【BL】sorriso after tristesse
「君が僕の友達だって?あはっ、笑えちゃうね」
そう言ったのはついさっきまで仲が良いと思っていた白鳥道明くん。
呆然とする僕、道明伊佐にくるりと背を向けて、さらに話を続けた。
「だって、デブ夫とだよ。自分の体型自覚してる?ただの引き立て役に決まってるじゃないか。けど、わざわざ理由を言ってあげる僕って本当に親切だよね」
そして今度こそ僕の前から去ってしまった。
『デブ夫』というのは僕のこと。
僕はその、太っていてクラスメートからいつの間にかそう呼ばれるようになっていた。
それは親しみが込められたわけではなく、蔑むために付けられた。
けど、僕はそんなことどうでも良かった。
特に害があるわけでもなかったし、道明くんがいてくれたから。
けどそれも終わり。
道明くんはそうじゃなかったみたいだから。
それを教えられた日は嘘だと信じられなかった。
でも、その次の日から道明くんが僕に話しかけることはなくなってしまった。
それで現実を突きつけられた僕は、ダイエットすることを決心した。
そして善は急げとその日の内に家族に相談した。
一人だと食事の面とか難しいこともあるから。
食べることが好きな僕がそんなことを言うものだから、容姿を気にし出したのはわかったんだと思う。
今でも十分可愛いからそんなことする必要はない、と家族の欲目混じりの言葉で慰めてくれた。
けれど、僕が欲しいものはそれじゃなかった。
どうしても痩せたい僕は必死に説得を続けた。
すると熱意が伝わったからか渋々ではあったみたいだけど、協力してもらえた。
そのおかげもあってダイエットは夏休み中にそこそこ成功した。
けれど見た目は大して変わらなかった。
贅肉が全体的に取れ、目が大きく見えるようになった気がする程度だ。
それはそう。
完全に成功していないこともあるけど、だって元々容姿が良いわけじゃないから。
そんなことわかっていたはずだった。
それなのに本当にがっかりした。
こんなにも落ち込むなんて、少しは良くなるって心の中では思っていたのかもしれない。
だって道明くんと以前のように話したくて痩せたんだから。
道明くんは言っていた、『自分の体型自覚してる?』と。
だから痩せて見た目がマシになったら、本当の友達になれると思ったんだ。
道明くんは僕にあんなこと言ったけど、一緒にいた時の僕が好きな彼の優しさは嘘じゃないって思った。
だから一度本当の友達になって、前は何も考えずに受け入れていたそれに触れたかった。
触れて、本物だと確かめたかった。
でもこれじゃあ無理だ。
それがわかって落ち込んだ気分は晴れることなく、そのまま休み明けの学校へ向かった。
教室に入ると周りはちょっとした僕の変化に気付いたらしくざわついた。
以前とは違って友達はできるかもしれない。
けど、あまり気が進まない。
だってこの状況は痩せたから友達になろうっていうことになるから。
もし友達になっても、僕の体重がリバウンドしたらどうなるの?
不安が付きまとうから、きっとそれがなくなるまでは脆くて儚いものしか築けない。
仲良くなれば気が変わるかもしれないけど、今の僕には気分的にそんなの遠慮したかった。
「あのさ、ドウミョウ。その…」
「えっとさ、ちょっと時間ある?あったら俺たちと話しない?」
放課後、そんな僕に数人のクラスメートが声をかけてきた。
確かに今のところ道明くん以外の友達は欲しくないけど、断るのは悪い気がした。
「良いよ」
だからそう返答した。
相手はほっとしたような顔をして、そのまま僕を囲んだ。
「どうしたんだよ。イメチェンなんかしちゃってさ。最初誰だかわかんなかったって」
「そうそう。転入生かと思った」
「いや、お前。それ誇張しすぎだから。ちょっと時間かかったけど流石にわかったって」
「てか、もう『デブ夫』じゃないな」
どうやら僕が痩せたことが気になったらしい。
いつも邪魔そうに嫌な視線を送られるだけだから、少し嬉しいかも。
「えっと、まだ重いよ?」
「いやいや、デブではなくなってるって。見目麗しいし。よし、新しいあだ名を付けてやろうか。そうだな……『イっきゅん』なんてどうだ?」
「お前その顔でそれはないだろ」
「え、ぽくね?」
「だから俺が言ってんのはドウミョウのことじゃなくて呼ぶ側のお前だ、お・ま・え。その顔で『きゅん』とかキモいし、麗しいも不釣り合いだし」
「あ、ひでぇ。ドウミョウもそう思わね?」
「ええと、呼ばれ慣れていないからびっくりはするけれど、似合ってないことはないと思うよ。……その、僕が相応しくないけど」
ちょっとだけど、久しぶりに学校で笑えた。
案外みんな良い人かも、ともう思ってしまうのは軽率かな。
そんなことを考えていると、教室の後ろの方からもの凄い音がした。
それに釣られて全員そっちへ振り向いた。
視線の先にいたのは道明くんだった。
どうやら蹴り飛ばすようにしてドアを開けたみたい。
ドアに当てた足を妙にゆっくりと下ろしながら、こっちの方を睨み付けていた。
大人しそうな道明くんが、とみんなが唖然としている。
そんな中、僕らの方に向かいながら彼は話し出した。
「何なんだよ、お前ら。この前まで『デブ夫は無理無理対象外に決まってる』とか言ってたくせに。伊佐のことよく知らないくせに見た目がちょっと変わっただけで群がっちゃってさぁ」
その通りだったのか誰からも反論はない。
それを確認するかのように道明くんは僕以外を一瞥すると、突然僕の腕を掴んだ。
みんなの様子に気を取られていたから驚いた。
「わっ」
「返してもらうから」
ええと、返す返さないとかはよくわからない。
けれど僕はそのまま引っ張られて、教室の外へと連れ出された。
一体どこへ行くんだろう?
戸惑いながらもそう思っていると、突然道明くんは立ち止まった。
「ごめんね、乱暴にして。ちゃんと説明するから」
そう告げると、僕から手を離して近くの空き教室へと入っていった。
ドアは開けたままだ。
さっきの話からきっと僕も続いて入ってということだろう。
僕も入ると、後ろ手でドアを閉めた。
そして久し振りに道明くんと真っ直ぐ見つめ合った。
「さぁ、こっちにおいでよ。座ろう」
それから招かれるがままに僕は着席した。
僕らが座ったのはくっつけた席の左右隣ではない。
教卓の真ん前の前後の席だ。
道明くんが前で、後ろを振り向くような位置になった。
「随分久々だよね、こうやって向かい合わせに座るの」
そう、友達だと思っていた頃は確かにこれが僕らの定位置だった。
僕の前の席の人が休み時間の度に離席するから、道明くんがそこを座って。
夏休みを除くとそれ程経っていないはずなのに、僕も何だか懐かしい気がした。
もう二度とないと思っていたからかもしれない。
そう振り返っていると、道明くんが一息吐いて語り出した。
「あのね、初めて僕と話した時のこと覚えてる?」
「うん」
『ミチアキ』と『ドウミョウ』で読みは違うけど、漢字は一緒なんだね。
そう道明くんが話しかけてくれた。
僕は緊張していて記憶が曖昧なところもあるけど、それだけは覚えている。
「伊佐を選んだのは目立たない子たちの中でも話のネタがあったから。そんな単純な理由だった」
そう言われ、説明というのがなんとなく何のことなのかがわかった。
多分話さなくなる前に最後に言ってたことだ。
「僕、目立つから必然的にその隣にいることで、伊佐も注目浴びるだろうけど目に留まることはないって思ってた。でもそのうち僕を見ていた人が伊佐が可愛いって気付いて、僕から目移りしていってるような気がしてきたんだ。本当に嫌だった。引き立て役のくせにって思った」
その時の感情を思い起こしたのか、道明くんは顔を歪めた。
ああ、本当に僕は嫌われているんだ。
そう思い知ってしまい辛くなって立って逃げ出そうとした、そんな僕の袖の端を道明くんが掴んだ。
さっきの表情は霧散していて、何だか困ったような表情になっていた。
どう、したんだろう?
「でも本当は、気付かないうちに伊佐のことが好きになってたみたい。誰かに伊佐を盗られたくなかったから、可愛い伊佐は僕だけが知っていたかったから。それであんなこと言っちゃったんだ。僕さえ隣にいなければ伊佐はあまり注目されないと思って。そういう気持ちを自覚したのはその後直ぐ。あんな酷いことをしたし言ったから、話しかけられなくなった。苦しかったけど自分が悪いからって我慢した。でも、他の奴らも似たようなことしてたくせに、伊佐に気兼ねなく近付いていた。だから苛々してさっき爆発しちゃった」
そう言って悪戯っぽい顔で僕の瞳を見つめる道明くんの目は綺麗だった。
すごく胸がざわついた。
「道明くん…」
「ごめんね、『返して』とか勝手なこと言ったりして。それに僕とはもう話したくなかったよね。次からはこういうことしない努力はするから」
それで話は終わりらしく、僕から手を離してしまった。
行ってしまう。
そうならないように今度は僕が掴み返した。
「伊佐…?」
「道明くんが想像している僕の気持ち、全然違うよ。僕はまた道明くんと一緒にいたい。その、道明くんが良ければだけど」
最後は自信なく声が小さくなって下を向いてしまった。
だって繰り返し振り払われる可能性を捨てきれなかったから。
だけどさっきの輝きを思い出して、やっぱり信じたくてそうっと顔を上げた。
するとその先にはあったのは笑顔。
負の要素が見つからない眩いそれに目を見張った。
僕が好きな表情だ。
「ありがとう。許してくれて、一緒にいてくれるなんて嬉しすぎる。あのね、僕は伊佐が大好きだよ。前も今も、ね」
「許すとかじゃなくって、長い間一緒にいたのに道明くんの気持ちがわかってなかったから、僕も悪いんだ。それにぼ、僕も道明くんのこと……好き」
歓喜して僕も恥ずかしくて普段は言えないことを伝えた。
頬が熱くなって、鏡を見なくても真っ赤になっているのがわかる。
「うわ、可愛い…今の直球。けど、やっぱり通じてないか」
「え?」
「ううん、ちょっと独り言。あ、でも色々覚悟しておいた方が良いかもね」
道明くんはどうしてか苦笑いしたようだった。
何の覚悟だろ?
そう思ったけど、また道明くんとの日々が帰ってきたことで浮き立っていた僕は直ぐに忘れてしまった。
そんな僕が道明くんが本当に望む関係を知るのは、まだ少し先の話。