さあ、宴会だ!
前の話から少し時間が掛かってしまいました。
戦闘シーンは無いです。
立っているガルムは、居なくなっていた。俺が、フェンリルの相手をし始めると、逃げ出す奴が出始めていたのは俺も確認していた。何らかの方法で、ガルムを操っていたのか? 俺との戦いに集中していたために統制が乱れたのだろうか? 忠誠心の薄いヤツから逃げ出したのだろうか? 残って戦っていたヤツもいたのだし、魔物のことなど全く知らない俺には想像することしかできない。とにかく、アインと冒険者や騎士団が相手をしていたガルムは、全滅しており、俺がフェンリルを倒す事で、この戦いに終止符が打たれた。
「ふう、何とか生き残ったかな」
俺は、刀を鞘に戻すとその場に膝を付き、そのまま座り込んでしまった。立っているのが辛いほどのダメージを受けていたし、疲れてもいた。村の方に顔を向けると、ガーネット、アネモネさん、蒼穹の翼のみんながこちらに向かって駆けてくる。アインも大きくなった体で、周りの人々を踏まないように、後からゆっくりと歩いてくる。冒険者や騎士団のみんなも、それぞれに生きていることを喜んでいる。
「みんな、無事だったんだな。それにしても、俺頑張ったよな」
誰が、最初に来るのかな? アシャさん、アネモネさん、ガーネット、それともヴァイオラか? 走り寄って俺に抱きついちゃったりして? 『もう! 心配ばっかりさせるんだから!』とか言って、笑顔なのに涙目だったりして? うわー、どうする? とか思っていると。アインが突然岩山になったと思うと、余計な部分を削り落とし、いつもの大きさになって、猛スピードで俺に向かって駆け出した。魔力量が上がってるから、小さくなれば、体を維持することに消費していた魔力を運動能力に回せるってことだ。俺に向かってくる皆を追い越して、俺に抱きついてくる。アインに抱きつかれた俺は。
「ゴホッ!」
咳と一緒に、血を吐きだした。
「アイン! ちょっと待て、離れろ、折れてる! 肋骨折れてるから! ゴホゴホ」
咳こみながら血を出す俺に、慌てて俺から離れたアインは、頭に右手を当てて頭を右に傾げた。
「テヘってか?」
アインは大きく頷いた。すると、駆け付けたアシャさんが。
「大いなる光よ我の祈りに答えよ、我の願いによりこの者を癒せ!」
アシャさんの、スタッフの先端が光を放つと。俺の体から痛みが引き、ケガが見る間にふさがった。苦しかった胸も嘘のように痛みが引いた。
「エクストラヒール?」
俺が言うと、アシャさんはそれに答えて。
「はい、内臓まで傷めたみたいですからね。ハイヒールでは内臓まではなおせませんから」
そうだったのか、俺はハイヒールまでしか使えないからな。気をつけないとな。すると、アネモネさんに抱きつかれた。
「もう! 心配ばっかりさせるんだから! 冒険者なんて、私達が何時もカウンターの中から、どんな気持ちで送り出してるのかなんて考えたこともなんでしょ!」
アネモネさんは少し涙目だ。革鎧を着てはいるが、それでも、柔らかい感触が伝わってきた。アネモネさんって、見た目スレンダーだけど、それなりに......。
「アネモネ何やってるの! タケルさんから離れなさい!」
アシャさんが、アネモネさんの肩に手を当てて、俺からアネモネさんを引き離そうとする。
「タケルさんも、何してるんですか!」
「何と言われましても、アネモネさんに抱きつかれてます」
「なんで、離れないんですか! 引き離さないんですか!」
と言いつつ、アネモネさんをひきはがした。
「体がだるくて、力が出ないんですけど」
と言いながらも、立ち上がると。目の前がぐらぐら揺れ、足がもつれた。
「タケル!」
ガーネットが左側から抱きつき支えてくれる。金属鎧が当たるが、体の傷は完治している。鎧の感触は硬いとしか言いようがないが、ふらついた俺を支えてくれる気持ちが嬉しい。そうだ、金属鎧の内側を想像するんだ! 俺だって魔術師じゃないか! 例え記述魔法と言っても、魔法を使うためにはイメージが重要になる。いや、俺の記述魔法は、パラメータをいじる関係から、よりイメージが重要になると言わざるを得ない! 『俺! 想像するんだ! ガーネットのあの、ムニューだ、あれを思い出すんだ! いや、さらに想像を膨らませるんんだ!』などと、下らない事を結構真剣に考えていると。顔が熱くなってきた。
「タケルさん、危なっかしいですね」
と言って、アシャさんが右側に抱きついてきた。こっちは、一切の想像力など入り込む余地もないほどダイレクトに感触が伝わってくる! スバラシイ! フェンリル倒して良かった。アネモネさんの護衛を半ば強引に受けて良かった。やっぱり苦労しただけの事は有るよなー。ガーネットが。
「タケルはやっぱり凄まじく強いな。おかげで、命びろいさせてもらった。とは言え心配したぞ、フェンリルと戦い始めるとは思はなかったからな。ましてや倒してしまうとは。さすがと言うべきか、呆れると言うべきか迷うところだ。これほど、規格外の冒険者に稽古を付けてもらっている自分は、運が良いのだろうな」
美人のお姉さんに褒められるって、気分がいいなー。手放しで褒められてはいない気もするが、そこは気にしないでおこう。アシャさんは。
「まったく、いつも無茶なことばかりするんだから。今だって、私がエクストラヒールを使えたから良いようなものの、いつも私が側にいるとは限らないんですよ? もっと気を付けないと」
「ハイ、ハンセイシテマス。フェンリルガ、アンナニツヨイナンテ、ソウテイガイデシタ」
と俺が言うと。それを聞いたアネモネさんは。
「その、想定外の魔物でもソロで倒しちゃうんだから。もう、タケルにはなんと言っていいか。そして、戦いが終わったら、女の人に抱きつかれて。顔を真っ赤にしてるし、全く、今まで、どんな生活をしてきたのかしらね」
「子供のころから、剣術の修練ばっかりやってたなー。爺さんが死んでからは、趣味全開だったけど」
ヴァイオラが。
「タケルの趣味って、お姉さん関係だろ?」
「違う! お姉さんは好きだけど、爺さんが死んだら、お姉さん全開ってどんな奴だよ?」
アネモネさんが、その趣味って所に、食いついてきた。
「タケルの趣味って? 魔道具を作ること? とべーるくんだっけ? あれは凄いわね。確かに、戦争になんか使われたら、今までの戦争の概念がひっくり返っちゃうわ」
それを聞いて、とべーるくんのことを取りあげようとした領主の息子のことを思い出した俺は、ここにいる人達は俺の魔道具のことを少なからず知っており、俺に対して好意的な人ばかりだろうと判断した上で、ちょっとしたお願いをしてみた。
「あのさ、とべーるくんのことなんだけど、今アネモネさんが言ったように、使い方によっては、恐ろしい結果を生む魔道具なんだよ。あの隊長みたいなヤツに渡すわけにはいかない」
「確かに、そうですね。あれほどの物だとは正直思っていませんでした。あれの数をそろえて、空の上から街を襲うとかしたら、どれだけの犠牲者が出ることか」
さすが、ヒースは良くわかっている。
「そこで、相談なんだけど、あれは、俺の爺さんの形見ってことにしようと思うんだ。爺さんが持っていたアーティファクトってことで」
「それは無理があるのではないか?」
ガーネットが言うが。
「いや、さっきアネモネさんから聞いたんだけど。英雄が悪い魔術師の城からお姫様を助け出すって昔話でさ、英雄が空を飛ぶじゃないか? あれって、どうやって飛ぶか伝わってるのか? えらく昔の話なんだろ?」
「結婚式の時の仕来りになったあれか? 魔法を使ったか、魔道具を使ったか、はっきりしたことは伝わっていないな、なにぶん昔のことだしな」
ガーネットはさらりと、言った。やっぱりあの時のことは誰からも聞かされていないんだろうな。聞いてれば、お堅いガーネットのことだ、もっと違った反応を見られると思うんだよな。
「そう言うことさ。昔だ、それこそ、その英雄の活躍した時代にはそこそこ残ってた、今では失われた技術ってヤツにしたいのさ。とべーるくんが壊れちまった今は、どうしようもないってことでさ。さっき俺は、直せるようなことを言っちまったが、直ったところで、同じものは作れない。数が揃えられるならともかく、1つしか無いんじゃ悪さをしようとは思わないだろ?」
バトロスが。
「分かった、タケルの言うことはもっともだ。便利にはなるだろうが、悪いことが起こることが目に見えているんじゃそうしたほうがいい」
見渡すと、みんなが頷いてくれた。バトロスが続けて。
「さて、いつまでもこんな所にいてもしょうがない。村に戻ろう」
スナフが。
「タケルのことは、俺が担いでいってやってもいいが。自分で歩きたいよな? がははは」
「タケル殿は物じゃないんですから。全くスナフは雑ですね」
おれは、ガーネットとアシャさんに両脇を支えられると言うか、抱きつかれた状態で村に戻って行った。
村に戻ると、村長の家の一室を与えられて休ませて貰えることになった。
「ぐあー」
目を覚ました俺は、ベッドで上半身を持ち上げた。鎧戸になっている窓の隙間から、赤く染まった外の様子がうかがえる。
「まさか、丸1日寝てたなんてことはねえよな?」
とつぶやいて、ベッドから降りると。ドアが軽くノックされた。
「はーい」
と答えると、ドアが開いてアシャさんが顔を覗かせた。
「タケルさん起きたんですね。晩御飯と言うより、宴会になるから、様子を見に来たんですよ。体調はどうですか? 体力を回復させるには、ちゃんと食べなきゃいけませんよ」
「ああ、腹が減っている以外はどこもおかしな所はないな。宴会? みんなでガルム達から村を守ったんだ。それもありだな」
と言って、部屋を出た。アシャさんと二人並んで歩き出そうとすると。目の前でドアが開き、中から領主の息子が出てきた。名前なんって言ったっけ? ダレフだったか? ダレフは俺に気付くと。
「おい、貴様はフェンリルを見たと言っていた冒険者だな。フェンリルは? ガルムの群れは? どうなったのだ? さっさと報告しないか!」
「フェンリルも、ガルムの群れも片付いたよ。騎士団と冒険者達でな。ついさっきだ」
「なにを馬鹿なことを言っている! フェンリルがいたとしたら、あの人数でどうにかなるわけが無いだろうが! 貴様、嘘の報告をしたな、処罰は後で伝える! 覚悟しておくことだ!」
「なっ」
アシャさんが何か言いそうにしたが、俺はそれを押しとどめて。
「とにかく、今から、宴会だそうだ。ガルム達を討伐したんだから、それくらいはありだろ?」
ダレフはアシャさんの声を聞いてアシャさんを見つめていて、俺の話など聞いていないようだ。勝手にしてくれ。そして、アシャさんを見て。
「おまえ、冒険者にしておくには勿体ないほどの、美形じゃないか。どうだ、私の妾にならんか? 妾と言っても次期領主の妾だぞ。冒険者なんぞやっているよりよっぽどましな暮らしができる。私は、まだ正妻を娶っていないから、しばらくは愛人と言うことになるが苦労はさせんぞ!」
こいつ何てこと言いやがる。ぶん殴ってやろうか。と、物騒なことを考えていると。アシャさんが。
「せっかくのお誘いですが、私には、昔から心に決めたお方がおりますのでご遠慮させていただきます」
「ふん! 私の誘いを断るなど、下賤の女なぞしょせんはその程度か。まったく、欲がないことだな。ほんの気まぐれから出た言葉だ、二度目はないぞ」
そう言い捨てると、表に向かって歩いて行ってしまった。俺は、ダレフの失礼な発言に腹を立てることも忘れて、考えていた。そうだよなー、アシャさんみたいに素敵な女性をほおっておく訳無いよな。俺みたいなヤツが好きになってもどうしようもないよな。俺は、自分でも信じられないくらい落ち込んでしまった。
「本当に、失礼な人ですね。さあ、タケルさん、私達も行きましょう。もう、お腹ぺこぺこです」
とても、優しい笑顔だな。今は、この人の笑顔を守れたことでとりあえずは満足しよう。
「ああ、そうだな。今日は、朝飯を食ったきりだから、もう腹ペコだ」
「ふふふ、そうなんですね。ガルムのお肉が食べきれないほどありますよ。見た目はアレですが、とても美味しいんだそうですよ」
「え? あれって食えるの? しかも美味いの? 世界はは不思議で満ちているなー」
「もう、タケルさんたら。ふふふ」
「あははは」
さきのことは、また今度考えればいいさ。先送りしてもどうなる物でもないが、とりあえず飯だ!
俺達が村の広場に来た時には、宴会はすでに始まっていた。そこでは、村人も冒険者も騎士団も区別なくみんな笑顔で、酒を飲み料理を食べている。さっそく、俺達もその輪に入って行った。
「これがガルムの肉かー、なるほど美味いな」
俺は、相変わらず酒は飲まず、料理に舌鼓を打っている。横で、アシャさんはエールを飲みながら料理を摘んでいる。ふいに、俺の後ろから首に腕をまわしてきたヴァイオラが。
「タケル―! 今日も飲んでないのかい? もう、お子ちゃまだな! こんな時に飲まなくて、いつ飲むってんだい? 魔物の大群と戦った日なんてのはね、飲まなきゃだめなんだよ! みんなで一緒に酒が飲めることに感謝しなきゃダメなんだからね!」
「俺が育った所じゃ、20才になるまで酒はご法度だったんだよ! みんなで一緒にってのは賛成だけどさ、飯を食ったっていいじゃないか」
「そうよ、ヴァイオラ、無理強いはいけないわ。お酒は楽しく飲まなきゃ」
「アシャはタケルに甘過ぎだよ。タケルのお姉ちゃんかい? あんたは」
「ふふふ、そうね、これじゃお姉ちゃんみたいね」
あー、お姉ちゃんかー、本当に、弟みたいにしか思われてねえんだろうな。アシャさんには好きな人がいるんだしな。酒飲んじゃおうかな! ......いや、やめておこう、ここでやけ酒とかあまりにも情けないし、酔った勢いで何かしでかしたらヤバイしな。そんなことを考えていると、何やらアシャさんに耳打ちしていたヴァイオラは、バトロス達の方に行ってしまった。そこに、アインを連れたアネモネさんがやってきて。
「きゃははは。見て見て、アインちゃんがお肉食べてるのよ。もきゅもきゅって。可愛いわよねー。可笑しいわよねー。ゴーレムなのに、お肉がおいしいんですってー。あははは」
『ガルムノオニク、コノハゴタエガ、タマラナイネ』
「アイン、お前黒板どうしたんだ? それから、アネモネさんどれだけ飲んだんだ? そんなになるまで飲んで大丈夫なのか?」
『ヴァイオラガ、ザッカヤデミツケタッテイッテタヨ』
アネモネさんが、俺の隣に座ると、しな垂れかかるようにして、抱きついてくる。
「あらー、タケルったら、心配してくれるの? 平気よーこれくらい。舐めてる程度よーー。それより、あたし達の結婚式までには、とべーるくん直しておいてねー。結婚式の後に二人で飛ぶのよ―。小さいころからの夢なのよ」
それを聞いたアシャさんは。
「結婚式の後に二人で飛ぶ? ......お姫様だっこで? .......二人で?」
何やらぶつぶつ言っているが、小声なのと、周りが騒がしいのとで聞き取れないでいると。アネモネさんに向かって。
「アネモネ、タケルさんから離て! どこか、適当なところで飲んでなさい! タケルさんが迷惑してるわ。タケルさんも、離れなさい! 酔っ払いなんか相手にしちゃだめよ!」
「なんですって、アシャこそ向こうで飲んでればいいじゃない? タケルはあたしと飲む方が良いって言ってるわ」
「タケルさん!」
「いや、俺何も言ってないからね? そんなに睨まれても困るからね」
にらみ合いを始めた2人から逃げ出した俺は、アインを連れてテーブルを移った。アネモネさんに抱きつかれて嬉しいなーなんて思っている俺って、さっきまでアシャさんに好きな人が居るって聞いて落ち込んでいたはずなんだけど。......彼女いない歴イコール年齢だもんな、綺麗なお姉さんのスキンシップには耐性がないんだよな。
「一途に思う人にはまだ巡り合えてないってことかな、......いや、気が多いだけか。ははは」
力無く笑っていると。
「どうしたタケル! 飲んでるか? 食ってるか?」
大声で俺に呼び掛けながらスナフとヒースがやってきた。
「俺は、酒は飲めないよ」
「なに? 飲めねえのかタケルは? じゃあ食え、腹がはち切れるほど食え! 今日はタケルのおかげで生き延びられたぞ! こんな日は飲んで食って騒ぐもんだ!」
「まあ、はち切れるほどってのはやり過ぎですが、今日のような日はスナフの言うこともあながち間違ってはいませんよ。私達冒険者は、今日のような事があると、生きていることの素晴らしさを実感するためにも、こんなことをするものです」
「俺も、さっきから料理は目いっぱい食べさせてもらってますよ」
「そうか! 冒険者はそうでなくっちゃな」
「タケル殿も楽しんでください」
そう言うと、2人は知り合いの冒険者達と飲み始めた。それから俺の所には、一番隊、五番隊を問わず騎士団の団員達、冒険者達、村人達が代わる代わる来てくれた。みんなから、感謝の言葉をもらった俺は、照れ臭いやら、嬉しいやら、どんな顔をしていたんだろう。
腹が十分に膨れた俺は、宴会の喧騒から少し離れて地面に座り風に当たっていた。そこにガーネットがやってきた。足取りがしっかりしてるから、今日は酒を飲んではいないのか? それにしては、やけに顔が赤いな? 俺の横に座ったガーネットは。
「今日は、ありがとう。タケルのおかげで、被害は最小限に抑えられたよ」
「いや、俺だけの働きじゃねえさ、俺一人であんな魔物を相手にはできねえよ。みんながいなきゃ村は全滅さ」
「ふふふ、タケルらしいな。では、そう言うことにしておこう」
「ああ、そうしてくれ。そう言えば、ガルム達の素材の回収は終わったのかい?」
「それこそ、騎士団も冒険者も村人達もみんなで、回収したさ。ガルムのおかげで獲物が逃げてしまったはずだ、しばらくはこの村では、狩りに困るだろう。ガルムの肉のおかげで冬が越せると、村長も喜んでいたよ」
「そうかー、獲物が取れなきゃ直ぐに行き詰まっちまうんだろうな、こういった村は。ケーナの居た村もそうだったみたいだしな」
「そうだな、まあ、この村には領主様からの援助も来る。この冬を越せないことはないだろう」
......
ガーネットが黙ってしまったので、2人の間に少しだけ沈黙が訪れる。しばらくしてガーネットが。
「あー、タケル。実はさっき、......。えーと」
「ん? どうした」
「ヴァイオラさんから聞いたんだが、自分がタケルに稽古を付けてくれるように頼んだ時のことだ」
あー、なるほど、ヴァイオラが喋った訳か。どこまでも、俺をからかうことが好きな人だな。
「どこまで、覚えてるんだ?」
「その...、ケーナの事など、雑談をしていた時のことははっきり覚えているんだ。その後、稽古を付けてくれと言いだすのが、えーと、......恥ずかしくてだな。ほら、タケルは自分より大分年下だしな、切りかかろうとしたこともあっただろ? 飲み慣れない酒を何杯か飲んで話を切り出し、了解を貰って感激したことは覚えているんだ。しかし、その後の事が全く思い出せなくてだな。......翌朝は自分の部屋で起きたのでちゃんと1人で寮に帰れたんだと思っていたんだ。しかし、そうではなくて......」
その時、俺には、顔を赤く染めて言葉に詰まりながら話す。まじめで少し堅物の騎士隊長がとてもかわいらしく思えていた。
「あー、俺に抱きついて。キスしてくれて、その後、寝ちゃったから、お姫様抱っこで抱き上げて、寮まで運んだんだ。途中で、俺の首に手を回して、抱きついてくれたのはとても嬉しかったな。その後、寮長に頼んで俺は帰ったんだ。変な事はしなかったから安心してくれ」
俺の話を聞いている途中で、さらに真っ赤になったガーネットは。声のトーンをいつもより高くして。
「だっ抱きついてキス? お姫様抱っこ? 首に手を回して抱きついた? ......何てことを」
激しく落ち込み、頭を抱えてうなだれたガーネットを見て、かわいそうになった俺は。
「ははは、うそうそ、そんなことしてないよ」
「なっ何だと、自分をからかったのか!」
俺の襟を両手で掴んで、顔を寄せたガーネットに。
「ごめんごめん、真っ赤になって詰まりながら話すガーネットが、可愛くなっちゃって。年上の女性に可愛いは失礼だな。本当にごめん」
「タケルは、意地悪だな」
俺から手を離すと、そっぽを向いてしまった。
「ごめんって、許してよ、本当のこと話すから」
「うむ、頼む、からかわないでくれ。自分はそういったことに慣れていないんだ」
と、言って俺に向き直った。
「キスってのは嘘だ。俺が、了解したら、立ちあがって、俺の手を両手で掴んで「ありがとう」って言って、その時、酒に酔ってたみたいで、ふらついて倒れそうになったんだよ。で、俺が抱きとめた。そのあと、俺から慌てて離れようとして今度は後ろに倒れそうになったから、もう一度抱きとめて、椅子に座らせたら、そのまま寝ちまったんだ。その後は、さっき話した通りだ」
「なんだってー、ほとんど一緒じゃないか! 何てことだ......」
激しく落ち込むガーネットに、何と声を掛けていいか迷っていると。ガーネットは、顔を真っ赤に染めたまま、スクっと立ち上がると。
「しばらく一人で反省してくる」
と言って立ち去ろうとする。
「あー、あんまり気にしないほうが良いと思うぞ。酒でも飲んで忘れちゃえば?」
と声を掛けると。振り返り、俺をじっと見つめ。
「自分は、金輪際酒など飲まん!」
そう言い放つと、逃げるように走り去って行った。ガーネットの両目に涙が光っていたように見えたのは俺の気のせいだろうか?
「あーあ、やっちまったか?」
俺は、宴会の輪にもどっていった。
ガーネットと別れ宴会に戻った俺は、子供達に囲まれた、小さな村だから集まった子供達の数はあまり多くない。まあ、子供達全員が来てる訳でもないだろうが、今日の事を聞きたがった。最初からここで戦っていた訳じゃないがと、前置きして話を聞かせてやった。騎士団や冒険者のした事を、冒険者ギルドに必死になってこの事を伝えるために走り続けた男の事を。いつのまにか俺達の回りには村人や冒険者、騎士たちが集まって、俺の話を聞いている。現場を見ていない村人達などは、身を乗り出すよにして聞き入っている。
「......という風に、フェンリルが率いるガルムの群れは退治されたのさ。村は奇跡的に無事で、こうしてみんなで、宴会ができたって訳さ」
「すげー、騎士団すげー」
「冒険者の方が凄いよ!」
「どっちも、あたしたちのために頑張ってくれたんだよ! みんなが凄いんだよ」
口々に話す子供達を見ると、
頑張った甲斐があったってもんかな。そんな中一人の男の子が、俺に向かって。
「兄ちゃんが、勇者様なのか?」
と言った。
「ロブちがうよ。英雄様だって、お爺ちゃん言ってたわ。勇者様と英雄様は違うのよ、まったく、そんなことも知らないの?」
「えっ、英雄様も勇者様も同じじゃないのか? そう言うフォウだって爺ちゃんに聞いたんだろ、姉ちゃんぶって威張るなよ、俺たちは1つしか違わないだろう」
へー、この世界には勇者がいるのか。
「1つでも、あたしの方がお姉さんだわ」
ロブは、少しムッとしながらもう一度聞いた。
「兄ちゃんが、英雄様なんだろ? 英雄様が奇跡を起こしてくれたんだろ?」
「俺は、自分の事を英雄だとか思った事は無いなー。ただの冒険者だよ」
「冒険者か。俺も大人になったら冒険者になる!」
この子は、ケーナと同じくらいだろうか。フォウと呼ばれた少女は。
「ロブは冒険者になっちゃダメよ。とても危ないんだよ! 死んじゃったらどうするの!」
「死ぬのなんか怖くないさ! 冒険者なんだぞ。英雄様だってそうだろ?」
「俺は、死ぬのは怖いなー」
ロブは、ガッカリしたような目で俺を見る。俺は、ロブの頭をグリグリしてから。
「俺には、親はいないけど、帰りを待っててくれる妹がいる。好きな人もいる。守りたい人がいる。ロブにもいるだろ?」
「すっ、好きな人なんかいねえよ!」
ロブがそう言うと、横にいるフォウが少しだけ悲しそうな顔をした。
「そうか? でも、守らなきゃならない人はいるだろ?」
頷くロブに。
「死んじまったら、それもできなくなる。だから俺は、そう簡単に死ぬわけにはいかねえ。ここに居る、みんなそうだ。死ぬのは怖いさ」
「でも、今日はみんな死んじゃうかもしれなかったんだろ? でも......」
「ああ、そうだな、死んじゃうかも知れなかったな。でも、誰も逃げなかったな」
「それって、死ぬのが怖くないからだろ! 死ぬのが怖い臆病者がいなかったからじゃないのか?」
「死ぬのが怖くないなんて、言ってるような奴はな、いざとなったら、とっとと逃げ出しちまうのさ。死ぬのが怖い、死ぬわけにはいかないって思ってる奴が、死ぬ気で頑張る時に奇跡が起きるのさ。......いや、奇跡を起こすのさ。俺はそう思うぞ」
「奇跡って、英雄様が起こすんじゃないのかい?」
「んー、どうなんだろうな? 奇跡を起こすのが英雄なら、......そうだな、ここに居るみんなが英雄なんだろ。守らなきゃならない村の人達が居なきゃ、俺たちは全員此処から逃げ出してたと思うぞ。少なくとも、俺は逃げたぞ、臆病なんだよ俺」
「みんなが英雄様なのかい?」
「そうさ、英雄なんてそんなに珍しいもんじゃねえよ」
ロブは、何とも納得いかないような顔をしている。
「それに、村を守った騎士や冒険者だけが凄いんじゃないぞ。冒険者ギルドに連絡するために、馬車で2日もかかるところを、飲まず食わず寝ないで走り続けてくれた男がいる」
すると、フォウが。
「あ、それ、あたしのお兄ちゃん! でも、みんなは、お兄ちゃんは臆病者だから、怖くて逃げだしたんだって......」
「途中で魔物が居るかもしれないんだぞ、武器も持たないで、必死で走ったんだぞ! フォウの兄ちゃんのどこが臆病者なんだよ。途中で投げ出さずに最後まで走り続けるなんて、そうそう誰にでも出来ることじゃねえだろ。フォウの兄ちゃんみたいなヤツを英雄って言うんだ!」
「ブレド兄ちゃんすげえな」
「だろ? 友達の兄ちゃんだって、英雄なんだ、守りたい人のために必死で頑張るヤツは誰でも英雄になれるんだと思うぞ」
「うん!」
ロブの頭をグリグリしながら。
「ブレドがギルドに来てくれたから、俺達は飛んできた。俺なんか、最後にチョコット飛んできて、ガルムを少しと、フェンリル1匹倒しただけだ。最後の美味しいところだけ持って行ったヤツだけ英雄って言われるのはおかしいだろ?」
すると、俺達の話を聞いていた村人たちの中から笑い声と共に一人の老人が進み出てきた。
「ふぉふぉふぉ、英雄殿は謙虚ですな。さあ、子供たちはそろそろ寝る時間だ戻りなさい」
老人の言葉に不満を唱える子供たちに俺は。
「子供は、ちゃんと食べて、ちゃんと寝ないと大きくなれねえんだぞ」
そうして、ロブにこっそりと。
「ロブ、フォウより背が小さいままじゃ嫌だろ?」
と言うと。
「俺は、もう寝るぞ! フォウはまだ寝なくてもいいからな!」
と言って家に走って行った。他の子供たちも家に戻っていった。俺の周りで話を聞いていた人々も宴会の続きに戻って行った。
「子供を扱うのがお上手ですな、英雄殿は。わしは、この村の村長をしとります。今日は本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、部屋で休ませて貰って、ありがとうございました。今日のことは気にしないでください、仕事ですよ。こう見えても俺Cランクの冒険者なんです。それから、タケルと呼んでくれませんか、子供たちにも言いましたが、自分に出来ることをしただけだし。ここに留まって、最後まで戦ってくれた、騎士や冒険者こそが英雄でしょ? そして、ブレドも」
「ふぉふぉふぉ、ブレドが英雄ですか。孫が褒められる、嬉しいものですな」
「村長のお孫さんでしたか。なるほど、責任感が強いわけだ。彼は、それだけの事をしましたよ」
「タケル殿を含め、英雄達が守った村ですか。運が良いですな」
「あははは、そうですね、運がいいとも言えるかな」
「ふぉふぉふぉ」
その後、しばらくして宴会はお開きになった。俺は、冒険者達のテントの一つに潜り込んで寝床を確保すると、横になった。そう言えば、ダレフって言う領主の三男が自分がいずれ領主に成るような事を言っていた件だが、あいつは、正妻の生んだ子供としては一番年上なんだそうだ。基本的に、長子相続が習わしらしいのだが、妾の子より正妻の子の方を優先させる事も多いのだそうだ。この場合の長子とは女子も含むとのことである男尊女卑って訳でもないらしい。あいつが、次期領主か。なんか嫌だな、そうなったら、冒険者なんかやめて、どこか他の街で魔道具屋でも開こうか。......魔道具屋で思い出したが、練習用の剣に付けた物理障壁が消えなかったのはなんでだ? 今日のように、干渉しあって消えないとおかしいんじゃねえか? 色々と、パラメータをいじくったからかな。その所為で干渉しなかったのかもな。もし、練習用の剣の物理障壁が消えていたら、相手にケガさせるところだもんな、気を付けないとな。でも、物理障壁が消える現象って、色々応用が利くというか、あれを応用した武器を作ってみるのもいいかもしれないな。さて、とべーるくんは直ぐに修理は出来ないってことにしておかないと拙いからな。帰りは馬車になる。俺の馬車と違って、乗り心地は最悪だろうからな、今日のうちに良く休んでおこう。