フェンリル強すぎだろ!
とべーるくん2号に乗った俺は、アネモネさんの抱き方を少し変えバランスを取り直し真っ直ぐ上昇を始めた。アネモネさんは今は目をつむり、悲鳴は止まっている。
「アネモネさん。目を開けて周りを見てごらん」
おそるおそる目を開けたアネモネさんは。
「わーー! すごい」
上空から見た景色に目を見張っている。
「と、まあ、こいつで飛べば馬なんかとは比べ物にならないくらい短時間で目的地につけるって訳さ。アネモネさん。コルム村ってどっち?」
アネモネさんは、周りを見渡すと。東の方を指さして。
「あの山の中腹にある台地にあるわ」
「了解」
と言って、ボードの進路を変更した。そして。
「このままだと、スピードが出ないから。ちょっとボードの上に立ってくれる? いいかい、ゆっくり体勢を変えるからね」
アネモネさんの足をボードに下ろすと。背中を支えていた左腕をお腹に回した。足を支えていた右腕はバランスを取るように横に伸ばす。
「アネモネさん、お腹に回した腕につかまっててね」
アネモネさんがそのようにすると。
「頭に付けてもらった魔道具は、風よけだけじゃなくて、兜の役目もしているんだ。そして、付けている者同士で会話も出来る」
「そう言えば、言葉がはっきり聞こえるわね」
「でしょ? こいつはお互いが見えている程度の距離ならそれほど不自由なく会話が出来るんだ。こいつや、ツァイに乗るために作った物だよ」
「タケルさんのお店で、この空を飛ぶ魔道具を売るんですか? みんな欲しがると思うわ」
「たぶん売らないかな。こいつの有効性はわかると思うけど、戦争や略奪行為に使われたら悲惨な事になる。そう思うと、滅多なヤツには売るわけに行かないよ」
「でも、飛ぶってだけでしょ? 戦争なんて魔道具1つでどうにかなるものかしら?」
「コルム村に行ったら、わかるかも知れないよ。そうすれば、アネモネさんもこいつを売ることに賛成するとは思えない」
「わかったわ。ところで、一つ聞いても良い?」
「はい?」
「なぜ、何も言わずに抱き上げたりしたの? 周りにあんなに人がいたのに!」
「えーと、それはですね、この風景を見せたときの感動ってヤツをより大きくしようとした。と、言うことでどうでしょうか?」
「で、本当は?」
「抱き上げると言って、断られたらどうしようと思ったもんで」
「はあー、断りませんよ。一刻も早くコルム村に行かなきゃいけないんですから」
「そりゃそうですね」
「タケルさん、女性を抱き上げる事がどういう意味かわかってないでしょ?」
「深い意味があると?」
「やっぱりね。この前ガーネットさんを抱き上げて送ったって言ってたから、何も知らないんだなとは思っていたんですけどね。女の人を抱き上げるって言えば、結婚の時に教会を出て、披露宴会場に入るまで新郎が新婦を運ぶのが仕来りなんです。それを連想させる行為なのよ」
「え? そんな仕来りが? じゃー力がない男は結婚出来ないってこと?」
「そんなときは、教会から一歩出るときと、披露宴会場に一歩入るときだけでも良いんです」
「すると、俺って、さっきアネモネさんを抱き上げちゃったから......」
「そういった連想を周りがする事を承知の上の行動だと思われちゃいますね。どうしましょう。わたし、婚期を逃しちゃうかもしれない」
「えーと、それは、スミマセン?」
俺は、アネモネさんって幾つなんだろ? 結婚って15才から出来たよな。婚期なんか既に。とか考えていた。アネモネさんの目が光ったような気がした。
「タケルさん? なにか失礼なことかんがえてたでしょ? どうせ、行き遅れですよ」
「そんなこと、考えてないって。そんなことより聞きたいことが有るんだけど」
「そんなこと!? 私の将来をそんなこと扱いするって訳ね」
「そんなにいじめないでくださいよ。それより、フェンリルのことなんですけど。Aクラスの魔物じゃないですか。Aクラスの魔核が取れるって事ですよね? Aクラスの魔物の強さって凄いんでしょ? なのになぜ、Aクラスの魔核の取引価格って、それほど高くないんですか?」
「まあ、今のところは許してあげます。Aクラスの魔物がAクラスの魔核を持っているのが当たり前なのは、魔の森の近辺だけなんです。理由は不明ですが、他の国で、魔の森から距離が有る場所には、Cクラスの魔物がAクラスの魔核を持っている事は珍しくないんです。でも、魔核は簡単に取れますが、その分素材が安いので、そこに行けば大儲け出来る訳じゃないんですよ」
「なるほど。じゃあ、フェンリルの特徴を教えてください」
「フェンリルもガルムも狼の魔物であることは同じなんだけど。ガルムはDクラスで、攻撃方法は噛み付いたり引っ掻いたりの体を使うだけなのに対し。フェンリルはその他に、魔法を使うのよ。アイス系の上級魔法まで使うらしいわね。それに、ガルムは全長3mくらいだけど、フェンリルは5mくらい有るそうよ。体色もガルムは黒、フェンリルは白ってことなの」
「ガルムの変異種って事ですか?」
「そんなことが解るほどの討伐例も無ければ、研究者もいないのよ。ひょっとすると、見た目が似ているだけかも知れないわ」
「なるほど、解りました。今からフェンリルと戦うことになるのかな」
「それは、無理です。あれは、国の騎士団と魔術師団が総出で当たらないと討伐出来ませんよ」
「今回はフェンリルを確認したら、そのまま戻るんですか?」
「任務的にはそうなりますね」
そう返事をするアネモネさんは辛そうだ。俺は、それ以上話を続けられなかった。アネモネさんはそんな俺を気遣ってか、話題を変えてくれた。
「そうそう、さっきの花嫁を抱き上げる仕来りの起源って知ってますか?」
「抱き上げる意味さえ知らないのに、そんなこと知るわけないじゃないですか」
「ふふふ、それはねー、昔話の英雄譚が元なんですよ。悪い魔術師に攫われたお姫様を助けるために、苦難が連続する冒険の末、魔術師の城に単身乗り込んだ英雄が、悪い魔術師を倒し、崩れゆく城から姫を抱き上げて空を飛んで脱出しその後2人は結婚したって言うお話なんです。女の子は、みーんな英雄に抱き上げられて空を飛ぶ事にあこがれているんですよ」
俺は、自分の頬を冷や汗が一筋流れていくような錯覚を覚えた。
「それって......」
「はい、わたし今、小さい頃からの夢が叶った状態なんですよ。ふふふ」
いや、助け出していないよ俺は?
「わたし、タケルさんを好きになっちゃうかもしれない」
アネモネさんは良い笑顔と言うか俺をからかって楽しんでる笑顔というか。
「......えーと」
なんと言っていいのか解らずにいると。
「あ、タケルさんコルム村が見えてきました。本当に早いですね、この魔道具ってすごい」
アネモネさんが指さす方向を見ると、柵に囲まれた小さな集落が見えてきた。
「あれか、まだ遠くてどうなっているかわからないな」
「そうですね、もう少し近づかないと」
村に近づいたところで状況が見えてきた。村を囲んでいる柵の1方向から半周くらいに黒い狼が寄せているだいたい100匹くらいか。あいつがガルムなんだろう。しかし、ファイアーウォールが柵の周りを囲んでいるために、ガルムたちは攻めあぐねているようだ。唯一の入り口に向かって逃げ込もうとしたであろう5人の冒険者パーティがそのガルムの群に飲み込まれないように必死に戦っているところも見える。
「アネモネさん、あのパーティを援護する。申し訳ないが、アネモネさんを柵の中に下ろしている暇が無いのでこのまま、攻撃を加えるぞ」
「それはかまいませんが、どうやって攻撃を?」
「まあ、見ててくれ。今から空爆ってヤツをやる。こいつの怖さを見せるよ」
右手でドラグーンを抜くとハンマーを操作しエクスプロージョンのカートリッジを装填する。そして、囲まれているパーティと村への入り口の間にいるガルムに向かってトリガーを引いた。ドラグーンの数メートル先で発生した火球は「ゴウッ」という音と共に炸裂し、バレルの直線上の1方向に向けて炎の柱を撃ち出した。こいつも、パラメータをいじってある。元々球状に爆散する炎の勢いを狙った方向にだけ直径50cmほどの太さで打ち出す。元々のエクスプロージョンでは倒せないような魔物も一撃で倒せる。こいつが腰に命中したガルムはそこを中心に吹き飛んだ。次々とトリガーを引きパーティの頭上を過ぎるまでに3匹のガルムを倒した。少し先でターンして再び襲いかかる。さらに、2往復ほど空爆を繰り返すと、冒険者達と柵の入り口の間はかなりガルムの数が減ってきた。その時。
「ウォーーーーン。ウォーーーーン」
と、犬の遠吠えのようなものが2回ほど聞こえた。すると、ガルム達は反転し村から遠ざかる。
「今吠えたのがフェンリル? ガルムを率いているのか?」
俺は、森に向かって走っているガルムを追いかけると、さらに、エクスプロージョンを打ち込んでいく。少しでも数を減らさなければ、立て直して襲ってくるだろう。
「ンッ?」
何かを感じた俺は、ボードをちょっとだけ横に振った。森の中から、アイススピアが飛び出してきて、俺の脇を抜けていった。間違いない! フェンリルだ。次々と打ち出されるアイススピアだが、こんな物に向けて撃った事など無いのだろう。俺に当たる気配はない。
「フェンリルと言っても、飛行する敵に向かって撃ったことは無いんだろうな。見越し射撃は無理なんだろう」
と言った、直ぐ後に、一度止まった攻撃が再開された。今度は見越し射撃をしてくる。俺は、五感を研ぎ澄まし感じるままにボードを操り避ける。そうしている間も、ガルムに向けた射撃は止めない。多少命中率は下がったが、状況を考えればまずまずと言えるだろう。すると、今度は一際太く大きなアイススピアが飛んできた。嫌な予感がした俺は、そいつにボードの下面を向けると、上昇用の魔石に魔力を流し大きく離れようとした。その瞬間アイススピアは細かく弾け周りに破片を飛び散らせた。
「ちっ、近接信管かよ」
ボードの下面に幾つか破片が当たる。右の安定翼を吹き飛ばされた。バランスを崩した俺は、アネモネさんを抱きかかえ、あわててバランスを取り直さなければならなかった。
「平気か?」
アネモネさんに尋ねると。
「ケガはしてないわ、ちょっと怖かったけど。でも、タケルがいるから」
ボードを安定させて森から離れるコースを取ると、アイススピアの攻撃が止んだ。ガルムは森の中に逃げ込んだ。
「とりあえず。村にいくぞ」
「はい」
村に近づくと、さっき囲まれていたパーティは蒼穹の翼だったことがわかった。とりあえず今は、アシャさんを守れたようだ。そちらに向かって降下しながら、ボードのノーズを持ち上げ下面を前に向けて上昇用の魔石に魔力を流したが、反応がない。
「しまった、さっきのやつか」
アイススピアの破片をくらって魔石が外れたか割れたかしたのだろう。風は起こらなかった。俺は、あわてて、ノーズを下げ、蒼穹の翼に向かっていた進路を修正しようとした。思ったように進路が変わらない。安定翼が吹き飛ばされたせいだろう。俺達は、アシャさんの直ぐ脇をすり抜けた。アシャさんは。
「きゃっ」
と言って、ぶつかるのを避けるように後ろを向いた。スピンで半回転した俺はリストバンドに魔力を流し推進用の風を進行方向に放つことでブレーキを掛け着陸した。ちょうど、アシャさんと向き合うことになった。直ぐ脇を通り抜けた時に起こした風に巻き上げられたローブの下から。大人っぽい、上品な、そして輝く白い物が目に飛び込んできたのだが。直ぐにアシャさんは、手で押さえると、頬を染めて、軽く俺を睨んだ。見ようと思った訳じゃないんです、事故なんです。と言いたかったが。俺は、素早くアシャさんから目を背け、『俺は何にも見てません』というポーズを取る。蒼穹の翼のみんなが俺達に走り寄ってきた。
「助かったぜ、タケル!」
スナフが叫ぶ。
「正に、ギリギリのタイミングだったぞ、助かった」
とバトロス。
「空を飛ぶ魔道具、完成したんですね」
これはヒース。とべーるくん2号のこと気にしてたしな。
「この前ゼーンブ、白いのに買い換えた甲斐があったねアシャ?」
ヴァイオラあんた何を言ってる?
「ヴァイオラ!」
顔を真っ赤にしたアシャさんが言った。
「しかし、よく間に合ってくれたな、ありがとうよ」
バトロスが礼を言ってきた。
「間に合ったのか? 俺は」
続けてバトロスが。
「......村に戻れなかったパーティがいるな......」
「そうか」
俺はそれだけしか言えなかった。
すると、アシャさんが俺の目の前に進み出て。
「タケルさん! いつまでアネモネをそうやっているつもりですか! アネモネも早く降りなさい!」
「あら、アシャったらうらやましい?」
「う、うらやまし......わけないでしょ! タケルさんそんなモノさっさと投げ捨ててください!」
「あら、アシャ、モノ扱いは酷いわ。まあ、本当のこと言われるとムカっとするわよねー」
アネモネさん、アシャさんを煽らないでくれ。心の中でそう思ったが。何も言わずにアネモネさんを地面に下ろす。
「あーあ、タケルったら、もうやめちゃうの?」
アネモネさん、地面に降りたんだから当たり前でしょう。俺は、とべーるくんから足を外すと。それを持ち上げひっくり返して傷を確認する。
「壊れちまったなー、まってろ、すぐに直してやるからな」
と、逃げた。
「さあ、こんな所にいても仕方がねえ、村に入ろう」
バトロス、ナイスフォロー! 俺達は村にはいった。すると、ガーネットが近づいてきて。
「タケル、ありがとう。おかげで助かった。このままでは全滅するしかないところだった」
「ああ。ガーネット無事で良かった」
「無事とも言えない。偵察に出ていた冒険者のパーティのうち2つを失った、自分の見込みが甘かったせいだ。危うく蒼穹の翼も全滅するところだった」
「フェンリルがいたんだ、見込みもなにもないだろ?」
「こちらでは確認が取れていないんだが、やはりフェンリルが率いているのか」
「ああ、アイススピアがガンガン飛んできた。ガルムは攻撃魔法なんか使えねえんだろ?」
「そうだな、ガルムだけでも数によっては防衛は難しい。まして、フェンリルも居るとなれば、まず絶望的な戦いになる」
そう言うとガーネットは見張りを残し、蒼穹の翼を含む冒険者達を集めて、集会場のような場所に入っていった。俺は、ボードを点検する事にする。ボードの後ろは結構ザクザクにささくれてしまっている。
「あー、ちょいとやばかったな。あの、近接信管付き。どうやればあんな魔法が撃てるんだ?」
おそらく、撃ちだしたアイススピアの行方を見ながら、任意の場所で炸裂させるんだろうが。一度に複数操れるとしたら、かなりやっかいだ。まあ、近接信管ではなく術者の操作なんだろうが、フェンリルってヤツは、優れた魔術使いってことだ。ひょっとすると、誘導弾みたいな事もやるのかも知れない。アニメじゃないんだから、追いかけてくるミサイルをすいすい躱しながら飛び回るなんてできねえぞ。さて、魔石がねえと修理できねえな。ガルムってDクラスだよな? 魔石じゃなくて魔結晶になっちまうな、調整が難しい。ただ、それをしないと、出力が変わっちまう、ぶっつけで使うには、チョットばかりリスクが高い。などと考えていると。集会場から走ってきた騎士が俺に声を掛けてきた。
「おい、貴様! 早く集会場に来い!」
え? 俺?
「俺は、討伐依頼でここにいる訳じゃな」
「ぐずぐずするな! いつガルムが襲ってくるかわからんのだ!」
と言うと、集会場に戻っていった。俺が付いていくのは当たり前だと思ってるわけだ。
「ガルム討伐には、俺は関係しないと思うんだけどな」
仕方なく、ボードを抱えて集会場に入った。集会場と言っても、椅子もテーブルも無く、みんな床に座っている。騎士団の隊長なのか、ガーネットともう1人の二十代半ばの男がこちらを向いて立っている。すると、隊長風の男が。
「遅いぞ! 貴様がいなければ作戦の立てようが無いではないか!」
そんな事を言われても、俺は困るぞ。
「俺は、討伐依頼とは別に、アネモネさんの護衛として来てるんだけどな?」
隊長風の男は俺に向かって歩いてきながら。
「何を言うか、冒険者風情が聞いた風な事を言うな! 貴様がいれば今回の討伐は成功する。いや、貴様の魔道具だ、あれを接収する。あれさえ有れば、ガルムなど簡単に蹴散らせる!」
そう言って、俺からボードをひったくった。どうせ壊れてるからかまわないが。俺は、男に向かって。
「そいつ、壊れちまったぜ」
そう言うと、俺の襟を両手でつかみ。
「なんだと! どう言うことだ! 私の魔道具を壊すなど」
と言って、首をゆすってくる。俺は、男の手を振りほどいて。
「それ、俺のだから! それに文句なら、フェンリルに言ってくれ! 俺だって好きで壊した訳じゃねーんだ!」
男は。
「本当か! フェンリルがいるのか?」
「ガルムはアイススピア撃たないんだろ? だったら、フェンリルなんじゃねーの? 直接見た訳じゃねーけどな」
「フェンリルが率いたガルムの大群......」
と言うと、男は白目をむいて倒れてしまった。俺は、ガーネットに向かって。
「えーと。こいつ誰? ずいぶんとプレッシャーに弱いヤツだな」
「あー、今回我々一番隊と合同で任務に就いている五番隊のダレフ隊長だ。ザナッシュ様のご子息で三男だ」
「自分の物と、他人の物の区別もつかねえのか、領主の息子ってヤツは? お前の物は俺の物ってか!」
「そのことに付いては、自分が謝る。すまなかった。だれか、ダレフ殿をテントに運んでおいてくれ」
ダレフが運び出されると。ガーネットが。
「さて、本題に入ろう。アネモネ殿はギルドの任務でフェンリルの存在を確認に来た、タケル殿はその護衛ということで良いんだな?」
それに、アネモネさんが答える。
「はい、領主の騎士団さらに、王国騎士団の動員をする事態も想定されていましたので。村人の目撃証言だけでは証拠が足りないとの判断です。先ほど、アイススピアによる攻撃を受けましたので、今回のガルムの群はフェンリルが率いていると考えて間違いないでしょう。直ぐに引き返し、国の騎士団の出動を要請する手続きに入りたいと思います」
「ええ、そうしてください。タケル殿、その魔道具は修理できるのか? 直ぐにでも戻らなければ、大変な事態に発展してしまう」
ガーネットが言うと。事態を見守っていた冒険者達は。
「おい、殲滅の白刃はこのまま、帰るってのか?」
「俺達には、ここで死ねってことか!」
「村ごと、全滅しちまうぞ」
などなど、冒険者達は口々に不満を言いだした。まあ、気持ちはわかるんだけど。
「戻るにしても、情報は? ガルムは何匹くらいいるんだ?」
「だいたい、300匹だ、我々の5倍と言ったところだな。冒険者の方々の調査によって判断した数字だ。ただし、フェンリルが率いている群だ、これからどこに向かうかはわからんが、進むに連れて数を増していくことだろう」
「わかった。だれか、ゴブリンので良いから、魔核を持ってないか? とべーるくん2号の修理に必要なんだ。そいつが無いと、ガルムの魔核から魔結晶を作らなきゃならない。それは、ちょっと面倒なんだ」
その時、入り口から見張りをしていた騎士が入ってきて。
「ガルムだ! 今度は、総掛かりでくるぞ!」
くそ、夜を待って攻撃してくるんじゃないかと思っていたが、相手も、焦っているのか? 俺は、集会場から真っ先に飛び出すと村の入り口に走った。まだ、閉まっていない門から見ると。森からガルムの群がこちらに向かってくる。確かに、さっきより数が多いようだ。俺は、門から村の外に出ると。アインを取り出し、前に放り投げた。そして、ドラグーンを2丁ホルスターから抜くと、カートリッジをファイアーウォールに合わせ、両斜め前に向かって引き金を引いた。これで、俺とアインの脇を抜けて村に取り付く事は難しくなるはずだ。前方に放り投げたアインのゴーレム核は光を発すると。地面を大きくえぐりながら、大きくなっていく。俺は、後から追いかけてきたガーネット達に向かって。
「俺の仕事は、アネモネさんの護衛だ! きっちり護衛するつもりだが、このままでは、村ごとガルムの群に飲み込まれちまう! ヤツらが、もう一度引くまで、俺とアインで支えるから、柵の周りにファイアーウォールを展開してくれ! 状況を見て援護も頼む!」
ガーネットが。
「タケル無茶だ。村に籠城するしか取れる手はない!」
バトロスが。
「籠城は、救援が当てに出来なければ、意味のない作戦だ。打って出るしか勝機はない」
アネモネさんは。
「魔道具が壊れているなら、タケルさんは戻って、修理してください。わたし達の任務は、このことをギルドに知らせることです。ここで、タケルさんが死んでしまったら、結局任務を果たせないまま全滅してしまいます! それは、この国を危険に曝すことです」
アネモネさんの意見が正しいのだろう。依頼を受けたクエストを途中で放り出すようでは、冒険者失格だ。今がどのような事態で、どうする事が正解なのかはわかっているつもりだ。俺では、ガルムはともかく、フェンリルには勝てないだろう、何と言ってもAクラスの魔物なんだから。それでも、俺はガルムに向かって走り出す。
「でも、アシャさんと約束したからな。ピンチになったら助けに来るってさ」
カートリッジをエクスプロージョンに変更すると、走りながら引き金を引いた。エクスプロージョンが当たったガルムは頭や体の一部を吹き飛ばされて倒れ込む。アインは俺が走り出した方向とは違う方で、全高12mの巨大なゴーレムになっていた。この前のテストで、スピードが落ちなかった、ギリギリの大きさだ。アインが腕を振るたびに一度に2~3匹のガルムが、体を変な方向に折り曲げたり、上半身が千切れ空に舞い上がる。やっぱり、アインの方が俺より強い。フェンリルの相手は、アインに任せるか? とは言っても、俺もドラグーンでガルムを次々に、倒していく。俺の、魔力量と、ドラグーンの連射性能に頼り切ったやり方だが、これで倒せるなら良いんじゃないか? アインを大きく回り込んで後ろに抜けようとするガルムが出てきた。するとアインは体高を8mほどに縮め、よりスピードを増して、迎撃に向かう。ガルムのスピードを完全に凌駕している。ちらりと後ろを伺うと。魔術師達は、柵の周りを2重のファイアーウォールで囲み、それの維持に力を注いでいるようだ。騎士団と魔術師以外の冒険者は数名のグループになりそれぞれの得物で、俺とアインの間を抜けていった数匹のガルムに当たっており、危なげなく倒している。俺の方は、ドラグーンの射撃をかいくぐって来たガルムに対し左手のドラグーンをホルスターに戻し、打ち刀を抜いて切り捨てる。今日は、太刀ではなく、二振りの打ち刀を装備してきている。接近してきたガルムを切り捨てながらも、右手のドラグーンで遠方のガルムを撃ち続けている。今回の相手がガルムだけだとしたらこのまま討伐出来るであろう勢いだ。しかし、実際にはフェンリルもいるんだから、このままというわけには行かないだろう。今は、静観しているようだが、ヤツが出てくる前にガルムの数を減らしたいところだ。などと、こちらに都合良く進むはずもなく。
「ワオーーーーン」
と、吠える声が辺りに響くと、俺の目の前のガルムが左右に割れた。その先に真っ白の巨大な狼の魔物が姿を現した。
「ち、フェンリルか! 出てくるのが早いっんじゃねーか? 大物はゆっくり登場するもんだぞ、小物臭がするぜ!」
フェンリルは、ガルムが左右に割れ俺に向かって真っ直ぐに出来た道を疾走しながら、アイススピアを3連射した。ドラグーンを撃ちながら、ソードストッパーに魔力を流し、物理障壁を展開した。フェンリルは、俺の攻撃をひらりと躱したが、俺も、ヤツの攻撃を弾き飛ばすと、ヤツに向かって走り出す。俺が撃つエクスプロージョンを左右に体を振って、躱すフェンリル。ヤツにはエクスプロージョンの射線がわかるのか? すれ違いざまに、物理障壁を消しながら、刀で斬りつける。
「ギン!」
という音がしそうな勢いで、ヤツの手前で刀が弾かれた。
「物理障壁!?」
刀が弾かれた勢いを合わせて横に飛んだ。俺とすれ違ったヤツの顔が、俺を嘲笑っているように見えた。振り返りざま、ドラグーンを撃ったが、ひらりと躱される。踏み込んで斬りつけるが、物理障壁に弾かれる。リストバンドに魔力を流し大きく前に飛びながら、体を返し物理障壁を張りアイススピアを弾く。
「エクスプロージョンが、かすりもしないかよ」
少し、距離を置いた俺は、ドラグーンを操作し、カートリッジをファイアーボルトに変更する。エクスプロージョンの攻撃は槍と一緒で点の攻撃だ、こいつは、バレルの直線上にしか攻撃が飛ばない。撃つタイミングで、バレルの前から退けば当たらないって訳だ、野生の勘ってヤツで避けるんじゃないか? どうやって避けるのかはわからないが、当たらないんじゃしょうがない。ファイアーボルトはトリガーを引いている間は細い炎の線が出っぱなしになる。つまり、線の攻撃が出来る。ヤツの動きは素早いが、俺が目で追いきれないほどではない。見えるなら、こいつはヤツに当てることは出来る。エクスプロージョンは避け、刀は弾いてるのだから、物理障壁しか展開出来ないって事だろ? トリガーを引きながらヤツにファーアーボルトを当てる。真っ白い毛が少し焦げるがヤツは気にもせずに、飛びかかってくる、弾かれるのを覚悟で、刀で斬りつけ、やはり弾かれながら避けると体勢を入れ替える。ファイアーボルトは当たるが、威力が弱すぎるってことか。動く標的に向けて撃つファイアーボルトはヤツのに当たるが、一か所に当て続けることは難しい。つまり、一瞬なら自分にダメージが入らない事がわかるんだろうな。ヤツはこの攻撃を避ける様子もなく俺に向かってくる。俺には、ヤツに決定的なダメージを与える事が出来ないってことだ。
「さすが、Aクラスってわけかい!」
再び、ヤツの攻撃を躱した俺は、大きく前に飛び出した。振り返ると今度は俺の動きを読んでいたのか、直ぐ後ろから飛びかかってきた。大きく口を開け、俺ののどを目掛けて噛み付いてきた。あわてて物理障壁を張る。しかし、ヤツは物理障壁を越えて噛み付いてきた。あわてた俺は、ドラグーンでヤツの横っ面を殴った。喉から牙は逸れたが、革鎧の肩当てを半分食いちぎられ、さらに爪で腕を切られた。
「グッ! 薄いけど、オリハルコン張ってあるんだぞ! それを食いちぎるかよ!」
もう一度、前に大きく飛び出し振り向くと、ヤツもこちらを振り向きさらに飛びかかってくる。物理障壁が役に立たない俺は、刀で弾きながらなんとか避けてるが今度は左の股が裂ける。傷は浅いが、いつまでも避けきれるもんじゃないだろう。
「やべえな、フェンリル強すぎだろ。だいたい、俺の攻撃が全く利かねえってずるくねえか?」
そう言っているうちにも、ヤツの攻撃は止むことなく続く、俺は満身創痍になっていく。隙を見て、ドラグーンをホルスターにしまうと、右手で刀を抜き、二刀流になる。両手の刀を使いヤツの攻撃を防ぐ。まるで、剣舞のような動きを繰り返す。
「このままじゃ、まずいな、傷は浅いのばかりだが、このままいつまで動ける?」
ヤツとの永遠とも思える戦いが続く中気が付くと、ガルムの数は相当減っている。アインも冒険者や騎士団たちも、上手くやれているようだ。俺は、どのくらいの時間戦っているんだろう? ヤツの攻撃を反射的に避けながらも、さっき感じたことについて考えていた。
「なんだ? なにかが引っかかる?」
ヤツの物理障壁は有効に働いているのに、俺の物理障壁は抜かれる。魔力量の差なのか? ヤツの物理障壁は上級魔法とでも言うのか? 何かがおかしい。なにか引っかかる......。
「そうだ! さっき、物理障壁を抜かれたとき、ドラグーンで殴れたぞ!」
刀で斬りつけても、またく体勢を崩さないヤツが、唯一狙いを外し、肩当てを食いちぎった時は、ドラグーンで殴り付けた時だ。どういう事だ? 俺は、ヤツの攻撃を紙一重というか、かすらせる程度で避けながら考え続ける。完全に避けるのはもう無理だ。ヤツは自分にダメージを与える攻撃は避け、ダメージが入らない攻撃は受けきっている。なぜ、ドラグーンで殴った時は受け切れなかった? 物理障壁はその内側にいる者にはまったく影響を与えない。ドラグーンで殴った時は影響を与えることが出来た。噛み付く寸前で障壁をカットしたのか? いや、それはない、今でも障壁を張ったまま、噛み付いてきている。考えろ! そこに、ヤツを倒すヒントが有るはずだ! その時、攻撃を躱されたヤツが、素早く振り向き飛び込んできた。刀が間に合わない。思わず物理障壁を張ったが、それを抜けて来たヤツの頭突きを受けた助走距離が短かったが、俺は大きく吹き飛ばされた。口の中に鉄の味が広がる。やべえ、内蔵をやられたか。素早く立ち上がり、ヤツを見ると、なにか、考えているように攻撃を止めた。俺は、口の中にたまった血を吐き出した。その時、ある考えがひらめいた。
「物理障壁同士がぶつかると、干渉し合って効果が消えるんじゃねえか?」
やつは、物理障壁が消えたのが不思議で今は攻撃の手を止めたんじゃねえか? そうだ、今だって、直接頭突きを喰らったぞ! 俺は、刀に魔力を流す。こいつに物理障壁付けといて正解だ。今の攻撃で、一気に限界に近づいた体に無理をさせ、フェンリルに斬りかかった。噛み付こうとする口に刀を合わせる。刀に噛み付いたヤツの動きが一瞬止まる。残るもう一つの刀でそのままヤツの首を下から力一杯切り上げる。勢いよく血を吹き出し、ヤツの体が地面に倒れ込んだ。刀に噛み付いたままの顔は驚いたように目を見開き、直ぐに生気を失っい地面に落ちた。
「やっぱり、人命尊重って重要じゃね?」
戦闘シーンを少し長めに書いてみました。頑張ったんですが、やはり苦手です。