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待つぞ、雌露出(メロス) (『走れメロス』の二次創作)

注・原作が大好きな方は読まないことをオススメいたします。

 絶倫セリヌンは覚悟した。

 強敵ともとの友情のため死すのならば本望。

 絶倫には彼女がいない。異性との付き合い方など分からぬ。けれども男のなんたるかを見せつけてやらねばならぬ。

 絞首台に立たされながらも絶倫は彼を嘲弄する女王を傲然と見下ろしていた。


 齢十八にして即位した女王は国の男子を恐怖に陥れる法を作った。

『草食男子取締法』である。

 彼女がいない、即ち女子に認められていないということである。女子至上主義者たる女王は『彼女いない歴十八年以上』の男など生きる価値なしと決めつけた。かの法に違反した者は『桜少年』として桜の木に吊るされることとなる。

 なぜ桜なのか。それは女王の名が『咲良』であるからだ。桜の木に桜少年が吊るされることは男に対する女王の勝利を意味した。

 絶倫の強敵たる雌露出メロスはこの法に激怒した。生身の女よりも二次元美少女の方が価値有りとするからである。だが女王暗殺を目論むも、あえなく捕らえられる。

 雌露出は女王に向かって吠えた。

『生身の女なんか口説くのは簡単だ』

 それは文字通り負け犬の遠吠えであった。

 だがこの言葉は女王の逆鱗に触れた。女性蔑視の発言と捉えたのだ。

 女王は雌露出を罵り、雌露出はまたそれに応酬する。そしてついに、

『ならば三日以内に彼女となる女子を連れて来るがよい。それまでお前の友、絶倫を人質として捕らえておく』ということに相成った。


 今日がその刻限の三日目。夕陽が姿を消した時、絶倫の生命も潰える。

 絶倫は十七歳。法の執行にはまだ早い。言うなればとばっちりだ。けれども絶倫に人質となることへの躊躇いは無かった。

「あの男は逃げたようね」

 女王の言葉に侮蔑がこもる。

「雌露出は来る。必ずな」

 絶倫は思い出す。ある時は夜を徹して対戦型格闘遊戯に興じ、またある時は某展示会場で薄い本を奪い合ったことを。

 数々の戦場で育んだ友情に嘘偽りは無い。

「中々、強情な男ね。さっさと『錯乱坊』になってしまえばいいのに」

「さくらんぼう?」

「桜に吊るされた男たちは皆直前になって、恐怖から発狂したわ。妾はそれを『錯乱坊』と呼ぶの。どんな錯乱坊が実るのか、それが妾がこの処刑に立ち会う楽しみ。親友と信じた男に裏切られたと分かれば、お前はさぞかし素敵な錯乱坊になるでしょうね」

 その時を妄想し女王はうっとりと目を細める。

 絶倫の顔に僅かな怯えの色が奔った。

「うふふ、少しは感じたようね。いい顔よ。もう少し後にしようかと思ったけど更なる絶望を与えてあげましょう。お前は牢に入っていて知らないでしょうけれど、雌露出に口説かれた女は死刑ということにしたの。容姿、財産、話術、どれをとっても大したことのない上に生命が掛かるとなれば靡く女はいないでしょう」

 絶倫は動揺した。だが苦境にもめげず女を口説いている強敵を思い、己を奮い立たせる。このまま錯乱坊になってしまっては女王の思う壺だ。

「女王は知らぬようだな……」

「え?」

「雌露出は必ず来る。産卵のため川を遡る鮭のように。精子をかける相手を見つけることに男は生死を賭けるものだ。雌露出は俺が認めた男の中の男。女王よ、お前は男の凄さを知ることになるだろう」

 一瞬でも動揺した己の弱気を払うべく、絶倫は決然と言い放った。

「そうは言っても、ほら……」

 女王は夕日を指差す。今まさに地平の彼方に消え去ろうとしていた。

 嗚呼、雌露出よ。最早間に合わぬのか? だが恨むまい。何か理由があるのだろう。女王の奸計が働いたのだろう。絶倫は友情のために殉じる。錯乱坊にだけはならなかったと、風よ雌露出に伝えて欲しい。

 絶倫の首に縄がかけられる。その時だ。

「その処刑待て!」

 群衆の中から声が上がる。

 声の主は雌露出だった。素裸同然で蹌踉めきながらも絞首台へと辿り着く。

「友よ、遅れてすまなかった」

 執行人を押し退けると絶倫から縄を外してしかと抱き合った。

「来たわね。だが彼女はどこ?」

 雌露出の帰還に憤懣やる方ない女王だったが、彼一人しかいないことに気がつくと持ち前の酷薄さを露わにする。二人共に錯乱坊にせん、と。

「女は……口説けなかった」

「へえ? ならばお前は死罪。絶倫も共にね」

 女王は勝ち誇って嘲笑う。

「そうはいかぬ。俺が戻ってきたのは性転換するためだ。そのための医者も見つけてきた。俺は女となり絶倫の彼女となる。絶倫が死ぬ理由は無い」

 雌露出はそう宣言し、

「こんな俺でも彼女にしてくれるか」

 頬を染めて絶倫に問うた。

 絶倫は首を振る。

「すまぬ、俺はお前を一瞬だけ疑った。女になるのは俺の方だ」

『俺だ、いや俺だ』と抱き合うように庇い合う二人の姿に女王は得体のしれぬ興奮を感じた。

「友情とは素晴らしいわ。男とは女と付き合うだけのものではない。お前たちに免じ妾は法を廃止します。これからも友情を大切にして」

 群衆から二人の勇者を讃える拍手が巻き起こった。



 一月後、某展示会場で二人の痴態を描いた本を発見し勇者たちは赤面した。

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