの装甲が音を立てて床に落ちる。そして装甲の下から現れるのは当然。
「「「金のゴーレム・・・・・・」」」
そう言って業火を茫然と見つめる3人。右腕の装甲が外れていたが、煤けていたせいで金には見えなかったんだろう。
「迷惑料として。サースベリアから貰ってきた。15tも有るからな。持って帰るのに業火のデザインは随分妥協したんだ。こっちに残しておいた装甲の方にチョットだけアレンジを加えて着けるだけで、本来のデザインになるって訳だ」
1次装甲を付けただけで動作確認をしようとして召喚されたせいで、すでに作ってあった正規の2次装甲は倉庫に置きっぱなしになっている。少しアレンジして付ければバージョン1の完成だ。今までは、言わばバージョン0だな。
「15t・・・ですか。いったい幾ら位になるんでしょうか?」
「15tね、冗談みたいな量だな」
「わー、凄いね」
3人が驚きを隠せない口調で言葉を口にする。
「このまま換金もするけど、アクセサリーに加工して売り払う事で、より多くの金が転がり込むって寸法さ、下ろし先には当たりを付けて来た」
アプリコットが。
「錬金術ですよね」
と言う。
「錬金術ですか?」
とアシャさん。
「はい、タケルさんが加工したアクセサリーを売って旅の間にもお金を稼いでいたんですよ」
アプリコットが言うと。ガーネットが。
「なるほど、元手無しで大金を得て来たと言う訳か。その金をパーティ資金に振り込んでいたんだな。おかげで、店長の無事が確認できたんだな」
「正解。さて、こいつは直接床に落とすと床がボコボコになっちまうからクレーンで下ろさねえとな」
「タケルさん、この金はどこに保管するんですか?」
と聞いてくるアシャさんに。
「ん? ここは倉庫だぜ。ここに仕舞っておくさ」
と答えながら、モデリングで金を1つの塊りに纏める。その上から3次装甲に使っていたオリハルコンを被せ隙間無く覆ってしまう。
「これで、持ち出せるヤツは居ない。カバーをしたから、削り取る事も無理だ」
「確かにそうですね」
「だろ。さて、今日中に装甲を付けちまうから。皆は飯でも食ってきなよ。俺にはサンドイッチでも買って来てくれ」
皆が店を出てから、業火の装甲の手直しを始める。と言っても左肩に「業火」の文字を入れるだけだ。
「やっぱり、漢字でパーソナルネームを入れるってのはロマンだよな?」
「ますたーノ割ニハ良イせんすダネ」
「なんだよアイン。俺の割にって」
「そうですよお姉ちゃん。店長が精いっぱい頑張ったんですからその言い方は失礼です」
フィーア、精いっぱいって。そこまで、真剣にやった訳じゃねえぞ。
「ふぃーあハ相変ワラズますたーニハ甘イネ。チャント本当ノ事ヲ言ッテアゲルノモ優シサダヨ」
「え? そうなの? んー。これからは気を付けるね」
「お前ら、失礼だろうが!」
「んー、思ったより簡単に付いたな」
元々、状況に応じて装甲を取り替えるつもりだったからな。作業時間が短くて済むのはある意味仕様だ。
「ん、いい感じじゃーないか」
「ソウダネ、業火かっこイイヨ」
「はい、素敵ですね」
「そうだろう、そうだろう。もっと褒めてくれ。業火も喜んでるに違いない」
「なーに、自分のゴーレムに褒められて喜んでるんだい? タケル兄ちゃんって時々変だよね。アプリコットこんな兄ちゃんだけど、本当は、意外といい人なんだよ」
「意外と・・・ですか」
「ケーナ、『本当は』とか『意外と』とか色々失礼だろうが」
「店長、そんな事よりサンドイッチ買ってきましたよ。少し休憩してください」
「おー、アシャさんありがとう」
サンドイッチを受け取り作業机について食べようとする。
「タケルさん、手を洗って来てください。お茶を用意しますから」
アプリコットに言われたので、大人しく手を洗いに行く。戻ってみると。
「とても綺麗なゴーレムですね。さっきまでとは随分印象が変わりましたね」
「私は前の方に慣れてましたから、こっちは新鮮ですね」
「確かに、こちらの方がしっくりくるな。これを見ると前の方は何だか、やぼったかったな」
「でも、前の方が強そうじゃなかった?」
「そうですか? こっちの方は鋭い刃物のような印象じゃないですか? 前のは鈍器のような力強さが有ったように思います。どちらも強そうです」
「店長はネーミングセンスは無いがデザインセンスは有るようだな」
「そう言えば、スバルさんの鎧やあたしの戦闘用の服をまもーるくんって呼んでました。でも、業火って言う名前は良いと思いますけど」
「ますたーハ、ごーれむノ名前ダケハ良イ感ジニ付ケテクレルヨ」
「はい、フィーアと言う名前はとても気に入っています」
7人が口々に勝手な事を言っている。
「悪かったな。ネーミングセンスが無えのは自覚してるよ」
「でも、業火のデザインはとても良いと思いますよ」
「そう? ありがとうアシャさん」
皆が褒めてくれている業火のデザインはと言うと。女性型のシルエットをした漆黒で細身のフルプレートメイルに、緩くカーブを描きながら太さに変化を付けた朱色のラインと、腰に付けたスカートにも見える装甲がより女性型を強調している。五指も細く長い、足は先の尖ったハイヒールのように成形している。ADRはサースベリアで作った装甲の方が似合うような気もするな。頭部も体に合わせて両側に飾りの付いた兜のような形をしている。でも、フェイスガードは付けていない。兜の下から覗く顔は白く切れ長の両目だけはちゃんと付いているが、鼻や口は付いていない。陶器のマスクのような感じでちょっと小さめに作っている。この部分が前にスライドし、フィーア用のコクピットが出てくる。肩の装甲だけは少しだけ大きめで、ここに数種類の色に染めたアダマンタイトを使い炎をイメージしたグラデーションで「業火」の文字が漢字で毛筆風の筆致で書いてある。
「だが、この美しいデザインに業火と言う名前が、なんだかミスマッチだな」
「そうですか? 私は意外といい感じだと思いますよ」
「おー、アシャさんは分ってくれるんだね。まあ、ガーネットの言う事ももっともだとは思うけどな」
2人に言って。
「それはそうと、Bクラスの魔核でゴーレムランチャー用のゴーレムを作り直したいんだよな。粒が大きくなるから、このままじゃ30個は持って行けねえからチョットだけ改修するけど。その前に明日Bクラスの魔核を取って来なきゃな」
「タケルさん、この辺にはBクラスの魔核を持ってる魔物がそんなにいるんですか?」
ノルンが言う。
「ああいるいる。30個くらい直ぐ集まる」
俺が言う。するとガーネットが。
「そんな都合のいい事が有る訳無いだろう」
「そうでもないさ、明日1日あれば十分だろ」
Bクラスの魔物と言えばいつものワイバーンしかないよな。
『ギャーー!』
7匹目のワイバーンが頭を割られて落ちていく。
「ふふふふ。はーっははは! さあ、飛ぶことしか能がないトカゲ共よ! どこからでも掛かってくるがいい!!」
久しぶりに上がった空に少しだけテンションが上がるような事を叫んでみる。嫌なことを忘れるには、こんな事で気を紛らわせるのがいいんじゃないか。
「店長、変な叫び声を上げるな」
「空が気持ちいいからさー。飛ぶって事はすげえ気持ちイイよなー。今度ガーネットも一緒にどうだい?」
「魔の森の上でそんなことが言えるのは店長だけだ。人は飛ぶようには出来ていないんだ。だいたい落ちたら死んでしまうじゃないか」
「なんだ、ガーネットって高いところダメなタイプか? じゃあアプリコットはどうだ?」
「あ、あたしもちょっと遠慮したいです」
「そうか? 2人とも気が変わったら言ってくれ」
「絶対に変わらない」
「ははは・・・。その時はお願いします」
「しかし、もったいないな。こいつらを全部もって帰れれば一財産だぞ」
「シュバルリに持っていったときには、魔核も取らずに2匹落としたんだ。魔核を取るだけましだろ」
「その魔核も売るわけではないんだろう」
「でも、少しだけなら持って帰れるんじゃないですか?」
「ああ、2匹くらいなら業火でも持てるな。1日分の稼ぎとしちゃ十分だ。ところで、向こうは大丈夫だよな?」
「自分の変わりはアインなら十分こなす。というよりも自分より上手くやるだろう。魔術師はノルンがいるんだ。初クエストだから連携が心配だが、ゴブリンやオーク相手で慣らすならちょうど良いだろう」
「あたしも、クエスト行けるようにならないと」
「アプリコットは無理をする必要はないぞ。だんだんに慣らしていけば良いし。クエストの時に食事を作ってくれるだけでも助かる。うちのパーティは誰も料理が出来ないんだ。ノルンが言ってたが料理上手なんだって?」
「そんな事で良いならいくらでもやります」
アプリコットもノルンも馴染んで来たのかな?
「おっ、次のが来たぞ。今度は3匹だ」
「え! タケルさん無理しないでください」
「アプリコットは心配性だな。店長のことは心配するだけ損だぞ」
「いや、チョットは心配してくれても良いんだけど」
「ん?」
「いえ、いいです。無理はしないさ、チョットだけ無茶をするだけだ」
そう言ってとべーるくんを1頭に向ける。正面から突っ込みながら、機首を少し下げ自分もかがみ込む。右の刀に魔力を流しながら腹を切り裂き、更に下に向かって滑るように降りていく。
『ギャーーー!!』
内蔵を撒き散らしながら地面に向かって落ちていくワイバーンを一目見てから、残った2匹のワイバーンを視界に入れる。
「ガーネット、とどめを頼む」
「了解した」
ガーネットの返事を聞きながら1匹に狙いを定め、頭を取るようにとべーるくんを急上昇させる。
「本当に1日でワイバーン30匹討伐してきたんですね」
呆れたようにアシャさんが言う。
「凄かったんですよ! 空を舞うように飛んで、次々にワイバーンを落としてしまったんですよ!」
アプリコットは興奮気味に言う。
「まあ、落とすだけだったからな。ガーネットが魔核を取り出してくれなきゃ1日で30匹なんかとてもじゃないが無理だな。ものによってはとどめを刺してもらったしな」
「ああ、おかげで、不本意ながらワイバーン殺しのタイトルが付いた」
「おー、それはおめでとう!」
「おめでたい訳が有るか! 何もせずに付いたタイトルになど何の意味も無い!」
やっぱりガーネットは真面目だ。
「と言う訳で。店長、今度は本当にワイバーンを倒す。手伝ってもらうからな」
「おう、任せろ! とべーるくんで運んでやる」
「それはいらない」
本当に嫌そうにガーネットが言う。
「あら、ガーネットは飛ぶのは嫌なの? とても素敵な体験だったわ」
「え? アシャ姉ちゃんは飛んだ事有るの! あたしはまだ無いよ。アシャ姉ちゃんずるいよ」
「ふふふ、王都の夜空を飛んだんですよ。月がとてもきれいでしたよ」
「いいなー、アシャ姉ちゃんだけずるいなー。タケル兄ちゃん今度あたし達にも見せてよ。アプリコットだってみたいよね?」
「えーと、あたしはそこまで飛びたいとは・・・・」
「えー。でもノルン姉ちゃんは飛びたいよね?」
「そうですね、めったに出来ない体験ですからね。機会が有ればお願いしようかしら」
「あー。この事が終わったらな。ところで、魔核はどのくらい集まったんだ?」
「沢山アツメタヨ。ごぶりんヤおーくノヤツダカラ、アマリ大キクナイケド、50個クライカナ」
「おー。すげえな。俺はこれから準備に入るから。明日も頼めるか?」
「あいんニオマカセダヨ」
「うん、いいよ」
「店長、これから準備ですか?」
「ああ、ゴーレム核を30個作らなきゃならないし、ケーナ達が取って来てくれた魔核でADRの砲弾も作るからな。結構時間が掛かる。今日は疲れたろうから宿でゆっくりしててくれ。皆には明日も魔核を集めてもらいたいからな」
「「「「はい」」」」
シルビアの宿で晩飯を食ってから店に1人で戻った俺は、まずはワイバーンの魔核を全て魔結晶にした。慣れた作業だ、とは言え1度に30個ってのはそこそこ時間が掛かった。
「さーて、次はーと」
魔結晶を1つ手に取って、制御式の記述を始める。基本的には今までゴーレムランチャーに入れていた物と同じ式になる。ゴーレム核のクラスが1つ上がるから、より大きくパワーも有るゴーレムが出来上がる。
「でも、そろそろ新しいゴーレムも作りたいよな。今度はどんなヤツにしようか」
業火をベースに誰でも操縦できるパペットバトラーを作りたいところだが、なにぶん操縦方法が思い付かない。業火はスティックやファンクションキーで有る程度なら戦闘行動が取れるが、やっぱり魔力コントロールが無いと自由自在に動かすと言う訳にはいかねえしな。
「でも、ADRが1つ余ってるからな。あれを運用できるパペットバトラーは作りたいところだよな」
サースベリアに召喚される前に装甲だけじゃなくてADRも作ってあった。業火に2本のADRを運用する意味は無いからな。考え事をしながらでもゴーレム核はサクサク出来上がっていく。半分ほど出来上がったところで。
『カチャ』
倉庫のドアが開く音が響いた。
「店長、少し休憩にしませんか。お茶とお菓子を持ってきました」
「おー、ありがとうアシャさん。せっかくだから休憩させてもらおうか」
そう言って、作業机の上を片付け始める。お茶をポットからカップに注ぎ、クッキーを皿に乗せる。
「そうですか? 作業は進んでいますか?」
「ああ、順調だ。あと2日有れば十分準備は整うな」
そいって、クッキーを摘む。
「そうですか。あまり無理はしないでくださいね。体を壊してしまっては元も子もないですよ」
「ああ、このくらい何でも無いさ。美味いなこのクッキー」
そう言って笑いかける。アシャさんは何か思いつめたような顔をしている。
「ん? どうかした?」
「スガラト王国には私も付いて行きます。良いですね」
「え! いい訳ないだろう。敵は4万の軍、いや、もっと増えてるかもしれない。危険すぎる。連れていける筈が無いだろ!」
「でも、タケルさんはちゃんと帰ってくるつもりなんでしょ?」
「いや、そうだけどさ」
「だったら私が一緒でも平気でしょう? 業火は3人乗りなんでしょ? 業火に乗っていれば何も問題は無いでしょ?」
畳みかけるように言われ。
「それはそうだけど。万が1ってこともあるし。装備を増やすから補助の座席は潰すつもりだし」
「1人分は残してください」
そんな事を言われても、準備したゴーレム核を全部持って行くには1人乗りに戻さないと。
「タケルさん。私が一緒に行ったら守ってくれますか?」
「それは、そうなったら、もちろん守るさ。でも戦闘にはならないと思うけど。もしもの時にアシャさんを守りながらじゃ全力で戦えないだろ」
「最初から無茶な行為なんですよ! 私が一緒に行っても問題ないような準備をしてください。そのくらいの余裕がなくてはとても4万の軍勢なんか相手に出来ませんよ」
「・・・・」
アシャさんの言葉に返す言葉が思い付かない。
「はー、わかった。1人分の座席は残すよ」
「はい」
ニッコリほほ笑むアシャさん。
「あ、お茶が冷めてしまいましたね。新しいのを入れますね」
アシャさんがカップを持って流しに行く。残された俺は。
「アシャさんを連れていくくらい余裕が無いと・・・・か」
確かに、今回はちょっと無茶な気もするよな。でも本隊が攻めてきたら、ガーゼルは守りきれない。これしか思いつかなかったんだよな。上級魔術が使える魔術師だって何人も居るだろうし、絶対の自信がある訳じゃねえんだよな。それを感じてあんな事を言ったんだろうなアシャさんは。
「さて、お茶を入れ直しましょう。まだ、クッキーも残ってますよ」
アシャさんと、しばらく黙ってお茶を飲んでいると。
「タケルさん。アリステアに行って来たんですってね」
「ああ、おかしな領主のおかげで住民が随分殺されたらしい。1ヶ月しか居なかったけど、知り合いが居たんだ。で、サースベリアの帰りにちょっと寄り道してきた。今は、アスカって名前になってる。知り合いには会えなかったけど、消息を知っている人には会えた」
「知り合いって、前に言ってた」
「ああ、アリシアと親父さんのバーナムさんさ。バーナムさんは領主の軍に殺されてた。アリシアは消息不明だとさ。バーナムさんの伯母さんが情報屋をやっててね、それでもアリシアは見つからなかったらしい」
「父が亡くなったのは知っています。でも、大伯母さまはお元気なんですね」
「・・・父? ・・・大伯母さま?」
「はい、父の伯母ですから」
「え? ・・・・・・アシャさんが?」
え? アシャさん。
「はい、私がアリシアです。お兄ちゃんに誘拐犯から助けてもらったアリシアです」
アシャさんがアリシア?
「だって、名前が」
「あの時王都で修行をしていたんですが、領主の手の者から逃げる時に冒険者ギルドに手を貸してもらったんです。その時に、ギルドが特例で偽名のカードを作ってくれたんです。今は、アシャです」
「なるほど、情報屋でも行方が分らなかったってのはそのせいか」
「シュバルリに行った時に話を聞いて、気が付いたんだけど。あの時はお兄ちゃんが、あんなだったから言い出せなくてその後もなんとなくタイミングが・・・。ごめんねお兄ちゃん」
「あはははは。で、4万の軍勢に無謀な戦いを挑む前に?」
「うん、今言わないと、言えなくなっちゃうと思って」
「死ぬと決まった訳じゃあねえんだけど。でも、そうか、アリシアは無事だったんだな」
「色々な人に助けてもらったのよ」
そうか、アシャさんがアリシアだったのか。あ。
「ちょっと待ってて、返さなきゃならない物が有る」
そう言って、店の方に行きカウンターの下からアリシアのハンカチを持ってくる。
「これ、借りたままになってたハンカチ」
そう言ってアシャさんに差し出す。ハンカチを両手で大事そうに受け取ったアシャさんは。胸の前で握りしめる。
「これ、両親の形見なんです。若いころ父が母にプレゼントした物で、母が亡くなる前に病床で私の名前を刺繍してくれて・・・・・」
「そんな大事な物を返し忘れちまったなんて。ごめん」
そう言って頭を下げると。アシャさんは首を振りながら。
「逃げるのが精いっぱいで、何も持ち出せなかったの。このハンカチだけでも手元に戻って嬉しい」
「そう言って貰えると嬉しいな」
アシャさんはニッコリ笑って椅子から立ち上がると。俺近づき屈み込んで頬にキスした。
「え」
驚く俺から少し離れて。少し頬を染めながら。
「あの時の、報酬」
そう言って、今度は俺の顔を両手で優しく挟んで目を閉じゆっくりと顔を近づけてくる。え? あれ? これは? 驚いて固まる俺の唇にアシャさんの唇がゆっくりと触れる。あっ、凄え柔らかい。どれだけそうしてただろう。ムチャクチャ長い時間に感じている。驚いて何が何やらわからなくなって、息を止め体を硬直させた俺からアシャさんが唇を離す。さっきより。さらに真っ赤になったアシャさんは。
「えーと。利息分だよ。ずっと払えなかったから」
あー、利息分ね。利息が元本を随分上回ってるな。
「ずっとずっと!」
そう言って今度は思いっきり抱きついてきた。俺の胸に顔を付けしがみ付くアシャさん。えーと、俺からも抱き返して良いんだろうか? 抱きしめちゃおうかな? それよりもっと凄い、あんな事やこんな事も今なら出来るんじゃないか? なんて考えが頭の中をグルグルと駆けまわる。実際には何も出来ずに固まった状態でアシャさんのされるがままになっていると。
「あ、忙しいのにゴメンね。あたしもう戻るね」
そう言って俺から離れ。
「お兄ちゃん無理したらダメだよ。適当に切り上げて休んでね」
恥ずかしそうな素振りでそう言うと。ドアを開け部屋から出た。ドアを閉める前に顔を出し。
「お兄ちゃんの事。ずーっと好きだったの」
そう言ってドアは閉まった。
「あ、アシャさん・・・」
やっと声が出せたのは彼女が部屋から出た後だった。アシャさんが俺の事を? ひょっとして今のってすげえチャンスだったんじゃねえの? オレは床に崩れ落ちるように両手と両膝を付き。
「おーあーるぜーっと」
言わずにはおれなかった。・・・俺の意気地無し。