よっしゃー!
『おめでとー!』
あれから半月程して、今日はバトロスとヴァイオラの結婚式だ。教会での式が終わり、今はヴァイオラをお姫様抱っこしたバトロスが披露宴会場に向かって歩いているところだ。会場はシルビアの宿だ。とべーるくんを貸してやろうかと言ったんだが、ヴァイオラはOKしてくれたんだけど、バトロスに断わられた。それだけではなく、ヒース、スナフ更にアシャさん、ケーナにガーネットにも止められた。
「お腹の子供に何かあったらどうするつもりだ!」
と言うことらしい。まあ、お腹の子供だけじゃ無く2人とも無事に済まない可能性は否定できないところではある。何と言っても、未亡人製造機だからな。それにしても2人とも幸せそうに笑ってるな。
「2人とも幸せそうだな」
「うん、ヴァイオラ姉ちゃん嬉しそうだね」
「ああやって、みんなに祝福されながら2人の、いや3人の生活が始まるのだな」
ケーナとガーネットもいい笑顔だ。俺も笑ってるな。
「ヴァイオラ、幸せそうね。素敵な笑顔だわ」
アシャさんが潤んだ目で2人を見ている。
「あーあ、ヴァイオラに先を越されちゃったわ。あの娘の方がずっと年下なのに」
そう言えばアシャさんには好きな人がいるんだったな。その人の事を考えてるんだろうか。
「ずっと? アシャさんて幾つなんだい? ヴァイオラは19歳だったよね」
「あら、タケルさん女性に年齢を聞くものじゃないわ」
アシャさんの俺を見る目がちょっとだけ怖い。その時、俺の首を後ろから抱えるように腕を回し。
「タケル、良い男ってのはね、女の誕生日は忘れないけど、歳は覚えていないもんなんだよ」
とカーシャが言った。
「悪かったな、俺は女性に年齢を聞いちゃうような男だよ」
「だったら、誕生日も覚えときなよ。あたしの誕生日は8の月3週の3日だからね。歳は2人きりの時に教えてあげるよ」
「へいへい」
アシャさんは。
「私の誕生日は3の月1週の2日よ、歳は秘密」
アネモネさんは。
「私は5の月1週の9日ね、歳は教えてあげない」
ガーネットは。
「自分は3の月2週の7日だ、歳は教えない方が良いようだな」
ケーナまで。
「あたしはね、7の月1週の10日だよ。12歳だよ!」
「で、みんなは俺に何を求めてるのかな?」
「「「「「自分で考えてね(考えな)」」」」」
自分で考えないといけないらしい。俺の誕生日はいつになるんだろう? こっちの世界の1年間も向こうと同じで365日だ、1年は12カ月、1カ月は3週間、1週間は10日、ただし、1の月1週は15日間あり、年の初めの5日間は日本で言う正月だ。4年に1度12の月3週が11日になる閏年ってやつだな。
「えーと、俺は、5の月1週の5日でお願いします。17才です」
5月5日だから大体その辺でいいだろう。
「「「「「お願いしますなの?」」」」」
「2人の新しい門出にカンパーイ!」
『カンパーイ!』
披露宴が始まった。この辺りの披露宴は会費制で行われる。ご祝儀の習慣は無いようだ。さて、お祝いだ!
「そうか、蒼穹の翼は解散か」
会場の端の方でスナフとヒースと話している。
「ああ、バトロスがギルドの職員になるて言い出してな。生まれてくる子供の為に定職に就けってヴァイオラに言われたらしい。まあ、ヴァイオラもしばらくは冒険者は無理だからな。俺は、ルオウ商会の隊商の護衛隊で責任者をしないかと誘いが有ったんでね、俺も定職に就くってことさ」
スナフが言うと。
「ルオウ商会と言うのは、大陸でも5本の指に入ると言われる大店です。冒険者の就職先としてはこれ以上ない話ですね。私は、王都の魔法学園で講師の誘いを受けていましたので、そちらにお世話になります。研究も出来ますしなかなかの条件です」
ヒースが言う。おー、魔法学園なんて物が有るのか! んー、ファンタジーだなー。いいなー、魔法学園かー通ってみたいかも。スナフが。
「冒険者と比べたら天と地程の差が有るよな。なにしろ、死ぬ心配が無えのがいいよな。がははは」
「確かにな、ヒースさんの魔法凄かったもんな。フィフスホーンに向けて撃っていたファイアーバーストなんか特にさ」
「ははは、それでもあいつには全く効かなかったですけどね。冒険者の経験で得た物を生徒たちに伝えてあげたいですね」
「で、アシャさんは? アシャさんはどうするんだ?」
「ん? んー、アシャはどうするんだろうな?」
スナフが言うと。ヒースは。
「アシャは、まだ今後の事は決めかねているようです。ただ、ヒーラーとしての腕は超一流です。天才と言ってもいいでしょう、冒険者としてもそれなりに経験を積んでいますからね、どこのパーティから誘いが有っても不思議は無いですね。ポーションだって強ポーションすら作れるのですから、そちらで身を立てる事も出来るんじゃないでしょうか」
「アシャのポーションは色々な意味で特別だがな。ははは」
とスナフが笑いながら言った。
「特別? どう言う風に特別なんだ?」
俺がスナフに尋ねると。
「効果が高いんだ。素早く多く回復させる。ライフポーション、スタミナポーション、マナポーション全て強ポーションだって作れる。材料が特殊な物も多いから集めるのが大変だがな」
色々な意味ってその程度なのか?
「才能が有るって話だろ? それが特別なのか?」
スナフは顔をしかめながら。
「いやいや、特別不味いんだ。使った事を心の底から後悔するくらいな」
え? この前飲んだスタミナポーションは美味かったよな? 普通のは、ああなんだろうな。でも、使った事を心の底から後悔するくらい不味いポーションか、懐かしいな、アリシアはどうしているだろう。アリシアは10年、俺にとっては半年くらいしか経ってない。色々な事があったせいかな。ずいぶん時間が経ってる気がするな。
「それは、懐かしいな。いつか飲む機会が有るかな、楽しみだ。」
「タケル、お前も飲んでみれば思い知るさ」
「そうですね、あれを飲んだ事が無いからそんな事が言えるんですね」
「いや、俺が初めて飲んだライフポーションがそんな感じだったのさ。それで懐かしいって思ったんだよ」
「「そんな物、あれに比べれば物の数じゃあ無い!」」
2人の声がそろった。一緒に冒険者をしているだけに仲がいいな。しかし、アシャさんのポーション。飲んでみたいような、飲まずに済めば良いような。
「男が3人して、こんな端の方で何やってんだい。そんな事だからバトロスに先を越されるんだよ」
「おい、ヴァイオラお前がそれを言うか、俺だって、ヒースだって直ぐに相手など見つけてみせるぞ」
「スナフはともかく、私はまだまだ結婚は出来ないでしょうね。魔術学園で研究したい事もあります。相手もいませんしね」
「ヒースさん、今のうちに奥さん貰ったほうが良いんじゃないか? 講師やりながら研究もする気なら、今のうちに結婚しないと、ずーっと結婚できなくなっちゃうんじゃないのか?」
「あー、そうかもしれませんね。タケル殿の言うとおりですねー。まいったな。ははは」
「もう、ヒース。笑ってる場合?」
「笑ってる場合と言うより、笑うしか無いってところだよな、ヒース。ガハハハ」
「スナフ。笑い過ぎです」
「ハハハ、2人とも、頑張らねえとな」
「「「2人とも、ね、フッ」」」
俺は、3人に鼻で笑われた。
「なっ、何だよ、何笑ってんだよ? 俺は17だぞ、まだまだ若いんだからな。2人と比べられたら迷惑だぞ」
スナフが、ニヤリと笑って。
「そうだな。タケルがそれでいいなら、いいんじゃねえか?」
ヴァイオラも、ニヤニヤしながら。
「そーだねー、タケルは若いよね。タ・ケ・ル・は・ネ」
ん? なんだ? なんだか、含みが有る言い方だな。ヒースはまじめな顔で。
「おや、あんなところでアシャが」
「え?」
アシャさんに何かあったのか? 俺は慌てて、アシャさんを探す。そして、会場の中程でカーシャ達と談笑するアシャさんを見つけた。ヒースが。
「んー、あれは、パーティの勧誘なんじゃないですか?」
「ヒースさん、あれはカーシャたちじゃないか。シューティングスターにはもうヒーラーいるぜ。」
ヴァイオラが。
「ふふふふ、気になるんだねー、アシャの事」
「べっ、別に気にしてなんかいねえし」
「タケル、アシャはあたしより年上だよ。どれだけ待たせるつもりなんだい?」
「なっ何を言い出すんだよ。アシャさんには、好きな人いるんだぞ。俺なんか、弟くらいにしか見られちゃいないのさ」
少し元気の無い声で言うと。
「ん? アシャの好きな人? 誰だいそれは?」
と、ヴァイオラ。
「聞いた事ないですね」
これは、ヒース。
「自分には心に決めた人がいるって言ってたぞ。この前、フェンリル討伐の時にダレフに向かって言ってたのを聞いたんだ」
ヴァイオラが、何かを思い出すように考え込んだ後。
「ん? あー! お兄ちゃんの事かい?」
「お兄ちゃん? 誰だそりゃ?」
スナフが聞いた。彼には心当たりがないようだ。
「スナフは聞いたことないかもね。なんでも、子供のころに自分を助けてくれた人がいてさ、その人と結婚するのが夢だったんだってさ。助けてくれた日以来会っていないって言ってたけどね」
え? 子供のころ以来会ってない? えーと、つまり......どう言う事だ?
「ど言うこと?」
訳がわからない俺は、ヴァイオラに続きを促す。
「アシャはねー、『兄ちゃんのお嫁さんになるんだーー』ってな事を言ってたんだよねー。乙女心全開だったね。前にお酒飲んだ時だったかな? 心に決めた人ってのはそのお兄ちゃんの事だろ。もう、10年も会ってないって言ってたよ」
「え? 10年前? じゃあ、今付き合っている人がいるとかは?」
ヴァイオラは顔の前で手を振りながら。
「ないない、今付き合ってるヤツはいないよ? ......たぶんね」
なにげに、疑問型だし。若干、落胆しつつ。
「あー、たぶんなのね」
「ファミーユは後衛を募集中なんだろ? ほおっておくと、優秀なヒーラーを逃がしちまうんじゃないかなー? それともアシャじゃ不満かい?」
そんな事言われても、なんて言って声を掛ければいいんだ。それに、女性ばっかりが輪になって話してるんだ。俺にはあの中に割り込んで行く勇気は無い! と言う訳で。この場から逃げ出す事にした。
「あー、新しい果実水貰ってこようかなー。じゃあ、また」
ヴァイオラが。
「タケル、まだ大分残ってるみたいだけど? あんたの果実水」
「え? えーと、話してるうちに温くなっちまったからな。えーと、あのテーブルだなー」
と言って、飲み物が用意されているテーブルに向かった。
「いい披露宴だったなー」
「ああ、2人とも幸せそうな笑顔だった」
「ヴァイオラ姉ちゃん、綺麗だったね」
「だな」
披露宴も終わり、客は三々五々帰って行った。スナフとヒースも友人と一緒に2次会ってところだろう。今、俺達は、シルビアの宿の前で主役の2人を見送ったところだ。そこに後ろから声がかかった。
「あー、タケルだ! あたし達を送るのに帰らずに待っててくれたんだねー。いやー、いい男の子だねー。あたし達のように、か弱い女性を守ろうって気持ちが嬉しいねー」
振り返ると、アシャさんが。それにカーシャと言う名の酔っ払いがいた。
「人を指差すな。誰が待ってたんだよ、俺達の常宿はここだ、もう帰ってるだろうが。それに、か弱いってのは誰の事だよ。だいたいAランクの冒険者をどうこう出来るようなヤツがこの街に何人いるってんだ」
「んーと、シルビアでしょー、タケルでしょー、アインにフィーア、それに、エメロードとバッカスくらいかなー?」
カーシャは指を折りながら名前を呼び上げる。
「その人たちは、どうこう出来るかもしれないけど、そんな事しない人ばかりだよな?」
「そうかい? んー? そうだねー、タケル以外はそんな事しないねー」
「いや、俺以外はってどう言う意味だよ」
「タケルの若い欲望が溢れ出しちゃったらー、どうなるかわからなーいよねー。あたしより強いでしょ? タケルはフェンリルバスターだもんねー」
「勝手に俺から変な物を溢れ出させるんじゃねえ。だいたい、俺がフェンリルを倒せたのは偶然だ。カーシャより強いなんて事はねえよ」
「そうですよ、カーシャさん。タケルさんは女性に如何わしい事などしませんよ」
「でしょ? アシャさんはわかってくれてるよね」
アシャさんは、右手を顔の前まで持ち上げると握り拳を作ると。
「もちろんです! タケルさんのようなヘタレが女性に何かできる訳がありません!」
「え?」
「だって、裸の女性が同じベットに寝てるのに逃げ出すようなヘタレなんですよ! 服を着てる女の人に何かするなんて無理です!」
「アシャさん、そんな大きな声で」
「カーシャさんは、ほんとーに強いんですから! 1人でも帰れるでーす! でもー、私はD-ランクですから―。か弱いんですよ―。タケルさんは、私を送ってくれるためーに、こうして、外でー待っててくれたんですよねー」
と言って、俺の腕にぶら下がるようにしがみ付いた。アシャさんも酔っ払いだった。
「でもー、タケルさんは優しいから! カーシャさんの事も送っちゃうんですよ。こ・の・女ったらしめーそんなタケルさんは、こうしちゃうぞー!」
「ひはい、ひはい。アヒャはん、ひはい」
ほっぺたを摘んで引っ張られた。カーシャはアシャさんとは反対の腕を抱え込んで。
「よーし! ヘタレなタケルに送ってもらっちゃうぞー! ほら! いくぞ!」
アシャさんとカーシャに引っ張られるようにシルビアの宿を後にする。後ろを振り返り。
「ケーナ、ガーネットこの酔っ払い2人組を送ってくるから」
そう言う俺に、2人は苦笑しながら。
「「いってらしゃーい」」
あの後、直ぐに半分眠っているような、危なげな足取りで歩き、道端で寝ようとしたアシャさんを背負い、カーシャと並んで歩く。アシャさんの胸が俺の背中に、幸せな状態だ。送って良かった。
「ねえタケル、あんたアシャをほおっておくつもりかい?」
あれ? カーシャがしっかりしている? 酔っ払ってたんじゃねえのか?
「ん? ほおってないだろ。こうやっておぶってるじゃないか。カーシャの事だってちゃんと送るぞ」
「はあー、全くお子ちゃまか? 蒼穹の翼が解散したんだよ。アシャはこの先どうするか決めていないって言ってたけどね。ヒーラーがソロで冒険者出来るはずがないだろう? ウチがスカウトしちまってもいいんだよ?」
あ、そっちの話しか。
「シューティングスターにはヒーラーいるんだろ? しかもアシャさんより冒険者ランクが高いんじゃねえのか?」
「バカだね、アシャの実力は今のランクに見合ったものじゃ無いよ。エクストラヒールを使いこなすんだぞC+でもおかしくない、蒼穹の翼にいたから今のランクだったって事だよ」
「だったら、なおさらファミーユに来てくれる訳ねえだろ。うちはEランクのパーティだ。それにメンバーのランクがバラバラだからまともにクエストも受けられないんだぞ」
「まともにクエストを受けてないのは、タケルが変な物ばっかり作ってるせいだろ?」
うっ、それは否定できない。
「俺には作りたい物があるんだよ。そのためには必要な事なんだ」
「まあ、ケーナは12才だし、ガーネットは元領主騎士団隊長だ、これからランクなんかどうにでもなるんだろうけどね。もちろんタケルもだ。フェンリルバスターなんだSランクだって狙えるはずだよ」
「カーシャは買い被りすぎだよ。俺なんか全然まだまだだぞ。師匠にも師範にも本気を出させるどころか、1度も剣を当てることすら出来なかったんだぜ」
「まだ、17才なんだ。それはこれからなんじゃないか。師匠の技を全て使えるようになったのか? その上で勝てないんじゃしょうがないけどさ」
「ん? 未だ奥伝の2段までってところさ。師匠は死んじまったし、師範とも会えなくなっちまった。もっとも、奥伝はなー。技に型があるわけじゃねえからな、気を練り全てを飲み込み無となれ、さすれば振るう全てが技となる。ってな訳がわからん」
「ふーん」
何かを考えるように間を置いて。
「伸び代があるって事だろ? 今度見てやろうか? こう見えてもちょっとはやるんだよ」
いや、Aランクなんだちょっとって事はないはずだ。
「ははは、伸び代か、そうだな頼もうかな」
「それはいいとして、アシャだよ。で? どうするんだい? 一緒にパーティ組みたくは無いのかい?」
「えー、それは......。組みたくないとは、言えないと言わざるを得ない」
「なんだい、ハッキリしないね! 組みたくないのかい。組みたいんだろ? はっきりしな!」
「ああそうだよ。パーティ組みたいよ!」
「だったら、誘いなよ」
「え? いや、それは、そのー、ねえ?」
すると、カーシャの拳が飛んで。頭を殴られた。
「いてっ」
「ねえ? じゃないだろ」
「断られたらと思うとさ、勇気がでなーグエッ!」
後ろから首を思い切り絞められ変な声が出ちまった。
「もーー。お兄ちゃんの、ヘタレーー! あたしは、こんなに待ってるんだよーーーー!」
そう言うとアシャさんは首を掴んだまま前後に大きく揺らし始める。
「ちょ、危ないから! 落としちゃうから!」
「ズーッとズーーーっと、待ってたんだから!」
さらに大きく揺らしだす。
「グエッ、アシャさん。俺、俺だって、タケルだって。お兄ちゃんじゃ無いって! グエッ」
「もー、ヘタレなお兄ちゃんなんか、お兄ちゃんなんか! こうだー!」
アシャさんの叫びと共に後頭部に衝撃が走った。アシャさんをおぶったまま座り込みそうになるのをこらえた俺は。
「グオー。後頭部に思いっきり頭突きを食らったように、頭が痛い」
「凄いのが決まったね。タケル大丈夫かい?」
「ダイジョウブナイ、頭痛が痛い。何でこんな目に合わなきゃいけねんだ」
「それは、いつまでもグズグズしてるあんたが悪いんじゃないか。アシャは待ってるんだろ」
「俺を待ってる訳じゃ無いだろ。その、お兄ちゃんとやらのせいでとんだトバッチリだぞ」
「おい、アシャ。ありゃ? 寝ちまったね。それとも、今ので気絶したかな?」
「え? カーシャ、ちょっとアシャさんたのむわ」
俺は、アシャさんをカーシャに預けると、財布から銀貨を取り出し、ハイヒールの魔法陣を刻み、アシャさんを治療する。ついでに自分も治療し、アシャさんを背負い直す。
アシャさんを宿に届けた。カーシャが一緒だったおかげで、アシャさんと2人で部屋に入るなんて事もしなくて済んだ。正直助かったー。
「じゃあ、明日ギルドにおいで、揉んでやるよ」
「ああ、頼むよ」
カーシャとは明日の約束をして、宿の前で別れた。
「アシャさん、誘うだけ誘ってみよう。まあ、2人に相談してからだけどな」
「よーし、タケルいくよー」
「いや、俺まだ朝飯食ってるところなんですけど」
「なんだい、昨日約束したじゃないか。揉んでやるってさ。さあ、待っててやるからさっさと食いな!」
いつもの修練が終わって、シルビアさんの作ってくれた朝飯を食べていると突然カーシャがやってきた。確かに言ったけど、朝飯くらいはちゃんと食べたい。
「カーシャさんおはよう。タケル兄ちゃんと何かするの?」
「ケーナーおはよう、そう言えばなんであたしをカーシャさんって呼ぶんだい? 他のみんなは、姉ちゃんって呼んでるよね? なーんで、あたしのことは姉ちゃんって呼んでくれないのかなー?」
「え? えーと」
ケーナは目を泳がせながら、俺に助けを求める視線を向けてくる。俺に振るんじゃねえ。俺は飯を食うことに専念し始めた。
「タケル兄ちゃんの、うらぎりものー」
ケーナ許せ、その問題に正面から向き合う度胸は俺にはない。
「あー、サラダが美味しい。やっぱりシルビアさんの料理は最高だな」
「あら、料理を褒めてくれるのは嬉しいんですけど。サラダを料理と言われるとちょっと」
「いやいや、ドレッシングですよ! このドレッシングがサイコーです。さすがシルビアさんです!」
「えーと、それ市販品なのごめんなさいね、今日はちょっと時間がなくて、ドレッシング作れなくって」
「え? ......野菜の切り方が・サ・イ・コー」
「......アリガト」
気がつくと、ケーナとガーネットとカーシャが呆れたように俺を見ている。そんな目で見ないでください。オネガイシマス。
「タケル兄ちゃんひどいよ! あたしを見捨てるんだもん!」
「そうは言ってもな、あそこでなんて言ったら良かったんだ? ケーナこそカーシャ姉ちゃんって呼べば良かったじゃねえか」
「え! だって、ほら、カーシャさんって姉ちゃんって言うよりも......。何っていうかー」
「姐御って感じだよな」
「そうだな、確かにタケルの言うとおりだな。あの人にはそんな迫力があるな」
「だろ? だよなー。カーシャにはそんな迫力があるよな」
「だよね。で、カーシャさんって呼んでたんだよ」
なるほどな、これはカーシャには言いずらいな。俺は、顔の前で右の拳を握りしめ、力強く宣言した。
「よし! さっきの件は無かった事にしよう! いいなケーナ、ガーネットも」
「そんな事言ったって」
「いや、ケーナがカーシャ姉ちゃんと言えば済むことではないか」
「うん、そうだな! ケーナがカーシャをそう呼べば解決だ。うん、そうしろケーナ」
「うっ、う・ん」
なんとなく、釈然としない様子でケーナはうなずいた。今俺達は、ギルドに向かっている。カーシャは一足先に向かった。朝食の後、店に寄って訓練用の刀を取ってきた。カーシャの分は当然無いが、前にギルドに納品したヤツの中にグレートソードもあったから、そいつをチャッチャっと直せばいいよな。
「どうだい?」
俺が訊くと。カーシャは。
「ああいいね。あたしのグレートソードとほとんど同じだ。でもね、今日使うのはこっちのバスタードソードを2本のほうがいいね。タケル2刀流なんだろ?」
「あのなー、そういうことはグレートソードを直す前に言ってくれ」
「いやー、モデリングなんか見たことなかったからさー。ちょっと、興味があったんだよね」
こいつはー、そう言えば、俺をからかうのが大好きだったよな。
「あーそうかいそうかい、で、満足したか?」
「んー、いまいち反応がつまらなかったかね」
「あー、そうですか、それはすまなかったね」
「まあいいさ、じゃあやろうか」
「ああ、よろしく頼む」
冒険者ギルドの訓練場で俺は、バスタードソードを構えるカーシャから距離を取って打刀を構えた。カーシャはAランクの冒険者だもんなー、凄え迫力だ。最初から全力で良いよな。夕べの話の流れじゃ、奥伝を含めてってことなんだろうが、実際の話相手の気を飲むってのがどう技に繋がるのかがわからねえ。わからねえが、あの話を聞いた上でカーシャが試合おうって言ったって事は、カーシャには何の事かわかったって事だろう。とにかく、胸を借りるつもりでいくぞ! それにしても、大変素晴らしい胸である! 色々な意味で借りたいところだが、今は試合だ。
「行くぜ!」
俺は間合いを詰め右から袈裟切りを入れる。軽く流されるが、想定の範囲内だ。続いて左の横薙ぎ、やはり軽く受けられる。次々に打ち込むが全て受けるかかわされる。そこで初めてカーシャから打ち込んでくる。え? そんなところから? 少し引いてかわし攻撃する。受けに回ると押し切られるだろう。さらに攻撃を出すが、全て受け切られる。カーシャは受けの合間に出てくる攻撃が増えてくる。俺の方が剣速はある。しかし、カーシャは全てを的確に受け、流し、さらに攻撃を繰り出してくる。そして間もなく、全く予測できなかった攻撃を胴にもらい弾き飛ばされる。倒れ込みながら思わず声が出る。
「うっ」
うわー、カーシャって祖父ちゃんと同じか? いや、祖父ちゃん程じゃねえ? 倒れ込んだ俺にカーシャが話しかける。
「気を練り全てを飲み込み無となれ、さすれば振るう全てが技となる。どうだい? あたしは、そこまでは行けてないけど、少しはそれっぽい事出来るだろ? 完成されたやつよりも、自分より少しだけ進んだヤツに稽古を付けてもらった方が参考になるんじゃないか?」
そう、カーシャは確かに俺の攻撃が見えてる? いや、読めるのか? 気を練る。飲みこむかー。
「ああ、確かにそうかもしれねえ。カーシャも出来るんだな」
「相手の気配を、目の動き、力の入れ具合、空気の動き、音まであらゆる情報を全て感じ取るんだ。もっともそこまではやってるよね。そこで、考えてから動くだろ? それだと遅いんだよなー。考えるんじゃなくて......」
考えるな! 感じろってやつか?
「わかるって感じかな。どこから来るのか、どう動けばいいのかわかるんだよね。その通りに動けば今のようになる。フェイントをかけられても本当に来るのかどうかはわかるもんなんだよね。まあ、師匠のフェイントには引っ掛かる事も有ったけどね」
「やっぱり場数が違うって事か。いつか出来るようになるかね」
「ん? 出来てたじゃないか」
え? 出来てた?
「何の事だ?」
「あたしが初めて反撃した時さ、あの時は出来たろ?」
「あー、予想外のところから反撃が来て下がった時か? あれは......」
あれは、考える前にどうすればいいかわかったか? たしかに最小限の動きで避けて、直ぐに反撃出来た?
「あたしも、久しぶりに出たね。最後に決めたヤツね、あれは剣を出す場所がわかったねー。あれが決まると気持ちいねー」
「最後のは全くよけられなかった。あれが、そうなのか」
「ああそうだ。あたしやあんたが目指すのはあれだと思う。あたしは、常にわかる訳じゃないんだよね。実戦経験を積めばあれが増えるんじゃないかね」
「目指す技か」
「タケルはあんな事が出来なくたって大抵のヤツには負けないだろ? だから、なかなかわかるようにならないんじゃないか? あたしだって普通は出来ない。と言うより要らない。魔物相手じゃあ意味も無いし、なんせ、対人戦闘用の技術だからね」
「まあな、昔っから人殺しの技術を磨いてきた流派だからな、俺のは」
「そうか。さーて、もう少しやろうか」
「ああ」
その後何度も試合し、いいのを貰い倒れ続けた。
「ふふふ、今日は調子がいいねー。やっぱり、出来るヤツと立ち会わなきゃダメってことかねー」
カーシャの打ち込みを貰い続けている俺だが、普通の打ち込みに対しては、対応出来るようになって来ていた。ただし、その普通の攻撃ってヤツが減って来たから打たれまくっている訳だが。そうしているうちに、初めてカーシャの左手に1撃を入れ剣を飛ばす事に成功した。同時に胸に剣を受けて弾き飛ばされた。
「タケル、出来たじゃないか。今のだよ、その感じを忘れるなよ」
「今の感覚か......。んー無理! だって意識して出来た訳じゃねえし」
「無となれってんだから、意識して出来る訳ないじゃないか」
「それもそうだ」
更に、数度試合ったが、あれっ1度しか出来なかった。
「今日はこれくらいにしようか。タケルのおかげであたしは大分わかってきたよ。タケルも掴んだろ? 切っ掛け程度みたいだけどね」
「んー、あれなー。まあ、確かに切っ掛け程度だな。でも、初めての感覚だったな。カーシャの教え方が良かったせいだな」
「はっはっはっは、そうだろうそうだろう。またやろうよ、あたしも修練になるからね」
「ああ、頼むよ。今日はありがとう」
俺が頭を下げると。
「あたしとタケルの仲じゃないか、堅苦しいのは無しだよ」
「カーシャさん、タケルお疲れ、2人とも凄いな。いい刺激になった」
ガーネットが声をかけてきた。
「カーシャ姉ちゃん、タケル兄ちゃんお疲れ様―」
ケーナも声をかけてきた。
「おー、ケーナ。そうだよ、そうだよ。カーシャ姉ちゃん。んー、いいね。知り合いの若いやつらはカーシャさんとしか呼んでくれなくてね。新鮮だねー」
「タケルさんとカーシャさんの仲ですか。どんな仲なんでしょう? タケルさん聞かせてくれませんか?」
振り返ると、いつの間にかアシャさんが訓練場の中にいた。
「え? えーと、いわゆる一つの、師弟関係的な仲? と申しましょうか」
「師弟関係ですか? それにしては大分フランクな感じですよね」
「え? さっきからの俄か師弟だからしょうがないでしょ?」
「あたし達は師弟じゃないよね。あたしもタケルのおかげで、いい修練が出来たからね。まあ、友達か? まあ、恋人でもいいけどね」
と言ってウインクする。アシャさんから重苦しいオーラが立ち上った気がした。力無く笑いながら。
「はははは...。友達でお願いします」
「あら、恋人になっちゃえばいいんじゃないんですか」
そう言ってアシャさんは、出口に向かってスタスタと歩いて行ってしまう。
「え? ちょっ、アシャさーん」
そう声をかけながら、アシャさんの後を追って訓練場を出た。街の中を歩きながら。
「アシャさーん、カーシャとは友達だよ。アシャさんがどう思ってるかは分からないけど、変な関係じゃないんだよ」
俺に目を呉れる事は無く、前を睨みつけるようにして無言で歩いている。更に声をかけながら少し歩いていると。ぴたりと歩みを止め、肩を震わせて笑いながら。俺の方を振り向くと。
「ふふふふ、ごめんなさい。意地悪しちゃいました。今日は、本当は夕べ迷惑をかけちゃったから、お詫びとお礼に来たんです。ありがとうございました」
それを聞いた、俺は。
「なんだ、そんな事だったのか。どう致しまして。慌てちまったよ、また何かやっちまったかなって思ってさ」
「カーシャさんの事はしかたないですよね。タケルさんですから、もう諦めます」
諦めてるって......。
「はあー、そうですか」
ちょっと落ち込んだ。すると、アシャさんが話題を変えてくれた。
「お腹すいちゃいました。何か食べませんか? 昨日のお詫びに私が御馳走しますよ」
そう言って、俺の右手首を掴みズンズンと歩き始めた。10歩程歩いてから止まり。俺を見て。
「どこか良いお店知りませんか?」
え? 俺よりもアシャさんの方がこの街に詳しいんじゃ? とは思ったものの。
「ああ、安くて美味い店が有るんだ。屋台でもいいかな?」
頷いたアシャさんを案内する事にした。おばちゃんの屋台はハーブ入りパスタ以外の料理も美味いんだ。
「おや、タケルさん。今日は1人じゃないんだね。そんな美人さんと2人なんて、やるもんだねー」
「いやいや、アシャさんとは、おばちゃんが思うような関係じゃねえよ」
「あら、美人さんなんて、そんな」
アシャさんは両手で頬を挟むとそう言った。
「まあいいさね、タケルさんはいつものでいいのかい?」
「ああ、アシャさんはどうする? おばちゃんの料理、美味いよ。俺はいつもハーブ入りパスタだけど、おまけしてもらった。ミートパイやキッシュも美味かったよ」
「じゃあ、そのミートパイとキッシュをお願いします」
そう言って、俺達はカウンターに並んで椅子に腰かける。
「はいよ、タケルさんが初めて彼女さんを連れて来てくれたんだからねー、サービスしちゃおうかね」
「おばちゃんには、いつもサービスしてもらってるから。それに、アシャさんは......彼女じゃねーし」
おばちゃんに言い返すが、最後はボソボソと小声になった。
「あ、美味しい」
ミートパイを一口かじるとアシャさんはそう言った。
「でしょ? 最近たまに昼飯に来るんだ」
アシャさんは、次にキッシュを口に運び。
「キッシュも美味しい」
「このハーブ入りパスタだって絶品だぜ」
俺が言うと。
「シンプルなパスタなんですね。でも美味しそう」
そう言ってパスタの皿を見る。
「食べてみる?」
「いいんですか? じゃあ少しいただきます」
俺はアシャさんの方に皿を押し出すと、手を付ける様子は無く、俺のフォークに絡んだパスタを見つめる。......まさか。まて、そんなはずは。いやいや。しかし。俺は意を決し、フォークをアシャさんの口元に運ぶと。蚊の鳴くような小さな声で。
「アシャさん、あーん」
きっと俺の顔は茹でたように真っ赤になっているに違いない。アシャさんは微笑んで、少し頬を赤く染めながら。
「あーん」
と言ってパスタを口にする。味わった後に。
「美味しい!」
とってもいい笑顔になった。
「だろ? 美味いだろ?」
「ええ、本当に」
と言って、体ごと俺の方を向いて、可愛らしく口を開けた。え? もう一度ですか? もう一度やれと言うんですか? ニヤニヤと俺達を見つめるおばちゃんの視線を意識しながら。再びフォークを運んだ。
「あーん」
と言ってアシャさんはパスタを食べる。すると、今度はミートパイをフォークに乗せて俺に向かって、差し出す。アシャさんの顔も赤い。
「はいタケルさん、あーん」
そう来ますか。来ますよね。
「あーん」
食べさせてもらったパイの味は全くわからなかったが。
「美味しい?」
と尋ねてくるアシャさんに。
「うん、すげえ美味い」
以外の返事が出なかった。更にキッシュも1口貰ってからは、俺達は自分の分の料理を食べた。いつものように普通に会話も出来ずに、俺はドキドキしてしまいパスタの味はわからなかった。
食事を終えて2人で街を歩いている。
「「あの」」
2人で同時に声が出た。
「アシャさんから、どうぞ」
俺がそう言うと。アシャさんが話始める。
「ごめんなさいね。さっきのカーシャさんとタケルさんの試合を見ていて、なんだか変な気持になって、普段から、ガーネットとケーナちゃんとは訓練してるって事は知っているし、何とも感じていなかったのに。なんでかしら? 居た堪れなくなってしまって......。まるで、仲良く踊ってるように見えたからかしらね」
「普通に試合してたんだけど。踊るようにって言うけど、打たれまくってたじゃん」
「それも、そうですね。私も自分で言っていて良くわからないんです」
「ああ......」
しばらく並んで歩くと。
「そう言えば、タケルさんは何を言おうとしてたんですか」
「え? 俺?」
「はい、さっき何を言おうとしたんです?」
「えーと、蒼穹の翼が解散するって昨日聞いてさ、アシャさんだけどうするか決まって無いって聞いて」
ここで言葉を区切る。
「はい、まだ決めていませんよ」
「えーと、アシャさんは凄く優秀なヒーラーで、しかもポーションを作る腕も凄いんだってヒースさん達が言ってた。きっと、色々なパーティから誘いが来るだろうってさ」
「優秀なんて、そんな事はありませんよ。でも、冒険者は続けるつもりなので、どこかのパーティには入らないといけません。私はヒーラーですからソロでは冒険者はできませんから」
今だ俺、俺達のパーティで一緒に冒険者をやろうって言え。断られてもアシャさんを諦めるな! 俺は、つっかえながらもアシャさんに言った。
「アッ、アシャさん、俺達と一緒に。俺のパーティに入ってくれないか?「はい」」
話だしたらもう止まらなかった。
「うちのパーティはまだEランクだから、不満かも知れないけど」
「......」
「アシャさんが来てくれればもっともっとクエストだって受けられる」
「......」
「絶対に後悔させないから。一緒にパーティを組んで欲しい」
息を継ぐ事も無く一気に捲し立てると。緊張を解すように。
「はあ、はあ」
と大きく息を吸い込む。
「で、どうだろうか? ああ、返事は今すぐじゃなくていいから、考えてくれないか?」
「ですから、はいと言ってますよ。よろしくお願いします。タケルさん」
「え? オーケーなの?」
「はい」
アシャさんが、ニッコリほほ笑む。オレは両の拳を天に向けて高々と突き上げた。
「よっしゃー!」