王都での出来事
「さーて、飛び上がったのはいいんだが」
アシャさんを探すって言ってもなー。暗い、さっき飛んだ時と違って辺りはもう暗くなっている。さすがに王都だけあって大通りはライティングで照らされてはいるが、脇道に入ればそれも無い。取りあえず、飛びながらアシャさんの気配を探そう。大きな円を描くように王都の空を飛び、気配を感じようと集中してみる。まだまだ宵の口だ、人の気配はそこらじゅうにある。
「アシャさんの気配ならわかると思うんだけどなー」
さすがに、今日はやらかしたか。試合が終わってそのまま王城まで行っちまったからな。予定通りに事が進んだとは言え、アシャさんがあれ程心配するって事は想定外だったよな。ひょっとしてアシャさんって俺のこと好きだったり......。無いな、アシャさんには好きな人いるんだしな。弟を心配するようなもんなんだろうな。
「心配かけっぱなしの弟ってか? それにしても今回はちょいとやりすぎたかな? なんてったって相手が王女達だったからなー、女王が出てくるってことも十分にあり得る状況だったしな、実際に出てきたし。あんな、お茶目な人だとは思ってなかったけど」
そんなことを考えながら王都の空を半周ほどした時だ。
「お、アシャさんか?」
アシャさんの気配を感じた。ガーネットに観光案内してもらった橋の方だ。橋の上はライティングで照らされているのでアシャさんは直ぐに見つかった。早速降りようとしたのだが。
「何て言ったらいいんだ? こんばんはでも無いだろうし......? 変に言い訳するのもなー、謝るって言ったってどう謝ればいいのか分からねえし」
どう声をかければいいのか考えながら上空を旋回し、ふと橋の上を眺めると、2人の男がアシャさんに話しかけてる? いや、絡んでるのか? 2人の男を囃し立てる数名の集団と、それを遠巻きにして見ている野次馬もいるようだ。すると、1人の男がアシャさんの手首をつかんで引っ張るのが見えた。アシャさんは振りほどこうとしているが、力で男に敵うとは思えない。俺は反射的に、とべーるくんのノーズを下げ、急降下に移りながらリストバンドに魔力を流し速度を乗せる。そのままアシャさんの横に着地しようとしたが、橋までもう少しのところで吊橋のケーブルに気が付いた。
「うわーー!!」
と叫び、何とかケーブルを避けたのはいいがバランスを崩した。急制動を掛けるが間に合わず、アシャさんが腕をふりほどいた男にボードの下面をぶち当てて弾き飛ばし、自分自身は背中から橋の上に落ちた。
「ぐあー、背中が石畳に叩きつけられたように痛い」
驚いて動きを止めていたアシャさんに向かって。
「アシャさん、ヒ、ヒール...」
我に帰ったアシャさんは、俺にヒールをかけてくれた。跳ね飛ばした男をみると、橋の欄干に顔面から突っ込んで動かなくなっている。とべーるくんの金具を足首をひねって外し、立ち上がると。
「ありがとう」
「タケルさん......」
「あー、アシャさんが宿を飛び出しちゃったから、さ」
そこに、俺が跳ね飛ばした男の連れが割り込んできた。
「おい! 何てことしやがんだ!」
「あん? あー、悪い悪い」
俺はそう言って、リボルバーワンドを抜いて、倒れて動かなくなった男にハイヒールをかけた。
「ほれ、ハイヒールしてやったぞ。それにしても不幸な事故だったなー。うん、でも河に落ちなくって良かったよな。あんた運が良いな」
男は立ち上がるとこっちにやって来た。
「おいこら! 何が不幸な事故だ。運が良いなじゃねえよ。何てことしやがんだ!」
「えー、女にふられて見っとも無いところを、俺のおかげでうやむやになったじゃねえか」
別の男が。
「なんだと? あんな事やっといてそれで済ますつもりか! だいたい、これからその女と楽しことをするはずだったんだ、子供は引っ込んでろ!」
「その女って、どこにいるんだ? あんたらに付いて行くような残念な女がこの辺にいるってのか?」
「てめえ、ガキだと思ってやさしく言ってりゃあ付け上がりやがって」
「プッ、典型的な悪役のセリフだ。しかも、やられ役のセリフだなー。おい!」
そして、強い殺気を込めて。
「この人は、お前らなんかが手を出していい人じゃねえんだ。今すぐに、ここから消えろ」
男たちは、俺の殺気に驚いて腰が引けている。そこに、男達を囃し立てていた仲間らしい集団が近付いて来た。やはり、驚いたのだろう。抜剣し斬りかかる構えだったが、俺を見て。
「なんだ? 子供じゃねえか」
俺は、アシャさんを抱き寄せた。
「きゃ」
「きつく目をつむって」
小さな悲鳴を上げるアシャさんに、そう声を掛けると顔を俺の胸に押し付け。リボルバーワンドを抜くと素早く目くらましのカートリッジを装填し、自分でも目をつむっって引き金を引いた。昼間でさえ目がくらむほどの光りだ。こんな暗い中で使えば。
「「「ギャーー」」」
男達から悲鳴が上がる。しばらくは何も見えないだろう。遠巻きにしていた野次馬達はそれほど眩しくないだろうし、女の人がガラの悪い男に囲まれているのを黙って見ていた連中だ、失明する訳じゃなし心配するつもりはまったく無い。
「もう目を開けて平気だよ」
アシャさんに声を掛けると。そのまま抱き上げる。
「きゃ」
また、可愛い悲鳴を上げて俺の腕の中におさまった。とべーるくんの金具に足を固定すると。軽く上昇用の魔石に魔力を流して、さらに前進用の魔石にも魔力を流すと、欄干を飛び越えた。
「きゃー」
悲鳴を上げたアシャさんが、俺の首に腕を回し目をつむって抱きついてきた。水面ぎりぎりを飛んで下流に向けて低空飛行する。
「アシャさん、落ちてないから。飛んでるから。」
目を開けたアシャさんは辺りを見渡して。
「川面を?」
「ああ、気持ちいいかなーと。それに、アシャさんが高いところ苦手でも低く飛べば平気かなーと思ってさ、川の上なら低く飛んでも危なくないしね」
まあ、船でも浮かんでれば話は別だが、夜の川だしな、そんな事もないだろう。
「腕大丈夫? さっきの男に掴まれてたみたいだけど」
「ええ、平気です。こう見えても冒険者ですからね。ちゃんと鍛えてるんですよ」
にっこりと笑った顔が、無茶苦茶近かった。アシャさんはやっぱり綺麗だ! 素敵だ!
「......あ」
と言って、アシャさんが俺の首にしがみつくようにしていた腕を少し緩め、顔を離した。少し恥ずかしそうなアシャさんの笑顔に見とれてしまった。俺達はしばらく無言で川を下る。すると、急に視界が開けた。湖に出たのだ。月明かりに照らされ小さな波がキラキラと輝いている。
「アシャさん、前見てごらん」
顔を前に向けたアシャさんは。
「きれい」
とつぶやく。
「ああ、綺麗だ」
と相槌を打つ俺は、煌めく水面に見取れているのか、それとも、月明かりに輝くアシャさんの笑顔に見惚れているんだろうか。
「空から私を探したんですか? 真っ暗なのにどうっやって?」
「アシャさんの気配は覚えてるからね。空の上からでも平気さ。ところで、アシャさんは高いのは平気かい?」
頷くアシャさん。俺はノーズを持ち上げ上昇し水平飛行に移った。さっきよりさらに大きな円を描くように王都の空をゆっくりと飛ぶ。
「アシャさんごめん、また心配かけた」
俺は言い訳しようとしたが。
「もういいです。......もういいんです」
俺の言葉をさえぎり、穏やかな口調で。
「タケルさんは謝る必要なんて無いんです。勇者と戦ったのも、王女達を奴隷にするって言ったのも、全部必要なことだったんですよね?」
「......そうだな、必要なことだったと思う。おかげで欲しかったものが手に入った。オマケで、国公認の勇者の認定なんてものにも係わっちまったけど。うん、今日やった事は全部必要なことだった」
「だったら、いいです。勝手に心配して、勝手に安心して、勝手に怒って。私って本当に面倒ですよね。でも、タケルさんのやることを見てると......いえ、タケルさんといると、ドキドキが止まらないです」
「えーと、いつも心配ばかりかけてる?」
「そうですね、心配な事は多いですね。でも、私のピンチには必ず駆け付けてくれるんですよね。その時だって、ドキドキしてます」
「フェンリルの時の事?」
「あの時もですけど、ブラッドグリズリーの時も、ゴブリンの群れの時も、さっきだってそうです」
「ははは......」
笑うしかないな。
「今だって......」
「......」
また、無言の時間が流れる。でも、嫌な沈黙ではないな。
しばらくして、アシャさんが下を見下ろして。
「あそこが宿かしら? 上から見っる景色って分かりにくいんですね」
「そうだな、みんなが心配してるだろうから戻ろうか」
ノーズを下げようとすると。
「あ、もう少し......」
「......月が綺麗だから、もう少し飛んでいようか」
「はい」
「寒くない?」
「こうしていると温かいくらいですよ」
秋も深まってきている。この時間は温かいはずは無いんだが、俺も同じように感じていた。
「じゃあタケル、俺達は先に帰るぞ」
「自分もそろそろ休暇が終わる」
「じゃあ、気を付けてな」
「またねー」
「じゃあタケルさん、あんまり無茶な事はしないでくださいね」
「ああ、気を付けるよ」
蒼穹の翼のみんなと、ガーネットは今朝立つそうだ。俺とケーナはまだ王都にいなきゃならない。みんなと別れた俺達は。
「さーて、今日も王城に行くかな―、ケーナはどうする?」
「あたしはねー、アインと王都の屋台を食べ歩きするんだー」
「あ、それ良いな。俺も行こうかな」
「ダルニエルさんを待たせてるんだろ? すっぽかしちゃダメじゃないか」
「えー、ダルニエルはケーナが来るの待ってると思うぞ、なんてったって、ヤツはロリコンだ」
「もう! 何バカな事言ってんだよ、ダメだよ約束は守らなきゃ」
「はいはい」
ケーナと別れて王城に向かう。ライトニングに組み込まれている雷の魔法にも興味は有るんだが、おそらく中級魔法までしか使えない記述魔法じゃ再現は難しいだろう。それより、ディフェンダーだ! アレが解析できれば、絶対に面白い。俺がよく使う物理障壁は展開する範囲や場所が固定の物だ。魔道具を中心に球状に展開する物や、ソードストッパーや刀に付けているように、部分的に展開するが方向は固定の物だ。昨日ターニャが使っていたような、ローブに付ける物理障壁は服にそって障壁が展開するのだが、防御力が弱く後衛が念の為使うような強度しかない。
「ディフェンダーみたいに鎧に沿って使う人間の動きに合わせて展開するのに、強度が高いんだから記述式には興味あるよなー」
そいつの記述式を参考にすれば、あれが出来るかもしれないもんな。まあ、着せる相手がいないのが問題だが、店売りすれば意外と受けるかも知れない。俺はロボが好きだが、ロボにしか興味が無い訳でも無いってことだ。などと考えながら王城にやってきた。敷地内にある工房に行くと、ダルニエルとコルデノの他にもう1人ガンドロクがニコニコいやニヤニヤしながら待っていた。挨拶を交わすと。ガンドロクが。
「タケル殿がライトニングとディフェンダーを調べると聞いたのでな、ワシも混ぜてもらおうと思ったんだ。良いかな? いいよな? それは、有難い」
ガンドロクが強引に割り込んできた。まあ構わねえけどさ。
「まあ、構いませんが。別に楽しい事もないと思いますけどね」
「タケル、ケーナたんはどうしたのだ? 今日は来ないのか?」
「今日は、屋台の食べ歩きだとさ」
「何? 1人でそんな事を? 心配だ、私が一緒にいって護衛しよう」
「アインもフィーアも一緒だ、心配する必要はないよ」
「いやいや、油断は禁物だ、やはり私が護衛しよう」
「まあいいけど、どの辺にいるかわからんぞ」
「タケル! 無責任だぞ、それでもケーナたんの兄か」
「そうそう、その呼び方......」
は、面白いからそのままで良いな。
「ん? 呼び方がどうしたのだ」
「いや、いい。さて、さっそくだが、ディフェンダーから見せてもらっていいか?」
よし、まずはディフェンダーの記述式から確認しよう。
「んー、この記述部分がなー、意味がわからん」
ガンドロクが。
「ワシは、鍛冶士だからな、魔道具のことは詳しくないが、魔結晶を使っていないのだな、ディフェンダーは」
そうだ、魔結晶も魔石も無しにどうやって障壁張るんだ? そうか!
「なるほど、勇者にしか使えないってのは、そう言う訳か」
「なにか分かったか?」
「こいつは、勇者スキルの何かを使って魔力を集めるんだな。勇者が触媒ってことだ、物理障壁が有るのに重いオリハルコンでフルプレートメイルを作ってるのは、鎧の表面で魔力を集めるためなんじゃねえか? ミスリルほどじゃないがオリハルコンも魔力との親和性は高いからな。勇者専用だから、ステータスのおかげで重い鎧も使えるって事だろう。万が一俺達みたいに物理障壁を破るようなヤツがいてもオリハルコンなら防御力は高いからな」
「なぜ魔結晶を使わんのだ? 魔道具なのだろう?」
「これは推測になるんだが、記述式に無駄が多いんだと思う。集めた魔力をかなり浪費するんだろう、魔結晶を使おうとすると大きな物が必要になるのかもな。仮にBランクの魔結晶が必要だとしたら直径は20cmくらいあるんだ、どこに付けるんだって事なんじゃねえのかな? まあ、最初から勇者スキルを当てにして効率無視で記述式を組んだ可能性もあるけどな」
「なるほど、直径20cmの魔結晶など付ける場所などないな」
「いざとなったら、背中にでも背負えばいいんじゃねえか?」
「そんな見っとも無い鎧など、普通の鍛冶士なら考えもせんぞ」
「確かにそうだな」
ダルニエルが。
「しかし、使う者から言わせて貰えば、性能の為なら多少の事なら目を瞑るぞ」
「「そんなんじゃダメだ」」
ダルニエルの一言に俺達2人が同時にダメ出しだ。
「なるほどな、魔結晶を使う事にして、記述式を整理すれば、誰でも使えるもんが出来るな。魔結晶だってDランクの奴を使えばいいんだろう」
すると、ガンドロクが。
「Bランクが必要かも知れない物を、どれだけ効率化してもDランクでとはいかんだろう」
「Bランクってのは、例えばの話さ、Dランクの魔結晶を3個くらい使えばいけるんじゃねえか? だいたい、こんなに過大な出力の物理障壁なんか要らねえだろう。何から守るんだ?」
今度は、ダルニエルが。
「それは、やはりドラゴンではないのか? 勇者の敵なのだ、ふさわしい相手となればドラゴンだろう」
「ドラゴンのブレスなんか、物理障壁で防げるのか? 大体ドラゴンなんか倒した奴がいねえんだからSランクなんだろう?」
「いやいや、トライホーンだったらブレスは吐かんぞ」
「トライホーンねー、ランドドラゴンの一種だったか?」
「ああ、タケルが倒したフェンリルと同様に限りなくSランクに近いAランクの魔物だ」
「知り合いのドレイクバスターズがシングルホーンを倒してるって言ってたな」
「それも凄いな、しかしランドドラゴンは角の数が多いほど巨大になり強くなるのだ」
「なるほどね、そんなもん相手にしなきゃならんのかー、ダルニエル大変だな。まあ、頑張ってくれ」
俺が言うと、ガンドロクが。
「何を言っているんだ。タケル殿とて、そんな魔物が現れれば出張らねばなるまい」
「え? 俺は遠慮するよ。俺は」
「「楽して、好きな事だけやって暮らしたい?」」
「......そゆこと」
「「まあ、無理だな」」
「タケル殿、力有る者にはそれに見合う事件が降りかかるものだ。諦めるんだな」
「なんてこったい」
それから、しばらく記述式を読みこんだ。書き写しても良いとの許可は得ていたが、そんな物を持ちだして紛失したらとんでもない事になる。それに、丸暗記するんじゃ無くて考え方が分かればいいんだからな。
「さて、今日の所はここまでにするよ。明日はライトニングを調べさせて貰う」
「ほうほう、ディフェンダーはもういいのか? して、タケル殿、量産できるのか?」
「ディフェンダーの弱点をカバーしなきゃ量産化してもなー」
ダルニエルが。
「ディフェンダーの弱点だと? そんな物はない!」
「いやいや、アイン達に殴られたろ? アレを防ぐ工夫と」
「そう言えば、あれはどうやったのだ? アインはタケルにも出来ると言っていたが」
「ああ、出来る。出来るが、やり方は秘密だ。ばれたら面倒だろ? 秘密は知ってる人間が少ないほど漏れにくい。ただし、俺にしか出来ないかどうかは分からねえだろ? 俺みたいに秘密にしているって事は考えられる。まあ、オリハルコンを使ってるんだ。物理障壁を破ったからってそのままやられたりはしないだろうが」
「確かに。しかし、そうだとしても何らかの手を打たねばならんな」
「ああそれなんだが、せっかく好意で調べさせて貰ったんだ。何か対策を考えてみるさ」
ガンドロクが。
「他にも弱点は有るのかね?」
「ああ、まずは重さだ、オリハルコンなんか使ってるせいでやたらと思い。普通の人間がホイホイ使えるもんじゃない。そして、フルプレートメイルだからな、動きにくいだろ?」
「それはそうだが、例え鋼で作っても重い事は重いだろうし、フルプレートメイルなのだ、動きにくくなるのは仕方が有るまい」
「それはそうなんですけどね。そこは、工夫する余地が有ると思うんですよね」
「おー、そうだったな、タケル殿にはアレが有るんだったな。なるほど、そう言った工夫もあり得るな。あー、仕事など放り出してタケル殿に弟子入りしようか」
ダルニエルが慌てて。
「ガンドロク殿、何と言う事をおっしゃるのですか! 鍛冶長のあなたがタケルに弟子入りなど、何を考えているのですか」
「冗談だ。がっはっははは。明日はライトニングなのだな、楽しみだな」
明日も来るのか?
「ガンドロク様、仕事は平気なんですか?」
「なーに、1日や2日抜けても平気だ。部下が優秀だからな。それに、タケル殿の作る物に興味が有る。完成したら、王国騎士団や近衛騎士団でも採用する事になるかも知れんからな、仕事だぞ? サボる訳では無いんだぞ?」
誰に言い訳してるんだか。
「まあ、構いませんけどね」
王城を出て宿に帰るとストンゴーレムになったままのアインとフィーアが並んで立っている。
「ただいま、アイン、フィーア」
『マスターオカエリー』
「店長おかえりなさい」
「ケーナは部屋か?」
こいつらがいるんだから、宿にはいるんだろうが。
『ケーナハ、ベットニタオレコンデルヨ、ウゴケナイミタイ』
「なに! なにがあった! 誰がケーナを!」
「店長。ケーナちゃんは食べ過ぎただけです。もう何も食べられないって言ってました」
「あー、なるほど。いったい何軒回ったんだ?」
『エート、ヤキサカナト、ピザト、ホットドックト、ヤキグリト、クレープニ、タツタアゲ......アトナニカタベタッケ?」
「肉まんとジャガバターですね」
「1日で食う量じゃねえな」
「はい、明日も行くって言ってました。まだまだ食べたい物が有るって」
「あいつまだ行くのか。今日の分で2日分くらい有るんじゃねえかと思ったんだけど」
『ケーナハタベザカリダカラネ、ヒトバンネレバモウヘイキダヨ』
「そうは言ってもな、あの体のどこにそんなに入るんだ?」
「どこなんでしょうか? 不思議ですよね」
「だよな」
ライトニングを調べてみたが、こいつは全く分からない。整備するために普通にバラす所までだと記述式が見えるところまでバラせない。これじゃどうしようもないからな。本気でバラせば見えるだろうが、それをやって組み付けた後に作動しないとかだと拙いもんな。
「ライトニングは諦めるか。元々、記述魔法で使えるのは中級魔法までだからな、中級魔法の中には雷の魔法なんて無いからな」
ダルニエルが。
「そうか、残念だな。せっかく来たのに無駄足だったか」
「いや、こいつは元々あまり期待してなかったしな。ディフェンダーの方だけで十分さ、勉強になった」
ガンドロクが。
「ディフェンダーの量産化に成功したら、売りだす前にわしに声をかけてくれよ。騎士団用の装備に採用するかも知れん」
「最初からそのつもりですが、あまり期待しないでくださいね。まずは、ダルニエルのディフェンダーの対策が先ですしね」
まあ、他国に売るなって事だろう。俺は、死の商人になる気は無いので、金をもってりゃ誰でも客って訳にはいかない。鎧についてはアースデリア王国に正式採用される事を目指すだけでいいよな。あれ? 冒険者に売るのはどうなんだ? まあ、完成してからの話だよな。
ライトニングの調査を諦めた俺は王城を出て、街を歩いている。
「さーて、ケーナは今日も屋台を回るって言ってたよな」
昨日、動けないほど食べたはずなのに、今朝になったらケロっとして朝飯も食わずに屋台めぐりに出かけたケーナに会えるとは思えないな。王都はそれなりに広いしな。
「俺も、どこか適当な所で飯にしよう。バザールでお土産も買いたいな」
午後の時間を一人で適当に過して宿に戻った。ケーナはまだ戻ってない。カウンターで部屋の鍵を受け取ると、俺に客が来ていた。そいつは黙って俺に手紙を渡し、受け取りにサインをさせると宿を出て行った。封筒の送り先には。
「ん? 裁判所?」
中身を確認すると。
「呼びだし......か? えー、明日の3の鐘か午前中かよ、これはまた急だな。俺何かしたっけ? えーと、原告はーと? ゴーレムギルドだな。あそことトラブルを起した覚えはねえな」
いやまて、王都に来る前にアインがバラバラにしたスチールゴーレムがあったな。あいつのことか? いやいや、あれは向こうから仕掛けてきたんだからな、とやかく言われる筋合いはねえよな?
「んー心当たりがねえな」
さて、どうしたもんかね。
「ばあさんは、まだ王都にいるのかね」
俺は宿を出ると、冒険者ギルドに向かった。
「タケル、何しに来たんだい。あたしゃ忙しいんだよ、売り上げの取りまとめにはもう少し時間がかかる。あんたの取り分はちゃんと渡すからもう少し待ってな」
「まあ、それはいつでもいいんだけどよ。こいつを見てくれ」
エメロードに裁判所からの呼び出し状を見せる。
「ん? 今日付けで発行された召喚状だね、呼びだしは、明日の午前中か」
しばらく考え込んだエメロードは。
「ゴーレムギルドと何かあったのかい? 向こうさんは大分金を使ったようだね。ここまで時間を与え無いってのは結構露骨だね。まあ、タケルは冒険者だからね、逃げられる可能性があるとか理由はちゃんとしてるんだろうが、それにしてもこれはちょいとね」
「裁判の手順ってどんななんだい? まったく経験が無いんでね、知ってたら教えてくれないか? まあ、この前みたいに情報屋を紹介してくれてもいいんだけどさ」
「まあ、暇じゃ無いけどね教えてあげるよ。ゴーレムギルドのやり方、気にいらないからね」
エメロードの話によると。召喚状を受け取ったら必ず期日に出頭しなければいけない。当日行けない場合には、変更申請を出す必要があるそうだ。今回は時間的に無理だよな。通常は初めての召喚は、原告の訴えと原告の用意した証拠を提示される。その上で次回の被告の反証を行う日を決める。初めての召喚に出頭しなければ、その辺を文章で読む事になり、反証の日も相手の言いなりだ。反証の期日に出頭しなければ、原告の言い分が全て認められる事になる。裁判長はその反証を聞き、証拠を検討し後日判決を出すと言う訳だ。
「明日俺が出頭しなかったら?」
「相手の言いなりの日に反証しなきゃならないね。最悪明日の午後って事もあり得るね」
「無茶苦茶だな」
「そうだね、無茶苦茶だね。さて、どうする? あんた明日は裁判所に行けないかもしれないね。今晩気を付けな。それからケーナの事も忘れるんじゃないよ」
「平気さ。アインがいるんだぜ、ケーナに何かするのは俺やダルニエルでも難しい。それに明日になれば、とべーるくんが有るからな」
「おや、持ってきてたのかい? 準備が良いね」
「いや、一昨日女王にせがまれてな、作ったんだ」
「おや? あれはアーティファクトじゃ無かったのかい? ふふふ」
「中枢部は持ってきてたからな。そいつが有れば再生は可能ってことさ」
「おやおや。大分都合が良いアーティファクトだね」
「まあいいじゃねえか」
「まあ頑張りな」
宿に帰るとケーナは戻っていた。今日も食べ過ぎたようで部屋のベッドに倒れ込んでいた。俺は、ケーナに状況を説明し、屋台で買ってきた食い物を渡した。もう食えないと言うケーナに、明日の分だと説明した、宿の食事も危ないかも知れないからな。アインに宿の外の警護を任せ、俺はケーナの部屋に毛布を持ち込み床で寝た。
特に何事もなく朝を迎えた。宿のまわりの気配を探ると。宿を監視するにしては大分多くの人間が配置されている。アインに確認したところ。宿に近づく気配はあったが、エクスプロージョンを4つ頭上に浮かべたら逃げたそうだ。......まともな神経をしてれば逃げるよな。まあ、夜中に宿を襲うような連中がまともと言えるかと言えば疑問だがな。おそらく間違いないが、裁判と関係しているかどうかはそれこそ証拠が無い。ケーナにはアインと一緒に部屋で待つように言って、俺は屋上に出ると空に向かって飛び出した。昨日ギルドで裁判所の場所は確認している。待ち伏せしている奴らを空からからかってやろうかとも思ったが、俺のいなくなった宿をずーっと監視していてもらった方がいいよな。彼らも仕事が増えたら大変だろう。
とべーるくんで裁判所の正面玄関に飛び降りると。受付に召喚状を見せ、法廷の場所を確認し中で待つ事にする。それほど待たずに法廷の後ろの入口から人が数人入って来たが、無視していると、法廷に俺がいる事に驚いたような気配がした。振り返るとそこには、オークがいた。いや、ガーゼルの街のゴーレムギルドの副ギルドマスターだな、名前は......覚えなかったな。他に数人の男がいた、ゴーレムギルドの連中だろう。俺が前を向くと、役立たず共がとの声も聞こえたが気にする必要もない。ゴーレムギルドの連中が席に付くのを待っていたかのように、法廷の前方に有る入口から人が入って来た。おや、こちらも見た事のある人物だ。前に3人と入口付近に2人。前の3人が裁判官だろう、そして、脇の2人が書記か? 裁判官の中央が裁判長だろう。それがなんと、ガルドナード侯爵だった。侯爵が裁判長かー、裁判長が裁判官を紹介すると。さっそく裁判が始まった。
「原告被告ともにそろっているようなのでさっそく裁判を始める。では、ゴーレムギルドグランドマスターのオルストローク殿。今回の訴えのについて説明をしてください」
「はい、我がゴーレムギルドは、被告タケル・シンドウを、このたび私が開発した新型ゴーレムホースの技術を盗用した者として訴えます。本来は犯罪として訴えるべきところですが、なにぶん若いゴーレム術士のしたことですから、犯罪者とするのは忍びない。よって、賠償を要求するにとどめたいために民事事件として訴えたものです」
へー、あのオークの副ギルドマスターがグランドマスターに大出世したのか。新型ゴーレムホースの技術を盗用かー、ギルドの新型には興味有るよな。それにしても、私が開発した? オークのおっさんが新型のゴーレムホースを開発したんか。そいつの功績でグランドマスターになったんかな?
「次いで、証拠を示してください」
そう言われた、オークのおっさんは、話をし始めた。あれ? 証拠品はねえのかな? 後から出てくるのかな? オークの話は約1時間ほど続いた。しっかし長いな。裁判官も呆れているようだ。この世界の裁判ってこんな感じなんかな? 話の内容はめちゃくちゃシンプルだった。いかにゴーレムホースが優れており、俺のゴーレムホースが見た目だけなのか、技術的に難しい課題が多くギルド員で無い俺にはその課題をクリアできるはずが無い事、よって、俺のゴーレムホースはゴーレムホースとはとても言えない出来である事。元のゴーレムホースを作ったのも、オークのおっさんらしく、その功績によってグランドマスターに就任したらしい。さらに、質の悪い俺のゴーレムホースが有る事で、ギルドのゴーレムの性能まで低く見られてしまうのは迷惑だとの事。その事を、しつこく永遠と話し続けるのだ。オークのおっさんは、寝なかった俺を褒めてくれていいと思うぞ。いい加減寝ちまおうかと本気で考えていると。裁判官の一人がオークのおっさんを止め賠償の内容を聞いた。是非見たかったんだが、結局証拠品は無いみたいだな。オークのおっさんは。
「まだまだ、説明しなければならない事もありますが、裁判官殿のお言葉ですから仕方ありませんな。まずは、タケルシンドウの所有するゴーレムホースを処分すること。本人に任せて、誤魔化されては困りますのでゴーレムギルドで処分いたします。さらに今後ゴーレムホースを作らない事、そして、タケルシンドウの所有する人型のゴーレムをゴーレムギルドに引き渡す事。その際は開発に関する資料を合わせて提出すること。以上です」
なるほど、こいつアインとフィーアが欲しいって事か。ダルニエルとの試合を見て欲しくなったって事かもな。しかも、開発に関する資料もだと? そんな物は無い! ゴーレムホースに難癖付けてアインを取りあげるってか、さてどうしたもんかな? 俺が、今日来れなければ、ゼーンブ自分の思い通りになったって事なんだろうな。ガルドナード侯爵が。
「さて、タケル殿、反証する日程を決めたいと思うが?」
俺が喋ろうとすると、それを遮ってオークのおっさんは。
「そいつは冒険者です。反証までに時間を与えては、逃亡の恐れが有りますぞ」
俺が。
「では、反証は今日の午後ではいかがでしょうか? 4と5の鐘の真ん中ではどうでしょう?」
そう。午後1時だ。ガルドナード侯爵は驚いたようだが、俺に確認してきた。
「そんなに直ぐで本当に良いのかね?」
オークのおっさんは。
「本人がそう言うのです。それで良いではないですか」
ガルドナード侯爵がなにか言う前に俺は。
「裁判長発言してもよろしいですか?」
「ん? 裁判の方法からは多少はずれるがいいでしょう。タケル殿の発言を許します」
「ありがとうございます。では、どんな事でもそうでしょうが、やっていない事を証明すると言うのは不可能です。しかも、ゴーレムギルドの証言を聞くと俺が、盗用したと言う証拠は示されていなかったと思うのですが、いかがでしょう? ゴーレムギルドのゴーレムホースの性能が素晴らしい事、技術が難しい事、俺がゴーレムホースを持っているのが迷惑な事しか言っていなかったように思うのですが?」
オークのおっさんが。
「それだけ証言すれば十分だ。他に何を言う必要が有ると言うのだ」
ガルドナード侯爵が。
「私もタケル殿と同じ意見だ。オルストローク殿の証言に関してタケル殿は反証のしようが無いな」
オークのおっさんが。
「何をおっしゃいますか」
俺がオークのおっさんの言葉を遮り。
「つまり、ゴーレムギルドは、俺に証拠もなく難癖を付け、俺のゴーレムを取りあげるつもりだとしか思えません。よって、俺の反証が俺の無実を証明した場合は、ゴーレムギルドは、この裁判を利用し不当に利益を得ようとしたと判断できます。よって、裁判所がゴーレムギルドの申し立てが事実無根の言いがかりで有ると判断した場合は、ゴーレムギルドが俺に求めた賠償を俺が求めたいがいかがか?」
「タケル殿は先ほど、やっていない事の証明は出来ないと言ったばかりではないか?」
「はい、やっていない事の証明はできません」
オークのおっさんは。
「何を言い出すかと思えば、反証出来ない事を棚に上げゴーレムギルドを貶めるような発言までするとは許さんぞ!」
そこで俺は。
「やっていない事を証明する事は出来ないが、俺のゴーレムホースが、ゴーレムギルドのゴーレムホースより優れた性能を持っている事は簡単に証明できる。ゴーレムギルドは俺のゴーレムホースの性能が悪いとも言っている。比べてみれば直ぐにわかる事だ。よって、先ほど反証すると言った時間にどこかで比べてみればはっきりするだろ? 俺のゴーレムホースが勝てば、ゴーレムギルドの申し立てが何の根拠もない言いがかりって事だ。そうしたら、今後ゴーレムギルドはゴーレムホースの販売を中止する事、今までに販売したゴーレムホースを全て回収する事、賠償と言いたい所だが、ゴーレムギルドのゴーレムなど全く参考にならないレベルの物だろうからいらねえ」
顔を怒りで赤く染めたオークのおっさんは。
「よくぞ言ったな、お前のゴーレムホースなど私のゴーレムホースの足元にも及ばぬ事を証明しようではないか」
ガルドナード侯爵が。
「では、本日4と5の鐘の中間の時間に両方のゴーレムホースを比べる事とする。会場を手配するので少し待って欲しい」
急の事でも、会場が取れたらしい。仕事早いな。裁判の開始も早かったけどな。
「では、王都騎士団の馬場を借りる事が出来た。両方とも時間までに各々のゴーレムホースを用意して来て欲しい」
俺は2頭のゴーレムホースを準備すると伝えた。ギルドの連中は、俺に逃げるなと言い残して裁判所を出て行った。俺に対し何か言いたそうなガルドナード侯爵と会話を交わす事もなく、俺は裁判所を後にした。
「さーて、連中はまだ宿の周りを見張ってるかな?」
ツァイとライを迎えに行くついでに、連中のリーダーの男を見つけ、両足の骨を砕いた後にじっくり話をした。俺の事を今日裁判所に行けないようにする事を依頼されたそうで、依頼主の事は全く分からないとのことだった。しかも、俺の事を詳しくは聞かされておらず、ガーゼルの英雄だとは知らなかった。殺気を向け、次に見かけたらどういう事になるかじっくり実演しながら説明した後に、ハイヒールをかけて解放した。ハイヒール1度で全快しないケガってどの程度のケガなんだろう? ハイヒールは万能じゃないんだな気を付けよう。
ケーナ達に事情を説明し、みんなで騎士団の馬場に向かった。