邪悪なる竜
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刑場に戻ると、異形の兵士を相手にヴェロア騎士団が戦っている。それと……
「……えっ?」
ヴェロア騎士団に混じり、見た事のある男達が戦っていた。
「おっ、若!無事でしたか!」
「加勢しに来ましたぜ、若!」
「全く、マルテンばかり良い所取りやがって」
口の減らない事を云いながらも、その手は足は、異形の兵士を斬りつけ、蹴りあげている。
ゲバルト盗賊団は果敢に忌まわしき兵士と戦っていた。
「ふん!盗賊ふぜいが正義漢ぶりやがって」
いつぞやの肥った騎士が盗賊団に毒づくも、その腕は異形の兵士の首を締め上げている。
「へへっ!ヴェロアのお坊っちゃん騎士団に任せておくのは心配でやんすから」
そんな皮肉を云いながら、盗賊はその締め上げられている異形の兵士の心臓に剣を突き、とどめを刺す。
運悪く、敵の手に掛かり、命を落とした者もいたが……
「お姉さま、早くサヴラを!」
これ以上犠牲者を出さぬようにとの王族としての配慮。シーグとブロンウィンは魔女サヴラの姿を探した。
魔女はアーレフに捕らわれていた。
魔女とは言え、只の非力な老婆。ねじ伏せるのは容易いと、油断した。
魔女の身体から、何か弾ける音がした。
魔女の口が裂け、するどい牙を剥き出しにしている。
骨が折れるような音とともに、背骨が蛇のように波打つ。
腕が伸び手のひらが肥大する。
もはや魔女は人の形をとるのをやめた。
アーレフの前に居るのは魔女でも老婆でもない 醜悪極まりない……
「竜……?」
黒い鱗に覆われた、奇怪な竜。
大きさもさることながら、その姿の恐ろしさに誰もが立ちすくむ。
咆哮と共に厭な色の粘液が滴り落ち、障気を帯びた息を浴びてアーレフは動けなくなった。
「これは……あの時の?」
あの、王の寝室でくらった障気はこの毒だったのだ。
意識が朦朧とするアーレフは、竜に鷲掴みにされ、まるで赤子が玩具で遊んでいるかのように振り回される。
逃れなければ。しかし、身体は痺れ、もはや自分の命令を聞かない。薄れゆく意識の中、騎士は死を覚悟する他無かった。
意識が闇の深淵に落ちる刹那、何者かによって引き摺り戻された感覚がした。
「我が子アーレフよ、騎士たるものの精神を持て」
意識が威厳のある低い声によって呼び戻された。
竜の声とも老婆の声ともつかぬ耳障りな悲鳴が響く。
見ると、一人の壮年の騎士が竜の身体に駆け上がり、その目に剣を突き立てた。
「我が名はクラウス・ローゼンマイヤー!ヴェロア王に仕える騎士なり!」
アーレフは、自分の目と耳を疑った。
「父上…?」
亡き父の姿を見るや、障気が消えて行くのを感じたアーレフは、自分を掴んでいた竜の手首に斬りつけた。
竜は、またもや耳障りな声を上げ、アーレフを放した。
竜が悶え苦しんでいるうちにと、アーレフは一心不乱に剣を刺す。
亡き父が運んでくれた勝機を逃す訳にはいかない。
しかし、竜は血塗れになっても尚、弱る気配がなかった。
シーグとブロンウィンはサヴラが竜に変化したのを見て一瞬怯んだ。しかし、この怪物は自分達が仕留めなければならない。
自分達でなければ、この“悪しき者”は倒せない。
何故なら、高貴なる魂に見守られし運命の双子の王女だからだ。
フラウヒルデ王女が二人を守って来たのもこの時の為。
「私が月の短剣を翳すから、お姉さまは魔女の心臓を狙って!」
「あんな大きな化け物の心臓って……!」
さすがにシーグも竜と戦った事は無い。
怖じけづいていると、ブロンウィンが駆け出し、月の短剣を翳した。
光に包まれた竜はみるみる縮み、本来の姿……数百年生きて来た老婆の姿に戻った。
「さあ!お姉さま早く!」
アーレフは、気転を利かせてシーグの方に向けて老婆を押さえつけた。
シーグの、太陽の短剣が老婆の心臓を貫いた。
「おのれ……ヴェロアの王族よ、またもやこのサヴラに苦しみをもたらすのか……」
怨めしげに、苦しげに、サヴラの叫び声が尾を引く。
やがて、その老いた身体は、塵芥となり消えて行き、同時に異形の兵士達もその場で塵になり消えて行った。




