桜前線カラ死守セヨ
僕の眼前には樹齢百年の桜の木。
数多の人間の生き様を見てきたであろうその木の下で僕は誓う。
明日の戦いは彼女のために戦い、そして勝つ。そうしたら僕は嵐山先輩に――。
桜大都学園。
この学園には少し変わった伝統行事がある。
毎年四月中旬の開花時期に合わせて部活動の紹介を兼ねた新入生歓迎会を桜の木周辺で行うのだ。
一つの部が歓迎会を取り仕切る主催者となる。主催となれば紹介する部も内容も自由に決められる。つまり自分の部だけを紹介することも可能だ。
その主催を決める行事が、今僕たちが参加している『桜対戦』だ。
桜の木を守る防衛役に一つの部と、それ以外の桜前線と呼ばれる攻撃役に分かれる。最初に桜の木に到達した部が勝者となる。最後まで守りきれば防衛役の勝ちだ。
そして今年の防衛役には僕たち『クイズ・なぞなぞ研究部(通称クズ部)』が選ばれた。
同好会に降格しそうな僕たちクズ部にとって、又とない機会だった。
「桜前線接近! これより戦闘を開始します!」
見れば松月が守る第一防衛線に運動部の猛者たちが侵入していた。所定の位置から一斉に開始するため体力のある運動部が有利だ。
「問題! 次の問に答えよ。尚、回答権は一人一回とする」
だが、この桜対戦には防衛役の圧倒的不利を回避するためのルールがある。防衛役と審判役の生徒会の協議によって決められる。今年のルールは松月、僕、嵐山先輩の三人の出す問題に三問連続で正解すること。
「野球部全滅! ソフトボール部全滅!」
松月の問題に次々と退場していく運動部。
気合を入れて作ったという問題がどんなものかは知らないが、この分では僕のなぞなぞの出番は無いかもしれない。
先輩にいいとこを見せたかったのだけれど――。
嵐山先輩の方を見ると、微笑を浮かべながらも桜前線の中のただ一人を見据えていた。
演劇部部長、染井佳乃。嵐山先輩のライバル。果たしてここまで来るのだろうか。
「美術部全滅!」
運動部は全て壊滅し、文化系に移ったようだ。あんなの解るわけないとの声も聞こえてくる。
そして残るは演劇部のみとなった。
染井さんが問題を読み、回答用紙にさらさらと書き込む。
「第一陣突破!」
審判の判定に松月はその場に崩れ落ちた。
「円周率の小数第一万位から一万百位の数字を正確に答えられるなんて……」
なんて問題を出すんだ。
でもそれに答えた彼女はやはり只者では――
「ネット検索したら余裕でしたわ」
カンニングじゃないか!
「ルール上は問題ありませんわ。検索した人は陣地外ですし、チームプレイは禁止されていません」
「ふむ。確かに禁じてはいなかったな。ネット検索で割れるような問題を作った松月にも落ち度がある」
嵐山先輩は微笑を崩さず泰然としていた。勝負が面白くなったといった様子。
最後の桜前線、染井先輩がいよいよ僕の陣地に踏み込む。
ここから先へは行かせない。部のためにも。先輩のためにも。
「それでは僕の」
「私を通してくれたらおっぱい触らせてあげる」
え? 頭の中が真っ白になる。ナニヲイッテルノコノヒトワ?
「えええと」
「触りたくないの?」
前屈みで上目遣い。反則だよ。
さらに彼女がジャンプするとソレはケシカラン事に地球の重力と慣性力との狭間で揺れ動く。嵐山先輩では有り得ない。
「さっさと問題を出せ!」
嵐山先輩の叱咤が飛ぶ。ジト目で僕を睨んでる。いけない。
「そ、それではなぞなぞです。パイはパイでも飲むパイってな~んだ?」
「乾杯」
「第二陣突破!」
そんな! おっぱいって答えると思ったのに!
「あ、あの……」
「う・そ~。触らせるわけないじゃない」
僕はがっくりと崩れ落ちた。
「ついに来たか!」
「さあ、最後の問題を出しなさい!」
落ち込む僕をよそに宿命の対決を始める二人。いいとこ見せたかったのに……。
「では問題。そこで悄気てるうちの部員はチェリーボーイであるが――」
な? 思わず顔を上げる。
「彼女もいなければキスもしたことはない。○か?か?」
「そんなの私の胸に対する反応を見れば一目瞭然ですわ。○です」
「だそうだ」
僕を見つめて嵐山先輩が言う。
「このままでは部が危ない。どうすればいい?」
どうすればって……彼女もいないし、キスもない。嘘をつく?
「嘘はつくな。正直に答えろ」
先輩の真剣な眼差し。正直で部を救うには……?
ある考えに思い至る。
でも……それはこの戦いの後のつもりで……。
「さっさと答えなさいよ!」
僕は決めた。後とか先とか関係無い。今はこれしか無い!
「嵐山先輩! 好きです! 付き合ってください!」
ついに告白してしまった……!
皆が唖然とする中、先輩は僕に近寄り、
彼女の
く
ち
び
る
がーー!?
僕から離れた先輩は、
「待ってたんだぞ」
顔をほんのり桜色に染めて微笑む。
「え、演劇部全滅!」
「なっ! 汚いですわ!」
「正否を判定する前だからアリです」
混乱する彼らを余所に僕と嵐山先輩は見つめ合う。
「嵐山先輩……」
「紗久良、と呼んでくれないか……」
今年の桜対戦は僕たちの大勝利だった。