王の乱心
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ヴェロア国王エーリッヒ二世が乱心したとの噂が流れ出したのは、まじない師の老婆が消えてすぐだった。
“いくら嫌われ者だとて、生い先短い老婆の首を刎ねるとは”
“まじない師を殺したから祟られたのだ”
城に仕える者さえも、そんな話をしている。
王はある日、一人の騎士を呼び出しこう云った。
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「そなたの母、フローラが双子の王女の片割れをさらって逃亡してから十と五年の歳月が経つ」
それを聞き、騎士は背中に冷水をかけられたような感覚に襲われた。
亡くなった父からは“母は王の命により、双子の王女の片方と隠れて暮らしている”と聞いていたからだ。
どちらが事実なのか。
もし今王の云った事が本当ならば何故今までローゼンマイヤー家に咎めが無かったのか。
父などは、母の失踪後、騎士団長に昇格までした。
罪人の身内にそのような待遇は与えない筈である。
しかし相手は王。
黙って聞くしかなかった。
しかし
「アーレフ・ローゼンマイヤーよ、フローラと王女シーグリンデの首をこの城に持って参れ」
それを聞いて黙って居られる訳が無い。
「王よ、御自分のお子までも殺さなければならない理由とは何でしょう?否、わざわざ数多の騎士の中から私を選び出した理由は……?」
そう、何故自分を選んだ?
何故、自分の実の母を手にかけると言う冷酷無比な役目を負わなければならない?
昔、古い言い伝えの教えを拒み、双子の王女を乳母と共に逃がした心優しき王は何処に行ったのだろう。
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「何を申す。シーグリンデは呪われた子、フローラはそれを拐い逃げた罪人であろう。今まで生かしてやっただけでも有り難いと思うがいい」
若き騎士アーレフは王の瞳に狂気の色を見た。
―王が乱心した、ヴェロアはもう終わりだ―
誰かが言ったそんな噂話が頭の中で繰り返し聞こえる。
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しかし、若き騎士は幼き頃より主君には絶対服従と教えられて来た。
それが狂った王であってもだ。
その命令を若き騎士に課せた後、王は自室から一歩も外へ出る事が無くなり、政は妃のアウレリアが執り行っていた。
……ヴェロアは呪われた王国……
遠い昔から伝わる悪い噂が現実となる。




