桜対戦 哀☆企業戦士篇
満開時に周りで宴会を開くと商売繁盛の御利益を得られる桜の木があるという――。
あるわけねえだろ。
だがそんな噂だか迷信だかオカルトだかに縋らなければならないほど業績が悪化している(らしい)我社では花見に向けた準備を着々と進めていた。
寒みぃ。
例えるならば俺の任務は最前線で陣地を構築する突撃部隊隊長だ。後続の味方の安全確保。進撃の拠点作り。戦いの帰趨を左右する最重要任務。部長はそう言っていた。
ただの場所取りじゃねえか。
毛布にくるまりながらも眠ることも出来ず悪態ばかりが去来する。今日で三日目。神頼みに縋る会社は他にも多いらしく競争が激しい。油断すればすぐ他人に奪われる。俺一人ではなくバイトたちも雇って周囲を要塞化していた。
この三日間の戦いは熾烈だった。
まず一日目は暴力沙汰があった。短絡的だが手っ取り早い手段だ。俺たちは事前に塹壕を掘り、トラップを仕掛け、エアガンで武装していた。何人かの傭兵がこの戦いで脱落したが、俺たちの力を知った敵は実力行使には及ばなくなった。
次に二日目。敵は作戦を変えて交渉、つまり引き抜きを仕掛けてきた。より高い時給を払うと言う。馬鹿にするな。俺たちは会社と仕事に誇りを持つ企業戦士だ。一円高いから余所に移るとゴネるような打算家ではない。そう答えてやった。
だが五十円上げると言われて寝返った傭兵もいた。残念だが俺に彼らを責めることは出来ない。彼らにだって生活がある。俺が取った行動は情報漏れに備えた配置転換とトラップの位置替えだ。敵の予算が尽きたのか、交渉はやがて打ち切りになった。
あと、二百円上げてくれれば俺だって寝返ったのに惜しいことだ。
そして三日目。満開になるのは今日のはずだ。敵の総攻撃が始まる――俺はそう覚悟していた。しかし見知った顔の連中を前線に立たせての散発的な攻撃で、明らかに全力ではない。こちらに休む時間を与えない持久戦のつもりだろうか。それならば部長率いる本隊が来るまで耐え凌げばいい。ションベンにも買い出しにも行けない状況で、内心の苛立ちと不安を押し隠し、動揺する部下を励ます。昨日まで味方でも今日は敵だと。
俺、カッケー。
……戦いに次ぐ戦いのあまりテンションが変になっているようだ。少し反省。
そして戦い続けることさらに数時間。敵の包囲の間から部長率いる本隊が到着した。
総勢五十人程。社長を始めとした重役の姿も見える。缶ビール、重箱、宴会グッズを手に手に持っている。俺は戦線を維持しつつ宴会場の設置を指示した。
「お待ちしておりました、部長」
「おお、桜井君お疲れ様」
「すぐに準備をします。おい、カラオケセットのバッテリーを運べ!」
「ああ、桜井君。君たちはもう帰っていいよ。後は私たちでやるから」
「え?」
どういうことだ?
「いえ、せっかくの宴会ですから我々も参加させていただきます」
「ああ、うん……」
部長は言葉を濁す。嫌な予感しか浮かばない。
「これは正社員の宴会なんだ。派遣の君とバイトの彼らの分の予算は出なかったんだよ」
そ、そんな。俺は……俺たちは……何のために。
「待ってください。俺の、俺の正社員昇格の話は! この仕事に成功したら正式な契約を結ぶという話は!」
「予算が無いんだ。でも今回の給料はちゃんと後で振り込んでおくから。大丈夫、君ならどこでだってやっていけるさ」
その口振りだと再契約も無いのか。
バイトたちに解散を命じる。勝利の宴に参加できずに皆口々に俺を罵った。分かっている、俺もお前たちと同じ気持ちだ。だが俺の立場を説明したところで無駄だろう。俺の行いは部長と同じ事だし、彼らは直属の上司である俺に不満をぶつけるしかないからだ。同じ立場に立つことなくして怒りは共有出来ない。
浮かれ始めた正社員連中に後ろ髪引かれながら俺は立ち去る。だが会場から離れると喚声が聞こえてきた。
他社の連中だ。
俺たちの解散を見越していたらしい。戦力を温存していたのはこのためか。宴会場は阿鼻叫喚の坩堝と化す。
「桜井君、戻って来てくれ!」
部長の声が聞こえてきたが、俺は振り返ることなく歩き出す。帰って寝るのだ。
「裏切り者!」
アホぬかせ。先に裏切ったのはアンタだろ。
だがその言葉は俺の足を止めた。無様な姿を見届けてやる。
不意を突いた他社が有利に戦いを進める。慌てふためく正社員連中。こんな奴らのために……乾いた笑いが溢れる。
しかし他社が宴会場を制圧しそうになったその時だ。
近づくサイレンの音。警察だ。瞬く間に会場から暴徒と化した花見客を駆逐すると、バスのような護送車に連行していく。その余りの手際の良さに呆然とし、思わす目を疑う。
満開の桜の下、警察が宴会を始めたのだ。花見客が残した料理を口にしながら。
道理で一日目に取締りが来なかったわけだ。警察も花見の予算がなかったのだろう。俺たちは泳がされていたのだ。
警察が商売繁盛するなら悪い年はまだまだ続きそうだ。
他サイトで投稿した時にいただいた指摘点に手をつけられず……未改稿のままで申し訳ありません。