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安心しろ、峰打ちだ

一度は言ってみたい台詞じゃないですか?

俺がシルビアの宿に戻ると宿の前でアリアちゃんとケーナがなにやら話し込んでいる。あの二人は結構仲良しだ。歳も近いしな。

「ケーナ、アリアちゃんただいまー」

「あ、おかえりタケル兄ちゃん」

「タケルさんお帰りなさい」

「ケーナ、G+昇格おめでとー。頑張ってるな」

すると、アリアちゃんも。

「うわー、ケーナちゃんおめでとー」

「あ、ありがとう」

ケーナが照れたような嬉しそうな顔をして答える。

「と言うことで、アリアちゃん今日の晩ご飯はちょっとだけ奮発しちゃうからさ、ケーナの好きな物2品追加してね」

「はいタケルさん。ケーナちゃん何がいい?」

「え、えーと、えーと、唐揚げと、......オムレツがいい! アリア姉ちゃんが作ってくれるやつがいい」

「え? あたしが作ったオムレツなんかで良いの?」

「うん、あたしアリア姉ちゃんのオムレツ大好きだよ」

「アリアちゃん、我が儘行って悪いけど。俺達にオムレツ作ってくれるかい?」

「はい!」

アリアちゃんは元気に返事をすると、宿の中に入っていった。

「俺も、今日Cクラスに昇格したぞ」

「タケル兄ちゃんも昇格かー、おめでとー。でも、C-から上がるの早くない? クラスが上がれば昇級するの大変だって、アネモネさんが言ってたよ」

「そうか? 俺って、以外と実績出してるからじゃね? 今日だってBクラスの魔物のワイバーン3匹倒したぞ。もっとも、1匹はツァイがやったんだけどな。おかげで、懐も暖かいと言うわけだ」

「ツァイって凄いんだね」

『アインヨリモツヨイヨ、ションボリダヨ』

「アインの強化もちゃんと考えてるぞ。今度、試そうな」

『ホント? マスター、ダイスキダヨー!』

アインが俺の足に抱きついてきた。

「あははは、さて、今日はささやかだけどお祝いだ。アインも食堂に来てくれるかい?」

『ウン! イッショニオイワイダ』

「じゃー、風呂に入ってからでいいか?」

「うん!」

『アインマッテルヨ』


俺達は、風呂に入ってから席に着いた。料理を運んでくれたシルビアさんが。

「今日は何かのお祝いなの?」

「ええ、ケーナが冒険者ランクがG+に上がったんですよ。で、ちょっとしたお祝いです」

「タケル兄ちゃんもCクラスになったんだよ」

「あらあら、それはおめでとう。ケーナちゃんもタケルさんも優秀なのねー。じゃー、ケーナちゃんは、いよいよ、魔物の討伐をするようになるのね、気をつけてね」

シルビアさんは、少し心配そうだ。

「討伐に行くときは俺も一緒に行きますし、アインもいますからね」

『ウン、アインモイッショダヨ』

「だったら、安心ね。そう言えば、アリアがオムレツを張り切って作ってるわよー、頼んでくれたのね、ありがとう」

「あたし、アリア姉ちゃんのオムレツ大好き! 甘くて美味しいんだ!」

「ふふふ、そうね、あれから練習してたから楽しみにしててね」

「うん! 楽しみだなー」

「そうそう、ケーナにプレゼントだ」

俺は、ベルトに刺していた脇差を抜くとケーナに差し出した。

「俺が、ダイロックさんの鍛冶場を借りて作った最初の5振りの内の1振りだ。もらってくれるかい?」

「いいのかい? 大事な物じゃないか」

「ケーナに使って欲しいのさ、今修練で使ってる刀と同じバランスだから使いにくいって事は無いはずだよ」

『マスター、オンナノコニプレゼントスルノニ、カタナッテドウカトオモウヨ。ザンネンサンダネ』

「アインはそう言うと思ってたよ」

「自分の身を守るのにも必要な物だし、タケルさんが一所懸命作った剣なんだからちゃんと使ってあげないとね」

「うん、タケル兄ちゃんありがとー」

「ああ、ケーナこれだけは心に留めておいてくれよ。刀は敵を斬る為の道具だ。抜く時は誰かを傷つけてしまうって事だ、それを向けられたヤツは、ケーナが自分を殺そうとしていると判断するんだ、殺す気はないって言い訳はできない。抜くときは自分も斬られるかも知れないって事だからな。抜くときはそういった事を考えるんだぞ」

ケーナは、真剣な面もちで頷くと。

「うん、わかった」

「ケーナに教えている剣術だってそうだ。あれは、人や魔物を殺すためだけの技術だ、使いどころを間違えちゃいけないぞ」

「うん、でも、あたしには難しい事は良く分からないよ。タケル兄ちゃん、これからも色々と教えておくれよ」

「そうだな、俺も難しすぎて答えが出ないんだよ。でも、俺の師匠に当たる人に言われたことが有るんだよ、誰かを殺すための技術なら、その誰かから大切な人を守れるんじゃないか? 大切な想いを守れるんじゃないか? ってさ、答えになるのかどうか解らないけど。ケーナには、自分の事を含めて大切なものを守るためには、ためらわずに使ってほしいかな」

「うん、あたしは、タケル兄ちゃんやアリア姉ちゃん、シルビアさんにアシャ姉ちゃん、ヴァイオラ姉ちゃん、アネモネさんも、この街のみんなも、みんなみんな大好きだよ。あたし強くなるよ! タケル兄ちゃんの刀で大好きな人たちを守るよ!」

「そうだな。俺も、みんなが大好きだ」

『アインモ、オテツダイスルゾ』

「そうね、タケルさんには1度街ごと守ってもらったものね。でも、ケーナちゃん無理はだめよ? ケーナちゃんを大好きで、守りたいって思ってる人たちだってたくさんいるんですからね」

「うん!」

「さて、アリアはどうしたのかしら? 見てくるわね」

シルビアさんは厨房に入っていった。俺も、大事な話は終わったので。

「さて、ケーナ、その刀の使い方なんだけどな。柄にある魔石に魔力を流している間だけ、刀身に物理障壁が出るんだ。つまり、魔力を流せば物は切れない、棍棒と同じだな。でも、練習用の剣と違って色は付かないから相手にはわからないんだからな、忘れるなよ。これは、俺が使ってる刀も同じだ」

練習用の剣を作っている時に思いついたのが、この峰打ち機能だ。時代劇じゃないんだから、本当に峰打ちなんかしたら刀が傷むし、下手をしたら折れちまうからな。

「そして、これは、その脇差しだけの機能なんだけど。柄頭の2つの魔石の両方に魔力を流すと、物理障壁と魔法障壁が刀を中心に半径2mくらいを包み込むんだ。もちろん、刀を抜いていても鞘に入ったままでもこっちの機能は有効に働く。自分より強い相手に襲われたらこいつで防げるはずだ。もっとも、中級魔法の障壁だからな、あんまり過信するなよ」

「うん、わかったよ」

その時、アリアちゃんがオムレツの皿を運んできてくれた。

「さーて、話が長くなっちまったな。晩飯にしようぜ」

「うん! おなかぺこぺこだよ」

「あ、あたしが作ったオムレツだよ。まだまだ練習中だから、美味しくなかったらごめんなさい」

「そんなことないよ。アリア姉ちゃんがこの前作ってくれたオムレツ美味しかったよ。練習してるならもっと美味しくなってるよね。楽しみだな」

ケーナは嬉しそうに言ったが。アリアちゃんの顔は引きつった。

「ケーナちゃん、ハードル上げないでー、まだ全然自信ないんだよー」

「俺も楽しみだよ、どれだけ上達したかな?」

「もう! タケルさんまで、からかわないでよ」

「一所懸命作ってくれたんだろ? その想いが味に出るのさ。なあケーナ?」

「そうだよアリア姉ちゃん!」

「アハハハ......。努力はしたよ?」

「「いただきます」」

俺達は先ず、オムレツから食べ始めた。

「美味しいよ! アリア姉ちゃん」

「うん、美味いよアリアちゃん」

アリアちゃんのオムレツは普通に美味かった。

「ほんと? 良かったー。じゃあ二人ともごゆっくり」

アリアちゃんがそう言うと、他のテーブルに呼ばれて、注文を取りにいた。

「タケル兄ちゃん、オムレツ美味しいね」

「うん、美味いな。ケーナ、唐揚げも美味いぞ。食べないなら俺が全部食べちまうぞ」

「あー、食べる食べる。あたし、唐揚げも大好きだよ」

『マスター、アインモタベタイゾ』

「......アイン、すまん」

『モーーーー』

こうして、ささやかなお祝いは楽しく始まった。



翌朝、店の作業場で。

「アインさ、ゴブリンの動きって覚えてるか?」

『ウン、オボエテル』

「じゃあさ、今からケーナの練習相手になってやってくれないか。いきなりゴブリン討伐って言ってもちょっと心配だからさ。アインなら身長もゴブリンと同じくらいだしな」

『ウン、ワカッタ!』

「アイン、よろしくね」

と、ケーナ。

『アインニ、オマカセダヨ』

「行くぞ、アイン」

『ア、アインハ「ゴブ!」ッテイエナイヨ』

「......それは、いいから、普通に、ケーナの相手をしてやってくれ。ケーナ、アインの棍棒の障壁が赤くなったらお前が魔力補給してやれよ」

「うん」

ガーネットが昨日貸した、練習用の剣を返してきた。

「タケル、この剣は好評だったぞ。団長が、剣の種類を取りそろえて欲しいって言ってたんだ。ザナッシュ様もこの剣が有れば、騎士団の実力が上がるのは間違いないと言っていた」

「本当か? よっしゃ!」

「だが、経理が首を縦に振らない。どこにそんな金が有るのかってな。こいつは魔道具だし、他に作れる者もいないのだからな、かなりの金額になるはずだと言ってな渋っている」

「あーそうか。そう言えば値段決めてなかったもんな。いくらぐらいが妥当なんだろう?」

「魔道具なんて、たいてい高い物だぞ。1振り100000イェンは下らないだろうと、経理は言っていたな」

100000イェンだって? 日本円で1振り100万円って? そんなに魔道具って高いのか。さすがに、ぼったくりだろそれ。

「ショートソードが7000イェン、ロングソードが8000イェン、バスタードソードが9000イェン、トゥーハンデットソードが11000イェン、それ以外のヤツは、相談ってところだな」

ガーネットは値段を聞いて驚いたようだ。

「そんな値段で済むわけが無いだろう! それでは、鋳造の剣の値段より安いじゃないか。騎士団に納品するからと言って、遠慮する事は無いんだぞ」

「いやいや、遠慮とかしてねえよ。だって、剣本体は一応鍛錬はしてるけど、鋳造と同じような物で手間かからないし、モデリングで成形しちまうから、1振り作るのに数分もかからない。障壁用の魔石だって、自分で取ってきたゴブリンとかコボルトのやつだからな、俺は魔核の加工も自分でできるから、その値段で十分儲けが出るんだよ」

「そんなものなのか?」

ガーネットは首を傾げているが。

「そんなもんだよ。ただし、この剣を買ったことは当面秘密ってことにして欲しい。他のやつに真似されたんじゃ敵わない。それに騎士団で実際に使える様な品なのか試して欲しいってのもある」

「解った。経理に話してみよう。おそらく全部合わせて100振り以上にはなると思うぞ。本当なら騎士団の人数分と言いたいところだが、最初はそんなもんだろう」

なるほど、1振り100000イェンだと思ったら、とても経理がOKを出せる金額じゃ無いだろうな。でも、さっき言った値段なら、800000イェンから1000000イェンで済むのだから、検討する余地はあるのだろう。競合する相手がいないのだから、もっと儲けてもいいかもしれないが、今回はテストも兼ねていると言えばいいだろう。実際に店に出しても売れるかどうかは、微妙だけどな。俺は、剣の話は切り上げることにしてガーネットに修練の開始を告げる。

「さて、始めようか」

「ああ、よろしく頼む」

俺達は、昨日と同じように試合形式で打ち合いを始めた。



修練も終え、朝飯も済ました俺とケーナは、ギルド提携の武器屋に来ていた。武器は脇差でいいが、防具は買わなきゃいけないからな。そこで、ケーナは俺と同じような革製の防具を買った。店を出た俺は、ケーナが装備する前に薄く仕上げたオリハルコンをあまり重くならない程度に、モデリングで成形し要所に付ける。そうして、アインと馬車を引いたツァイと一緒に街の外に出た。アインとツァイを適当なところに待たせて、2人で適当にゴブリンを探している。

「ゴブリンはだいたい5匹くらいがまとまって行動していることが多いんだ。とりあえず最初は俺が4匹倒すからケーナは残った1匹と戦ってみな。村で狩りをしてたんだから、ゴブリンを討伐するのは平気だろ?」

「うん、平気だと思う。でも、ゴブリンと戦うの初めてだから緊張する。ちゃんと出来るかな」

「今朝、アインと練習したろ。あの通りにやればいいんだ。俺が見てた限りじゃ1対1なら負けないと思うぞ。と言ってるうちに、現れたぞ。準備しな」

背の高い草むらからゴブリンが5匹出てきた棍棒を持った奴が3匹に錆びたショートソードを持った奴が2匹だ。ケーナは脇差を抜くとゴブリン達をにらみつける。俺はリボルバーワンドを抜くと無造作に引き金を4回引いた。アースボルトが4連射された。ゴブリンのうち棍棒を持った1匹をのぞいて4匹の後頭部が吹き飛んだ。それを見たケーナは無言で走り出した。

「ゴブ!」

残ったゴブリンは驚いたようだが、走っていくケーナを確認すると棍棒を振り上げケーナに向かって来た。ケーナは足を止めると。棍棒を受け流しそのまま斬りつけた。ゴブリンを1撃かやるじゃないか。棍棒を受け流すときに、刃に物理障壁を張ったようだ。冷静に対処できたようだ、初めての討伐なのに緊張はしていないな。

「よし、初討伐だな。棍棒を受け流す時に障壁張ったな、良い対処だ。棍棒を受け流せずに刃が食い込んだらちょっとやっかいだからな、よく考えたな」

「昨日アインに教えてもらったんだ。あたしじゃ棍棒を切り落とすのは、まだ無理だろうからって」

「そうか、でもちゃんと初めての実戦で出来るんだからたいしたもんだ」

「タケル兄ちゃん。ゴブリンの動きが昨日のアインより悪かったんだけど?」

「ああ、それはそうだ、修練でギリギリ出来る事が実戦で出来るとは限らないだろ? アインはそれを解ってて少し動きを早くしてたみたいだな。俺が指示した訳じゃ無いけど、アインだからな」

「アインはそこまで考えて、あたしの相手をしてくれてたんだね。すごいね」

「そうだな。それの相手が出来るんだ。ゴブリンと1対1で負ける訳がない。でなきゃ、アインが今日の討伐を許す訳がないだろ? アインはあれで、ケーナのお姉ちゃんのつもりだからな」

「アインがお姉ちゃんかー、可愛いから姉ちゃんって感じはしないけど」

「でも、ちゃんとお姉ちゃんしてくれてるだろ?」

「うん、そうだね」

「さて、まだ行けるだろ? でも、今日はゴブリンだけな、慣れてきたら1対2でやってみような。あいつらは連携してこないから、スピードで翻弄すればいい」

「まだまだ、行けるよ」

「ケーナ、まだ行けるて思ったときはそろそろ止め時だからな。平気な時は、まだ行けるなんて考えないもんだからな」

「うん!」

ケーナの返事だ、元気だな。


その後も、俺達は順調に討伐を続ける。ケーナは今倒したゴブリンで15匹目だ最後の2回は1対2でもやらせてみたが、十分戦えることがわかった。他にも収穫があった。試しにケーナにリボルバーワンド使わせてみたら、なんと、使えたんだ。ケーナは記述魔法に適正が有るようだ。本人の希望次第だが、魔道具職人や鍛冶士として俺の弟子にするってのも有りかもしれない。そうなったら、モデリングを取得させてやりたいところだ。俺はスキル取得で取ったけど、ちゃんと取得の条件もわかっていると言うか、自然に頭に浮かんできた。あまりいい気持ちじゃないが、ケーナの将来に役に立つかもしれないから良しとしよう。

「ケーナ、お疲れ。今日はこの辺で上がろう」

「うん! まだ大丈夫はもうダメなんだよね」

「ははは、そう言う事だ。俺もこの前ツァイに言われたんだよ」

「なんだ、タケル兄ちゃんも受け売りだったのか。あははは」

俺達は、アイン達と合流し馬車に乗り込んで街に戻ることにした。


ギルドに戻った俺達は受付に討伐証明と魔核を渡しクリア証を受け取ると、ケーナから先にアネモネさんにクリア証とカードを渡した。

「これ、お願いします」

「はい、お疲れさまでした。え? ケーナちゃん今日だけでこんなに討伐したの? ちょっと、凄い数なんだけど」

「タケル兄ちゃんが、1匹だけ残して倒してくれたから。1対1で倒したんだよ」

「なるほど、いきなり群を相手にするのは難しいでしょうからね。するとタケルさんの討伐数は」

「ああ、ゴブリンは60匹くらいかな。他にオークだね、オークはまだケーナにはやらせてない」

「タケルさんは相変わらずですね。ケーナちゃん報酬はいつものように口座でいい?」

「あ、今日はお金で欲しいんだ」

「はい、じゃあ、1650イェンですね」

「ありがとー、アネモネさん」

イェンを受け取るとケーナは巾着にしまった。ギルドを出るとケーナが。

「タケル兄ちゃん。今日の報酬で串焼き食べてもいいかな? 本当はまだまだ足らないんだけどさ、今日はいつもの倍以上になったから」

「もちろんさ、ケーナの稼いだ金だ、ケーナの良いように使って良いんだぞ」

そう言ってやると、ケーナは串焼きの屋台に走っていき串焼きを3本買ってきた。

「3本でBランチ2食分もするんだな。やっぱり高い。でも美味しそうだね」

「そうだな、たまに贅沢するのもいいんじゃねえか」

「はい、タケル兄ちゃんの分」

と言って俺に1本渡してくれた。俺はそれを受け取ると。

「ありがとう」

それから、アインに1本渡す。

「これは、アインの分だよ」

『ケーナ、アインタベラレナインダヨ』

と言って、アインは俺を見つめた。ケーナは。

「食べてみたこと無いんだろ? やってみなきゃわからないよ。食べてごらんよ。じゃあ、いただきまーす」

一口ほおばると、左手で頬をおさえて。

「おいしーーーー。ほら、アインも食べてごらんよ。タケル兄ちゃんも」

「いただきます」

『イタダキマス』

「うん、美味いな」

アインも一口かじっている。口をもぐもぐと動かして。

『......コノ、ナントモイエナイヤワラカナショッカンガ、タマラナイ。コレハオイシイネ』

俺は驚いて。

「アイン、お前味がわかるのか?」

『アジガナニカワカラナイケド。トテモヤワラカイトコロト、チョットカタイトコロノビミョウナカンジガトテモイイネ』

こいつ、味じゃなくて食感を味わってるのか?

「串焼きおいしいねー。また食べたいねー。アインもおいしい? よかったね。ところで、食べたものはどうなっちゃうの?」

『エイヨウニハナラナイネ、デモ、カラダノナカニハキュウシュウサレルミタイダヨ』

「へー、そうなんだ」

「主様、わたくしはも食べ物を食べられるのでしょうか?」

「いや、ツァイは絶対に無理だ。だいたい口が開くような構造にしてねえもん」

「あら、気が利かない主様ですね」

「お前は、アインみたいに吸収出来ないからな、タレでべとべとになるし、体の中でどうなってもしらないぞ」

「残念ですが、しかたがないですね」


店に寄って、ツァイと馬車をしまうとシルビアの宿に帰ってきた。ロビーのカウンターにはアリアちゃんがなにやら真剣な表情でカウンターの上を睨み付けている。そこには直径5cmほどの歪な球体が数個載っている皿が置いてある。俺とケーナはアリアちゃんに向かって。

「「ただいまアリア姉ちゃん(ちゃん)」」

『タダイマ、アリア』

「あ、お帰りなさい、ケーナちゃん、アイン、タケルさん」

『アリア、アインネ、タベラレルヨウニナッタンダヨ』

「アインよかったね」

『ウン。コレカラハイロンナモノヲタベルヨ』

栄養にもならないのに? 味すら解らないのに? 食感を楽しむのがアインの趣味になっちまうのか?

「アリア姉ちゃん、その丸いものは何?」

ケーナが尋ねると。微妙な顔でアリアちゃんが。

「パンケーキ?」

なぜ、疑問形? パンケーキってホットケーキの事だよな? あれって、円盤形だよな? そいつは歪な球体で、しかも真っ黒だぞ。ケーナは無邪気に。

「へー、それがパンケーキって言うんだ。あたし初めて見たよ。アリア姉ちゃんが作ったの?」

ケーナ、それはパンケーキじゃないぞ! じゃあ何なのかと聞かれても困るが、パンケーキじゃない事だけは確かだぞ。

「うん、失敗しちゃったんだ。それで、どうして失敗したか考えてたところなの。炭のようになっちゃって、食べられないんだ。でも、今度は絶対に失敗しないからね、その時はケーナちゃんとタケルさんにご馳走するからね」

アリアちゃんがそう言う。是非成功させてもらいたいところだ。主に俺達の腹のために。その時どこからか。

「しゃりしゃりしゃり」

と言う音が聞こえてきた。見るとパンケーキ(仮)を両手に持ったアインが口をモグモグさせている。さらに、口に放り込むと。

『ンー、コノ「シャリシャリ」トシタショッカンノナカニ「カリカリ」ト、カタイブブント「ドロドロ」シタブブンガゼツミョウナハーモニーダヨ! クセニナリソウダヨ! オイシイヨアリア!』

アリアちゃんは驚いて。

「えー、アイン食べちゃたの? 炭の味しかしないよ。おなか壊しちゃうよ」

「アインは、食べ物の味は解らないみたいなんだ。ただ、食感を楽しむみたいだな。栄養にはならないけど、吸収はするみたいだ。腹に入る訳じゃ無いから、腹を壊すって事は無いんじゃないかな」

『マスター、マスターモ、タベルトイイヨ、アインヒトリデタベルノハワルイカラサ』

アインが恐ろしい事を言ってきた。こいつを食うのか? 俺が?

「アイン、これは食べられないんだよ」

『アリア、ナニヲイッテルンダ、ソンナコトハナイヨ、オイシイヨ、マスターモタベテミルトイイヨ』

「本当に、美味しいの?」

『ウン!』

アリアちゃん、俺をそんな目で見ないでくれ。

「アインがそこまで言うなら」

俺は、アインからパンケーキ? を受け取ると一口食べた。なるほど、シャリシャリして、カリカリしてて、ドロドロ......。俺は、そこで意識を手放したようだ。


「うっ、うーん。シャリシャリ...カリカリ...ドロドロ......うーんん」

......はっ、俺は? ここは? 俺は自分のベッドで目を覚ました。

「ふう。夢だったのか」

もうそろそろ、朝が来るようで、部屋の中はぼんやりと明るくなってきている。そこで、右手に違和感を覚え、ふと見てみると。そこには、床に座ったままベッドに頭を乗せて、俺の右手を両手で握ったまま寝ているアリアちゃんがいた。

「なんてこったい。あれは、夢じゃ無かったらしい」

アリアちゃんのパンケーキを食べた俺は意識を失い、部屋のベッドに運ばれたんだろう。そうして、アリアちゃんは俺に付き添ってくれていたってところか? アリアちゃんを起こさないようにベッドから降りた俺は、そっとアリアちゃんを抱き上げて1階のプライベートスペースに運んでいった。仕切になっているドアをノックすると、シルビアさんが出てきてくれてアリアちゃんの部屋に案内してくれた。アリアちゃんをベッドに寝かせて部屋を出た俺に。

「ごめんなさいね、大変な目に合っちゃったわね」

「いや、あれはアインのせいだから。まあ、アリアちゃんのあの目が無ければ食べなかったかもしれないけどね」

「ふふふ、タケルさんは優しいね」

「女の子に弱いだけですよ」

「本当にそうね」

「シルビアさんもそう思いますよね。ははは」

弱々しく笑って部屋に戻った。とは言えそろそろ修練の時間だ。



そんなこんなで、10日程が過ぎた。ケーナは1日置きにお手伝いクエストとゴブリン討伐をしている。ゴブリン相手なら、5匹でも倒しきれるようになっている。もっとも、純粋に剣術で倒している訳ではなく。リボルバーワンドや物理障壁を上手く使いこなすようになった事が大きい。俺が使っているリボルバーワンドのモデルになった拳銃はコルト・ドラグーン(何と言っても、かっこいい!)で、かなり大柄なものだ。ケーナ用にはずっと小さく軽いS&Wのチーフスペシャルをモデルにした物を1丁作ってやった。カートリッジはファイアーボルト、アイスボルト、ファイアーウォール、エクスプロージョン、そしてハイヒールの5種類が入っている(チーフスペシャルは5連発なんだ)。それから、ガーネットとの修練もガーネットが夜勤でなければ毎日やっている。練習用の剣はやはり100本ほど注文があり、昨日納品した。そうそう、ザナッシュ様から注文を受けていた太刀も納品した。



今日はゴブリン討伐をしてギルドで報酬を受け取り帰る途中でアシャさんに会った。

「こんにちは、アシャさん」

「こんにちはー、アシャ姉ちゃん」

「こんにちは、タケルさんケーナちゃん。今日は、これからヴァイオラとアネモネとシルビアさんの所で食事なの。2人とも一緒にどうかな?」

「あたしアシャ姉ちゃんと一緒がいい!」

「俺も一緒で良いの?」

この前、服屋の前で、走り去っていくアシャさんを思いだして聞いた。

「私から誘ったんですよ。一緒は嫌ですか?」

「いやいや、もちろん一緒が良いです!」

「タケル兄ちゃん良かったね。この前アシャ姉ちゃんが走って逃げちゃったって言って、落ち込んでたもんね」

すると、アシャさんが、頬を少し赤くして。

「あ、あれは、タケルさんと合ったタイミングが悪かったというか、恥ずかしかったというか......。とにかく、逃げた訳じゃありませんから!」

とりあえず、アシャさんに嫌われた訳じゃなさそうだ。俺達は話ながらシルビアの宿に歩いていくと。少し先の方から。

「きゃーーー」

悲鳴が聞こえた。

「ちょっと、様子を見てくる。みんなはここで待っててくれ」

俺は、そう言うと、通りを先に向かって走り出した。悲鳴を上げて逃げてくる女の人を避け先に進むと。そこには、グレートソードを振り回している男がいた。誰かと戦っている様子もなく単に巨大な剣を振り回し、果物の露天の庇をうち払っている。さらに大きく振りかぶり店を両断するかのように振り下ろそうとしたところで俺が声を掛ける。

「おいおい、そこの酔っぱらい何やってんだ! 店が壊れちまうだろうが。食べ物を粗末にするんじゃねえ!」

「なんだとー。オレは酔っちゃいねえぞーー!」

と叫びながら、俺を振り向いた男は真っ赤な顔で目が据わっている。明らかな酔っぱらいだ。

「酔っぱらいはみんなそう言うんだよ! こんな明るいうちから酔って暴れるんじゃねーよ、人に迷惑かけるんじゃねー!」

「うるせえーー!」

男はグレートソードを振りかぶると俺に向かって斬りつけてきた。結構な力だな。周りで見ていた人の間から悲鳴が上がる。俺は剣を抜き魔石に魔力を流すと、踏み込みながら剣を躱して男を袈裟斬りにした。男は剣を取り落とし倒れ込むとうめき声を上げた。

「安心しろ、峰打ちだ」

一度言ってみたかったが、俺がいた現代日本では絶対に言う機会なんて無い台詞だ、俺は言い放つと、刀を鞘に納めた。すると俺の後ろからケーナが声を掛けてきた。

「今の刃の方で斬ってたよね。峰打ちじゃないよね?」

アシャさんも。

「安心しろって、鎖骨と肋骨が何本か折れてますよ、打ち所が悪ければ死んでます」

俺は。

「本当に峰打ちなんかしたら、下手すれば刀折れちゃうだろ? ケーナも峰打ちなんかするなよ。アシャさん、殺さない程度に加減はしてるよ。骨折ならハイヒールで直せるし」

と言って、ドラグーンを抜くと、ハイヒールを掛けた。そこに騎士隊が現れ男を取り押さえると、少しだけ事情を聞き取り男を連行していった。


「タケル兄ちゃん、ひょっとして、さっきの台詞を言いたいためだけに、刀に物理障壁付けた訳?」

俺は、ズバリと言い当てられて、内心ドキドキしながらも平静を装って言った。

「ナーニ馬鹿ナコトヲイッテルノカナ、ケーナクンハ。アクマデモ人命優先デスヨ? 街の中で無闇に人を殺す訳にはいかないだろ?」

ケーナとアシャさんの疑わしそうな視線に気が付かないふりをして。

「さて、腹が減っちゃったよな。晩飯にしようぜ」

「「やれやれ、これだから」」

呆れたように二人の言葉がハモった。


実はアインは物を食べられたんですね。味はわからないようですが。

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