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朝起きたら、俺は

 小鳥のさえずりとまぶしい朝の光で目が覚めた。



「うーん、今日もいい天気だな……あれ? 声が変に甲高いな……?」


 ベッドの上で伸びをしながら声の違和感に首をかしげる。すると近くにいた俺の仲間がそうだろうね、と応えた。


「女の子だからね、声が高いのは当然だと思うよ」

「……へ?」

「だからさ、君は女の子になったんだよ。あと、遅くなったけど、おはようアルフ。無事に生き返ってなによりだよ」


 ……なに言ってんだコイツ。その時はそいつの言う事を信じられず、俺はそんな事を思った。

 まさか自分が死んでいたなんて思わなかった。

 しかも知らない女の子になって生き返ったなんて。


 ……ちょっと誰か変わってくれ。




 ――俺の名前はアルフ。田舎貴族の三男坊だが、何故か勇者に選ばれ、つい最近まで魔王を倒す旅に出ていた。

 ……そこまでは覚えているんだが、その後はいまいちはっきりしない。


 俺が目覚めた場所は、赤い絨毯が敷かれ、天蓋付きのベッドが置かれた豪華な寝室だった。

 今はあちこち散らかっていて、高価そうな調度品が破損していたり焦げていたりするが、その、あれだ。気のせいだ。そういうことにしておいてくれ。

 いや、被害の一割は確かに俺のせいだが……ほとんどは、脚が欠けて三脚になった椅子に器用に座っている銀髪の男のせいなんだ。

 腰まである長い銀髪を背の半ばくらいの位置で束ね、白いローブに黒の杖を持つ、まだ二十代の男。


 ロクス・ファーラル。


 天才と名高い史上最年少の大魔術師で、俺の旅の仲間でもある男。この部屋の惨状はほぼこいつのせいだ。

 見かけだけなら柔和な美形で貴公子と間違われるほどなのに、中身はアレなんだよ、こいつ。混乱してちょっと暴れたくらいで何も本気でキレることないだろう、と俺は心の中でぼやく。

 口に出せないわけじゃないぞ。あれだ、ほら、大人の政治的判断というやつだ。……怖いわけじゃないからな、うん。

 俺がベットの上であぐらをかき、むっつり押し黙っていると、ロクスの奴は軽く肩をすくめて口を開いた。


「……なに考えているのか、だいたいわかるけど。まあ、いいや。そろそろ説明にはいるとしようか」

「お、おう。頼む」


 目覚めの衝撃やら混乱やら現実逃避やらを乗り越えた俺に、ロクスは説明を始めた。


「まず、アルフ。君が死んだ理由ね。もう一ヶ月以上も前になるんだけど、魔王を倒して凱旋したのは覚えてる?」

「もう一月もたっているのか? ああ、覚えてるぜ。長い旅だったよなあ……」


 俺は遠くを見るように目を細め、旅のあれこれに想いを馳せた。キツい旅だったけど、こうして振り返ってみると、なんだか懐かしささえ感じるな。


「そうだね。辺境の田舎貴族の息子である君が何故か勇者に選ばれ、僕達も付き合わされたね。いい迷惑だったよ」

「ちょっとは本音隠そうぜ!? ……いや、まあ、最初は俺の方もなんか嫌味な奴だと思ったけどよ。流石天才だよな、お前の魔術でずいぶん助かったよ」

「契約だったからね。おかげで報酬はばっちりだよ」

「すっげービジネスライクだな、おい」


 無駄に爽やかな笑顔で言い切るロクス。……相変わらず清々しいくらいに建前を使わないやつだな。


「まあ、それで凱旋パレードの時だけどさ。覚えてる? 女の子が馬車の前に飛び出して来たこと」

「うーんと、ああ、思い出した。そうだったな」


 どんな女の子だったかは忘れたけど、誰かに押し出されたのか突然馬車の前に倒れこんだ子がいたな。確か、俺がその子を庇って馬車の前に降りて……もしかして、俺はあの馬車にひかれて?


「うん、僕がその子に向けて放った魔術に当たって君は死んだんだ。ちょっと当り処が悪くてね。運が悪かったね……」

「おい!? なんでそれで“運が悪かった”話になってんだよ!? 明らかに殺人事件じゃねーか! だいたい、いったいなんで一般人の女の子に魔術なんて使ってんだよ、お前は!!」

「いやー、刺客かと思ったんだよ。よくあったでしょ? あーゆーの。だから、ついね」

「ついで済むかぁー!!」



 ふう……またキレかけちまったぜ。ロクスに殴りかかったが電撃を受け、痺れている俺に、ロクスはわざとらしく溜め息をついた。


「僕だって申し訳ないと思ったんだよ? だから、その身体に君の魂を繋いで、反魂の術で生き返らせたんだし」

「……な、んで。お……んな……に」

「うーん。それはね、急いでいたからと、たまたま発作で亡くなった身体だったから。あと、僕の好みだったし」

「うにゅおれぇええ……」

「あはは、何言ってるかわからないよー」


 くっそー!! この性悪魔術士め!!


「お……れは、ひみぇとの、約束、が」

「ああ、王女との結婚の約束? 破談になったよ。まあ、当然だよね」

「のおおぉう!!」


 うおお、姫ー!!


「……でも、いいこともあるよ」


 もはや死んだ魚の目になりつつある俺に、ロクスはそう言った。いいこと?


「君が助けた女の子が、すごく感謝していてね。一生をかけて尽くすって言ってくれてるよ」

「……俺には、ひめが」

「華奢で小柄だけど巨乳。ちょっとたれ目で癒し系美少女。君の好みど真ん中だったよ」

「!!」

「しかも君への想いも強くてね。君が女の子になったと分かって、今、性別変換の泉に向かって男に変わろうと……」

「やーめーろー!!」


 女の子のままで良かったのに!!

 男になったその子が俺を迎えに来る光景を想像して、身体中に鳥肌がたった。

 に、逃げなくては……!!


「お、おい、ロクス。俺を連れて今すぐ逃げてくれ……!!」

「うーん。実は今依頼を受けていて、それは出来ないんだ」

「金と俺とどっちが大切なんだよ!!」

「金」


 きっぱり、と微塵の迷いも無く答えるロクスに、がっくりとくる。そう、だよな……そういう奴だよ、こいつは。

 仕方ない、だいぶ痺れもなくなったし、ここは自力で、と思ったんだが。


「……何やってんだよ」

「うん、君をロープで縛ってる。あ、鎖でも縛っておこうか。君は怪力だし……その身体でも怪力は変わらないんだね」

「ああ、俺は勇者だから……って、なんで縛ってんだよ!?」

「え? もちろん、逃げられないようにだよ」

「……え」


 ロクスは俺を見下ろしながらにっこりと笑った。


「さっき言ったよね? 僕は今依頼中なんだ。依頼人は君が助けた女の子。依頼内容は、彼女が……彼女でいいかな? まあいいか。とにかく、彼女が帰ってくるまで君をここに留めておくこと。あ、ちなみに、ここは彼女の持ち家のひとつだよ。あの女の子、大陸で有数の大商人の娘でね――」


 ロクスはまだ喋っているが、俺はほとんど聞いていなかった。なにそれ。ちょっと、冗談キツいぜ……?

 血の気のひいた俺が暴れても、ロープも鎖も千切れない。本気を出せば鎧だって砕けるのに!


「おもいっきり強化呪文かけてるから、いくら君でも無理だと思うよ。おとなしく彼女……彼? を待とうね」

「レ、レミーはっ? クライスはどうしたんだ!? あいつらなら俺を助けて……」


 一縷の望みをかけて他の仲間達のことを聞くが、しかし。


「報酬につられて彼女の護衛に雇われたよ。もうすっぱりと諦めて、幸せになってね、アルフ」

「いいい嫌だああーっ!!」


 ロクスの笑顔を見ながら、俺は悲鳴をあげた。




 ――その後。

 実は女の子は自分の為じゃなく、俺の為に性別変換の水を手に入れてくれた事が判明。俺の仲間の二人、治癒術士のレミーや戦士のクライスも、金が目的じゃなく、俺の為に手伝ってくれていたらしい。

 なんで騙したんだよ、とロクスに怒ると。


「いや、ごめんね? 最初は素直に教えようと思っていたんだけど、君が目覚めてすぐ暴れたりしたものだから、つい苛ついて。……後はなんだか楽しくなってきて」


 おい。

 まあ、そんなこんなで色々あったけど、とりあえず俺はもとのように男に……


「なれるんだよな? エマ」

「はい、そのはずです」


 杯に入った水を眺めながら尋ねると、俺が助けた女の子、エマは大きく頷いてみせた。エマは女の子のままで、すごく可愛い。本当に良かった。

 ロクスやエマ、レミーやクライスに見守られ、俺は一息に水を飲み干す。ようし、これで俺は……


「男に戻れたんだなっ……え?」


 歓声をあげ、すぐに固まる。声が、高い?


「あ、あの、もしかして少し時間がかかるのかも……」

「そ、そうだよなー」


 エマの焦ったような声に、頷く。そうさ、すぐに効果が出るような物じゃないのかもな。

 だけど、一刻待っても変わらない。もう一度飲んでも変わらない。

 俺達の上にのしかかる沈黙をやぶったのは、水を調べていたレミーだった。レミーは困った顔をして言った。


「もしかしたらだけどー。アルフの場合は色んな術が絡まっているから効果がないのかもー」

「い、色んな術ってなんだよ?」

「反魂の術とかー、勇者になってからあちこちでもらった加護とかー?」

「何か方法はないのかよっ!?」

「うーん。……さあ? とりあえず今はわかんないなー」


 こてん、と首をかしげるレミー。さ、さあ? って……

 茫然としていると、ふらり、とエマがテーブルに一歩足を踏み出した。


「え、エマ?」

「……やっぱり、こうなったらわたしがこれを飲んで……」

「ちょっ! なに言いだしてんの!?」

「大丈夫です! わたしはきっとアルフ様を幸せにしてみせます!!」

「やめて!? 決意に満ちた目で見るのはやめて!!」

「……幸せになれよ、アルフ」

「しみじみ言うのもやめてくれよ、クライス!! あと、ロクス、笑ってんじゃねー!!」


 テーブルの上に置かれた性別変換の水を取ろうとするエマを必死で止めたり、しみじみするクライスに文句を言ったり。こっちを見て笑ってるロクスを睨んだり。レミーは心配そうにしてるけど、いまいち頼りになんないしなー……


 俺の受難は、まだ終わらない。

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