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試合に使ったんだ、それって装備ってことだろ?

戦闘シーン増し増しで、お送りいたします。

俺達が、試合場に併設されたベンチに座って待っていると。

「女王陛下ご入場です」

客や係員が立ち上がり、その場で片膝を付き右手を胸に当て頭を垂れる。俺とケーナもベンチから出て、皆を真似て片ひざになり胸に右手を当て頭を垂れた。

「今日は、わたくしも観客の一人として、シュバルリの勇者とガーゼルの英雄の試合を見にまいりました。一緒に楽しみましょう」

集音マイクの他にもいくつか普通のマイクも渡したからな。貴賓席にも設置したのか。さっきの放送もマイク使ってたよな。客が礼を止め席に座る気配がしたので俺も立ち上がる。

「じゃあケーナ行ってくる」

「うん、頑張ってね!」

俺と、アインは試合場の中央に向かって歩き出した。反対側から勇者が1人で歩いてくる。付添いのターニャとファーシャが俺達を見て慌ててベンチを飛び出して来る。中央で待つ審判の前で立ち止まり、勇者達が来るのを待つ。審判が俺達に向かって説明を始める。

「では、今から、ダルニエル・シュバルリがタケル・シンドウに指名依頼した試合を開始する。戦いは1対1とし、装備は自由、殺人行為は禁止とする。勝敗は負けを認め降参するか、ダウンして10秒間動けなければ負けとなる。タケル・シンドウへの報酬は試合に勝利した場合のみ払われるものとし、ダルニエル・シュバルリが試合時に装備した物と1000万イェンとする」

これを聞いた観客席から歓声が上がる。

「では、付添いの「ちょっと良いかい?」......なんだ? 異議でもあるのか?」

審判の言葉を遮ると。客席がざわつき始める。

「いいや、試合を始める前に、勇者様に言っておきたい事が有ってね。ちょっとだけ時間をもらってもかまわないか?」

審判がダルニエルを見る。

「いいだろう、言いたい事が有るなら、口が利ける今のうちだしな。試合が終われば口を聞く事もできまい」

「ありがとう。さて、勇者様、あんたが俺に今回の依頼を出す前の日の事だ、道でシチューをぶちまけた女の子の事を覚えているかい?」

「なんだ? ああ、あの無礼な子供のことか。覚えているとも、私にあんな無礼を働いたのだ忘れる訳が無い。しかしそれがどうしたと言うのだ?」

「あの子無事だぜ、手当が早かったせいで傷跡も残らず完治したよ」

俺がそう言うと、ターニャとファーシャの表情が少し緩んだように見えた。

「そうか、しかし、わざわざこんな所で言う事でもあるまい」

「あの子な、ケーナって言うんだよ、俺の妹なんだ」

「なんだ、妹の仇に勝負を挑まれて逃げようとしていたのか、とんだ腰抜けだな」

「いや、あんたがケーナに斬りつけた事を知ったのは、依頼を受けた後だったんだよ。用事が有るって言ったろ? 妹の所に早く戻りたかったんだ。あの時それを知っていたら、俺は確実に人殺しになってたよ。今思うと良かったよ」

観客席のざわつきが少し大きくなった。

「ほう、それを知った今はどうなのだ? 私を殺すか? なんなら依頼内容を変えて、殺しても良い事にするか?」

「いや、そうするとケーナに怒られちまう。あの子はな、復讐なんかし始めたらどちらかが死ぬまで終わらなくなる、どちらかが死んでも家族が残る。そうしたらどれだけの人が死ぬことになるんだって言ってな、自分のケガはもう何ともないんだから、ここで止めにしろってさ。俺が死ぬような事になるほうが辛いとさ。だから今回の勝負は純粋な指名依頼としてやらせて貰う。まあ、それが言いたかっただけだ。試合が終わった後に何を言ってもしかたが無いからな。今のうちに言っておきたかった」

ざわついていた客席が静かになっていた。

「ふん、いかにも平民の言いそうな事だな。仇に会えたのなら復讐するのが当たり前だ、しかし、今回の事は、私が出した指名依頼だ何が有ろうとも遺恨を残さない事を約束しよう」

「では、お互いに冒険依頼の上の事としてよろしく頼む」

「あい分かった」

「しかし、勇者様? 12才の女の子を1撃でとどめもさせないって、かなーり、なさけねーよな。今日は大丈夫かい? あははは」

「な、何を言うか、あの時おかしなゴーレムが邪魔をしなければ、今頃お前の妹はこの世にいない」

「そうかい? じゃあ始めようか」

そうして、審判に向かって。

「時間を取らせてすまなかった。始めてくれ」

審判は、大きく頷くと。

「では、付添いの物はベンチに下がる事」

ターニャとファーシャがベンチに下がって行く。アインは俺の横に残ったままだ。勇者が俺に向かって。

「何をしているのだ、1対1の勝負だぞ、そいつは何だ! 下がらせろ」

2人が俺の方を振り向いた。

「はあ? 何を言い出すんだ? こいつは俺が作ったゴーレムだ。装備は自由だったよな? こいつは立派に俺の装備だぞ。俺は、ゴーレム術師もやってるんだ。もっともギルドには入って無いがね。あー、なーんだそう言うことかよ。手加減して欲しいのか? ハンディがいるなら初めから言ってくれよ。こいつが居るから、自分の装備は抑えて来たんだぜ、ちょいと戻って整えて来ていいかい? それに、あんたの武器なんか借り物だろ? あんな条件付いてるんだ、普通自分の装備で来るんじゃねーの? 終わってから、これは渡せません。なんてのは無しにしてくれよ」

「そんな心配をする必要は無い、ゴーレム1つで私の勝利が揺るぐことなどない!」


ターニャとファーシャがベンチに下がり俺達は開始線に付いた。それを確認した審判が開始を告げる。

「双方準備はいいか? 初め」

と言って後ろに下がった。客席からドッと歓声が上がった。アインはゆっくりと走り出す。勇者は剣を腰から抜くと切っ先を真っ直ぐ天に向け構えを取った。

「喰らえ!」

その声に、答えるように、剣が光り出し、辺りが暗くなった。空を見上げると、めちゃくちゃ低いところに黒い雲が発生していた。こいつは!

「雷防御だ!」

アインに声を掛けながら、ウエストポーチのボタンを押して対雷用の装置を作動させる。こいつはアインにも装備してある。少しの間を開けて、凄まじい光と轟音が降って来た。

『ビガッ』『ドガ』

一瞬目の前が真っ白になり耳がキーンとなった。晴れていたせいか、目は無事だったが耳はやられたかもしれない。アインを見ると走り出していたはずだが、今は止まっている。俺は、平衡感覚がおかしくなってる気がする。リボルバーワンドを抜き素早くハイヒールを自分にかける。回復したって事は、やはりスタングレネード程度のダメージは受けたらしい。雷防御していてこれか、普通に食らえば死んじまうんじゃねえのか?

「アイン大丈夫か?」

インカムからアインの声が聞こえてくる。

「ふぃーあガ目ヲ回シチャッタヨ。今カラ体ノ制御式ヲこぴースルヨ」

勇者は俺に向かって走り込んでくる。ちょうどアインの横を通り過ぎようとするところだ。アインはバスタードソードを抜くと、勇者に叩きつける。勇者はそれを剣で受ける。フィーアが体の制御をしていないせいだろう。動きが大雑把で、まさに叩きつける感じだ。

「ドコニ行クンダイ? オ前ノ相手ハ、あいんガスルヨ」

勇者はその攻撃を剣で受け流し、直ぐに応戦を始める。

「ほう、あれを食らって、まだ動けるのか」

さっきの、雷撃はアインに向けて放たれたのか? 俺に来たのはついでなのか? 勇者は鋭い剣さばきでアインと切り結んでいる。アインの方が動きに無駄が多く、勇者のスピードにも付いていけない感じか? 体に掠るでは済まない攻撃も入ってた。しかし、アダマンタイトのボディは大丈夫だな。剣ではアインが押されているが、体重差が大きいせいか下がりはしない。さらに、アインの剣は重い。美味く受け流しているが、まともに受ける訳にはいかないはずだ。

「やはり、ゴーレムだな、硬いじゃないか。掠る程度ではどうにもならんか」

「ソンナヘナチョコナ攻撃ガ利クワケナイヨ」

勇者は、アインの剣に合わせるようにし、攻撃を控え始めた。何かを狙っているのか? 様子を窺っていると。アインを誘うように1歩下がって小さな構えを取る。それに乗るようにアインが踏み込みながら、大きなモーションで剣を振り降ろそうとした。鋭く踏み込んだ勇者が、小さく鋭い振りで、アインの右腕の関節部分に剣を叩きつける。

『ガキ!』

と、大きな音が響いた。慌てたように、アインが飛び退る。アインの右腕が、剣を持ったまま垂れ下がった。

『うおー』

歓声が上がる。

「思った通りだな! いくら硬いゴーレムといったところで、関節部分の強度は上げられまい」

あれー? あの程度で壊れるような作りはしていないはずだけどな? 勇者は剣を大きく振り上げ、アインの右斜め上から、大ぶりの1撃を振り下ろす。

『キン!』

鋭い音を発して、アインの剣が勇者の剣を受け止める。空いている左手のガントレットにカバーを付けると勇者を殴った。鎧の物理障壁に阻まれ勇者にダメージは通らないだろうが、体重差から吹き飛ぶのは勇者だ。

「ナーンチャッテ。ソンナべたナ弱点ナンテ有ル訳ナイダロ。物語ニ出テ来ル魔物ジャナインダカラ。ヒョットシテ勇者ッテ、見カケニ寄ラズ読書家ナノカナ?」

「くっ、ならばこれでどうだ!」

雷か? しかし、雲は出来ないアインが魔道具を使う前に、勇者の剣が発光すると、剣先から発した雷がアインに突きささる。さっきとは違って、雲が出来ない分発動が早い、しかしその分威力は弱いんじゃないだろうか? 雷を受けたアインは動きを止めた。客達は。

『おお』

しかし、アインは。

「ふふふ、ヤア、ふぃーあヤット起キタネ。サア、オ姉チャント一緒ニ勇者ヲ倒スヨ」

「はい! アインお姉ちゃん」

客席が、ざわついた。ああ、今の雷撃でフィーアが目を覚ましたのか。しかし、ゴーレムって気絶するのか? 2人一緒に気絶とか、アインの方が気絶してたらと思うと、結構やばかったか? 勇者が、アイン達に襲いかかりながら。

「何を訳の分からない事を言っているのだ! 今の雷でおかしくなったか!」

と言いながら、剣を振るう。しかし、アイン1人の時と違いフィーアが体の制御を始めたせいだろう、さっきまでの、ぎこちなさは無く、なめらかな動きで勇者と切り結んでいる。フィーアが起きる前とは違い、勇者の剣を体に受ける事も無く、全く危なげなく戦いを始めた。

「何だこいつ。さっきまでと動きがまるで別物だ!」

直接戦っている勇者は良く分かっているようだ。

「今まで休んでいた分、今からちゃんと働きますよ! 覚悟してくださいね」

そう言うと、アイン達のスピードが更に上がって行く。剣だけでは防げなくなってきた勇者の鎧にアイン達の振るう剣が掠り始める。物理障壁のせいで体へのダメージは無いだろうが、腰の入った拳がボディに入ると、数メートルも吹き飛ばされる。勇者が自らも後ろに飛んだんだろう。勇者は更に何度か飛び下がった。

「アイン深追いするな。次は上から雷が来るぞ!」

勇者は、剣の切っ先を天に向け構えを取った。剣が光り出し、辺りが暗くなった。やっぱり、でかい方の雷撃が来るようだ。黒雲が低く垂れこめ辺りを暗くする。

「アイン、エクスプロージョンだ! その雲を吹き飛ばせ!」

アインが、剣を持つ右腕を天にかざすと、剣の周りに直径2mほどの火の玉が4つ生まれ、間隔を取りながら飛び上がった。ちなみに、ポーズなんか取らなくてもアインは魔法を使える。

『ズガーン!』

4つのエクスプロージョンが炸裂し黒雲を吹き飛ばした。客席から驚きの声が上がる。

『おおー』

「なっ!」

驚く勇者に向かって、アイン達が襲いかかる。剣を納めると、両のガントレットにカバーを付け高速で殴り始める。剣だけで防御出来ず、鎧にも拳が襲いかかる。まあ、体へのダメージは無いんだろうけどな。剣も利かず、雷撃も無力化された。そして、ダメージを受けていないとは言え、拳で襲いかかるアイン達を防ぐ事が出来ない。精神的なダメージってやつは結構受けてんじゃねえかな?

「うりゃー!」

アイン達の綺麗な蹴りが勇者の腹に決まり、勇者は上空に吹き飛んだ。次いで、アイン達が消えたと思ったら、勇者の落下地点に現れもう一度けり上げる。そして、今度は回り込んだりせず、踏み込んで、まだ上空にいる勇者の足首を掴み背中に向けて、放り投げる。不意を突かれた勇者は、地面を転がって行く。客席から、悲鳴が上がる。

「あーはっはっはー。イイザマダネ勇者!」

「アインお姉ちゃん、それ、悪役のセリフみたい」

勇者をボコッテるんだ、それは、悪者の行動以外の何物でもねえよな。

「くっそー、いい気になるな!」

剣を天に向けて、構える勇者。しかし、今度は雲すら出来始める前に、勇者に剣を付きつけたアイン達から、アイスボルトが次々に打ち出される。秒間数発のスピードで襲いかかるアイスボルトは、勇者に当たるが、衝撃は中には通って行かないはずだ。しかし、剣に当たった物は別だ、剣を揺らしたせいだろうか? 雲はでき上がらない。

「くそ! 雷撃は撃てないが、そんな攻撃あわがし・・・・?」

「アーハッハッハ、勇者唇ガ紫色ニ成ッテルヨ? ドコカ具合デモ悪イノカ? アー、体ガ冷エチャッタカナ? 口モ回ラナイジャナイカ。ハーハッハッハ」

「お姉ちゃん、それ悪役っぽいから止めて」

「イイジャナイカ、勇者ヲ倒スンダヨ。気分ハ悪ノ手先ダヨ?」

「えー、あたし達悪者なんですかー? 店長ー、あたし悪者なの?」

「んー、どうなんだろ? 街の中で剣を振りまわして子供を斬りつけるような奴が、正義の味方なら俺は、悪者の方が良いかなー? フィーアはどう思う?」

「えー、そんな事するのはイヤですよー。子供を斬らなきゃならないんなら、あたしも悪者の方が良いです!」

「そうか、良かったな。アインのセリフのおかげで、俺達は丸きり悪者だ。だから、子供に剣を向けなくても良いぞ」

「はい! 店長!」

そんな、事を話しているうちに勇者は剣を天に向け構えた。

「ふざけおって! くたばれ!」

三度闘技場の上を黒雲が覆う。アインは今度は、構えることなく上空にエクスプロージョンを打ち出し雲を吹き飛ばした。

「勇者結構シツコイネ。シツコイト、女ノ子ニモテナイゾ。......アレ? ますたーハシツコクナイケドモテナイネ。不思議ダネますたー?」

観客席から笑いがおこる。

「ほっとけ! そんな事より、そろそろ決めちまえ。でも、殺すなよ。負けになっちまうからな」

「ハイ、ますたー」

「はい、店長」

アイン達は勇者に向かって走り出した。勇者も剣で応戦する構えだ。アインはスピードを上げ、勇者に突っ込むと見せ、急に進路を変え、脇を通り過ぎ剣をかわし、急に転進し地面を削ると、斜め後ろから襲いかかる。慌てて振り向いた勇者にボディブローを打ちこむ。

「ぐはっ」

と言って後ろに吹き飛び倒れ込む勇者。客席から歓声と悲鳴が上がった。

「な、なんだと、ディフェンダーの上から打撃が通るだと?」

驚いた口調でそう言いながら立ち上がる。あの鎧の物理障壁も、普通の物理障壁でキャンセル出来るようだ。まあ、出来なくても、魔法で仕留めれば良いだけなんだけどな。

「ますたーガ、ソロソロ決メロッテ言ウカラネ。スコーシダケ本気ヲ出シテアゲルヨ。良カッタネ、ますたーハ同じ事シヨウトシテモ出来ナイカラネ」

「やはり、お前の方が強いんだな。すると、あいつの活躍は全てお前がやった事なのだな」

「何ヲ言ッテルンダイ。ますたーノ活躍ハ本当ノ事ダヨ。相性ノ問題ダヨ。ますたーガヤルト、勇者ヲ殺スカ、腕ヲ斬ッチャウヨウナ攻撃シカソノ鎧ノ物理障壁ヲヤブレナインダッテ。あいんノ攻撃ダッタラ勇者ヲ殺サズニ、ぼっこぼこニデキルカラ、あいんニ任セルッテサ。ソレニごーれむノ手柄ハ、持チ主ノ手柄ジャナイカ」

そう言うと、勇者に殴りかかった。勇者も剣で応戦する。しかし、今度の攻撃はダメージが入るんだ、体に当たる攻撃を無視する訳にはいかない、勇者は防戦一方にならざるを得ない。剣から雷撃を出さないが、距離のせいか、それとも、構えでも必要なのか? まあ、剣から出る雷撃じゃアインには利かないが。そうこうしているうちに、アインの拳が腹に入った。今度は吹き飛ばされない。いつの間にか、アインが左腕のカバーを戻して剣を持つ腕を握っている。そうして、数度腹を殴ると、手を離した。勇者がよろめきながら後ろに下がると、片膝を付いた。剣先を地面に突いて立ち上がろうとしている。

『うお―』

客の一部から大きな歓声が上がった。

「ヘー、がんばるジャナイカ。ドウダイ降参スルカイ?」

「ふざけた事を言うな。これではあいつと戦った事にはならん。全然平気だ」

そう言って、立ち上がる。

「ますたート、戦イタイナラ、マズハあいんヲ倒ス事ダネ」

「もう! お姉ちゃんたら、知らない!」

「さっきから、何をふざけているのだ。馬鹿にするのもいいかげんにしろ!」

そう言うと、上段から剣を振り下ろした。アインは少し腰を落とし、右手のカバーも戻して白刃取りをした。剣を左側に捻って下げると、右の回し蹴りを肩に叩きこんだ。勇者は剣を手放し吹き飛んだ。客席は静かになってしまった。アインってあんな事も出来るのか。

「くっ」

と呻いて、立ちあがった勇者に向かってアインが剣を放り投げた。驚いた顔の勇者に向かって。

「武器ヲ持タナイ人ニ向カッテ攻撃シタラ、マルデあいんガ弱イ者イジメシテルミタイジャナイカ。サア、行クヨ」

カバーを出して、突っ込んで行く。そうして数回打ち合うと、またアインの拳が入る。仰向けに倒れ込んだ勇者が、呻きながら、起きあがろうとしているが、足に来ているのかなかなか起きあがる事が出来ない。ボクシングじゃないので、立ち上がらなくとも動けるうちはテンカウントは始まらない。インカムでアイン達にだけ聞えるように。

「アイン、剣を抜いてゆっくりと勇者に向かって歩いてみろ」

アインが剣を抜くとゆっくりと勇者に近づいて行く。

『キャー』

客から悲鳴が上がる。あの鎧を着ている限り剣の攻撃は全く効果が無い。しかし、周りで見ている人間にはそんな事は分からない。アインが勇者に止めを刺そうとしているように見えるはずだ。と、思っていると。アインに向かって、ファイアーボルトが飛んで行った。アインは、少しだけ下がってそれをかわした。勇者側のベンチを見ると。ターニャとファーシャが飛び出して来たところだった。

「まあ、来るよな」

そう呟くと小声で。

「アイン、ファーシャがヒールを使うまで待ってやれよ。その後は俺の方に勇者を近づけるな。倒すのは、俺が2人を倒すまで待てよ」

ターニャがエクスプロージョンを俺に向けて放った。アインのとは違って、直径50cmほどの大きさだ。アイン達が俺の指示で戦ってると思っているんだろうな、まあ普通のゴーレムはそうだもんな、その思惑に乗ってやろう。ファーシャは勇者の方に向かって走っている。俺は、横っ跳びでエクスプロージョンをかわし、叫ぶ。

「何しやがんだ、当たったら熱いだろうが!」

ターニャが。

「当たったらではない。そいつは必ずお前に当たる!」

ん? 何を言ってるんだと思ったら。後ろの方から気配を感じた。振り向くと、今避けたエクスプロージョンが後ろから俺に向かってくる。

「げっ、誘導式かよ」

今度は転がって避ける。

「それは、何かに当たるまで止まらないわ!」

なるほど、よけ続けるしかないって事か。もう一度よけながらファーシャの方を窺う、勇者の元に辿り着きハイヒールかエクストラヒールだかで回復をしたところだ。よし! もう一度よけると、俺は走りだしながら、タイミングを見てリストバンドに魔力を流した。背中で風魔法が発動し、エクスプロージョンを避けるように飛び出した俺は、ファーシャに向かった。再びアインと戦いだした勇者を見つめる彼女に背後から近付き、抱き上げた。

「きゃっ」

可愛い悲鳴を上げたファーシャに俺は。

「ちょっと失礼」

と言って、そのまま俺を追ってきたエクスプロージョンに向けて放り投げた。あれだけ金を持ったパーティのヒーラーなんだから、物理障壁と魔法障壁付きのローブくらい着てるだろう。狙いを外さずファーシャはエクスプロージョンで吹き飛んだ。

「んー、赤か。ちょっと早いんじゃねえか? ピンクとかの方が可愛いんじゃね? でも、白にはかなわねえよな」

地面に落ちたファーシャに向かって、鞘ごと抜いた刀に物理障壁を展開しその先で当て身を入れた。

「うっ」

呻いて気を失った。

「お前、なんて事をするんだ! ファーシャ大丈夫か」

「勇者パーティのヒーラーなんだ、物理障壁と魔法障壁くらい付いてんだろ?」

「普通、自分に向かってくる魔法を避けるのにそんな事するのかと言っているんだ!」

「ああそれか、俺は常識がねえって言われてんだ。常識にとらわれなきゃ色々出来るってことだろ」

そう言うと。リボルバーワンドを抜いてアイスボルトを装填する。ターニャは魔術師だ、物理障壁はともかく魔法障壁は無いだろう。回復役がヒールを掛けるために、普通は魔法障壁を常時展開などしない。ヒーラーは自分でヒールを掛けるので両方展開していると思ったのだ。スタッフに向けてアイスボルトを打ち出す。スタッフを弾き飛ばした。

「あっ」『あー』

後のアイスボルトはターニャの体に当たって行く。同じところに当てると、いつかのオークのように砕けてしまうかもしれないので。同じところには当たらないようにする。

「そんな物、障壁が有るんだから。......あれ?」

ターニャはガタガタと震えだした。立っているのもつらそうで膝まづいてしまった。俺は近付いて、やはり当て身を入れて気絶させた。自分のワンドを戻して2人のスタッフを回収する。まあ、杖無しでも魔法は発動するからな、気安め程度にしかならないが。

「さーて、アインはっと」

アインの方を見ると、勇者と戦っている。何度か拳が入ってる、顔は殴っていないだろうな、アインの力で殴ったら下手すりゃ首が折れちまう。スタッフを2本担いでアインに近づくと、勇者がちょうど崩れ落ちるところだった。客達から、歓声が起こる。こいつは、パーティメンバーがやられたのは見えてたのかな? 少なくとも乱入したことは知ってるよな、ヒールしてもらってたんだしな。

「アイン、フィーアお疲れさん。勇者はどうだ?」

「チャント倒シタヨ、殺シテハイナイヨ」

そこに、審判が駆け寄ってきて、数を数え始めた。10まで数えると、右手を上げ。

「勝者、タケル・シンドウ!」

審判の声を受け、アイン達が勢い良く右の拳を突き上げた。

『ウォー』

闘技場が歓声に包まれた。俺は小声で。

「んー、これ歓声だよな? 俺勝っちゃって良かったのか? それにしても悪役な勝ち方だったな」

観客席を見ると、蒼穹の翼のみんなとガーネットがこちらに向かって、手を振っているが、その顔には若干呆れたような表情も見て取れる。んー、アイン達に全部やらせたのがまずかったか? それとも、ファーシャをエクスプロージョンに投げ付けた事だろうか? まさか、2人が出て来るのを待ってたのがバレてる?

「タケル兄ちゃーん!」

ケーナが俺たちに向かって走って来る。俺に抱きつくケーナを受け止めると。

「勝ったねー、おめでとー」

「まあ、楽勝だったよな?」

「えー、タケル兄ちゃんはなーんにもしてないじゃないか」

「え? そうか? ちゃんと最後に、ターニャとファーシャと戦ったろ? 何にもしてないって事はないだろ?」

「それって、オマケみたいなもんじゃないか」

「オマケか、確かにオマケだな。あははは」

「あはははじゃないよ。アインは頑張ってたのにさ」

俺は、審判に向って。

「勇者の鎧を脱がそう」

と言うと。

「終わったばかりでもう報酬か?」

「そうじゃねえよ、胸と腹がヘコんでるだろ。外してやらねえとヒールしても無駄になるんじゃねえか。ヒーラー呼ばねえと」

「あ、ああ、そうだな。おい、治療師を頼む!」

そう言うと、鎧を外し始める。俺も手伝うが、胴鎧はゆがんでしまって、ちょいと手間どってしまった。そうこうしているうちに治療師がやってきた。

「内蔵も傷めてるかもしれん。エクストラヒールは使えるのか?」

と、聞くと。

「私では、ハイヒールまでだ! エクストラヒールを使える者などここには」

「だったら、そこの勇者の仲間のヒーラーを回復させろ。そいつなら使えるはずだ!」

治療師がファーシャに、ハイヒールをかける。

「ファーシャ、勇者にエクストラヒールだ、急げ!」

意識を取り戻したファーシャが立ち上がる。俺がスタッフを渡すと。

「はい」

と返事をしてから、勇者を治療する。俺と審判は、胴鎧だけでなく、鎧全てを外した。ファーシャは勇者に続いて、ターニャの治療もした。目を覚ましたターニャが、鎧を外された勇者を見て俺に詰め寄った。

「お前! 報酬とは言えこの状況でディフェンダーを外すか!」

「ちがうちがう、鎧がへこんで治療出来ねえからだ」

俺は、ディフェンダーを指差す。

「何だと? ......確かにへこんでいる。どうして......物理障壁が破られた? あなた、どうしてこんな事が出来るの?」

「機密事項だ、これでも冒険者だからな。手の内を教える訳にはいかねえな」

「くっ」

「まあ、うちのアインはバカ力だからな」

ファーシャが。

「力でどうにかなるような物では無いんですけどね、それは」

「まあ、どうでもいいじゃねえか。結果は見ての通りだ。さーて、ターニャ、ファーシャも行くぞ」

「どこに、行くって言うの?」

と聞くターニャに俺は。

「ん? 奴隷商の所で良いんじゃねえのか? お前ら俺の契約奴隷になるんだから手続きしねえとな」

「な、何をふざけた事を!」

「何を言い出すのです。気が触れたのですか!」

ターニャとファーシャが口々に叫ぶ。観客席からも怒声が上がる。

「え? 何って、お前ら勇者の装備じゃないか。勇者が使った装備は俺の物だろ? いやー、うちのパーティさ、近接戦闘がメインのヤツしかいねえんだわ、お前らのおかげでバランスが取れる。助かるよ」

「何を! 私達は勇者のパーティメンバーよ、装備だなんて何てこと言い出すの!」

「人間を装備だなどと聞いた事もありません」

「お前らこそ何言い出すんだよ。今回の勝負は1対1だろ? お前達が装備じゃないなら、お前達が乱入した所で審判が止めるだろ。止めなかったって事は審判も認めたって事だろ?」

俺が審判を見る。釣られてターニャとファーシャも審判を見る。審判は驚いた顔をして口をパクパクしている。客席がざわめきだした。

「勇者から言い出した1対1の勝負だ、パーティメンバーなら最後まで勇者の勝ちを信じて見守ってれば良かったんだ、自分達から装備だって認めて乱入したんだろ? 勇者を卑怯者にする気か? 危なくなったら助けてとでも言われてたのか? そうじゃねえだろ? だったらお前達は勇者の装備だ!」

そう言って、ベンチに向かって歩き出す。

「ふざけるな! お前に負けた訳では無い」

突然叫び声が聞こえた。俺は、ウエストポーチのボタンを押して対雷用の装置を作動させる。俺の周りに張り巡らされた銀製の篭が勇者の剣から放たれた雷を受け止める。うん、こっちの雷ならこの装備で十分だ。

「くっ」

雷が利かない事を見た勇者が俺に向かって走り出した。俺は装置を解除し、左手を鞘に、右手で柄を握り腰を落として居合いの構えを取る。上段に構えたライトニングを振り下ろす勇者の剣を斜め前に踏み込んでかわしながら、刀に魔力を流す。鞘から抜きざま切り上げる。

「ぐはっ」

と言って倒れ込みもがく勇者に向けて。

「安心しろ、峰打ちだ」

んー、決まったんじゃね? 俺って格好良くね?

「だから、峰打ちじゃないよね。物理障壁だよね」

水を差すケーナに。

「ケーナ細かい事言うなよ。そんなんじゃ大成しねえぞ」

俺は、勇者の剣を拾うとケーナに渡し、リボルバーワンドを抜いて勇者にハイヒールを掛けた。驚いて俺を見上げる勇者に。

「分かったかい? 単純に剣で戦ったら俺は鎧を着ていないお前さんより早い」

「だったらなぜゴーレムなど使ったのだ!」

「俺は冒険者だ、確実に依頼を達成するためさ。自慢しちゃうけど、ウチのパーティのクエスト達成率100%なんだぜ、最もケーナがやってる回数の方が断然多いんだけどな。アインが言ってたろ、あの鎧を着てたんじゃ気絶させるのは無理だからだ。殺しは無しだったからな。殺して良いなら鎧ごとぶった切る事も出来る。もう、俺に構うなよな、俺は楽して、好きな事だけやって暮らしたいんだ」

勇者は絶句した。客席にも呆れたような空気が広がる。

「タケル兄ちゃん、それじゃダメな大人だよ、ちゃんと働こうよ」

「何言ってるんだケーナ、ちゃんと働いてるじゃないか。今日の稼ぎだけで、しばらく仕事しなくても平気だろ」

「だからって、仕事をしなくていい訳じゃ無いじゃないか」

「いや、金が続くうちは働く必要なんかない! 俺はロボを作るんだ!」

「タケル兄ちゃーん、働こうよ」

「いいかケーナ、俺はな趣味のロボの為に働いてるんだ。金が手に入れば次は趣味全開に決まってるだろ」

「けーな、ますたーハヤル時ハヤル人ダヨ、ソレコソふぇんりるダッテ1人デ討伐シチャウンダカラ。デモ、ヤラナクテイイ時ハ、ヤラナクテイイジャナイカ、ますたーダモノ」

アインの言葉を聞いた観客は、俺がフェンリルバスターだと知って驚いたのか、水を打ったように静かになった。勇者もターニャとファーシャも驚いたようだ。トーマスの唄はまだ王都には届いてないらしい。

「アインまで、何てこと言うんだよ! あータケル兄ちゃんがダメな大人になっていくよ」

「ますたーハ元々コウダヨ、人間アキラメル事モ必要ダヨ」

「この間、諦めたら前に進めないって言ってたのアインじゃないか!」

「フッ、イイ女ハネ過去ハ引キ摺ラナインダヨ」

「何かが間違ってるよ!」

「まあ、そう言う訳だからさ」

「どう言う訳なのさ。大体、楽してって言うけど、タケル兄ちゃん苦労しっぱなしじゃないか。ゴブリンを1000匹倒して、オーガを倒して、フェンリルを倒して、勇者様と戦って、あたしの後見人にまでなって、全然楽なんかしてないじゃないか!」

「いいかケーナ、なかなか想い通りにならないもんなんだよ、現実ってやつはな、でも諦めちゃダメなんだよ、諦めなければいつか想いは叶うもんなんだ。それにな、ケーナの後見人になった事は苦労なんかじゃなくて楽しいぞ」

ケーナは嬉しそうな顔を赤く染めて。

「なっ、なんだよ! 良い話っぽくまとめようとしないでよ。言ってる中身はダメダメじゃないか!」

「とは言うものの、内心嬉しいケーナであった」

客席から笑が起こる。

「タケル兄ちゃん!!」

「あははは、じゃあケーナはアイン達と一緒に勇者の装備やら何やら回収しておいてくれ、直ぐに迎えに来るからさ」

「その為に、あたしにこの袋持たせといたの? じゃあ、タケル兄ちゃんはどうするのさ」

「ん、俺か? 俺はターニャとファーシャを連れて奴隷商に行くって言ったろ? さあ、2人とも行くぞ」

2人を振り返ると、俺に付いてくる雰囲気だ。さて、そろそろだと思うんだけどな。

「お待ちください。タケル様」

そこには、これぞ執事! って感じの男が立っていた。俺と目が合うと、深々と頭を下げる。つられて俺も頭を下げるが、彼ほどきちんと出来る訳は無い。頭を上げ俺に。

「わたくしは、コルデノと申します。わたくしの主人が、タケル様にお会いしたいと申しております。お時間を頂けないでしょうか? そちらのお2人もご一緒に来ていただきたいそうです」

ターニャとファーシャの顔が険しくなった。

「奴隷商に行った後でいいかな? このお姉さんは、こう見えて、何時俺に向かってエクスプロージョンを打ち込んでくるか分からねえんだ」

「なっ、なんですって」

「いえ、そのような事にはならないと、主人に仕えるわたくしの誇りに賭けて誓いましょう」

と言って、俺を見つめる。

「分かりました。では、条件を付けてもよろしいですか?」

「わたくしの権限で出来る事で有れば、何なりとお申し付けください」

「では、妹のケーナを連れて行きたい。今日大金を得たのでね、誘拐でもされたら大変だ、それと俺のゴーレムも、俺達のそばにいれば妹は安全だと思いませんか?」

「そうですね、タケル様の側ほど安全な場所は国中探してもそうは有りませんね。主人もお許しくださるでしょう」

「ありがとうございます」

ケーナ達を振り向くと。

「ケーナ、アインにフィーアも、この方と一緒に行くぞ」

「え? どこに行くんだい?」

「さあな、行けば分かるだろ」

俺達は闘技場を後にした。


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