群青の騎士
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ヴェロア王国の騎士、アーレフ・ローゼンマイヤーが王の密命を受け、行方知れずになった双子の王女を探す旅に出て幾月経っただろう。
もはや騎士団一の美男子と謳われた顔には無精髭が生え、騎士の証である群青の衣は風雪に曝され、色褪せ、擦り切れていた。
騎士と言うより物乞いか馬引きのような出で立ちに成り果てたが、銀色に輝くミスリルの胸甲だけが、彼が騎士である事を証してくれた。
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双子の王女の居場所を突き止める事も出来ず、精も根も尽き果てた彼は王の裁きを覚悟し、城へ戻る途中だった。
騎士たるものとして何たる恥か。アーレフの父、クラウス・ローゼンマイヤー卿が生きていたらそう彼を罵倒するだろう。
しかし、クラウスは数年前、既に鬼籍の人となった。
重大な任務を遂行出来ず、恥を晒しての帰還を決めた彼の胸には、おかしな事に一種の清々しさすらあった。
斬首刑は免れない。それなのに。
王の命令は
“王女と乳母フローラを捜し出し、二人を抹殺せよ”
だったからだ。
美姫の誉れ高き王女ブロンウィン。
双子ならば当然その片割れも麗しくうら若き乙女に違いない。
そして乳母フローラはアーレフの母であった。
「弱き物を手にかけるぐらいならば、いっその事、死の裁きを甘んじて受けるのが騎士ではありませぬか?父上」
深き森の木立ちから見える空に向かって亡き父に叫んでも、名も知らぬ鳥の囀りが聞こえるだけだった。
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ふと、何かの気配を感じた。
旅の疲れの気の迷いだろう。と気に止めずいたが、ここは盗賊が出ると云う東の国アズウェルからヴェロアへの街道。
葦毛の馬が不安気に小さく嘶く。
騎士アーレフは馬の歩みを止め、耳を澄まし、神経を研ぎ澄ませた。
先程からただならぬ気配がするのは気のせいではなかったのだ。
その気配の主が明らかな殺意の視線を投げ掛けているのが嫌と云う程感じられたから。
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相手も息を殺して様子を伺っているのが解る。
穏やかな木漏れ日の中、はりつめた空気を察して何時しか鳥達も囀ずるのを止めていた。
しかし、いつまでもこうしては居られない。
アーレフは一か八かの賭けに出た。
馬を駆けさせ、一気に逃げ切る……つもりだった。
しかし、手綱を引くやいなや頭上から何者かが降りて来た。
否、落ちて来たと云うべきか。
驚き嘶く葦毛の馬の前には自分の身の丈程もある長剣を構えた族が顔を覆った頭巾の隙間から爛々と燃える目を覗かせている。
若き騎士は覚悟を決めた。
どうせ城へ還っても処刑される身。
ここでひと暴れするのもまた一興。
馬から降り、腰の剣に手をかけると
「我はヴェロア王国に仕える騎士、アーレフ・ローゼンマイヤー。先ずは御主の目的を聞かせて貰おうか」
と、名乗りを上げた。
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盗賊ふぜいが騎士の名乗りに応えるとは思わなかったが、意外にも声を張り上げ、応えて来た。
「俺は大盗賊ゲバルトの子、シーグ。おとなしくその胸甲を置いて行けば危害は加えない」
……声が若い。
少年の、いや子供の声だ。
よく見てみると、携えた長剣が異常に巨大に見えるのも、この族の身の丈が小さいからに他ならない。
「子供か」
こんな子供が盗賊の真似事などしなければならないとは。半ば憐れみの気持ちでそう呟いたが、それが悪かった。
「子供扱いするな!」
小さな盗賊は物凄い太刀筋で斬り込んで来た。
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静寂の森に金属音が響く。
あまりの気迫と速さに、アーレフは鞘から抜いた剣で受け止めるのがやっとだった。
「ふっ、油断した。御主なかなか出来るな」
「何を負け惜しみを」
双方、一旦離れると、剣を構え直す。
アーレフが斬り込めば盗賊が受け。
盗賊が斬り込めばアーレフが躱す。
暫く互角の闘いが続き、族は暑苦しくなったのだろう、頭巾を外した。
その顔を見て若き騎士は我が目を疑った。
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燃える様な赤い髪。
深い森の色をした瞳。
否、そんな事よりも
「ブ……ブロンウィン王女……?」
何故こんな小わっぱが、自分の仕える王国の姫君に生き写しなのか。
髪と目の色こそ違えど、顔の造りは型で取ったかのようだ。
「貰ったあああ!」
あまりの驚きで、一瞬闘いの事など忘れていた。だが、その一瞬が命取りだった。
赤い髪の盗賊は剣を降り下ろす。
もう、剣で受ける事も、躱す事も出来ない。
若き群青の騎士は死を覚悟した。
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しかし、いくら待てども刃は当たらない。
見ると、小さな盗賊は剣を振りかぶったまま動かずにいる。
「この場に及んで何の冗談だ?」
助かった安堵より、神聖な闘いを侮辱された怒りがこみあげる。
「さては御主、人を斬った事が無いな?」
剣の腕は一流でも、こういう奴は山程いる。
この盗賊もそんな奴の一人なのだろう。
しかし、盗賊は動かない。
痺れを切らしたアーレフが横から盗賊を小突くと、剣を振り上げたそのままの姿勢で地面に倒れた。
「おいっ!どうしたんだ?しっかりしろ!」
揺すぶっても反応が無く、死んだのか?と思ったが微かに息はしている。
気を失ったのだ。
盗賊とは云え子供だ、どうするべきか思案に暮れて居ると、腰の辺りに鞣し革の袋が吊るされているのに気が付いた。
病だとしたら薬でも持っているかも知れない。
そう思い、その袋を探った。
薬らしきものは見付からないがその代わりに、ひと振りの短剣が出て来た。
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金の柄、紅い宝玉。
アーレフは心臓が止まる思いがした。
これは、行方知れずになった王女が持っている太陽の剣ではないのか?
だとしたら、この盗賊小僧がヴェロアの美姫ブロンウィンに生き写しなのも合点が行く。
「この者は……」
アーレフの心臓は早鐘の様に鳴った。
この者は、確かシーグと名乗っていなかったか? そして行方不明の王女の名は
シーグリンデだった筈だ。
うすら暗くなる森の中、剣を携え眠る少年……否、少女を、アーレフはいつまでも見詰めていた。




