白
いつも、サブタイトルには悩んでしまうのですが、今回は、これしかないかなーと。
街の外に出た俺達は、街道を進み広い草原に出た。
「よーし、この辺でいいかな。ツァイここまで歩いてきて何か異常はあるかい?」
「いいえ、主様。記録した最適状態からの変化は認められません」
「よし、ツァイ最終チェックだ、適当に走ってみてくれ。とりあえず速歩からな、体に異常があったら直ぐに止まって俺を呼べよ」
「はい、主様」
ツァイはそう言うと、草原を有る程度速度を出して歩き始めた。ここまで常歩でやってきたのでそこは確認する必要はないから速歩からだ。
「おー、いい感じだな。ん? 駈歩に移ったな。問題は無さそうだな」
ツァイはやがて回転襲歩そして、交叉襲歩へと速度を上げていく。
「あいつ、早いな。この前牧場で見た馬より早いんじゃないか?」
牧場で見た馬の走り方を思い出してみる。違和感が無いと言えば嘘になるな。機械的に馬の動作を真似るわけだから不自然にバランスが取れていると言うか、画一的な動きしか出来ないと言うか。あんなんで地面の状況に応じた走り方とか出来るんだろうか?
「アインの制御式を基に組んでるんだから、状況に臨機応変に対応出来るはずだよな。むしろ機転なんか無駄に利きすぎるんだろうな」
しばらく思うままに走ったツァイは俺の所に戻ってきた。
「お帰りツァイ。どうだ? おかしな所は無いか?」
「はい、主様。異常は見られません」
「そうか。で、どうだった? 走ってみて」
「はい、とても気持ちが良かったです。どこまでも走って行きたくなってしまいますね」
「そうか、じゃ、俺を乗せてくれるかい?」
「はい、主様」
そう言うと、ツァイの背中が開き中からせり出したハンドルの付いた鞍と鐙が展開した。鞍はウエスタンタイプのがっちりした物だ。そこに跨るとツァイに向かって。
「じゃ、まずは歩いてみてくれるか? 俺、乗馬なんかやったこと無いからさ」
「はい、ではまいります」
そう言うとツァイは、常歩で歩き出した。少しして。
「徐々に速度を上げてみてくれ。ステータスが高いせいか特に問題なく乗れるみたいだ」
「そうですね、では、主様ハンドルをちゃんと握っていてください」
そう言うと速度を上げ始めた。俺は、運転免許を持っていないから、自転車以上のスピードが出る乗り物を運転したことは無いが、おそらく原付バイクなんかよりスピードが出てるんじゃないか?
「ツァイ! 気持ちいいな!」
ツァイに声を掛けると。
「はい、では、主様、最高速度を出します。喋ると舌を噛みますよ。気を付けてくださいませ」
そう言うとさらに速度を上げた。100キロくらい出てるんじゃないだろうか? 向かい風を受けた俺は体を前傾させて風に跳ばされないように構えた。向かい風が凄いな、ゴーグルでも付けるか? いや、物理障壁を展開した方がいいな。飛来物が当たったら結構なダメージだろう。全速力で数分走ると徐々に速度を落としていきやがて停止した。
「いかがでしたか? 主様を乗せていなければもう少し速度は出せますが、今のでだいたい80キロほどです」
「そんな物だったのか。向かい風がきついせいかな? 100キロくらい出てるかと思ったよ」
「ふふふ、馬の骨格を参考にしていますから。馬と比べてそれほど早いというわけでは無いと思います」
「で、どうだ? 体に異常は無いか?」
「はい、全く問題はございません。主様」
「今のスピードで走ったとして魔力の消費はどうだ? 魔力が回復するスピードとか解るかい?」
「はい、今走ったスピードで1時間程度....あ、半刻ですね、それでバッテリー用の魔結晶に蓄えられている量の3分の1程度は使うのではないかと思います。ただし、魔力を吸収し回復しながらですから、もっと長い時間走れるとは思います。でも、あの速度で走りますと、回復は追いつかなくなりますね。駈歩ですと、ちょうど消費と回復が釣り合う感じです。ただし、そんなことをすれば、主様のお体に障りますので、お控えください」
「確かに、一般に使われてる鞍よりも大分体への負担は少ないだろうが、それでも、自動車やバイクほど快適な乗り心地とは言えないか」
「申し訳ございません」
心なしかツァイの声が沈んだように感じた。
「なんだ、ツァイが謝る事じゃないだろ? 制御式も体も俺が作ったんだ。逆に、思っていたよりずーっと完成度が高いから驚いたくらいだよ」
「ありがとうございます。主様に作っていただいた体ですから」
ツァイの言葉使いって妙に丁寧なんだよな。
「じゃ、今度はマニュアル操作してもいいかい?」
「はい、....初めてなので、......優しくしてくださいませね」
「なんか、言い方おかしくねえ? 間違っちゃいねえけど。優しくするけど」
「もう、主様ったら、わたくしの背中に乗って優しくするなんておっしゃって。ポッ」
「ぽってなんだよ」
「ふふふ、冗談です」
こいつの性格って、どうしてこうなったんだ?
気を取り直してマニュアル操作をすることにする。マニュアル操作とは言っても、完全に手動操作になるわけじゃない。俺の操作を受けて、ツァイが俺のやりたいことを判断し実行すると言った感じだ。ゴーレム核に刻まれた制御式には空間認識に関するものも有るので、地面の状態を無視した命令なんかには従わないし、そうでなきゃ危なくて使えやしない。
ハンドルに付いたアクセルレバーを操作して速度を上げる。ツァイは歩き出し速度を上げ始める。右にひねると右に曲がる。よく考えたら。鞍にメータとか付けて、魔力の残量や速度を表示するようにすれば良いんじゃないか?
「どうだ、ツァイ? こんな感じでいいのか?」
「はい、お上手ですよ、主様」
「なんか、さっきから言い方が変だぞ」
「ふふふ、申し訳ございません。主様と一緒に走っているかと思うと嬉しくて、ついはしゃいでしまいました。先ほど1人で走っている時もとても楽しかったのですが。主様を乗せて走るのは、また、違った楽しさが有りますね」
「そんなもんかね。よし、ここらでマニュアルは解除だ。牧場に顔を出したいから街に戻ってくれ」
「はい、主様。ところで、オーガの討伐クエストを受けてきたんじゃなかったのですか?」
「あっ、そうだったな。じゃあ、街道に戻って、あっちの森の方に行ってみてくれ」
「はい」
オーガの目撃された森に近づいたので、俺はツァイから降りて歩いている。行商をしている小さな隊商がオーガを発見したのがこのあたりのはずだ。街道から少し外れた森の中にオーガを見つけた彼らは、馬を急かしてガーゼルの街まで逃げてきたらしい。オーガは人が走るくらいのスピードでしか走れない。たとえ馬車を引いていても奴らより早く走れるのだ。彼ら商人が冒険者とちがって、ゴーレムホースを使わない理由はそこにあるのかもしれない。
魔の森ほどではないが、それなりに大きな森の端の方をオーガを探して進んでいると、いた、オーガだ。人間なら両手で持たなければならないようなバトルアックスを右手に持ち左手に持った何かを夢中で食べている。
「得物はバトルアックスか、依頼票にあったとおりだな。ツァイ、俺が接近戦で倒すけど、魔法で援護できるか?」
ツァイは角に発生させるファイアーボルトを改造したヒートナイフを敵に向けて打ち出すことが出来る。機構はリボルバーワンドと同じだが、ツァイには魔石で作ったカートリッジを仕込んでいる。しかもツァイに搭載してあるのは、パラメータを使用魔力を増量し、打ち出すボルトを強力にするようにいじってみたものだ。魔結晶から一度に取り出せる魔力は俺より多いことが解ったので記述をいじってみたんだ。
「お任せください。主様の合図でファイアーボルトを撃ち込みます」
「ああ、ツァイは俺から離れて付いてきてくれ。一度上げた手を勢いよく下ろしたらファイアーボルトを続けて2発撃ってくれ」
そう言うと、俺は、オーガの死角から近づいていく。一度止まって、ツァイを振り返り、俺が軸線から外れていることを確認してから前を向くと、手を上げ、そのまま振り下ろした。オーガに向かってファイアーボルトが2本飛んで行った。
「あれ? ファイアーボルトってあんなに大きかったか?」
『ボーン』
大きな音を立ててオーガに当たったファイアーボルトは、奴の左腕を肩から吹き飛ばし、左の脇腹を大きくえぐり取った。
「これって、致命傷じゃね? いくら丈夫なオーガでも限度はあるよな」
膝を付いたオーガは欠落部分の再生が始まっていたが、そのスピードは遅くダメージが大きかったものと思われた。俺は、とどめを刺し、討伐証明と角そして魔核を採取するとオーガは跡形もなく消えた。バトルアックスも回収した。
「ツァイご苦労さん。今のは、ちょっと威力強すぎるな。むやみに人間に撃つ訳にはいかないな」
「はい、主様の指示が無い限り人間には撃たないようにいたします」
「うん、そうしてくれ。あ、対人用のカートリッジも後で作るよ。俺のパーティメンバーには従っていいぞ」
「はい、....記録しました。パーティメンバーは主様の次の優先順位といたします」
オーガを討伐した俺達は、街に向かった。この前、親切にしてもらった牧場のおやじさんに、出来上がったツァイを見せようと思っていた俺は、牧場に向けてツァイを走らせた。
牧場に着くと、この前調教を見せてくれたおやじさんが事務所の前にいた。俺はツァイから降り鞍を仕舞うと、おやじさんに声をかけた。
「こんちは。この前はありがとう。おかげでゴーレムホースが完成したよ」
「おー、この前熱心に調教を見ていたゴーレム術士の兄ちゃんか。そいつが、お前さんの作ったゴーレムホースかい?」
「ああ、ギルドで売ってるヤツよりは、良い物に仕上がったと思うぜ」
「ほー、形は断然お前さんの方がいいな」
「この前は、名乗って無かったな。タケルだ、よろしく」
「おー、そうだったな。俺は、ザクソンだ、よろしくな」
「さっそくだけど、走る所を見てくれよ」
「だったら、調教やってる馬場に行こう」
俺達は馬場に行き、周回コースをツァイに走らせることにする。
「よし、ツァイここを1周して来てくれ」
「はい、主様」
そう言うとツァイは歩き出し、徐々に速度を出していった。
「おい、タケルのゴーレムホースは喋るのか!」
「ああ、俺のは特別だ」
そう言っている間にもツァイはスピードを上げていく。1周1kmくらいか? 陸上競技場のトラックよりもかなり大きなコースを、ツァイは軽快に飛ばしていく。ちょうど向こうの正面を走っているあたりで全速を出したようだ。黙って食い入るようにツァイの走りを見ていたザクソンは。
「タケル、確かにあいつは普通のゴーレムホースとは大分違うようだな。速度は馬より出るな、揺れも少ない。」
「でも、本当の馬に動きが似てるからかな? かえって、違う部分が目立つかな」
「うむ、たしかにそうだな、俺のように毎日馬を見ている者から言わせてもらえば。動きが綺麗すぎるんだな。生き物の動きとは違うって事だな。ただし、馬車を引くならこいつの方が良いんじゃねえか?荷物が傷まなくて済むだろう」
「そうだよな、それに、騎乗するときも、乗り手に掛かる負担が少ないと思うんだよな」
「なるほどそうか、普通のゴーレムホースだと思って見ていたが、あれなら騎乗出来るな」
ザクソンは、ゴーレムホースと聞いて、馬車を引く物と思う込んでいたらしい。騎乗出来ると気付いて、目を輝かせてツァイを見ている。
「何なら乗って見るかい?」
「え? 良いのか? だったら、鞍を持ってこねえとな」
馬場の横にある小屋に行こうとするザクソンを止めて。
「ザクソンさん、ツァイに鞍はいらねえんだ」
「なに?」
そこに、ツァイが戻ってきた。
「ツァイ、騎乗モードだ」
「はい、主様」
ツァイが返事をすると。背中から鞍が出てきた。
「ほー、なるほどな、鞍を内蔵してるのか。作り物なんだから、そう言ったことも出来るって訳だな」
「ああ、そう言うことだ。ツァイちょっとザクソンさんを乗せて走ってくれないか?」
するとツァイは。
「いやです」
俺とザクソンはそろって。
「「え?」」
「わたくしは、主様しか乗せたくありません」
と言うと、そっぽを向いてしまった。俺とザクソンは一瞬ポカーンとしてしまった。すると、ザクソンは笑い出した。
「わはははは。ツァイと言ったか? すまんすまん、タケルに乗ってみるかと言われて、珍しく興奮しちまった。確かに、ご主人様しか乗せたくねえって気持ちは解るぜ。馬だって、気位の高いヤツはそう言うもんだ。そう言った所は調教で仕付けるんだが、ツァイはタケルの馬だからな他のヤツなんか乗せる必要はねえな。ツァイ無理言って悪かったな」
「いえ、主様が言い出したのはわかっておりましたが、やっぱり主様しか乗せたくありません。申し訳ございません」
「いやいや、ツァイにははっきりした意思がある。そいつは尊重するべきだ。タケル、残念だが俺が乗るのはあきらめる。しかし、人が乗るところを見てみたい。乗って見せてくれるか? 俺はうちの馬で併走させてもらおう」
「そうしよう、すまねえな、俺が言い出したのに」
「なーに、良いって事よ。それより、このツァイって馬はすげえな。自分の馬と言葉を交わせるってのは、うらやましいぞ」
そう言うとザクソンは馬を用意しに小屋に入っていった。
「主様、我が儘を言って主様に恥をかかせてしまいました。申し訳ございません」
「気にするな。ザクソンさんも言ってたろ? 俺の方こそすまなかったな。ツァイに確認もしないで、勝手に他人を乗せる約束なんかしちまった。でも、ゴーレムホースをもう一つ作らないとな」
「わたくしはもう必要ないのですね」
「そんな訳ないだろ。そうじゃなくてケーナの分だ。ケーナだって乗りたいに決まってるだろ。ツァイをを起動するときの俺の思いのせいだと思うんだよな。強い思いが性格なんかを決めるんじゃないかな」
「さあ? わたくしにはそう言ったことはわかりません。でも、わたくしの性格は主様のお好みに合っていると言うことですね」
「そうかもな。次は、もう少しその辺を緩く設定出来るといいな。ケーナ専用になっちまったりしてな」
そんな会話をしていると、ザクソンが馬に乗ってやってきた。
「待たせたな、こいつで一緒に走らせてもらうぞ」
「ああ、さっそく行こうか」
俺達は、馬場を並んで走り出した。駈歩でしばらく走ると。
「やっぱり、ツァイの方が揺れが少ないな。人が乗ってると良く分かる。人を乗せるにも、馬車を引くにもツァイの方が向いてるってことだな。タケル凄いじゃないか。そのツァイを持ち込めば、ゴーレムギルドも文句は言えないだろ」
「あそこに入る気は無いよ。それに、ツァイは売れないと思うな、材料費がとんでもなく掛かるんだ。ギルドのゴーレムホースの値段じゃ原価からほとんど儲けがでないよ」
「そうなのか? 見たところ、ツァイは鉄かい? ギルドのは、あれは青銅だろう? タケルも青銅を使えばいいじゃないか」
「そんなんじゃ、さっきみたいに全力で走ったら壊れる。だから、オリハルコンなんかも使ってるんだ、で、原価が跳ね上がるわけさ」
「なるほど、そんな物使ってたんじゃ高くなっても仕方がねえな。今のゴーレムホースで我慢しなきゃならねえ奴らは多いだろうな」
「そう言うこと」
「しかし、商売にならないと決まった訳じゃねえ。ツァイを見れば、欲しがる奴は必ずいるぞ」
「そんなもんかね。でも、ゴーレムギルドに入るのは嫌だな」
金に困ってから行ったんじゃ足下見られるな。行くなら最良のタイミングを狙わねえとな。まあ、あのオークみてえなおっさんが、副ギルドマスターやってるうちは行かねえねどな。
馬場を1周した俺達は馬から降りると。
「タケル、今日は楽しかったぞ。また、暇があったら寄ってくれ。馬を買うときはよろしくな」
「いいえ、わたくしが居りますので主様には他の馬は必要ありません」
「だそうだ」
「そりゃあそうだ。わははは」
「じゃあ、また寄らせてもらうよ」
「おう、楽しみにしてるぞ」
俺は、ザクソンと別れると、街に戻った。冒険者ギルドに行く前に騎士隊の詰め所に立ち寄りガーネットと話そうと思ったが、警邏に出ていて会えなかったので、明日の朝から始めると伝言を頼んだ。詰所に残っていた騎士隊の隊員の俺を見る目がなんだか変だった。変わった奴を見るような隊員や、関心したような微妙な目で見る隊員や、俺を睨み付ける隊員とかがいたが、どうしたんだろう?
俺が、冒険者ギルドに入っていくと、ざわついていた室内が水を打ったように静かになった。そして、軽食コーナーに座っていた冒険者達が何やらこそこそと話し始めた。小声のため内容は良く聞こえなかったが、断片的に声が聞こえてきた。
「......の白......」
「あの、......鬼百合......」
「....抱き...」
「....酔い...」
「いやい...お持ちか...」
そんな中を、オーガのクリア証を持ってアネモネさんの所に行った。
「アネモネさん、こんにちは。オーガのクリア証よろしく」
受け付けてくれたアネモネさんはいつもと違って、表情が硬い。
「お疲れさまでした。クリア証とカードお預かりいたします」
なんだ? 俺なんかやっちまったか?
「はい、カードお返しします」
「あ、どうも」
なんだか、訳も分からず首をひねりながら受付を後にした。ギルドを出て、店にツァイを置いてからシルビアの宿に戻った。宿の前に居たアインに挨拶をしてからロビーに入ると。シルビアさんとアリアちゃんがロビーにいて、いつもよりも良い笑顔で挨拶してくれる。
「「タケルさん、お帰りなさい」」
「ただいま、シルビアさんアリアちゃん。ケーナは部屋? 買い物どうでした?」
アインが戻ってるんだから、ケーナも居るはずだ。シルビアさんは楽しそうに笑いながら。
「ふふふ、ほら、ケーナちゃん。恥ずかしがってないで、とても似合ってるんだから」
シルビアさんの後ろに隠れていたケーナを俺に見えるように前に出した。シルビアさんの陰から出てきたケーナは恥ずかしそうにしながらも、俺の反応が気になるのかこっちを見ている。
「おー、それ買ってきたのか。いいね、よく似合ってる」
ここは、中性ヨーロパ風の世界なんだが、服のセンスはそうでもないんだよな。ケーナは、黒いハイネックの半袖シャツに明るい茶色の革のベスト、オレンジ色のミニスカート? いや、キュロットって言うヤツか? 半ズボンみたいで裾が大きく広がっているやつだ。そして、黒のオーバーニーソックスが膝の上15cmくらいまでを被っており、足にはくるぶしの上までの短めの革のブーツを履いている。活動的な格好が髪の短いケーナによく似合っている。んー、シルビアさんセンス良いな。
「ケーナ可愛いぞ。シルビアさんありがとうございました」
「いえいえ、女の子の服を選ぶのって楽しいわよねー、今はアリアは自分で選んで来ちゃうから、久しぶりで楽しかったわー」
アリアちゃんは。
「タケルさん、ケーナちゃんが女の子だて昨日初めて知ったんだって? 見る目が無いなー、こんなにケーナちゃん可愛いのに。タケルさんの将来が心配だよ」
ケーナは俺の言葉を聞いて、顔を赤く染めると。
「可愛いって言われるの恥ずかしいよー。それよりタケル兄ちゃん。おれ、どこかおかしくないか?」
おれは、考え込む振りをして。
「んー、おかしいと言えば......そうだな....」
ケーナはあわてて。
「おれ、どこか変かな?」
俺は、笑いながら。
「あははは、その服で「おれ」は無いんじゃねーか?」
「ふふふ、そうね、ケーナちゃん「おれ」は変だわ」
「うん、今までは、良かったかも知れないけど、せっかく女の子らしい格好するんだからね」
シルビアさんもアリアちゃんも俺の意見に賛成のようだ。
「えーと、あたしって言えばいいかな?」
「それで良いんじゃねえか? ところで、ほかにも服買ってきたんだろ? スカートも買ったんだろ? 後で見せてくれよな」
「え? スッスカートなんか買わないよ! クエストで街の中走り回るんだ見えちゃうじゃないか。それに、今までスカートなんか着たことないから恥ずかしいよ」
「休みの日に着るんだったら別に良いじゃないか。それに、その、キュロットって言うのか? それじゃスカートと変わらないんじゃないか? 油断したら見えるだろそれだって?」
俺は、そう言うとケーナの前にしゃがみ込んでキュロットの裾をめくった。
「うん、白だな。やっぱりこうでなきゃな」
「きゃー!」
と言ってケーナはキュロットの裾を押さえた。そして、真っ赤な顔をして俺をにらむと。
「エッチ!」
そう言ったかと思うと。俺に向けて鋭い蹴りを放った。俺は軽く下がって蹴りを躱すと。
「ケーナ鋭い蹴りだが、まだまだだな」
「なんて事してるの、お兄ちゃん!!」
その言葉と共に、後頭部に激しい衝撃を受けて俺はアリアちゃんがいる斜め前の方に倒れ込んだ。
「がーーー、頭が痛い、まるでスタッフで頭を殴り飛ばされたように痛い」
そう言って頭に手を当てながら後ろを振り向くと。ヴァイオラとアネモネさんが俺をにらんでいる。そして、とても良いフォームでスタッフを振り抜いたアシャさんもやはり俺をにらんでいた。俺はびびって、無意識に飛びずさると何かにぶつかった。
「きゃ」
と、アリアちゃんの小さな悲鳴が聞こえた。アリアちゃんにぶつかり尻餅を尽かせてしまったようだ。
「あ、アリアちゃんごめん。ケガは無かった?」
と言いながら、アリアちゃんの方を振り向くと。
「あ、アリアちゃんも白......」
「きゃー!」
と叫んだアリアちゃんの蹴りが、ボーっとアリアちゃんを眺めていた俺の顔面にいい感じにヒットした。
「ぐは!」
と言って頭をのけぞらせてから、床に倒れる。
「タケルさんエッチです」
はい、男の子はみんなエッチです。
床に倒れている俺の両腕を誰かが掴んだと思ったら。そのままズルズルと食堂の方に引きずられて行く。
「シルビアさん、食堂お借りしますね!」
あー、これはアシャさんの声だな、怒りを含んだ声だ。それでもアシャさんの声は素敵だな。などと思っていると。食堂の床に放り投げられた。おそるおそる顔を上げると。テーブルに付いたアシャさん、ヴァイオラ、アネモネさんが俺をにらみつけている。ケーナも同じテーブルに付いている。なぜか、シルビアさんとアリアちゃんまで座っている。俺が、起きあがろうとすると。
「タケルさん。正座!」
アシャさんが鋭い口調で命令してきた。
「ハイ....」
俺が食堂の床に正座をすると。俺をにらみ付けたままヴァイオラが口を開いた。
「今日はタケルに色々と聞きたいことが有って3人で来てみたんだけど。それとは別に聞きたいことが出来ちゃった。タケル、さっきのこと説明してくれるかな?」
「えーと、昨日までケーナのことは男だと信じてて、弟のように思ってたんだ。俺は一人っ子だから、弟とか慣れて無くて、照れくさいから、人には家族って言ってた。そのうち俺の弟だって紹介出来れば嬉しいなって思ってたんだ」
「ふーん、弟ねー、でも、実は妹だったわけだ」
「ああ、そうなんだ。昨日女の子だって事がわかって、今日シルビアさんに頼んでケーナの服を選んでもらったんだ。で、さっき帰ってきたらケーナがその格好だったから、正直に可愛いぞって言ったんだよ」
「ふむふむ」
「で、スカートは買ってきたのかって聞いたら。スカートは町中でクエストするときに見えちゃうって言うから、普段着はスカートでもいいだろうって。それに、そのキュロットじゃ見えちゃうだろって思ったから。試してみたんだ、そしたら白かった」
「で?」
「やっぱり、清楚な感じがいいよなー白は......。えーと、ヴァイオラ達って、どこから見てたのかな?」
みんなの目が冷たくなったのを感じて、急に話題を変えてみた。
「ちょうど、タケルがケーナの前にかがみ込むところだったね。そうしたら、目の前で犯罪行為が行われたって訳さ」
「そんな。犯罪行為って言うほどのこ」
俺の言葉を最後まで聞かずに、アシャさんが。
「女の子のスカートをめくる事のどこが、犯罪じゃ無いと言うつもりですか? まったく......白がそんなに...... ごほごほ」
「いや、スカートじゃなくて、キュロッ」
途中まで喋ったところで、アシャさんの目が光ったような気がして、言葉に詰まった。このままだらだらと言い訳を続ける事は得策ではないと悟った俺は、その場で土下座すると。
「すみませんでした! ケーナのことは、昨日まで男だと思ってたので、気安くあんな事をしてしまいました。今は反省しています! あんな事はもう二度といたしません!」
それを聞いたアネモネさんが、冷たく。
「謝る相手を間違えていませんか? 被害者はケーナちゃんです」
「ケーナ、すまなかった! 誓ってあんな事はもう二度としない。許してもらえるとは思わないが、俺には頭を下げるしか出来る事が無い」
「えーと、びっくりしちゃったけど、タケル兄ちゃんは、悪気が有ってした訳じゃないみたいだし。あたしそんなに怒ってないよ。そうやってタケル兄ちゃんが謝ってくれるんならもういいよ」
「ケーナありがとう! 本当にすまなかった」
そして、アリアちゃんにも。
「アリアちゃん、さっきはすまなかった」
俺が、頭を下げると。
「ケーナちゃんにしたことはどうかと思うけど、あたしにぶつかったのは事故みたいなモノだし。いいよ、怒ってないよあたしも」
「そうかい? アリアちゃんありがとう」
この話は、一段落と思っていたら。ヴァイオラが。
「ところでタケル。ケーナを女の子だとは思って無かったって?」
「ああ、昨日ケーナに言われて初めて知ったんだ。なんだか、みんな気が付いてたみたいだけど」
アシャさんがあきれたように。
「タケルさんがケーナちゃんの後見人になったって聞いたときは、女の子の後見人になるなんて何か変だなとは思ってましたけど。男の子だと思っていたなんて。後見人になるときカード見なかったんですか? 普通なら犯罪歴とか確認するでしょ? だから、タケルさんはケーナちゃんみたいな小さな女の子から、シルビアさんみたいな大人の女性までとーっても女性の好みが広いのかと思っていました」
「俺の好み的には、お姉さんの方が......。えーと、あの時のケーナみたいに、男物の服を着て「おれ」って自分の事を言ってたんだからわかるわけないさ、俺だけじゃ無くて、他にもいると思うぞ、バトロスさんだって、スナフさんだって絶対に男だと思ってるに違いないよ」
ヴァイオラが。
「あー、あの二人はそうかもね。さすがにヒースは気が付いてるだろうけど」
アネモネさんも。
「男性の冒険者はそういった人も多いかも知れませんね。でも、彼らはケーナちゃんとは接点が無いですから仕方ないです。タケルさんはそうじゃないでしょ?」
「さすがにケーナが女の子だって知ってたら、後見人になんかならないよ。全く下心が無くてもハードル高すぎるだろそれは。ケーナは、用心の為に男の振りをしていたんだから気が付かないよ。女の人と付き合った事なんか今まで一度もないんだぞ」
そう言って、もう良いだろうと思って立ち上がろうとした俺に。アシャさんが。
「タケルさん。正座」
「はい」
座り直した俺に対して。アシャさんが話を続けた。
「今日、私達が聞きたい話はこれからが本番ですよ? 今までのことは、たまたま事件に遭遇したので、聞いただけです」
俺への、尋問は始まってもいなかったようだ。
なかなか、話が進んで行かないですが、書きたいことはたくさんあるので、まだまだ、おつきあいください。