狂犬に絡まれる
ケーナが斬られた? どう言うことだ、今日はお手伝いクエストだったはずだ。ケガをするようなはずがないだろ? 何が有った? 誰がやった? なぜ、ケーナが? 頭の中がごちゃごちゃして全く整理が付かないうちに、「旅人の止り木亭」についた。入口の前にアインがいる。
「アイン! ケーナは無事か!?」
『マスター、アシャガ、エクストラヒールヲカケテクレタヨ。デモ、メヲサマサナイ』
「ケーナは何処だ!?」
『アシャガツレテイッタヨ』
俺は宿に入ると、カウンターでケーナがいる部屋を確認し、慌てて2階に駆け上がった。すると、ちょうどアシャさんが部屋から出てきた。あせりまくって。
「ア、アシャさん、ケーナは? ケーナは無事なんですか!」
「大丈夫ですよ、落ち着いてください。ただ、エクストラヒールをかけたのですが、意識が戻りません。呼吸は安定していますから、おそらくそのまま寝ちゃったんですね。無理に起こすよりも、今は休ませた方がいいかなと思いまして。傷そのものは浅かったみたいで、顔色も悪くないんですよ。おだやかな寝顔です。どうします? 会いますか?」
「はい! 俺が見ても何も変わらないけど、会わせてください!」
「はい、この部屋のベッドで休んでいますよ」
アシャさんに促されて部屋に入った。部屋のベッドでケーナが寝ている。アシャさんの言うとおり寝顔は穏やかだ。少しほっとした俺は、改めてケーナにこんなことをしたやつに怒りを覚える。
「誰がケーナにこんな事を」
何処のどいつだ。ケーナにこんな事しやがって、見つけたらただじゃおかねえ。
「タケルさん。怖い顔になってますよ。気持ちは分かりますけど、ケーナちゃんは大丈夫ですよ。これでも私は結構腕の良いヒーラーなんですから。そんな顔をしていると、目を覚ましたケーナちゃんが驚いちゃいますよ」
「すみません。でも、そんなに怖い顔してますか?」
「はい、ケーナちゃんをあんな目にあわせた人が目の前に居たら、何をするか分からない感じですね」
そうか、そんな顔をしてるのか俺は。自分の事は、何をされようとあまり気にしないが、大事な人に危害が及ぶとどうなってしまうのか自分でもわからない。そんな経験は今まで1度も無いんだから。でも、たしかに今そいつが目の前にいたら冷静で居ることは出来ないだろう。迷わず切り捨てるな。間違いなく。
「そりゃあそうでしょう。ケーナがこんな目にあったんだ。ひょっとしたら死んでいたかもしれないんですよ! 見つけ出してただじゃ済まさねえ、こんな事をしたことを後悔させてやる」
「でも、それってケーナちゃんが望むことかしら? タケルさんがそんな事をするのは、自分のためなんじゃないのかしら? ケーナちゃんが怪我をしたのはタケルさんのせいじゃないのよ」
自分のため? ケーナを斬りつけたヤツを俺が許せないから? いや、ケーナを守れなかった自分を許せないから、八つ当たりする相手を探しているのか?
「確かにそうかもしれない。ケーナはそんな事望んでいない。いや、望むような子じゃないな。自分のために、自分の気持ちが晴れればいいとしか考えていなかったですね。ケーナを自分の物みたいに考えてますね。これじゃケーナを斬ったヤツの事なんて、偉そうに許せないとか言えないな」
「ケーナちゃんの体には、傷一つ残しませんから。でも、そんな顔を見たらケーナちゃんに心配かけちゃいますよ。ケーナちゃんが目を覚ました時に真っ先に見たいのは、きっと笑顔のタケルさんです。そんな顔をしたタケルさんじゃないと思います」
アシャさんの言うとおりかも知れない。ケーナは俺の持ち物じゃ無い、ケーナに代わって復讐をするのは俺の自己満足なんだろう、大事な物を奪われていたかも知れない恐怖がさせる事だろう。その怖さを誤魔化そうとして復讐を考えただけなんだろう。ケーナは俺の家族だ、可愛い妹だ、ケーナが無事ならそれを喜ぶだけでいいのかもしれない。ケーナが復讐を望むなら、それをしないと心が平穏でいられないなら、全力で手伝いもしよう。しかし、ケーナはそんな事を望む子じゃ無いだろ? いっつも一所懸命で、いっつも笑顔で、いっつも頑張って、いっつもやさしい。復讐なんか全然似合わない子だ。
「そうですね、こうしてケーナが無事だったんだ、今はそれを喜びます。ありがとうございますアシャさん。アシャさんが気付かせてくれなかったら、俺はケーナが望みもしない事を、自分の気持ちを満足させるためにやってしまったかもしれない。この子は俺に復讐なんか望まないでしょう。しかも、ケガもすっかり直ってるんだ。野良イヌにでも絡まれたと思って忘れちまう方が良いでしょう」
「そうですね、ケーナちゃんが大好きなタケル兄ちゃんは、そう言う人ですよ」
「まあ、ケーナに万が一の事があったら、どうなるか、自分を押さえられるか分かりませんけどね」
「もう、しょうがないお兄ちゃんですね」
「まだまだ、人間が丸くなるほど長く生きちゃいませんからね、俺は」
「まったくもう。タケルさんは、ここでケーナちゃんを見ていてください。わたしがシルビアさんの所に行って着替えを取ってきます。ケーナちゃん今日は動かさないほうがいいですから。タケルさんはどうします? ここに泊まるなら、手続きしてきましょうか?」
「すみませんが、よろしくお願いします」
「はい、では、行ってきます。後で晩御飯運びますから待っててくださいね」
「何から何まで、本当にすみません」
俺は、壁に背中を預けて床に座って、ケーナを見ている。胸はゆっくり上下し、落ち着いて寝ている事がわかる。たしかに、意識が戻らないと言うより寝ているのだろう。その時、ドアを軽くノックする音がした。ドアが開き、廊下の光りでシルエットになったその姿は、アインだった。
「おう、アインか、こっち来るか?」
ケーナを起こさないように、小声で声を掛ける。なにか、黒板に書いたようだが暗くてよく見えない。
「何が書いてあるのか良く見えない」
アインは近づいて、俺の横に座ると。黒板に光が当たった。俺が驚いていると。
『アシャガ、アインモココニイタライイッテ』
「そうか、アインはケーナのお姉ちゃんだもんな」
良く見ると、アインの額に穴が開き、中から淡い光が伸びているようだ。
「なあ、アイン、どうやって光なんか出してるんだ? そんな機能がゴーレムに有るのか?」
『ゴーレムカクハ、イツモヒカッテルヨ、シラナイノ? マスター、ダカラ、カクマデアナヲアケレバイインダヨ』
普通は、核なんか見えないんだから、分かるわけがない。
「アイン、今日は何が有ったんだ? なぜ、ケーナが?」
『キョウノオテツダイクエストハ』
......。アインが黒板に今日あった事を書いて行く。俺は黙ってそれを目で追った。今日最後のお手伝いクエストの時に依頼者の老婆にシチューを貰ったケーナは、アインと一緒にギルドに向かっていた。途中で、ポケットに入れていた完了証が風で飛ばされ、慌てたケーナは完了証を追いかけようとして転び、シチューをぶちまけてしまったそうだ。シチューは前から歩いてきた、派手な鎧を着た騎士風の男を直撃した。ケーナは慌てて、頭をさげ謝ったが、「無礼者!」と叫んだ男は踏み込みながら剣を抜きケーナに斬り付けた。ケーナは反射的に飛び退ったが、胸を斬られた。アインが飛び出す暇も無かったそうだ。アインが飛びだしケーナを抱きかかえた。さらに斬り付けてきた男に背を向け走りだしたところ、そいつはアインの背中を深く斬り裂いた。アインは体の一部を炸裂させて、煙幕状にばらまき男の目をくらましながら、ケーナを抱えてギルドに走り、そこに居たアシャさんにケーナを治療してもらった。アシャさんのエクストラヒールで傷は完全にふさがったが、意識が戻らないケーナをこの宿まで運びベッドに寝かせてくれたそうだ。
「そうか、アインのおかげで助かったんだな。ありがとうアイン」
『ケーナヲ、マモレナカッタヨ、アインハオネエチャンナノニ』
「守ってくれただろ、ちゃんとアシャさんに届けて治療してもらっただろ」
『ソウダケド』
「おかげで、ケーナを死なせずに済んだんだ。アインにもアシャさんにも感謝しないとな」
『ソウダネ』
「でも、アインの体を斬り裂くなんてすげえな。剣も男の腕も相当なもんだな」
『ウン、デモシチューハヨケラレナカッタヨ』
「そうだな。派手な鎧の騎士風の男か。冒険者か? そんな奴見たことないな」
『ソノオトコト、ヒーラーフウノオンナト、マジュツシノオンナガイッショダッタトオモウヨ』
「ふーん、それじゃ冒険者パーティかもな」
『ソノオンナノヒトタチハ、オトコヲトメヨウトシナカッタ』
「アインが飛びだす暇もなかったんだろ? そんな男の行動に反応出来るヒーラーや魔術師なんかいる訳無いだろ」
『ソレモソウカ』
......。
ケーナが斬られた時の状況を聞いた俺は、かなり頭に来ていた。転んでぶちまけたシチューをかぶったくらいで、謝ってる子供に斬り付けるってどんな奴だ。あ、いかんいかん、アシャさんに言われて反省したばっかりだって言うのに。怒りにまかせて行動したってどうせ、ロクな事になりはしないだろう。
『マスター。アインハツヨクナリタイヨ』
え? 何を言い出すんだアインのやつ。
「お前より強いってどんな化け物だよ。フェンリルと勝負が付かないくらい強いよアインは」
『デモ、ケーナノケガヲナオセナカッタ。ソレニ、ツァイガタオシタワイバーンダッテ、アインニハタオセナイヨ』
「誰だって、出来ることと出来ない事が有って当たり前だろ。鳥みたいに空を飛べないからって、普通の人は悔しがらないと思うぞ。ゴーレムなんだから、魔法使えるはず無いし」
『ツァイハツカウジャナイカ』
「そりゃあ、ツァイはハイブリットだからな、でもアインみたいに大きくなったり出来ないぞ。Aクラスの魔結晶でも連結するか? 全高100mのゴーレムが華麗にステップを踏むのも夢じゃないぞ」
......。
『マスター、アレヲアインニチョウダイ』
「え? あれって?」
『マスターガ、イマツクッテルゴーレムノカラダ』
なるほど、あいつのゴーレム核はまだ作っていないし。アインのオプションの一つと考えればいいのかもしれない。今のケースからゴーレム核の部分だけ外して付けかえる事で、今のように巨大なゴーレムにもなれるし、ハイブリットタイプのゴーレムとして魔法を使うことも出来る。もともと、普通のゴーレム核を頭部に入れるつもりだったし、胸の魔核には体を動かすための制御式が描いてあるんだから、アインがそのまま使うことは可能だろう。でも、元々もう1体ゴーレムが欲しくて作り始めたんだぞ。アインのオプションにしてどうするよ。
「あの体じゃ、食事は絶対にできなくなるぞ」
『エ......。ガ、ガマンスル』
「ガマンて、あのゴーレム作るのにいくらかかると思ってるんだ?」
『オカネノコトハヨクワカラナイヨ、アインオコヅカイモラッテナイカラネ』
「そりゃそうか、でもなガマンして使ってあげる。なんて言える金額じゃないって事は覚えとけよ」
『ジャア?』
「ああ、アインにやるよ。また作りゃいいんだからな」
『マスター、アリガトー!』
「まあいいさ、ちょっと改良するから、少しだけ待ってろ」
『ウン! マッテルカラ、ゴハンガタベラレルヨウニシテネ』
「それは無理だ、諦めてくれ」
『マスター、ツカエナイナ』
「うるせえ、無理なものは無理だ」
そんな事を話していると、アシャさんが飯を持ってきてくれた。
「独り言を言ってるのかと思いました」
確かに独り言の癖はあるけど、寝てる人のいる部屋ではしない。あ、アインと話してる段階で、ダメじゃん。
「すみません、うるさくして。ケーナが起きちゃいますね」
「アインちゃんとは仲良しですものね。でも、ケーナちゃん起こすと可愛そうだわ」
「すみません」
俺はアシャさんが持ってきてくれた晩飯を食べ始めた。アインがパンを一つ持って食べ始めた。
「アインちゃんって食べ物を食べられるの?!」
「そうなんです、この前ケーナが串焼きを食べさせて、味はわからないようなんだけど、食感を楽しむようになっちゃって」
「アインちゃんって変わったゴーレムですね。作った人のせいかしら? ふふふ」
「俺って、そんなに変なヤツですか?」
『マスターハ、ヘンジャナイヨ、カワッタセイカクヲシテルダケダヨ』
「アイン、それ同じことだ、フォローになってねえ」
「あまり騒いじゃダメですよ。それじゃそろそろ私は戻りますね。おやすみなさい」
「おやすみ、アシャさん」
『オヤスミー』
さて、ケーナが目を覚ましたらなんと声を掛けようか。こんな子供が、いきなり斬られたんだ、心に傷が残るとかしないのだろうか。PTSDとか言ったっけ? でも、元の村でも狩りをしてたった言うしな、今は自分でも魔物を討伐しているんだ。無傷でクエストを終える事の方が多いが、ケガをしたことが全くない訳でもない。現代日本のつもりで考えてもダメだよな。
ケーナが心配で、夜中様子を見ていた訳だが、意識が戻らないと言うより普通に寝てるだけだった。その顔からは、恐怖や苦痛は読み取れない。
ゴーーーーン
1の鐘が鳴った。
「うわー! 寝坊だ!」
ケーナが飛び起きた。ベッドに上半身を起こすと、不思議な顔で辺りを見回した。
「あ、タケルにいちゃん、アイン、おは」
ケーナがそこまで言ったところで、俺はケーナを抱きしめていた。
「よう。......え? ええ? タケル兄ちゃん?」
ケーナが目を覚ますまでは、けっこう冷静だったと思うんだけど。実際にケーナが目を覚ますと冷静な対応も、軽口を叩くことも出来なかった。この子がここにいることが、ただただ嬉しかった。
「タケル兄ちゃん、痛いよ」
「うるせえ、痛いのは生きてるからだ」
ケーナを離すと。
「まったく、風情ってもんがねえな。ここはもう少し儚げな雰囲気を出しつつ可憐に目覚めるところだぞ」
「儚げな雰囲気とか、可憐とか良く分からないよ」
『マスターハ、マタクダラナイコトヲ』
「あっ、あたしクエストの途中で......!? 斬られてないぞ? ......なーんだ夢かー驚いた」
俺とアインは顔を見合わせた。頷き合うと。
『ケーナハ、ケガシタンダヨ、ヘンナオトコニキラレタンダヨ。デモ、アシャガナオシテクレタヨ。モウナントモナイダロ?』
おい! ケーナには黙っておいて夢だった事にするんじゃねーのか? そう言うアイコンタクトだろ今のは? と心の中で突っ込んでいると。
「えー、夢じゃ無かったのか? ふーん、アシャ姉ちゃん凄いな、全然傷が残ってないや」
と、体を撫でまわしながら言った。
「あとで、アシャさんにお礼言っとけよ。さて、飯持って来てやるから待ってな。腹が減ってるだろ? 昨夜は飯抜きだったからな」
「え、平気だよ。あたしも食堂いくよ」
「ちゃんと、治ってるだろうけど、大ケガして意識が無かったのは事実なんだから。今日は一日ここで寝てな」
「今日一日って、でも、クエストの終了証出して来なきゃいけないんだよ。今日が締め切りなんだ」
「後で、俺が持って行ってやるよ。パーティリーダーなんだから平気だろ。だから、大人しく寝てるんだぞ」
「はーい」
2人で食おうと思った朝飯は、俺の分はアインが食っちまったから。宿の食堂で食うことにした。ちょうど、蒼穹の翼のみんなと一緒になったので、礼を言っておいた。ケーナは斬られながらも、クエスト終了証は回収していた。ずっと握っていたらしく、くしゃくしゃになっていた。ケーナ根性有るな。もう何ともないと言うケーナをなだめて、今晩はシルビアの宿に帰るから、昼間は大人しくする約束をさせ、アインと一緒に騎士団の詰所に向かった。ガーネットとの訓練をすっぽかした事を謝らなければならないし、ケーナを斬ったヤツの事を報告しとこうと思ったからだ。ガーネットは詰所に居た。今朝の事を謝って、ケーナの事を話すと。街の住民から報告が有ったらしく目撃者の証言から、犯人を探し始めたとのことだった。あまり見ない顔だと言うことだから、それほど時間は必要ないだろうと言っていた。その後俺達はギルドに向かった。アネモネさんにもケーナの事を話そう。心配させてしまっただろう。冒険者ギルドに入って真っ直ぐ受付カウンターに向かった。ん? いつもと雰囲気が違うな? と思いながら、飲食する場所の方にチラリとだけ目を向けると。依頼者が冒険者と待ち合わせでもしているのか。身なりの良い男女が数人テーブルに付き、ギルドのロビーを眺めている。受付カウンターに視線を戻し、アネモネさんに向かって進みながら。
「アネモネさん、おはよう」
「おはよう、タケル」
「お前」
「ケーナが目を覚ましたよ」
「まあ、良かった、心配してたんですよ」
「おい! お前だ」
「アシャさんがヒールしてくれたおかげですよ」
アネモネさんが、俺の後ろを窺いながら。
「ケーナちゃんは、今日は来ていないんですね? 回復してないの?」
「おいお前! 滅失の白刃! お前の事だ」
へー、似たような二つ名のヤツがいるんだな。ガーゼルの街の人って、こんなセンスなのかな? と思いつつ。
「昨日あんなケガをしたから、今日は一日寝てろって言って置いてきました。本人はむくれてましたけどね」
「ふふふ、ケーナちゃんらしいわね」
俺は、肩を掴まれると後ろを振り向かされた。そこには、さっき冒険者と待ち合わせしてた。依頼者の男女がいた。男はいらついた顔をしており、女達2人は呆れたような顔をしている。
「お前、ターケル シンドゥだな」
「いや、人違いだ」
「え?」
男は、真っ赤な顔をして、勢い良く振り返ると。テーブルに座っていた冒険者に向かって走り寄って行った。女達もゆっくり後を追った。
「タケル、分かっててやってますよね?」
アネモネさんに振り向くと。
「だって、面倒事の雰囲気がプンプンするしさ。それに、嘘は言って無いだろ? 俺は、ターケル シンドゥなんて微妙にずれた呼ばれ方は嫌だ。ずれ方が微妙過ぎて、嫌な感じが倍増してる」
「全く、子供みたい」
「男は、いつまでも、心のどこかに少年の心を残しているものさ」
「自分では、良いこと言ったみたいな顔してますが、言った中身はダメな人ですよ、それ、ふふふ」
「えー、ダメですか? あははは」
「あはははじゃない! 私はお前に用が有るのだ!」
あーあ、また厄介ごとか。男に振り向いて。
「滅失の白刃のターケル シンドゥさんに用事なんだろ? だったら別人だ。俺は、そんな二つ名を名乗った事も無ければターケルって名前でもねえぞ」
「なに! そこの冒険者に聞いたらお前の事だと言っているぞ」
そこの冒険者とやらを見ると。俺に向かって両手を合わせて頭を下げている。俺はため息をひとつ吐くと。
「はあ、俺の名前は、タケル シンドウだ。微妙に違うだろ? 自分が探してる人間の名前もちゃんと知らねえとか、あり得ねえだろ普通は。それに、自分をお前呼ばわりされて、振り向くほど俺は素直じゃない!」
「素直じゃ無いことは自覚してるんですね」
と、アネモネさんが若干呆れた声で言った。
「とにかく、私が探しているのはお前だ、冒険者の名前など一々覚えていられるか。お前で十分だ」
「で、あんた誰? 自分の事は誰でも知ってるって思ってるのか? 残念だったな! 俺は一般常識ってやつが不足している!」
「本当に常識が無い男のようだな。私の名は、ダルニエル・シュバルリ。シュバルリ公爵領の勇者だ」
コイツ、シュバルリ公爵の身内なのか?
「おー、勇者様でしたか。失礼いたしました。......アースデリア王国公認じゃないんですね」
と、さらに失礼な事を言ってみた。先に失礼な事を言ったのは勇者なんだから、まあいいだろう。やっぱりケーナにあんな事が有ったから、心がささくれだってるなー、いかんいかん、シルビアさん達に会うまでには普通に戻らないとな。
「うるさい! 直ぐに王国公認になってみせる!」
「で? ご用は?」
「おい! お前聞いてるか? ......まあ、いい。お前、私と勝負しろ」
「嫌だ」
と言って、アネモネさんを振りかえり。ケーナの終了証をアネモネさんに渡す。
「これ、ケーナのクエスト終了証だけど、同じパーティメンバーだから俺が持ってきても良いよね? 今日が締め切りだって言ってたからさ」
アネモネさんは、少し困った顔をして勇者様を窺ってから。
「はい、タケルさんの手続きでいいですよ。それから、ギルド内で喧嘩しちゃダメですよ」
「俺は、喧嘩なんかしてないだろ?」
「もしかして、自覚ないんですか? あおってますよ」
アネモネさんが視線で勇者を指す。振り返ってみると。勇者様は俺に殴りかかろうとしたところを、連れの女達に止められているところだった。
「じゃあ、これで用はないな。妹が帰りを待ってるんでね」
「こら、逃げるな! 私と勝負だと言ってるだろうが戦わないか!」
連れの女がの一人が。
「殲滅の白刃、ガーゼルの英雄と言われるあなたが逃げ出すのですか?」
もう一人の女が。
「ダルニエルを見て恐ろしくなったのでしょう。こんな男と戦う必要など有りませんよ」
この二人って、姉妹かな? 顔が何となく似ている。しかもかなりの美少女だ。勇者のハーレム要員なのだろうか。
「ああ、俺って臆病なんだ、ケガなんかしたら痛いだろう?」
「ケガを怖がるなど、意気地が無いにも程があるだろう。お前は冒険者だ、ケガなど日常だろうが、そんな理由で逃げるのか」
「はあ? 冒険者の仕事でケガしたことなんか1度しかねえぞ。あれは痛かったなー死ぬかと思った」
「ちょっとしたケガを死ぬほど怖がるなど、吟遊詩人の英雄譚など、やっぱり作り話しと言うことか」
「あー、あれな。あれは自分で聞いてても恥ずかしくて、たまらなくなるよな」
「そんな、偽物の英雄など、私が倒してやると言ってるんだ。いいから、勝負しろ、今すぐ、ここで勝負だ」
剣を抜きそうな勢いで勇者は俺に詰め寄る。俺は、連れの女達に向かって。
「俺は、これから用事が有るんだよ。勇者様を止めてくれないか? 仲間なんだろ? 俺が負けたって国中に触れ回っていいからさ、頼むよ面倒事はごめんなんだ」
「ダルニエルは言い出したら聞ききません。諦めて戦いなさい」
「私達は、ダルニエルの仲間ですが、彼がリーダーです」
「負けたと言っていいだと? 戦えば私が勝つのだ。わざわざ、嘘をつく必要など無いだろう」
あー、面倒癖え、なんとか諦めさせる方法はないかね? 少し考えて、俺はこう言った。
「なぜ、俺と戦いたいんだ? 殲滅の白刃を倒した男として有名になりたいのか? だったら無駄だぞ。勇者様が勝った後も、挑戦を受けたら俺が負け続けるんだ。勇者様の勝利の価値はドンドン下がって行くぞ」
「私はいずれこの国の勇者となるんだ、お前を倒す事でそれが少しでも早くなると言うことだ。何せお前は、ガーゼルの英雄なんだからな。その機会に恵まれればそう呼ばれるのは私だ」
だめだ、こいつの頭の中が素敵なことになってるらしい。あんな事をチャンスだと思ってるって事が、そもそも頭がおかしいとしか思えん。
「なるほど、勇者様のメリットは分かった。じゃあ、俺のメリットは?」
「え? お前のメリットだと? そんな物は必要ない」
狂犬みたいなやつだな。まてよ? だったらこれでどうだ?
「勇者様にしかメリットがないんじゃ不公平だろうが? あ、勇者様と平民では身分が違うってか? 搾取しても胸は傷まないってことね。よし、アネモネさん、依頼票を作ってくれ」
「お前は、何を言い出すのだ。私を無視するな」
「俺は冒険者だ、俺への指名依頼なら受けるかもしれないってことだ。アネモネさん、いいかい? 依頼票の表題は、ダルニエルとの勝負に勝つことだ。依頼内容は、私こと、ダルニエル・シュバルリとの1対1の勝負に勝つこと。報酬は、勝負の時に使った装備全部と、カードに入っている金全てだ。特約事項として、俺が負けても違約金は発生しない。勇者様が死んだら、俺の負け、俺が死んだら勇者様の負けだ。ああ、勝負の前に金を引き出されたら嫌だから金額は決めておこうか。勇者様、カードに幾ら入ってるんだい?」
連れの女の一人が。
「何を言い出すのです。ダルニエルの使うライトニングとディフェンダーは、王国からの貸与品です。さらにカードのお金全てなど、釣り合う訳がないでしょう。あなたのリスクも全く無いではないですか」
「だから、俺は戦いたくないんだ。そこまで、言うなら仕方が無いかなーと思わないでもないってだけだぞ。無理にでも戦いたいのはそっちの、勇者様だろ? そう思うなら、止めてくれ」
いいぞ、勇者を止めろ。面倒事はごめんだからな。もう一人の女が。
「ダルニエル、くだらないわ、こんな男の事などほおっておきましょう」
勇者は、アネモネさんにカードを渡すと。
「普段、確認などしたことが無いのだ、いくら入っているか確認しろ」
呆れ顔のアネモネさんは、それでもカードを受け取り調べ始める。おいおい、こいつやる気なのかよ。普通は、怒って、話にならんとか言って帰るところだろ? そんな事を考えていると。
「残金は、724万2735イェンです」
と言った。すげーな、金持ちだね―こいつ。そうしたら、勇者が。
「だったら、依頼料は切り良く1000万イェンだな。ターニャ、ファーシャお前達のカードも出せ」
俺は、2人に。
「そんな話聞くことないぞ。嫌だろ? 止めとけ。いや、むしろ止めてください。お願いします」
2人は呆れ顔だが、諦めてアネモネさんにカードを渡した。アネモネさんは。
「はい、確認いたしました。合わせて1000万イェンを超えます」
「おい! 無茶苦茶な金額だぞ? 装備全部だぞ? 普通は止めるだろ。パーティメンバーだろ? リーダーの過ちはを正すのが仲間だろ? 俺が、本気で嫌がってるのは分かるだろ? こんなくだらない事に付き合ってなどいられるか。と言って、呆れて帰るだろ普通は」
「報酬など関係ない。私が勝つのだからな」
「「ダルニエルは言い出したら聞かないのです」」
面倒だが、チャッチャト負けて帰ろう。と思っていると。
「これだけの、依頼ですので、ギルド長の決済が無いとお受けできませんので、少々お待ちください」
それだ! エメロードのばあさんが許可しなきゃ良いんだ。
「アネモネさん。ばあさんに受けるなって言っておいてね」
アネモネさんの背中に声を掛けた。直ぐに戻って来たアネモネさんにギルド長室に呼ばれた俺達はソファーに向かい合って座っている。エメロードが口を開く。
「ダルニエル様、この条件で依頼を出すのですね? では、ここにサインをお願いします。タケルもここにサインしな」
ダルニエルがサインした依頼票を俺の前に差し出した。俺はサインしながら。
「ばあさん、受けるなよ、こんなくだらない依頼」
「あたしは、面白いと思うけどね。ダルニエル様。ギルドは受けますが、少しだけ提案が有りますがお聞きいただけますか?」
「ギルドが提案だと? なんだ、言ってみろ」
ばあさん、何を言い出すんだ? ......そうか、勇者が諦めてくれるように、さらに条件を付けてくれるって事か。やるなばあさん。さすがに長生きしてるだけの事はあるな。
「シュバルリの勇者と、ガーゼルの英雄の勝負です。こんな街で、ただ勝負するのでは勿体ない。ギルドが相応しい場所を準備しましょう。王都の闘技場に観客を集めてはどうですか? ギルドが仕切らせていただきます」
「なるほど、たしかに、ここで勝ったとしても、証人がい少ないしな。よし、その条件でよい」
何てこと言い出すんだ。このばあさんは。
「ありがとうございます。では、準備に10日いただきます。タケルあんたもかまわないね」
まあいいか、この際だから、俺にちょっかい出すやつがもう居なくなるように、盛大に負けてやれば良いだろう。
「わかったよ、それでいい。ばあさん、うらむぞ」
エメロードは、追加の書類を作り俺達にサインさせた。それを見た勇者パーティはギルド長室を出ていった。残った俺は、エメロードに。
「ばあさん、やってくれたな」
「諦めな、勇者に目を付けられたんだ、どうせ逃げられないさ。派手に負けて来な、その後は、平和な人生が送れるってもんだろ?」
「まあ、そうなんだけどよ。......さて、ばあさん、ここから商売の話だ。ギルドの儲けの3割をよこしてくれ。元々この勝負に勝つつもりは無いんだ。王都にまで呼びだされて、報酬無しなんてのはごめんだ」
「何を言い出すんだ。闘技場の使用料や人件費と経費が幾ら掛かると思ってんだい。あんたに出せる金なんて、良いとこ1割ってところだね」
「売り上げじゃ無くて儲けだぞ? 1割って事はねえだろ。それに俺は、逃げたって良いんだぜ? そうしたらギルドは大赤字だ。それに、どうせ賭けの元締めもやるんだろ? これだけのカードだ儲けはとんでもない事になるもんな。俺がすっぽかしたらオオゴトだよな? 2割5分だ」
「逃げられると思ってんのかい? しかし、勝手に王都に呼び付ける事にしたのはこっちだ。1割5分だね」
「おいおい、特例事項を読んでねえのか? 俺は違約金無しで依頼失敗出来るんだぜ? 2割だ」
「特約事項は負けても違約金無しって事さ、逃げ出したらこの国に居られなくなるよ。2割だね」
俺達はニヤリと笑って握手を交わし、俺とギルドとの契約書にサインした。その時、ギルド長室の部屋がノックされた。
「アインちゃんがタケルに緊急の用事が有るそうです。入っても良いでしょうか」
「アネモネかい、お入り」
部屋に入って来たアインは俺に黒板を見せて。
『イマデテイッタ、3ニングミノナカノオトコガ、ケーナヲキリツケタヤツダヨ』
なんだと。あいつか、あいつがケーナを。
「ばあさん、さっきの話は無しだ。あの狂犬やろう、ボッコボコにする!」
「ケーナちゃんの事は聞いてるよ。復讐かい? あの子はそんな事望む子じゃないよ」
「そんなんじゃねえよ。単なるヤツ当たりだ」
「だったら、儲けの2割の話は無しで良いね。勝つんだろ。どうせ」
「ふん、それはそれ、これはこれだ。ガッポリ儲けてきっちり払ってくれよ」
「あーあ、アネモネ、この子はやめときな。長生き出来ないタイプだよ」
「お婆さま、タケルは勝つわ。わたしの英雄様だもの」
さて、こうしちゃ居られない。色々準備が必要になる。
「ばあさん。この街一番の情報屋を紹介してくれ。紹介状を書いてくれると、結構感謝しちゃうぜ」
「あんた、どんなヤツかも知らずに戦いを受けたのかい? しょうがない子だね」
「今の今まで、ちゃんと戦うつもりなんか無かったんだ、しょうがねえだろ」
エメロードから、紹介状と地図を受け取ると、金を引き出した俺達は、冒険者ギルドを後にした。
ケーナがケガさせられた事で、主人公にどこまで怒らせるか迷いましたが、この辺かなーと思いました。