襲来
「シロはねー、ミーミーって鳴くんだよ」
カチャカチャ。
「へー、かわいいな」
フキフキ。
「好き嫌いは無いんだよ。野菜でも肉でも魚でも何でも残さずに食べるんだ。えらいでしょ?」
ゴシゴシ。
「ふーん、好き嫌いが無いってのはいいことだな」
カチカチカチ。
「タケル兄ちゃん、あたしの話ちゃんと聞いてる?」
ガチャ。
「ああ、まだ腹は減って無い」
グッ。
「もう! タケル兄ちゃんなんか知らない!」
ドスドス。
シュッ。
「うん、そうだな」
「タケル兄ちゃんなんか、タンスの角に小指をぶつけて、うずくまっちゃえばいいんだー!」
「ああ」
バタン!
キュッ。
「よし、お終いっと」
「タケル、今の態度は無いんじゃないか?」
俺は整備の終わったAMRを持ち上げながら、声のした方に顔を向け。
「何だケーナ? あれ? カーシャ」
そこには椅子に座り、カウンター肘を突いて顎に手を当てているカーシャが呆れたような顔を俺に向けていた。
「ケーナの話をちゃんと聞いてやらないとダメじゃないか」
「ん? ちゃんと聞いてたぞ? なあケーナ」
俺はケーナの方を......。あれ?
「ケーナは?」
「タケルがちゃんと話を聞いてやらないから、出て行っちまったよ。可哀想じゃないか、あんなに楽しそうに話しているのに全く話を聞いてやらないなんて」
あー、カーシャは知らないもんな。
「ケーナは一昨日から、シロの話ばっかりなんだ。繰り返し繰り返し聞かされ続けてる方の身になってくれよ、いい加減な返事しかできなくなるぞ」
「シロってなんだい?」
「ああ、ケーナが一昨日見つけた。......生物? これくらいの大きさの」
手を1mくらいに広げて大体の大きさを説明する。
「セイブツ? なんだい生物なんて変な言い方だね」
「だって、俺もガーネットも見たことも無い生き物でさ。ケガをして腹をすかせたシロが檻の中に入れられてたらしいんだけど、それを見つけたケーナが連れてきちまったんだ」
「檻に入れてたんなら、誰かが飼ってたってことだろ。そいつを持ってきちまったのかいケーナは」
「そう言う事。ケガしてたって言ってたからな。その場でハイヒールをかけて、メシをやったら懐かれちまったらしくてな、ここに連れてきちまったんだ」
「それって、ちょっと拙くないかい?」
「だから、直ぐに戻させたよ。様子を見に行って、飼い主がいないようならその時にまた相談しようって事にしたんだ」
「つまり、今のは?」
「そう、様子を見に行った結果の報告ってことさ、4時間おきに世話に行ってるみたいでな、その話を2日間聞かされてみな、あんな反応にもなるだろうが」
「ふふふ、お疲れ様」
「ところで、カーシャ、あんたは何時の間に? 何でここにいるんだ?」
「ん? あたしかい? 今日は休みだからさ、タケルの顔を見に来たのさ」
「サイデスカ」
カーシャはたまに店に来て俺をからう。最初は対応に困ったが、もう普通に流せるようになった。スル―スキルを身に付けたって事だ。カーシャ限定だけどな。この大柄な美女は何が楽しくて俺に絡むんだろう?
「ところでタケル、あれは凄いね」
「ん? まもーるくんの事か?」
カーシャにはまもーるくん試作6号をテストしてもらってる。
「ああ、軽くて動きやすくて、しかも、防御力がハンパナイからね。デザインはちょっとアレだけど。街の中で着る訳じゃないしな」
「アレってどれだよ。機能的だろ? カーシャにも似合ってるし」
「似合うって言ってくれるのは嬉しいね。困った事に、最近は着る事に抵抗無くなってきてるんだよねー。性能は凄いって、うちの娘達も関心していたよ。昨日までは、だれも自分で着たいって言ってた娘はいなかったんだけどね」
「昨日何か有ったのか?」
「ちょっとね。オーガとタイマン張ったんだよ。あいつもあたしと同じグレートソードを使ってたからね。動きやすいからオーガの攻撃は全て避けられるし、足を止めて切り結んだ時にさ、試しに攻撃を受けてみたんだよね、全く「ちょっと待とうか」なんだい?」
「今、わざとオーガに斬られたような事を言ったか?」
「ああ、全く問題なく防ぎきったよ」
「ばかやろー! いいか、まもーるくんは盾じゃねえんだぞ。わざと攻撃を受けるヤツが有るか!」
俺が急に大きな声を出したせいだろうか? カーシャは驚いた顔をしている。
「いいか、あれは鎧だ、敵の攻撃が当たった時に守るために有るんだ。不意打ちを防いだり、敵わない相手から逃げるチャンスを作るために使え! アレの防御力を当てにして、魔物と斬り合いなんてするんじゃねえよ! 攻撃を無限に防げるわけじゃねえんだぞ! 怪我でもしたらどうすんだ!」
ニヤリと笑って。
「おや、心配してくれるのかい? ひょっとして、あたし愛されてる?」
ぐっ、と言葉に詰まってしまった。
「タケルの手伝いにもなるんだからね、あんな事もするってもんさ」
「確かに、テストを頼んだのは俺だ。でもな長時間着た時の着心地や、戦闘した時に動きの邪魔にならないかとかの感想が知りたいんだ。改良点を見つける手がかりがもらえれば良いんだよ。頼むから無茶な事はしないでくれ」
「ふふふ、ごめんよ。もうしないよ、心配かけてすまなかったね」
そこで、少しだけ冷静になった俺は。
「いや、怒鳴ってすまなかった。テスターを頼む時に注意しなかった俺のミスだ」
今度はいい笑顔になって。
「タケル、良い男だね」
俺は、顔が熱くなるのを感じながら。
「かっ、からかうなよ!」
カーシャは軽く笑うと。
「ふふふ、さっきの続きだけどね、それを見たうちの娘達が驚いちまってね。売り出されても高くて買えないだろうって言って、あたしが着てるまもーるくんを羨ましがってね。完成品をタダでもらえるって話したらさ、テスターをしたかったって悔しがってね、煩いったらありゃしない。ほおっておくと、タケルにねだりに来る気だったねアレは。もちろん止めさせたがね」
「そりゃどうも」
「さて、そろそろ帰ろうかね。また来るよ」
「ああ」
その時店の戸が開き。
「タケルさん、こんにちはー」
「タケルー、何だい用事って」
アシャさんとヴァイオラが入って来た。忘れていたが、時間が取れたら来てくれと伝言しておいた。カーシャがいる時でちょうど良かった。
「みんなに渡したい物が有ったんだよ、カーシャもちょっと見てくれ」
アシャさんとヴァイオラが椅子に座り、カーシャも座り直す。俺はカウンターの下から箱を出した、中には髪飾りがいくつか入っている。針金状のミスリルで編み上げた髪飾りに小さめの魔結晶が1つ取り付けられた物だ。
「まあ、綺麗」
「これをあたし達に?」
「3人一緒にプロポーズかい? やるねー」
「プロポーズちげーし。大体、新しい防具だからなそれ」
「新しい防具ですか? こんなに綺麗なのに?」
「ああ、まもーるくんの魔力が切れるって事がわかったからな。まもーるくんとセットで使うんだ。まもーるくんの魔力が足りない程の衝撃や命にかかわる魔法攻撃が加わった時、針金が解け篭を作る。その篭を物理障壁と魔法障壁で包み込む。そうして中の人を守る」
篭を作って、障壁をまとわせた方が強度を得やすい。
「なんでそんな物を?」
「まもーるくんの魔力がどんなタイミングで切れるかわからない。受ける衝撃の大きさによっては1発で魔力がけし飛ぶかもしれない。そんな中途半端な物のテストを任せてるんだ。まあ、保険だな、こいつは1度展開したら1分......、いや、普通に60数えるくらいの時間しか持たない。ただ、障壁は強力なやつだ。こいつが展開したらとにかく逃げ出してくれ」
「ふーん保険ねー」
カチューシャ型のを眺めながらヴァイオラが言う。
「ヴァイオラはそれがいいのかい? あたしはこっちのバレッタにしようかね? アシャは?」
「私はこっちのカチューシャにします」
カーシャは。
「ところで、なんで、こんなにいっぱいあるんだい? いったい誰に配るつもりなんだい?」
「ああ、それな、使いきりなんだ。一度障壁を展開させたら、もう一度編み上げなきゃ使えねえんだよ。使った後は捨ててきてもいいけど、持ってきてくれれば再生させるよ。だから、スペアとしていくつか余計に作ったんだ。別に、あっちこっちに配ろうとかしてねえから、大体まもーるくんとセットじゃないと作動しねえよそれは」
「そう言う事なら有難くいただこうかね」
「じゃああたしは、こっちももらっていい?」
「もう、ヴァイオラったら。タケルさんありがとう」
「いや、使わないで済めばいいんだけどな」
その時。
ゴーーン、ゴーーン、ゴーーン・・・・・・ゴーーン
鐘が10回鳴り、少し間を開けて5回鳴った。
「なんだ? こんなの初めて聞いたぞ?」
すると、カーシャが。
「ギルド登録の時に説明があったろ? 街の緊急警報だ。しかも第1級の警報だぞ。アレが鳴ったら、住民は領主の館に避難し、騎士団も非常要員を除き騎士団の本所に集合だ。そうしてあたし達冒険者は装備を整えてギルドに集合しなきゃならない。みんな行くよ!」
ギルド登録の時? ちゃんと聞いてはいなかったかもしれねえな。
「あたし達も戻って装備を整えなきゃね。とにかく急ぐよ」
「髪飾り付けて行ってくれよ」
「「「わかった(わかりました)」」」
慌てて戻って来たガーネットとケーナと一緒に装備を整えると、先に店を出たアシャさん達を追ってギルドに向かって走り出した。
ギルドに近づくと、大きな声が聞こえてきた。俺が作った魔道具のメガホン、おおごえくんだ。
『......魔物の氾濫がおきたらしい。魔の森からこちらに向けて魔物達が向かって来ている。なるべく外壁から離れて防衛線をはるんだ! Eランク以上のヤツは表に出て騎士団が体制を整えるまでとにかく持ちこたえろ!』
魔物の氾濫か? 全く最近静かだと思ってたらこれかよ。
「ケーナはここに残ってギルドの指示に従え! ガーネット行くぞ!」
「おう」
「タケル兄ちゃん、あたしも」
「Fランク以下の冒険者にも仕事は有るんだ。前線に出るだけが仕事じゃねえんだぞ!」
ケーナは立ち止り。
「タケル兄ちゃん、ガーネット姉ちゃんあたしの分も頑張って来てね!」
「まーかせろ!」
「ああ!」
南門から外に出た俺達は魔の森の方角に向かって走りだした。視界ギリギリの所が何やらうごめいているように見える。魔の森の大分手前の森だ。さらに、その手前に冒険者達が展開を始めている。
「アレだな、2キロないな」
「ああ、とにかくあそこまで行って防衛戦だ。騎士団が出張ってくれば体制を整えて押し返す事もできるだろう」
冒険者達は扇状に展開し迎え撃つ構えだ。各々間隔を大きめに取り、横幅を広げている。魔物の幅には及ばないがガーゼルに直進するコースを取る魔物には対応できるだろう。幅はそれなりに有るが、厚みが薄い、当然抜けてくるヤツもいるだろうが、先で待ちかまえる冒険者達と魔物が接触した後から到着する者たちは、抜けてくる奴らを各個撃破する事になるだろう。俺達が前線に到着し息を整える間もなく、魔物達が接近して来た。魔術師たちがそれぞれ得意な魔法攻撃を放った。それにより勢い良く吹き飛ぶ多くの魔物達。ガーゼル防衛戦が始まった。
「くそー、限がねえな!」
俺がガルムを切り倒しながら、ぼやくと。
「はあはあ。そうでも無いぞ、ほら、終わりが見えてきた。もっとも、こいつらは足が早い奴らばかりだ、全く連携も取らない。狼系の魔物が多いが、種族も統一ではない。なにか釈然としないな、原因はわからないが違和感が有る。こいつらは弱すぎる」
ガーネットが息を切らせながら言い、グレーウルフに斬りつける。一声鳴いてグレーウルフは倒れた。そうなのだ、こいつらは牙をむいて襲いかかってはくるが、前に進む気持ちが強く、俺達を邪魔者としか見ていないようなのだ。獲物を狩る魔物のようでは無い。つまり普段より弱いと言いたいのだろう。魔物と接触してから30分程してようやく魔物の最後尾が50m程に近付いてきた。ここを乗り切れれば少しは休めるかもな?
「ん? 少しは休めるか? うりゃー」
「こいつらは、足の速い連中ばかりだ! えいっ! こいつらの後からそれほど足の速く無い奴らが来るんだろうさ」
「だと言っても、おっつけ騎士団も到着するだろうぜ。少しやすみてえぞっと!」
と言った会話をしながら魔物を倒して行く。
とにかく迫りくる魔物達を倒しきり、俺達は座り込んでいる。スタミナポーションを飲んだり、水を飲みながら休む冒険者達。そこに騎士団が到着した。俺達よりも手前で、防衛ラインを作っていたのだが、必要無いと見て、最前線の強化の為に来たそうだ。真っ直ぐ進む魔物は進路を変えないため、冒険者が作った防衛ラインの脇を抜けた奴らは、街に回り込んだりしなかったそうだ。俺達冒険者を労い俺達に変わって最前線に付く騎士団。そこにスカウトが戻って来た。彼らは俺達が休んでいる間にも斥候としての役目を果たすべく先行していた。騎士団の隊長と何やら話している。騎士団長は。
「もう直ぐ魔物の次の集団がやってくるぞ! 冒険者殿方はもう少しだけ休んでいてくれ。次は私達が仕事をする番だ! みんなよいな!」
『オー!』
騎士団は俺達が戦った場所から更に前進すると、横長に展開した。騎士団と共に到着したバッカスが俺達に対し状況を説明してくれる。
「魔物の氾濫には間違いないのだが、ちとおかしいんだ。魔物は真っ直ぐ走りすぎるだけで、街を襲う気配が無い。もっとも、ガーゼルに直進するコースを進んでくる魔物はお前らが全て倒してくれたからな。もしも、抜かれていたなら街がどうなったかは考えたくも無いことだがな」
俺達が感じていた違和感はどうも気のせいでは無かったらしい。一緒に戦っていた冒険者達も。
「魔物が必死に走っていた。口から泡を吹いているヤツもいたぞ」
「確かに、俺達を襲うと言うよりも、俺達を邪魔者としか考えていないようだったよな」
「確かに変だったな、勘違いじゃなかったのか」
口々に言う冒険者達を制して、バッカスは。
「しょせん俺達には魔物の事情なんかわかる訳は無い。状況に応じて対処するしかできん。さて、そろそろ騎士団が魔物と接触するころだ。みんな、バックアップに入れ! 今度の群れはさっきより大きいぞ! キバレよ!」
『おう!』
俺達は、騎士団のバックアップの為に立ち上がった。
「がー、バックアップどころじゃねえぞ! 普通に大変じゃねえか! 足が遅いから遅れただけでこいつら量も質もさっき以上だぞ!」
ビックボア、大トカゲなど、大きく力も強い連中だけでなく様々な魔物がやってくる。俺は大抵の魔物の首を一撃で刈れるが、そうでない者も多い。1匹当たりに時間がかかるのだ。俺は、縦横に走り回り次々に魔物を屠っていく。他の冒険者達に足止めされている魔物など何の苦労も無く作業的に倒せる。この状況では横取りなどと言う者はいまい。
更に1時間ほどして。俺達はみんな座り込んでいた。何とか魔物達を倒しきった。直接ガーゼルの街に向かわないほど遠くのヤツは放置したが、俺達最前線組と街の間に最終ラインが有るので、進路を変えた連中はそこで倒せたはずだ。
「だー、疲れた、もう帰りたい。なんで、ブラッドグリズリーやオーガまで来るんだよ。反則だぞあいつらの強さは」
そう嘆く冒険者がいる。
「これで終わりか? もう終わりだよな? もう動けねえぞ」
そう言うヤツもいる。
「スカウトの連中はまだ働いてるんだぞ、だらけてる訳にはいかねえぞ」
その時。
「はい、タケル兄ちゃんの分だよ、軽食と水とスタミナポーション、はい、ガーネット姉ちゃんも」
横から小さな包みが差し出された。包みを受け取りながら、横を見るとケーナがいた。
「おう、有難う。ケーナ達は補給をしてくれてるのか。助かるよ」
そう言いながら包みを開いて水を飲んでからサンドイッチにかじりつく。
「Fランクの冒険者が補給してくれてるのだな、ありがとう」
ガーネットが言うと。
「うん。じゃあ、他の人にもくばってくるねー」
そう言って、走り出した。
「軽食と水とスタミナポーションだよー」
と言いながら冒険者と騎士達に包みを配り歩いている。辺りを見渡すと、ツァイとライに馬車が繋がっている。あいつで運んで来たんだな。若い冒険者達が包みを抱えて走り回っている。
「これで元気が出たな」
俺が言うと。ガーネットが。
「ああ、それにしても、魔物達は何かから逃げているような感じだったな。次はその原因でも来るのかもしれん」
「さて、次はあるのか? もう終わりか? それとも......」
奴らが逃げ出すような何かが来るのか? 俺はスタミナポーションを飲みながら魔の森の方を窺った。ん? スタミナポーション以外と美味いな。森の中から斥候に出ていた冒険者が大慌てで走ってくるのが見えた。あーあ、またお仕事か。
騎士団長とバッカスが話を聞いて驚く表情が見えた。彼らが驚くってどんなヤツが来るんだろうな? バッカスが。
「ランドドラゴンが迫っている! しかも5本角、フィフスホーンだ! ランドドラゴンは一応Aクラスだが、フィフスホーンは討伐実績は無い。実質Sクラスと言える魔物だ! あんなヤツが街に入ったらとんでもない事になる。何としてでも止めるぞ!」
冒険者と騎士団員から。
『おうっ!』
と声が上がる。その時だ。
『ズンッ! ...ズンッ! ...ズンッ! ......』
遠くから足音が聞こえてきた。立ち上がり刀を抜く。森までは400mくらいの距離だろうか? 魔物はまだ見えない。この距離で足音が聞こえる? 大物がやって来るって事か? この辺の魔物が泡を吹いて逃げ出すってのは、どんなやつなんだ? 森を睨みつけていると。2人の冒険者が抱き合うように現れた。片方が怪我をしているようだ。助けに行くために飛び出そうとしたら。
「ヴァイオラー!!」
絶叫したバトロスが走り出した。あれは、ヴァイオラなのか? ちょっと距離が有るから人の判別まではつかない。ああ、ビキニアーマー着てるか? そんなことを考えながら数歩走り出したところで、バッカスが大声で叫んだ。
「戻れ! 突出するんじゃねえ! 魔術師はファイアーウォールの準備だ! 奴が現れたら、目の前に特大のヤツを頼むぞ!」
その時、森の木々を倒しながら何かが現れる。冒険者の間から声が聞こえる。
「でっでかい......」
森の木々をへし折りながら、フィフスホーンが現れた。確かにでかいな背中の上まで15mくらい有るんじゃねえか? 俺達に向かってくるそいつは4本足をゆっくりと動かして歩いてくる。鼻の上に太く長い角が1本、額にはそれより更に太く長い前に付き出た角が2本、その角の根本から二股に分かれ上に2本の角が伸びている。前に突き出した2本の角は数mに及ぶ。
「ランドドラゴンか? ランドドラゴンって言うだけあって翼は無いんだな」
誰にともなく言うと。隣にいるガーネットが。
「あんな物が飛んだら、手が付けられんだろう」
「それはそうだな」
少し離れたところにいたカーシャに。
「カーシャ、あんた達あんな化け物を討伐したのか? どうやったんだ?」
「馬鹿を言うな。あたし達が倒したのは、ランドドラゴンと言ってもシングルホーンだよ。あいつの3分の1くらいのサイズしかなかったよ」
高さ5mくらいってことか。それでも十分でかいな。
「あ、ヴァイオラは?」
慌ててランドドラゴンの前を見ると、2人の冒険者が走っている。巨大なフィフスホーンは、ゆっくり足を動かしているように見えてもそのスピードは2人より早く今にも追いつかれそうだ。
『危ねえーーー!』
冒険者達の絶叫に反応したように後ろを振り返るヴァイオラ。間近に迫るフィフスホーンを確認し、肩を貸しながら走っていたヴァイオラが、もう一人を突き飛ばし、フィフスホーンの進路から逃がした。続いて自分も飛び退こうとしたところに、ヤツの前足がぶち当たる。ヴァイオラが光ったように見えた。数m弾き飛ばされたヴァイオラは、ヤツの進路から外れる。あんなに質量のある足から受ける衝撃なんか想像もつかない。
「ヴァイオラーー!」
バトロスが叫びながら、駆け寄って行くのが見えた。まもーるくんはちゃんと働いたんだろうか? 確かめる事も出来ないままランドドラゴンがヴァイオラの横を通り過ぎた。騎士団長の指示のもと魔術師達が配置に付き始める。前衛組は左右に別れ、魔法の攻撃で倒れたところを取り囲んで攻撃する事になる。騎士団長の声が上がった。
「ファイアーウォールを展開しろ!」
掛け声と共に、魔法が発動する。幅は100m奥行きは50m高さは10m程のファイアーウォールだ。しかし、フィフスホーンは避けもせずに真っ直ぐ進んでくる。
「ウォーーーーン!」
ヤツは一声吠えるとそのまま炎の壁に突っ込み何事もなかったかのように突き抜けて来た。
「アイン! フィーア! ファイアーウォールだ! 全力でぶちかませ!」
「「ハイ(はい)ますたー(店長)!」
一声返事をすると。幅こそ30m程だが、奥行きは70m高さに至っては20mを超えているだろう。フィフスホーンを全て呑みこんでファイヤーウォールが立ち上がった。
「ウォーーーーーーーン!」
更に大きく吠え、そのままの足取りでまた抜けてくる。全身から煙を立ち昇らせたフィフスホーンは立ち止まることなく歩き続ける。
「魔法攻撃を!!」
騎士団長の掛け声で一斉に攻撃魔法が発動する。エクスプロージョン、アイススピア、アーススピア等、術師それぞれが最大の威力となる魔法を次々と打ちこむ。煙や蒸気が巻き起こりヤツの姿を隠す。冒険者の中から誰ともなく。
「やったか?」
やめろ!
「それは。それはフラグだ」
俺がつぶやくと。煙を割ってフィフスホーンが現れた。
「アースバインドだ! ヤツの動きを止めろ! 前衛は攻撃用意! 足を狙え!」
アースバインドが発動した。地面から数十本の土の鎖が伸びフィフスホーンに絡みつく。しかし、一瞬足りともヤツの足は止まらない。アースバインドを簡単に引きちぎり、前進してくる。
「なんてヤツだ......」
そこいら中から、諦めにも似た声が上がる。
「アイン! ストーンゴーレムに! 出来る限りの大きさでヤツに体当たりだ!」
「ハイ、ますたー!」
フィーアはアインのゴーレム核を取り出し、腰の強化パーツと組み合わせ放り投げた。光りを発すると、地面に大きな穴を開けながらアインが立ち上がる。20m程になったストーンゴーレムのアインはフィフスホーンに向かって突っ込んで行く。アインの実力を発揮できる最大のサイズは12m程だ、20mにまで巨大化しては動きは鈍るし、硬化した体の強度も下がる。しかし、今回は質量を稼がなければ話にならないだろう。初めて進路を変えたフィフスホーンがアインに向かって角を付きだした。深々とアインの体に突き刺さった角はアインの体を突き破って背中から飛び出した。
「あーー!」
冒険者達から声が上がる。フィーアが。
「全然大丈夫だよって、お姉ちゃんが言ってます」
アインよ本当か?
「やっぱり12mが最良か? でもそれじゃ小さすぎるよな」
フィフスホーンが大きく頭を振り、アインを跳ね上げた。地面に落ちたアインはサイズを12mに落し、再び挑みかかる。今度は尻尾を大きく振りぬき攻撃してきたが、アインは大きく飛んで避け、後ろ足に掴みかかった。大きく後ろ足を振りアインを弾き飛ばし、振り返って角を突き出す。アインの腹に当たるが、今度は突き抜ける事は無かった。その代わりアインは弾き飛ばされた。
「くそ! 強度を上げると、重さが足りないかよ!」
フィフスホーンはそれっきりアインに興味を失ったように、ガーゼルの街に頭を向けると歩き出した。いや、ガーゼルの街と言うよりは。
「あいつ領主館に真っ直ぐ向かっているんじゃねえか?」
すると、ケーナが。
「あっ、領主館の向こうにシロがいるんだ......。シロは檻に入ったままだから逃げられない!」
と、言ってガーゼルに向かって走り出した。ん? シロ? 檻の中? 領主館の向こう側? 何かが引っ掛かるが、今は目の前のフィフスホーンだ。さーて、このまま何もせずに街に向かうのを見ているってのも気にいらないよな。バッカスに近付いて声をかける。
「副ギルド長」
「ん? どうしたタケル。さすがのお前さんも、フィフスホーンをどうにかするのは無理だろう? ちくしょう、どうしようもねえのかよ」
「どうにかしてえのは、やまやまだけどな。アインでも歯が立たねえんじゃどうしようもねえ、と言いたいところだけどよ、1つやってみたい事があってさ。一度店に戻りたいアインを連れてな」
「フム、いいだろう。思うようにやってみろ」
「ああ、じゃあ行くぜ」
俺は、振り返ると。
「ガーネット! 店に戻るぞ。フィーア、俺達は先に戻るアインを連れて店まで来てくれ」
「はい、店長」
「タケル、なにか策があるのか?」
「有ると言えば有る。と、言えない事も無い」
「だったら、走ろうか」
そう言うと、2人でガーゼルに向かって走り出した。
「おいみんな! ガーゼルの英雄に何か策が有るそうだ! 少しでもヤツを足止めする! タケルにばかり負担をかける訳にはいかねえだろ? もう少し悪あがきだ!」
『おー!』
背中から、バッカスの大声が聞こえてきた。そんなに、期待されても困るんだけどな。
「よーし、さっさとやっちまうか」
倉庫の奥からAクラスの魔核を持ってきた。魔法陣を準備し、魔結晶化を行った。続いて魔力供給用の魔結晶にする記述式をきざむ。次に、鍛造したオリハルコンをモデリングで加工していく。オリハルコンのケースに硬化の魔法陣を刻み、今作った魔結晶を組み込んだ。
「アイン出てきてくれ、こいつを使って、強度を維持出来るギリギリの大きさまで巨大化してくれ。フィフスホーンを押さえ組むんだ」
「ハイ、ますたー。イタズラシナイデネ」
「するか! そんなこと! フィーア、いいからアインを出せ」
「はい、店長」
フィーアは、フェイス部分を開きゴーレム核を取り出し俺に手渡す。受け取った俺は、今作ったケースにゴーレム核を接続した。準備を終え店を飛び出し領主館に向かって走り出す。遠目には外壁を打ち崩し街並みを破壊しつつ領主館に向かって進むフィフスホーンが見えた。
「ガーネット、ケーナを探して保護してくれ! きっとシロの所にいる。領主館の裏だ。俺はフィフスホーンに向かう!」
「了解した」
ガーネットと別れた俺は、街の中を走り抜ける。フィフスホーンに向かって。領主館まであと300mくらいのところまでフィフスホーンが近づいている。
「アイン、思いっきりぶちかましてやれ!」
叫びながら、ゴーレム核を思いっきり投げた。フィフスホーンの前に光があふれだし、地面が盛り上がっていく。光が収まると、そこには身長30m程になったアインがフィフスホーンと対峙していた。
「あっ、ヤバッ」
アインの足元には深くえぐられた地面と、無残にも倒壊した家が......。