呪いの終焉
†
ヴェロアに平和が戻った。
王妃は書庫の隠し部屋に閉じ込められている所を救出された。
きっと侍女オルガが殺されたのは幽閉された本物の王妃の存在に気付いたからだろう。
王の心も身体もすっかり元に戻り、その威厳に満ちた姿で玉座に座していた。
「シーグリンデよ、そなたには産まれて間もなくから大変な苦労をさせて来てしまった」
シーグが呆然と自分の本当の父を見詰める。自分と同じ、深い森の色の瞳。
何故捨てた?
何故殺そうとした?
しかし、“真実”が明らかになった今、責める理由もない。
シーグが何を云っていいのか解らぬまま立ち尽くしていると、王は玉座を降り、シーグの元へ歩み寄りそして抱き締めた。
暖かい温もりは、雪豹の毛皮をあしらった衣のせいばかりではない。シーグの心の中の氷はその暖かさで溶けていった。
「とうちゃ……ち……父上」
シーグが云いにくそうにそう云うと、王は彼女の顔を喜びと驚きの目で見詰め、再び抱き締めた。
「この、愚かな余を父と呼んでくれるのか!心優しき娘よ!」
更に強く強く、抱き締められても苦しいどころか、心地良さと安堵が満ちる。
ふと、背後からも温もりが伝わって来た。
王妃が、弱った身体もいとわずに、寝間着のまま床を抜け出して来ていたのだ。
「おかえりなさい、私の愛しい娘」
シーグの赤い髪を撫でながら囁く声は美しく静かだった。
シーグは身体を侍女達に洗われ、髪を整えられ、緑色の地に金糸の刺繍が施された上等な衣を着せられた。紋章が浮き彫りにされた金の首飾りを下げ、そして、白と黄色の花冠。
よく磨かれた大鏡に映るのは、盗賊の子シーグでは無くヴェロア王国の王女シーグリンデだ。
「お姉さま、よく似合うわ!」
ブロンウィンはそう云うとシーグの手を掴み、連れ出した。
彼女は昼の空の青さと風の匂いを謳歌していた。
シーグもまた、星の煌めきや夜の静けさに感動していた。
そんな姉妹が向かったのは、城の外れにあるハシバミの木の根元だった。
そう、侍女オルガが眠っている……
オルガの墓には先客がいた。
馬番の親方だ。
自分がオルガを埋葬した責任上、花を手向けに来たの思いきや、様子が違う。
親方は泣いていたのだ。
「オルガ……オルガ……じいちゃんをなあ、許してくれ……オルガを死なせてしまった。守ってやれなかったじいちゃんを……」
二人の王女は絶句した。あの、侍女オルガは馬番の親方の孫娘だったのだ。
シーグはオルガの死を知らせた時の、親方の厳しい表情を思い出し心を痛めた。
ブロンウィンは無邪気で愛らしい、妹のような生前のオルガを思い出し、涙した。
親方が流す涙は、墓に供えた可愛らしい野の花に降り注ぐ。
その時、花が幽かに光り、幽かな声が聞こえた。
「忠実なる侍女オルガは妾が責任を持って天国へ送り届けよう。オルガだけでなく、今回の災いで命を落としたもの全て」
その声は、嘆く親方に、心痛めるシーグに、涙するブロンウィンに、確かに届いた。
三人が空のを仰ぎ見ると、フラウヒルデ王女がオルガや、他の命を落とした者達の魂を抱いて金色の裳裾を引きながら空へ上がって行くのが見えた。
「光のお姫様がみんなを連れて行ってくれた……」
シーグがそう呟くと、それで初めて自分の背後にいる者の存在に気付いた親方は
「そうだな、ぼうず、泣いてばかりいたらオルガに笑われちまう」と云いながら振り返ってシーグとブロンウィンを見るなり目を丸くした。
「ぼうず!何だ?その格好!」
双子の王女達は親方が驚いた様が余りにも可笑しくて笑った。
親方も釣られて笑った。
こうして少しづつ王国に笑顔と、平和が戻って来た。




