かつ丼だろ? こういう時はさ
翌朝早く、俺達は村を後にした。ただし、ガーネットが率いる1番隊は村に残ってガルム状況を確認してから戻るそうだ。騎士団が用意した荷馬車はガルムとフェンリルの素材でいっぱいになっちまったので街まで歩いて帰ることになった。おかげで帰りは色々な人達と親しくなれた。冒険者になって日が浅いせいか、最初にやらかしたせいか、俺には、あまり親しい冒険者がいない。ケーナに声を掛ける冒険者の方が多いくらいだ。もっともケーナはガーゼルの街の冒険者ギルドのマスコット的な可愛がられかただけどな。アネモネさんも蒼穹の翼のみんなも、俺が他の冒険者達と親しくなるいい機会だと思ってくれていたようで、あまり、話しかけてこなかった。アシャさんのことがあったので、正直少し落ち着く時間は欲しかった所だ。騎士達とも話ができたが、五番隊は隊長があんなやつなので心配したが、副隊長は良い人だった。他の騎士たちの数人とは親しくなれた。もっとも、隊長の取り巻きの隊員達も半分以上はいるようで、俺に近づこうとはしなかった。
そうそう、アネモネさんは昨夜の結婚云々の話の事は覚えていないようだ。今朝会った時は、俺の呼び方がタケルになっていたが、それ以外は、全くいつも通りのアネモネさんだった。人って酔うと人格が変わるんだな、いや、奥に隠れているものが出てくるのかもな。自分で行き遅れって言ってたし、結婚してない事を気にしているのだろうか? スレンダーだけど、あれだけの美人で性格も良いのだ、男は掻き分けるほど寄ってくるだろう。きっと俺が構い易いんだろうな、ヴァイオラもそんな感じだからな。俺は飲むのは絶対にやめよう。俺くらいのステータスのヤツが酔って暴れたら、手が付けられなくなるもんな。
そう言えば、村を出るときに、小さな女の子に頬にキスされて、大きくなったらお嫁さんにしてと言われた。どうしてキスなんかしたのかたずねると、「お父さんが、男なんてキスでもしてやれば一ころだ、俺だってそれで、母ちゃんと結婚したんだ」と言っていたそうだ。笑顔のまま目が笑っていないお母さんに耳を引っ張られたお父さんがどこかに連れて行かれた。女の子のためにも無事であることを祈りたい。
「おー、帰ってきたぞ―」
ガーゼルの街が見えてきた。回りの人々からも安堵の雰囲気が伝わってくる。ケーナはどうしてたかな? しっかりした子だから平気だろうが心配だ。そう言えば、ガーゼルに住むようになって初めての外泊になるんだな、しかし、ハードな旅だったな。危うく死ぬところだったしな。帰りは三日ほどかかったが、これだけの人数がいるんだから、魔物に襲われる心配すらなく無事に帰ってきた。騎士団の数名が、少し前に先行していたので街にはスムーズに入ることができた。ちょうどお昼の時間だから、シルビアの宿に行くことにした。アネモネさんには、後でギルドに来いと言われた。まあ、明日で良いだろう。アインと一緒に、宿に入ると、カウンターにアリアちゃんがいた。
「ただいま、アリアちゃん」
『タダイマアリア』
「あ! おかえりなさい、タケルさん! アイン!」
アリアちゃんが俺に抱きついてきた。そして、食堂に向かって、大きな声で呼びかけた。
「ケーナちゃん、タケルさん達帰ってきたよー」
すると、直ぐに食堂からケーナが飛び出してきた。両手にサンドイッチを持ったまま俺に飛びついて来た。
「おかえりー、タケル兄ちゃん!」
「ああ、ただいま、ケーナ」
俺に抱きついたまま、アインに顔を向けて。
「アインもおかえり」
『タダイマケーナ、アインガイナクテサビシカッタロ』
「あははは、そうだね。寂しかったよー」
『ゴメンネ、マスターヒトリジャシンパイダッタカラネ』
「確かに、アインがいて助かったよ。アインって俺より強いからな」
『ソウダロウ、ソウダロウ、モットホメテクレタマエ』
「もっとも、フェンリルとは、お互いに攻撃が利かないだろうから、勝負が付かなかったと思うけどな」
『アインハ、マホウガツカエナインダカラ、シカタナイヨ』
「あはは、じゃあフェンリルは本当にいたんだね? タケル兄ちゃんが討伐したのかい?」
「まあな、俺って意外と強いんだぜ」
『シニソウニナッテタケドネ』
「え? タケル兄ちゃん大丈夫かい? ケガは?」
「大ケガしたけど、アシャさんが直してくれたからな、もう何ともないぞ」
アリアちゃんも。
「タケルさん、本当に大丈夫なの? 無理しちゃだめだよ」
そこに、シルビアさんがやってきた。
「シルビアさん、ただいま戻りました」
シルビアさんは、ニッコリ笑うと。
「タケルさんおかえりなさい。......あらあら、もてもてね。Bランチでいいかしら?」
返事を返す間も無く。シルビアさんは、食堂に戻って行った。
「「あ」」
2人が慌てて俺から離れたので、ケーナと一緒に食堂に入って行った。カウンターのケーナの横に座ってBランチが来るのを待つことにする。
「お待たせしました」
ニッコリ笑顔で、シルビアさんがサンドイッチを出してくれる。笑顔が少しいつもと違う気がするが気のせいだろうか? アリアちゃんが俺に抱きついてるのを見て、変な虫が付かないか心配してるんだろうか。それでも、客だから笑顔を見せなきゃならないとか思ってるのかな。
「さっきは、すみませんでした。アリアちゃんとケーナの顔を見たら気がぬけちゃって。直ぐにはなれられなくて。別に、アリアちゃんに変な事しようとか思ってませんよ」
「ふふふ。いいんですよ、アリア達もずいぶん心配していましたからね。タケルさんが無事なのを見て安心しちゃったのね。でも、本当に元気で帰って来れて良かったわ」
「ありがとうございます。今回はすみませんでした。緊急のクエストが入っちゃって、何も言わずに出かけてしまって」
「ケーナちゃんから、聞きましたから。でも、心配だったんですよ。フェンリルが出たかもしれないって聞いたから」
「ええ、ギルド職員の確認が大至急必要だって事で、アネモネさんをコルム村って所まで護衛して行かなきゃならくなって」
「タケルさんは、今度はフェンリルを討伐してきたんですかー? Aクラスの魔物ですよ」
「まあ、結果的にそうなっちゃいましたね。死にそうな目に遭いましたが、なんとか無事に帰って来れました」
「アリアやケーナちゃんを悲しませないでくださいね。タケルさんに何かあったら、わたしも悲しいもの」
「はい、何があっても必ず帰ってきますよ」
「ええ、約束ですよ」
「約束します」
ちょっと照れ臭くなった俺は、ケーナに。
「ケーナ、俺がいない間どうだった?」
「大変だったんだよ! タケル兄ちゃん、アインの体をギルドの前にそのまま置いてきたでしょ。それに、ツァイの事も置いて行っちゃうし」
「あー、ごめんごめん。でも、緊急事態だったんだからしょうがないじゃないか」
「冒険者のオジサン達が手伝ってくれたから良かったけどさ。ギルド長のお婆ちゃんたら、タケル兄ちゃんのやった事の後始末なんだから、あたしにどうにかしろって言うんだもん」
あのばあさん、ケーナになんてことさせやがるんだ。アインが使ってた岩だと、300キロ分くらいあるぞ。
「ご苦労さん、ご褒美にケーナに何か魔道具作ってやろうか? どんな物がいい?」
「え? 本当かい。だったら、えーと。とべーるくんが良いな。あたしも空を飛んでみたいよ」
なるほど、そう来たか。しかし、とべーるくんの事は、ケーナにも話しておかなければならないからちょうど良いか。
「とべーるくんは、ちょっと無理かな、あれは、アーティファクトだからな。フェンリルに壊されちまって、いつ直せるかわからねえ。と言うことにしておかなきゃならなくなった。ケーナもそのつもりでいてくれ」
『と言うこと』の所からは、ケーナにだけ聞えるように小声で話した。
「だったら、ゴーレムホースは? ツァイはタケル兄ちゃんしか乗せないって言ってたからさ。あ、でもゴーレムホースは魔道具じゃないね」
「いや、構わない、ケーナだって馬に乗りたいだろうしな。少し時間を貰うけど作るよ」
「わーい」
昼飯の後は、ケーナと別れて店に行くことにした。もちろんアインはケーナと一緒だ。別れ際にケーナが、今度のことも吟遊詩人が唄にするだろうから楽しみだと言っていた。......まさかね? いや、フェンリルの討伐だからな、この前のオーガよりは、話題性があるのかもしれない。イヤイヤ、今度は、みんなで村を守ったんだ、俺だけに注目が集まるって事は無いだろう。そうは言っても何か手を打っておいたほうがいいか? 店の様子を見てツァイのご機嫌を取っていたら、とべーるくんを騎士団の馬車に置いてきてしまった事を思い出した。
「どうしたものか? まあ、明日ギルドに行った後でいいか」
その日、帰るまでの時間でオリハルコン製の高周波ブレード解体用包丁を、刃渡りを変えて何本か作ってみた。魔石に魔力を流している間だけ、風魔法で超音波を発生させて、刃を高速振動させる。ただし、俺みたいに魔力量が多い人間はそうそういないはずなので、燃費重視の魔法陣を作った。ゴムが無いので、振動吸収のためには厚手の魔物の革を使った。
「よし、明日ダ―ロットの所に持ち込んでみよう。とりあえず試作品ってことで」
こいつが使えるとなったら、色々な刃物に付けることができると思うんだよな。この辺は、職人街だから、木工や石工の職人に売れるんじゃないかと思っている。ついでに高周波ブレードのバスタードソードも1本作った。オリハルコンを使って鍛造してみた。今日はこいつを鍛冶ギルドに登録してから宿に帰った。そうそう、シルビアさんにも1本包丁をプレゼントした。もちろんオリハルコン製の高周波ブレード包丁だ。
翌日も朝から修練だ。それが終わると、ケーナはお手伝いクエストに、俺は、ダーロットの所に寄ってから、冒険者ギルドにやってきた。アネモネさんに挨拶すると、ギルド長室に通された。中には、エメロードだけじゃなく、副ギルド長のバッカスもいた。俺を案内してくれたアネモネさんも一緒に残った。促されてソファーに座ると。お茶を用意してくれたアネモネさんも一緒に座る。そこで、エメロードが話しだした。
「さて、今回の件に付いては、アネモネから報告を受けた。もちろん領主にも報告書を提出しなくちゃならない。タケルにも状況を聞いておきたくてね。その前に、タケルのおかげで被害が最小限に止まったよ。ありがとう礼を言うよ」
「いや、礼を言われるほどの事はしてない。あそこで、最善を尽くしていたのは、俺だけじゃ無いだろ? 護衛としちゃ直ぐにアネモネさんを連れ帰る事が出来れば良かったんだが、とべーるくんを修理する間もなく奴らが襲ってきたからな。時間稼ぎのつもりで出たんだが、向こうは本気だったみたいで、フェンリルまで出てきちまった。まあ、成り行きだ」
「まあ、そう言うことにしとこうかね」
続いてバッカスから、アネモネさんが報告したことを説明され、補足が無いか確認された。フェンリルとの戦いについて、途中でアネモネさんからの話も混ぜながら詳しく話した。でも、物理障壁の効果を打ち消す方法については報告せず。戦っているうちに物理障壁が消え攻撃が利いた事にしておいた。Aクラスの魔物のフェンリルとは言え魔力切れはおこすだろうとバッカスも言っていた。ただし、普通はそこまで持ちこたえられないだろうとも言っていたが、そこは聞き流すことにした。昔の、フェンリルとの戦いの記録によると、騎士団が囮になり、フェンリルを足止めしてるところに、魔術師団が上級魔法を次々に叩きこみ、騎士団の団員の多くを巻き込んでフェンリルを倒したらしい。フェンリルが魔法障壁を持たないからこその戦法だが、騎士団の被害は尋常な数では収まらなかったらしい。今回も、国に被害が出るような事態になっていたら、同様の戦法を使うしかなく。この国の騎士団は壊滅状態になっただろうとのことだ。一通り話が終わると。エメロードが。
「さて、こちらの話はこれくらいだ、何か聞きたい事はあるかい?」
俺は、少し考えて。
「そう言えば、コルム村で聞いたんだけどさ、勇者様ってなに? 英雄とは違うの?」
すると、バッカスが。
「はあ? お前さんどこの田舎もんだ?」
「どこのって、ちょっと前にムグミン村って田舎から出てきたばっかりだよ俺は」
アネモネさんが。
「そう言えば、タケルはギルドが統合されたことも知りませんでしたよね」
「いいか、勇者ってスキルを持ってるやつが稀にいるんだ。普通、勇者と呼ばれてるのは、そのスキル持ちの中で、国なんかに認められ、後援を受けた者たちだな。国の後援でAクラス、大きな教会や各種ギルドや大きな都市それから大きな商会なんかが後援する場合もある。こっちは、勇者に与えた装備や損害賠償補償の金額によってBからDまでって事だ。ちなみにAクラスは補償に上限は無い。で、後援が無いヤツは、野良ってことかな。英雄ってのは、そいつの行いによって周りの人間が英雄と称える訳だ、勇者だろうと、周りに認められなきゃ英雄とは言われないってことだな。タケルのように勇者じゃなくとも英雄と呼ばれる者達はいる」
「おれは、英雄なんかじゃねえよ」
「まあ、そう言う事にしておくさ」
後は、なにか聞くこと有ったかな?
「あ、そうそう、冒険者ギルドで練習用の剣とかいらないか? 魔力を流せば当たっても怪我しないやつ作ったんだけどさ。全力で打ちあえるから、上達するの早いと思うぞ? ここの騎士団に納品済みで、好評だ」
バッカスが。
「ほー、面白いもの作ったな。騎士団なら欲しがるだろうが、魔道具だろ? そんな金は出せねえな。冒険者でも練習用にそんな贅沢な物買うなら少しでも良い装備に金を掛けるだろうぜ」
「それほど高くはねえよ。鋳造武器の相場くらいで良いんだ」
アネモネさんが。
「タケル、魔道具なんて、そんなに安く売れるわけないじゃないの。ギルドに恩を売っても仕方ないわよ?」
「いやいや、十分儲けが出るんだよ。この前、店を出したんだけどさ、客が1人も来ないんだ。俺が思うに、魔道具って高いってイメージあるだろ? ギルドにそれなりに買えそうな値段で魔道具を納品したって事が広まれば、客が付くんじゃないかと思うんだよね。今まで魔道具屋で売ってた事が無いものを売ろうと思うからさ。そう言う物を安く売るなら、他の店の邪魔はしないだろ?」
それを聞いたエメロードが。
「この前の、会話を記録する道具や空を飛ぶ道具なんかを売るつもりかい?」
「『ろくおーんくん』と『とべーるくん』な、あれは保留だ、それに、とべーるくんは爺さんの形見のアーティファクトだ作るのは無理だよ」
エメロードが疑いの目で俺を見ながら。
「ほー、アーティファクトね。しかし、タケル、あんたネーミングセンス無いね」
「ほっとけ!」
「だったら、どんな物を売るんだい?」
「たとえば、ムチャクチャ良く切れる包丁とか。遠くの物が大きく見える魔道具とかかな」
「ムチャクチャ良く切れるって、どのくらいだい? 遠くの物が大きく見えるってのはいいね」
「肉の上に置いたら、包丁の重さで肉が切れるくらい良く切れる」
驚いた様子のエメロードは。
「なんだって! そんなムチャクチャな包丁があるもんかね!」
「いや、試作品作って、ダ―ロットに渡して来た。とりあえず試してもらう話は付けてあるんだ。バスタードソードは、薄いやつだけど、木の板に刺して魔力流したら自重で沈んで行ったぞ」
「何だと!」
とバッカスが目をむいた。アネモネさんは。
「遠くの物が大きく見える道具なんて、スカウトが使うにはもってこいですね。それに、あの遠くでも会話ができる道具とかも便利ですよね」
「確かに、今まで聞いたことも無いような魔道具ばかりだね。冒険者相手に商売するって訳かい」
「そう言うことさ。ほかの、魔道具屋の邪魔はしないよ」
「試しに、その練習用の剣の見本を今度見せてくれ。冒険者の実力を上げるにはいいかもしれん」
「了解した」
俺は、そう言うと、ソファーから立ちあがり。
「さて、これから騎士団に行って、とべーるくんを回収して来ねえとな、馬車に置いてきちまったんだよ」
エメロードが。
「扱いが、ぞんざいだね。アーティファクトなんじゃないのかい? 騎士団の5小隊の屯所に行ってみな」
「おう、ありがとさん」
俺は冒険者ギルドを後にし、屯所に向かった。
で、屯所に付いた俺は今。
「貴様! あの時の事を正直に話さんか!」
取調室にいる。
「あの時の事なら、お宅の騎士達に聞けば良いだろう? それに、あそこにはあんたも居たろうが」
そして、ダレフが俺を取り調べている。
「貴様が、嘘の報告をした事が、現場を混乱させたのだ! ガルムの群れなら村で籠城し、あの魔道具で空から少しづつ削っていけば、全滅させる事など容易くできたのだぞ!」
コイツうるせえな、一々怒鳴らなくても聞こえるんだけどな。
「俺が、いつ嘘の報告なんかしたんだよ」
「村に寄せていたガルムが一旦引いた時だ。集会場でフェンリルが居るなどと嘘を付きおって」
「ああ、フェンリルが居た事を聞いたあんたが、白目をむいて倒れた後の事か? よっぽどプレッシャーに弱いんだな。あんた」
「なっ何を馬鹿な事を言うか! あれは、ガルムとの戦いで傷を負っていたのだ。あの時まで気力で持ちこたえていただけだ!」
「それにしちゃあんた、宴会の時にはえらく元気だったじゃねえか」
ダレフは、俺の襟を両手で掴むと立ちあがらせて。
「貴様、さっきから聞いていれば、貴族に対する口の聞き方も知らんのか!」
「それは、すまんな。なにぶん田舎者なんでね。」
ダレフは椅子に叩きつけるように俺を離した。
「だいたい、フェンリルは居ただろ。素材を見なかったのかよ」
「あれは、ガルムの変種だ。動物にはな突然変異で色が白くなる物がいるのだ。そんなことも知らんのか」
「Aクラスの魔核あったろ? それに、アイススピアを撃ってくるガルムがいるのか?」
「魔核など、どうにでもなる。魔核からは、どんな魔物の物かなどわからんのだ。お前が、功名欲しさに、嘘の報告をし、魔核を持ち込んだんだろうが! アイススピアなど、誰も見ておらん! くだらない作り話などしおって、正直に話さんと、タダでは済まさんぞ!」
「冒険者ギルドのアネモネさんが見てるぞ。あそこにいた冒険者だって見てるはずだ」
「冒険者ギルドの職員など、父上からの報酬を釣り上げるために、お前と口裏を合わせてるに決まってるだろう。それに、冒険者だと、ならず者の言う事など信用に値しない!」
あー、めんどくさいな。どうでもいいけど、こういう取り調べの時って、やぱりかつ丼だろ? 取調官が、急にやさしい口調になって、「おい、かつ丼食うか?」とか言ってさー、そう言えばこっちに来てから米の飯を食ってねーなー。かつ丼食いたいなー。別に特に米の飯にこだわりが有るわけじゃねえけど。パンばかりってのはちょっとな。
「おい、貴様! 聞いているのか?」
「あ、ボーっとしてた」
「くー、貴様!」
と叫ぶと、俺を殴ってきた。大したスピードじゃ無かったので、よけずに受け、椅子から派手に転がってやった。まあ、サービスだな。ダレフは俺の襟を掴んで持ち上げ椅子に座らせると。
「まあいい、この書類にサインしろ」
と言って、何やら字がいっぱい書かれた書類とペンを差し出してきた。今の俺は、かつ丼を出されたら悪魔との契約書にすら、サインしてしまう勢いでかつ丼を欲している。
「かつ丼」
「なに訳のわからん事を言っている。そいつにサインすればいいのだ」
やっぱり、この辺にはかつ丼ねえのかな。
「なになに」
俺は書類を読んで。
「山も落ちもねえつまんねえ小説だな。何だいこれは?」
ダレフはニヤリと笑って。
「小説ではない。あの時コルム村で有ったことだ」
そこには、ダレフの言っていたような事が自分に都合良く書かれていた。いかにダレフが勇敢に戦い、ガルムの群れを討伐たのかが書かれている。なるほど、この内容で領主に報告書を出したいって訳か。確かに、フェンリルが居たとなれば、騎士団の小隊2つでどうこう出来る相手じゃねえからな。話の辻褄が合わないってことか。しかし、こんなデタラメ書いたって、ガーネットが戻れば直ぐにばれちまうだろうに。
「底の浅い嘘だな。大体、俺なんかがこんな物にサインしたって、どうにもならんだろ?」
「お前は、殲滅の白刃とか言って名を売ってる冒険者なのだろう? 父上から報酬として店まで貰っているそうじゃないか。もっとも、災害級の魔物の討伐など、作り話に決まっているがな。父上に提出する私の報告書の信憑性を上げるためにはこういった物も必要になるのだ。ガーネットがどんな報告書を出そうと、ギルドからどんな報告書が提出されようと。お前の書いたその紙さえあれば、どうと言うことはない。こちらから連行しに出向かなければならないところを、お前の方からのこのこ来てくれた訳だ。ご苦労な事だな」
はー、小物だ、本当にあの領主の息子なのかこいつ?
「俺は、とべーるくんを返して貰いにわざわざ来てやったんだ。こんな物にサインしに来たわけじゃねえ。俺の魔道具を返して、さっさと帰せ、かつ丼も出せねえくせに」
「あの魔道具か。あれは、騎士団で接収した物だ。もうお前の物ではない。そうそう、壊れてしまったんだったな。お前が作った魔道具なのだろう? これが終わったら直していけ。それから、まだ、有るのだろう? 全て接収するから、帰ったら用意しておけ」
「ふん、あれはアーティファクトだ直せるかどうかもわからねえな。爺さんの形見なんだよ。接収するって言うが、理由はなんだ? ガルムはもう居ねえぞ」
「理由など簡単だ、お前から献上された物だからな、ガルムを倒すのに使った後も、騎士団で使ってくれと言ってな。アーティファクトだと。だったら、尚更返す訳にはいかんな。お前が直せないなら、こちらで魔道具職人に当たってやる。ふん! 使えない奴め!」
「領主の息子ってやつは、人の物と自分の物の区別も付かねえのかよ」
「私がこの街を守っているのだ。住民は進んで協力するのが当たり前であろう? わははは」
ひとしきり笑った後に。
「さて、この書類にサインしろ。いつまでも貴様と話しているほど暇人ではないのだ!」
いや、暇だろ。この前も寝てただけだしな。と言おうとしたけどやめた。俺は、ペンを取ると紙にさらさらと、字を書き始めた。
『なーんてことは全くなくて、ダレフ君は気絶して夢を見ていたようだよ。ガーネットとギルドの報告書を良く読んでね。 タケル・シンドウ』
俺が書き終わると。紙をひったくったダレフは、俺が書いた文を読むと紙を破り捨て、また、俺を殴った。それから、戸を開け、大声で部下を呼んだ。
「おい、誰か! こいつを留置場に放りこんでおけ!」
そして、俺に向かって。
「今日の所は、ここに泊れ。明日からもこいつにサインするまでは帰れると思うな!」
と言って部屋を出て行った。
騎士に連れられて、留置場に向かっている。
「お前さん、もう少し上手に立ち回らんと家に帰れんぞ」
「そうは言ってもなー、サインなんてしたことねえから、恥ずかしいぜ。それも、あんな下手くそな話を、俺が書いたってずーっと残っちまうんだろ? 無理! ははは」
「まあ、勝手にするんだな。さて、ここだ、おとなしくしてろよ」
俺は、5m四方ほどの部屋に入れられた。家具は粗末なベッド1つだ部屋の隅にはトイレがあった。騎士が帰ってしまうと。ベッドに横になった。
「さーて、晩飯なにかなー。かつ丼......は、取り調べの時に出るものなのかな?」
すると、向かいの部屋から声が掛かった。
「かつ丼てなんだい? 俺は、ほうぼう旅してるが、そんな食い物聞いたことないぞ」
おや、お向かいさんがいたのか。
「コメの飯の上に卵とじにしたカツが乗っかってるんだ。俺が前に居たところの料理さ」
「ほー、美味そうだな。もっとも、残念ながら、ここの飯はオートミールだ牛乳も砂糖もかかっちゃいないから、とても食えたもんじゃないが、腹は膨れる。おっと、トーマスだ、吟遊詩人をやってる。最新作は、ガーゼルの英雄ってんだ、お前さんも聞いたことあるだろ?」
なんだと、こいつか、こいつが......。まあ、いいか。
「タケルだ、冒険者をやってる」
「ん? タケルか、どこかで......。あー! お前さん殲滅の白刃か! 感激だなおい。英雄様と一緒に牢に入れるとは、本物か?」
「まあね、しかし、あんた、きちんと取材してから書けよな。ゴブリン5000匹はねえだろ? それに、魔術師なんか一緒にいなかったぞ。あれは、俺のゴーレムだ」
「話は少し盛っておいて良いんだよ。リアリティよりも、大衆が求める、痛快な話しってやつさ」
「それでも、5倍は、盛り過ぎだ。実際には1000匹くらいだぞ。そんな事やってるから、こんな所に入れられちまったのか?」
「いや、そうじゃねえよ。コルム村って知ってるかい? 最近ガルムの群れが討伐されたらしいんだがね、これがどうも、なかなか面白い話みたいなんだ。で、昨日そこから、冒険者達が戻ったって聞いてよ、取材を始めたのさ。けっこう話が集まってきたと思ったら、騎士達に捕まっちまったんだ」
なるほど、フェンリルのとこを隠しておきたいって訳か。自分の報告書が採用されちまえば、後は何とかなるってことなのかな? トーマスに任せて、また、殲滅の白刃の手柄で終わらせられるのはちょっと気にいらない。村でロブに話したことは、俺の本音だ。
「トーマス、俺もコルム村に途中から参加したんだ。かなり、美味しいところを話してやれるがどうする? 引き換えに、お前さんの唄がどんな風になるか教えてくれよ」
「おー、いいぜ」
俺の話を聞き、自分が集めた話と合わせて、即興で話を作って行く。手慣れたもんだな。たぶん、英雄譚ってやつには定型があるんだろう。でなきゃ、人の話を聞いて直ぐに、物語を作り出す事など出来ないだろう。定型とはつまり、全ての出来事が殲滅の白刃を英雄とした物語に集約する感じだ。話し終わると、トーマスは俺に向かって。
「だうだい? なかなか受けそうな話に仕上がりそうだろ?」
「そうだな、聞く人に受けるってのは重要だよな。でも......。いや、これでいいのか......」
「なんだよ。気になる言い方じゃねえか。何か気に入らない所でも有ったのか? お前さんの前だからって、これ以上話を盛る訳にはいかねえぞ?」
「いやいや、そうじゃねえんだよ。なんだか、どこかで聞いたことが有るような話だなと思ってさ。ガーゼルの英雄とそれほど違った感じがしなかったって言うかさ。同じじゃねえか?」
「そりゃあそうさ。英雄譚ってのはそう言うもんさ。吟遊詩人は恋愛物、悲恋物、英雄譚なんかの話のパターンをいくつか持ってるもんなのさ。そうしないと、事が起こってから、直ぐに唄を作るなんて出来ねえだろ? 鮮度は命だぜ」
「でもよ、お互いしばらくここに居るようなんだろ? もう少し俺の話を聞いてくれよ」
そうして、村での宴会の時に子供達に話して聞かせ、ロブの質問に答えてやった時の事を周りの反応も含めて話した。そして最後に。
「困ったことが起きたら、英雄がどこかから現れて、きれいさっぱり解決してくれました。って話も良いんだろうけどさ、ちょっと、情けなくないか? 自分が出来る事を精一杯やって、その積み重ねが奇跡を生む。困ったことを解決するために自分達も何かしたって話の方が、共感を得られるんじゃね?」
「なるほど、確かに、英雄譚は英雄と場所が変わるだけで特に目新しい事は無いからな」
「いやいや、新しい英雄を皆に知らせるってことは、有りなんじゃねえかな? ただ、その同じ英雄が活躍する話のバリエーションが増えても飽きられるんじゃねえかって思ってさ」
トーマスはしばし考え込むと。
「確かにタケルの言う通りかもしれねえな。俺も、自分の出来る事を精一杯やってみるか。とは言っても、俺には唄うことしかできねえんだけどな。......コルム村の奇跡......いや......。うん! コルム村の英雄達! 俺の唄を聞いた奴らが少しでも前に進む気持ちを持ってくれたら嬉しいな、誰かがどうにかしてくれるのを待つんじゃなくて、自分でも何かしてやろうって気持ちを持ってくれたらそれは、嬉しいな」
「ああ、俺もそう思うぜ」
俺達は、不味いオートミールを食いながら夜遅くまで話しこんだ。