テンションが下がってる
王都でマッタリします
「ハフハフ、ハグ、モグモグ......ング。おいしーーい」
「もぐもぐ、ん。こっちのも美味いぞ」
ケーナはマスのような魚、俺はアユのような魚を食べている。どっちも塩焼きだ。向こうに居た時にはアユなんて高級魚を口にする機会は無かったので、この味がアユの味なのかは分からない、分からないが、この魚が美味いことに変わりは無い。油は乗ってるが淡白な味だ。
「ますたー、あいんモ、食ベタイゾ。オ魚食ベタイヨー」
「アインお姉ちゃん、この体じゃお魚食べれないよ」
「そうだよ、その体じゃご飯は食べられないから、いつもクマの体に戻ってるんじゃないか」
「ふぃーあ、けーな固定観念ヲ持ッチャイケナイヨ。ヤッテモミナイデ諦メテシマッタラ、前ニハススメナイヨ」
「はい、お姉ちゃん!」
「そうだよね、クマのときだって、タケル兄ちゃんは食べられないって言ってたのに、やってみたら食べられたんだもんね。うん、どんな事だってやってみなきゃ分からないよね!」
「おーい、ケーナ、フィーア? アインがもっともらしい事を言っているがな。今までやった事は無いけど、グツグツ沸騰したお湯に手を浸けたら、俺は火傷せずにはいられない自信があるぞ。世の中にはな、自分でやらなくても分かってる事ってのは結構あるもんなんだ。アインにだまされるなよ」
「はい、店長」
「そうなのかな?」
俺は、アインに向かって。
「その体で飯を食うのは絶対に無理だからな。フィーアもアインも絶対にやるなよ。マスクの裏側で魚が腐って変な臭いがしても俺は掃除しねえぞ」
「タケル兄ちゃん。今何を食べているか覚えてないのかい? お魚だよ」
「あ、......すまん」
俺はケーナに謝った。
「仕方のない、主様ですね。デリカシーが無いです」
「ふぃーあ、あいんはくまニ戻ルカラ、アトハヨロシク」
「はい、アインお姉ちゃん」
「待て、アイン姉どこから材料持ってくる気だ」
「止めろ! こんな所に大穴開けたら怒られるだろ。人が落ちたらケガするだろうが。フィーアもアインの言う事を何でも聞く必要は無いんだぞ、おかしな事を言ったら止めさせるんだ、いいな」
「はい、店長」
「ちぇ、あいんモオサカナ食ベタイゾ」
「また、今度にしろ。しばらく王都にいるんだから」
「ジャア、明日ハヨロシクね、ますたー」
「はいはい」
「ところで、タケル兄ちゃん。その魚は美味しい?」
「ああ、美味いぞ、一口食うか?」
魚の刺さった串をさし出すと。
「ありがとう!」
ケーナは一口かじった。
「こっちも、おいしー。あたしのより、さっぱりしてるね。タケル兄ちゃん、はい、あーん」
そう言って、自分の魚を差し出す。俺は一口かじると。
「うん、こっちは濃厚だな、なかなかだ、次はそれにしてみよう」
「いつも仲がいいのだな」
振り返るとそこには、笑顔でこちらを見ているガーネットがいた。
「あっ、ガーネット姉ちゃん」
「あれ? なんでガーネットが」
ガーネットは更に、笑顔を深めて。
「ふふふ、姉の所に行くと言ったろ? 王都の騎士に嫁いでいるのだ。相談したい事もあったのでな、久しぶりに王都に来たのだ。まあ、実家もこっちなのだがね」
「言ってくれたらよかったのに。ビックリしちゃった」
「本当にな、驚いたよ」
「こっちで会えれば良いなとは思ったのだがな、あの時はちょっと、こちらで会う気になれるかどうか分からなかったのでな」
「あの時はって事は、今はいいの?」
「ああ、姉と話して、何となくすっきりしたからな。ところで、ケーナ達は、いつ王都についたのだ?」
「ついさっきだよ、ガーゼルは昨日の朝出てきたんだ」
「ほーう、ゴーレムホースは足が早いのだな。自分は昨日王都に着いたのだ」
「俺達が、馬の走りに慣れてもっと上手く乗れるようになれば、1日で来れない事も無いと思うぞ」
「うん、疲れちゃうし、お尻痛いもんね」
「ギルドで売っているゴーレムホースはとても人を乗せられないし、スピードも遅いと聞くが?」
「俺も良く知らないんだが、そうらしいな。ツァイ達はそんな事ないけどな、馬よりも乗り手への負担は少ないと思うぞ」
「やっぱり、タケルの作る物は色々と変わっているようだ」
「かもね」
「ところで、王都に着いて、まずやった事がそれか?」
ガーネットは尋ねながら、俺達が持っている魚を指差す。
「いやー、冒険者ギルドに行って、良い宿を教えてもらおうと思ったんだけどさ、露店の焼き魚が美味そうだったから、ついな。ははは」
「うん、ついだよね。えへへへ」
「まあ、ガーゼルの街には焼き魚の露店は無かったしな。王都の名物の一つではあるんだが、宿も決めずに齧り付くとは、何と言うか、2人らしいな」
「ははは、褒められると照れるな。な? ケーナ」
「タケル兄ちゃん、ガーネット姉ちゃんは褒めてないと思うよ」
「そうか? こう言うのはな、受け止めるほうの気持ち次第なんだ」
「ますたー、前向キスギダヨ、ぽじてぃぶスギテ、呆レチャウネ」
「良いじゃないか、ポジティブで悪いか」
「ふふふ、ところで、冒険者ギルドの場所は分かるのか? 実家が王都だから王都の宿には泊まった事が無くてね、良い宿を紹介する事は出来ないが、ギルドの場所なら案内できるぞ」
「あ、お願いして良いのか」
「ああ、どうせ休暇中でやる事も無くぶらぶらしていたのだ」
「助かるよ、ありがとう」
「どういてしまして。なんなら王都の観光案内でもしようか?」
助かる、助かるが、そこまで甘えるのもな。と考えていると。
「ほんと? あたし達全然王都の事知らないから助かっちゃうね、タケル兄ちゃん」
「いやいや、ケーナそこまでしてもらったんじゃ甘え過ぎだろう」
「自分から言い出したのだ、タケルは何も気にする事は無い。闇雲に歩くと名所を見逃すぞ。まあ、観光案内が専門では無いのでな、どこまで出来るかは補償の限りではないが」
「そうか? だったらお願いしようかな。ありがとう」
「ありがとー」
「どうせ、3日後までは暇にしているからな」
「3日後? ......まさか、見に来るのか?」
「何を見に来るって?」
「ケーナ、3日後だぞ、タケルと勇者の勝負は。王都でも話題になっているんだ」
「あっそうか、ガーネット姉ちゃんも見に来るのか」
「ああ、賭けも行われるんだ。賭け事は好きではないが、確実に勝てる賭けなのだからな、一口乗せてもらおうと思っている」
「確実なんて事は無いと思うぞ。まあ、俺は自分の勝ちに全財産つぎ込むけどな」
「えー! タケル兄ちゃん、働かないで稼ごうなんて、いけないんだよ、ダメな大人だよ」
「確かに、全財産と言うのはどうかと思うが、そこまで自信があるんだな」
「いや、そうじゃねえよ。勇者は、自分が負けたら全財産を失うんだ。俺だけリスクが無いってのもどうかと思うしな。それに、ケーナ、俺が勝負するんだ、立派に働くじゃないか」
「んーそうなのかな? 何だかだまされてるような気がする」
「ははは、気がするだけさ。気にしたら負けだ」
「そう言う覚悟で勝負に臨むのは有りだろうな。自分も、少し張り込んでみようかな。ははは」
「あー、こっちにもダメな大人がいるー。でもあたしも賭けよう」
「子供のうちから、楽して稼ごうなんて。お兄ちゃんはそんな風にケーナを育てた覚えはないぞ」
「育てられては、いないよね」
「そうだな、タケルとケーナの関係はそう言ったものではないと感じるな」
「まーね、俺もケーナのおかげで助かってるからな」
「ふふふ、さて、冒険者ギルドに案内しようか」
「ああ、頼む」
「ばあさん、なんであんたこんな所にいるんだ?」
「こんな所とは、御挨拶だね。あんたのために王都に来てるんだ、労いの言葉の一つも言いな」
「どうせ、言いだしっぺが取り仕切れとか言われたんだろ? 身から出た錆びじゃねえか」
「まあ、そうとも言うね。わははは」
「笑ってんじゃねーよ。で、なんで俺はこんな所に連れ込まれたんだ? 俺は食い物の美味い宿を紹介して貰いに来ただけなんだぞ」
そう、俺は王都の冒険者ギルドに来た所でエメロードに捕まり、小さな会議室のような部屋で話をしている。元は会議室なんだろうが、今は書類が持ちこまれており、事務室のようになっている。
「あんたと勇者の勝負まであと3日だろ。とりあえずルールを説明しとこうと思ってね。勇者には昨日話して了解をもらってるよ。いいかい、まず装備は何でもあり、魔道具を使おうと、魔法を使おうと構わない。相手を殺してしまうと負けが決定する。だけど、殺さなければ致死レベルの攻撃は有りだよ」
「殺せないなら、致死レベルじゃ無いだろうに」
即死させずにハイヒール掛けりゃ良いって事か? いや、手足の1本くらいならOKって意味か?
「勝敗は、降参するか、ダウンして10秒間動かなければそこで負けだね。動ければ完全に立ち上がれなくても負けじゃない」
「了解した、じゃあこれで用事は終わったろ?」
「そうだね、ところで、賭けはどうするんだい? 自分の勝ちに賭けるんなら賭けてもいいよ」
「初めから、俺の勝ちにしか賭けるつもりはねーよ。どんな風に賭ければいいんだ?」
「分刻みで賭けられるよ。1分刻みで5分までと、5分超だね。勇者が1分以内で勝つってのが1番人気だ、あんたが一撃でやられちまうって感じかね。あんたの勝ちに賭けるヤツはあんまりいないね」
「まあ、そんなもんだろ。じゃあ俺は行くぞ」
俺はエメロードと別れて、カウンターに行った。それにしても、5分なんてかかる訳ねえよな。1対1の勝負なんだ、普通は刹那の間で勝負はつくものだ。普通ならだけどな。その後、カウンターでいくつか宿を紹介してもらった。
宿に着いたところで、明日の約束をしてガーネットと別れた。ギルドお薦めの宿は、頼んだ通り魚料理が美味かった。ケーナも初めて見る料理を美味そうに食べていた。
「ここが、王城に続く大通りに架かる橋だ、王都で最も立派なものだぞ」
「うわー、大きいねー、立派だねー」
「ああ、形も綺麗だな」
俺達は、おのぼりさんよろしく、観光中だ。周りからの暖かな視線を浴びながら王都の観光スポットを回っている。
「へー、大きな噴水だな、彫刻も迫力があるな」
「えー、何だかあの顔怖いよ」
「ははは、有名な彫刻家の作品なんだぞ」
「すげえ、大きな建物だな、こいつは何だい? 偉く豪華だな」
「タケル兄ちゃん何言ってんだい? ここ教会だよ」
「ああ、アルト聖教のアースデリア教会だ、カードのスキルの更新をするじゃないか」
「「え?」」
「まさかとは思うが2人とも?」
俺は、こっちに来てからカードの更新なんかしちゃいないが、普通はするものなのか? 大体教会でそんな事するなんて知らねえからな。俺とケーナは顔を見合わせると、ガーネットに向けて首を振った。
「はあー、タケルはケーナの兄なんだろ。ちゃんとしてやらないとダメだぞ。ガーゼルにもあるだろうに」
「村には無かったから、うっかりしてた」
「あたしの村にも無かったから、今まで行ったことない」
「だったら、入ろう、タケルはともかく、ケーナは何かスキルを得ているかも知れないからな」
あー、確かに、スキルを取得していればこれから進む方向だって変わってくるかもしれないしな。
「よしケーナ、更新してみよう。何かスキル取れてるかもよ」
「うん! でも、何も無かったらショックだな」
「ケーナは、剣術も習ってるし、クエストだってやってるじゃないか、何も心配する必要はない」
「うんそうだな、でも、俺と一緒に居たんじゃ使い道が無いなんて事が無いといいな」
俺達は、教会に入り担当の司祭にカードの更新を申し込んだ。お布施を出し、順番待ちのベンチに座って待つ事にした。
しばらくして俺達の順番が回って来た。まずはケーナが司祭に連れられて小部屋に入って行った。それほどの時間をおかずに部屋から出てきたケーナは神妙な顔をしている。そして次は俺の番だ、小部屋に入り司祭に指示されるままカードを手渡し、床の敷物に両膝を突き胸の前で両手を組んで目をつむり頭を下げた。そうして、司祭に声を掛けられるまで少しだけ待つ。
「はい、もう結構ですよ。こちらお返しいたします」
カードを受け取り、司祭に連れられ小部屋を出た。司祭に礼を言いケーナ達の所に戻った。ケーナは何だか、嬉しそうにニッコニコしている。
「タケル兄ちゃん、あたしねスキル取れてたんだよ」
それはそうだろう。初めて来て何にもスキル無いとかだと、可哀想過ぎるだろう。
「どんなスキルがあったか聞きたい? ねえ? タケル兄ちゃん聞きたい?」
「聞かせたいんだろ? でも、ケーナ本当はスキルとか人に教えちゃいけねえぞ。そう言う情報が人に知られると、ロクな事にならないぞ」
「そうなの? でも、タケル兄ちゃんとガーネット姉ちゃんなら平気だよね」
「ケーナは聞いて欲しいのだな? 初めてなのだから嬉しいのだろう?」
「それもそうか」
「へへへ、あのね、剣術がLV2、記述魔法LV1、ゴーレムLV1、索敵LV4、隠形LV3だったよ」
「へー、スカウトになれるんじゃねえか? 狩りをしてたおかげかもな。それに、記述魔法にゴーレムかー、俺の弟子にでもなるか? 魔道具やゴーレム作れるじゃねえか」
記述魔法に適性がある事は分かっていたが、ゴーレムもいけるのか。弟子はともかく、俺が教えてやれる事は意外とありそうだな。
「自分も、最近ガーゼルでやったのだが、剣術がLV6に上がっていたぞ」
「へー、ガーネット凄いじゃないか」
「タケルのおかげだ」
「模擬戦の相手をしてるだけだけどな、俺も修練になってるんだからお互い様だ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「さて、そろそろ昼だ食事にしよう。どんなところが良い? やはり魚か?」
「んー、昨日から魚ばっかりだけど、あたしはまだ魚が良いな、色々な食べ方があって全部美味しいもん」
「俺も、魚が良いな、ガーゼルじゃこんなに種類が無いからな」
「では、揚げ物が美味しい店がある。魚だけじゃ無く肉や野菜の揚げ物も美味しいぞ」
「揚げ物か―、唐揚げは好きだよ」
「ケーナは好きだよな」
「あー、タケル兄ちゃんだって好きじゃないか」
「いいや、俺は大好きなんだ。あははは」
「ははは」
「ふふふ」
午後も観光だ、名所を見てから、お土産を探してバザールをぶらついたりもした。夕食を一緒に食べると。
「今日はありがとう。本当に楽しかった」
「ありがとー」
「なに、楽しんで貰えたならよかったよ。明日はどうするんだ? 自分は明日も平気だぞ」
「俺は、闘技場に行ってみたいんだ。明日は観光はしないよ。でも、ケーナの相手をしてくれると助かる。晩飯は待ち合わせて一緒にと言うのはどうかな?」
「ああ、それでいい。ケーナ明日はどんな所に行きたい?」
「えーとね、どこに行っても珍しい物が見れるから楽しい」
「そうか? だったら、明日も楽しめるところを考えておくよ」
「うん」
いよいよ、明日は勇者との勝負だ、ケーナ達と別れて闘技場に来た俺は観客席の最上段のベンチに腰掛けて闘技場を見降ろしていた。
「意外と広いんだな。こんな所からじゃ良く見えねえな」
ベンチから立ち上がって闘技場に向かって階段を下りて行った。闘技場は普段はこれと言った行事が無い限り、普通に解放されており中に入る事が出来る。定期的に使われるのは、週に1度の闘技会だ。格闘技、陸上競技、集団戦闘等々、様々な競技を行い観客はそれを観たり、勝者を予想し賭けを行う。しかし、それはあまり規模が大きなものではない。半年に1度それぞれの競技の成績の優秀な者達が選抜され大きな大会が開かれるそうだ。こいつはかなりの盛り上がりを見せ、そこで優勝した者達は褒め称えられるそうだ。明日は、そんな週に1度の闘技会がある日だ。その普通の闘技会の最後の試合に組み込まれたのが、雷撃の勇者とガーゼルの英雄の勝負という事だ。半年に1度の闘技会とまでは行かないまでもそれなりに客は入るのだろう。
「しかし、メーンイベンターかー、人前で試合った事なんか1度も無いからなー。ここの観覧席が一杯になるほど客が来るってほどでは無いにせよ、緊張するのかね俺?」
まあ、緊張はしないかもな。俺が勝つなんて思ってる奴は殆ど居ないんだろうし、誰かのために戦う訳でもない。失うものと言えば俺が賭ける賭け金だけだ。それにしたって、ギルドから貰える報酬の方が多いだろう。
「うん。緊張なんかしようが無いな」
「そんな物なのですか? 私ならドキドキしちゃいますけどね」
声のした方を見ると、そこにはアシャさんが居た。
「あれ? どうしてアシャさんがこんなところに?」
護衛の依頼で出掛けるって言ってなかったか?
「依頼が予定通りに終わったんです。で、せっかくだから、タケルさんの試合を観て行こうって話になって、さっき王都に着きました。そして自由行動になったので、私は闘技場に来てみたの。明日タケルさんがここで試合をするんだなーって思いながらね。そうしたら観覧席にタケルさんがいたんです。どうしたんですか、緊張しないとか言ってましたけど」
「何だか、あんまりやる気が出ないんだよね。でも、気が付くと勝ち方を考えてるんだよ。ケーナの事が有ったから、最初は八つ当たり気味に勇者をボッコボコにしてやろうって思ってたんだ。でも、今はそれもどうなんだろうってね」
「んー、そうですか、でも、勇者は真剣にタケルさんと戦いたいんでしょ?」
「俺と戦いたいというよりは、ガーゼルの英雄に勝ちたいって感じだったな。あの場面に自分がいれば、ガーゼルの英雄は自分だったとか言ってたしね」
「それは又、酷い言い方ですね。あの時タケルさんが居なければ、ガーゼルの街は唯では済まなかった筈です。それをそんな自分の名を売る為だけに使いたいだなんて」
「勇者なりの事情ってやつが有るんだろうけど、それは俺には関係無いしね。俺は、爺ちゃんが死んでから自分勝手に暮らして来たから、これからもそうしたいだけなんだよね。楽して、好きなことをやって、ケーナにはダメな大人って言われちゃいますね」
「好きな事って、前に話していた巨大ロボでしたか? それにしても、楽をしたいって言う割には、結構苦労してますよね。この前なんか死にそうな目に会ってるし」
「楽して暮らすためならば、どんな苦労も厭わないって事ですよ!」
「ふふふ、大変なんですね。楽をするって」
「はい、楽じゃないです」
「うふふふふ」
「あはははは」
俺達は顔を見合わせて笑いあった。
「そうだな、ロボを作るための資金調達だと思えばやる気も出るか? それに、ひょっとしたら材料の調達も出来るかもしれないなんて考えてるんだよ」
「材料ですか?」
「そうなんだ。お金が有っても手に入らない物ってのは有るんだよなー」
「でも、そんな物報酬に入っていなかったですよね?」
「それはそうなんだけど、ちょっと思いついた事があってね。思い付いた事がその通りに進めばひょっとしたらってね」
「タケルさん、何だか悪い事考えてる顔してますよ。あんまり無茶な事しないでくださいね、心配だわ」
「え? そんな顔してる? でも、ロボの為だからな、ちょっとは無茶しないとな。でも、無理はしないよ」
「無茶はするけど、無理はしないですか? なんの言葉遊びですか?」
「傍から見たらとんでもない事でも、本人からしたら勝算があってやってるってことかな?」
「周りで見てる人が心配するのは気にしないってことですね? 勝手に心配してろってことですね? タケルさんはいっつもそうですね! ゴブリン退治の時も、フェンリルの時もそうでしたよね!」
アシャさんは頬を膨らませ、俺を睨んでいる。あーこんな顔をすると幼く見えて可愛いな。などと1人和んでいると。
「何ニヤニヤしてるんですか? 私の言いたい事分かってます? タケルさんなんかそうやって笑ってれば良いんです。もう知りません!」
と、そっぽを向かれてしまった。
「あ、すみませんアシャさんの言いたい事は分かりますよ。ただ、最後まで見てて欲しいんですよ。途中でどんな無茶な事をしても、予定通りに進んでるって見てて欲しいんですよ。最後にはちゃんと丸く収めますよ。そんなに怒らないでくださいよ」
オロオロしながら説明していると。
「お二人さん、いちゃいちゃしてるところ悪いんだけどさ、そろそろお昼にしないかい?」
ヴァイオラの声がした。そちらを見ると、蒼穹の翼の皆だけでなく、ガーネットとケーナまでこっちをニヤニヤしながら見ている。
「いちゃいちゃなんかしてません! ねえ、タケルさん!」
「はい、してません!」
「お昼にしますよ!」
「はい!」
「で、あんなところで何してたんだ?」
とバトロス。
「何って、明日の勝負に向けて、気合を入れに行ったんだよ」
「で、アシャ姉ちゃんとデートしてたのかい?」
「なーにを言ってるのかね? ケーナ君は。あれがデートに見えたのか? 見えないだろ? 見えないよなー。はあー」
「それはそうと、気合を入れるってのはなんだ? 時間が開き過ぎてだらけちまったのか?」
スナフが言うと。
「あーそれは分かりますね、10日間もピリピリしている訳にはいきませんよね」
ヒースもそんな事を言う。
「まあ、そんなところかな。フィーアを仕上げて、ライを作って、王都まで旅をして、王都の観光までしちまったからな。緊張感がまるっきり無くなった。元々、受けたくて受けた勝負じゃないんでね、最初こそ気合も入ったけどね。なんだか、もうマッタリしちゃってさ、闘技場に行けば気分も変わるかなって思ってね」
「何だい何だい、明日はタケルに賭けようと思ってたのに、大丈夫かい? で、どう賭けたらいいんだい? ちょっと教えておくれよ」
ヴァイオラ、目が獲物を狙う目になってるぞ。
「試合の当事者に聞くってのはどうかと思うぞ? まるで、八百長じゃないか」
「タケルが負ける方に賭けるなら、八百長かもしれないけど。勝つ方に賭けるんなら違うさ」
「そんなもんかね? まあ、俺が1分以内で負けるってのが1番人気らしいぞ。勇者の雷の1撃で終わるって事じゃねえの?」
「でも、タケルとしちゃそう簡単に負けるとは思って無いんだろ? 本音が聞きたいね」
「タケル兄ちゃんは、自分の勝ちに有り金全部賭けるって言ってたよ」
「おー、ケーナ貴重な情報ありがとう。つまり、タケルが1分以内で勝つって事で良いんだね?」
「まあ、普通は剣士同士の戦いなんて一瞬の勝負になるよな。ただし、真剣で殺し合った場合はって事だよな。なあ? タケル」
「バトロスさんの言うとおりだ。勇者が持ってた剣はバスタードソードだ、盾は持って無かったからな、普通なら一瞬の勝負になる。ただし、今回の勝負は殺しは無しだ。根性で粘るって事も不可能じゃ無い。俺の考えてる通りに事を進めるには5分は戦わないと、思ったような幕引きが出来ない」
「なんだ? タケルはただ勝つだけじゃ満足できないってことか?」
「ただ勝っても金しか手に入らねえんじゃな。金なら冒険者と魔道具屋で何とかなる。今回の事は良いチャンスかもって思ってね」
「ふーん、良く分からないけど、分かった」
「どっちなんだ? ヴァイオラ」
「タケルと同じにしといたほうが良いって事が分かったってことだよ、バトロス」
「だったら、自分もそれに乗せてもらおうかな」
「私も、そうしましょう。せっかくですから」
「私も、タケル殿と同じにさせてもらうことにします」
「あーあ、ここにダメな大人が集まっちゃった。ヴァイオラ姉ちゃんはともかく。ガーネット姉ちゃんやアシャ姉ちゃんやヒースさんまで。みんなダメダメだねー」
「ちょっとケーナ? あたしはともかくってなにさ」
「だって、ヴァイオラ姉ちゃんは、......。ねえ? タケル兄ちゃん?」
俺は、ヴァイオラに睨みつけられた。
「え? 俺に降るか。......ねえ? バトロスさん?」
「え? 俺? あー、ヴァイオラ日頃の言動って大事だよな。うん」
「バトロスー!」
「あはははは」
明日か、まあなるようになるさ。みんなのおかげで、さらに緊張感が無くなった。でも、みんなが俺が勝つことを信じて疑ってもいない。とにかく勝ちに行こう。
今日の午後試合開始だ、朝一で、ギルドに行き、賭けに参加した。受付のお姉さんが、間違いじゃないのかと確認してきたが、それだけ俺に賭ける奴が少ないってことだろう。まあ、ここは王都だしな。
俺とケーナとアインと蒼穹の翼のみんなとガーネットで、闘技場の観覧席に座って、午前中の試合を見ることにする。そこそこ客は入るとは思っていたが、ほぼ満員だ。出場者とその知り合いだと言う事で、良い席が取れたので結構前の方で見る事が出来た。なかなか、良い試合が多い。盾にショートソード同士の戦いはお互いに隙を窺うような展開になりそこそこ時間が掛かっているが、それにしても5分も掛かる試合は無い。特にバスタードソード同士で盾無しの場合は、にらみ合いはあっても決着は一瞬だ。そうそう、俺が作った集音マイクとスピーカーはちゃんと働いている。初めは戸惑っていた客達も慣れるにしたがって、盛り上がって来た。うん、これは好評なようだ。
そろそろ、プログラムも終わりに近付いてきた。
「さーて、そろそろ行くか。ケーナ、アイン行くぞ」
「うん」
「ハイ、ますたー」
「え? ケーナとアインを連れて行くのかい? 試合は1対1なんだろ? ここで一緒に見たらいいじゃないか」
ヴァイオラに聞かれると。
「あたしは付添だよ、グラウンドにあるベンチまでだけどね。タケル兄ちゃんに用事頼まれてるんだ」
「けーなハ、一番イイトコロデ見ルンダヨ」
「まあ、そう言う事だ、必ず必要になるかどうかは、やってみなきゃ分かんねえけどな」
「じゃあ行ってくる。まあ、楽しんでくれ」
「頑張れよ!」
「ケガしないでくださいね」
「全力を尽くしてきてくれ」
「あたしに勝たせてね」
「タケルの事だ、心配は無いと思うが無理はするなよ」
「悔いの無い勝負をしてください」
スナフ、アシャさん、ガーネット、ヴァイオラ、バトロス、ヒースの順に励ましを受け控室に向かった。
控室に着くと、俺達の前の選手がちょうど出て行くところだった。勇者達は、反対側の控室なんだろうか、姿は見えない。しばらく待つと大きな歓声が聞こえた。前の試合が終わったようだ。すると、場内アナウンスが聞こえてきた。
「ここで、しばらく休憩時間を挟みます。四半刻後には必ずお席にお戻りください。女王陛下がご入場となります。繰り返します......」
なんだって? 女王が見に来るのか。なるほど、もう直ぐ国公認の勇者になるかも知れないし、娘達を付き添わせてもいる男の試合だ、見にも来るか?
「うわー、女王様が見に来るんだねー、タケル兄ちゃん凄い人と試合するんだね」
「まあ、そうなのかもな」
そうこうするうちに、係が俺を呼びに来た。さて、いよいよだ。俺達は控室を出て短い廊下を進んだ。