夢の助言
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アーレフの斬首刑決定の知らせはシーグの耳にも勿論届いていた。
「良いですか?若。“その時”が来るまで決して手を出さぬようお願いします」
「その時って?」
「若なら“その時”がいつなのか解る筈です」
これもマルテンの策なのか。この策士のお陰でゲバルト盗賊団は様々な危機を乗り越えて来た。
信じる他はあるまい。
ふと、視線を感じると遠くで大臣ゲーリングが、こちらの様子をこそこそと見守っているのが見えた。
「なんで大臣さんあんな所に……」
シーグは、ゲーリングがマルテンに何か用でもあるのかと思ったが、それなら声を掛けて来る筈だ。
「ああ」マルテンは何か思い出したかのように云う。
「大臣ゲーリング殿は、私が若を食べてしまわないかどうか心配してるんです」
笑いを含んだその声で、シーグは事情を理解した。
「マルテン……“術”を使って大臣さんを脅したんじゃ……?」
「さすが若、その通りでございます」
おおよそ“幻惑”の術だろう。マルテンが最も得意とするそれは、自分の姿を違うものに見せると云うものだ。
筋肉隆々の強そうな戦士や、たおやかな美女、時には怪物になる事も出来る。
「良いですか、若。くれぐれも“その時”を違えぬように」
急に真顔になったマルテン。そうだ、彼がどんな綿密な策を練ろうとも、それを違えればすべて終りだ。針の先程に神経を研ぎ澄ませ“その時”を待たなければ
シーグは力強く頷いた。
その夜、シーグは夢を見た。
あの、いつぞやの光輝く子供が歌を歌っていた。
宝物はどこにある?
高い高い山の上
火を吐く竜が守ってる
それでも取りに行きますか?
宝物はどこにある?
深い深い海の底
人魚達が守ってる
それでも取りに行きますか?
宝物はどこにある?
緑の迷いの森の中
妖精達が隠してる
それでも取りに行きますか
どれが本当の宝物?
誰も見えない触れない
この世の何処かにきっとある
あなただけの宝物
歌が終わると、光輝く子供はゆっくりと振り向いた。
「その歌……」
井戸で死んだ侍女も歌っていた。それ以前にも確かに聞いた事があるのに、いつ、誰が、歌っていたのか解らない歌。
「これは“ヴェロアの子守唄”じゃ、遠い昔からヴェロアでは赤子にこの歌を歌って聞かせるのじゃ」
「宝物って、本当は無いの?」
シーグは訊いた。不思議な歌だ。宝物は誰にも見えない触れないなんて。
「シーグリンデよ、そなたにとって“宝”とは何じゃ?」
光輝く子供の問い掛け。シーグは暫く考え込んだ。
「とうちゃんから借りたあのデカイ剣かなあ……?でも借り物だから俺のじゃないし……アーレフのミスリルの胸甲……は、まだ手に入れてないし……」
考え込んでいるシーグを見て、光輝く子供はふふっと、花のように笑う。
「そなたにはまだ“宝”が無いのじゃ、気の毒な事よのう。しかし案ずるな、近いうちに必ず“宝”が手に入ろう」
否、“宝”どころでは無かった。
「ねえ、アーレフが処刑されそうなんだ。マルテンが助ける“策”を練ったけど、上手くいくか……自信無いんだ」
この不思議な者なら、何か良い知恵を持っていないか?と訊いてみた。
「“その時”を待てば良い。“その時”を違えずに居れば全て上手くいく」
まるでマルテンと同じ事を云う。
「あなたは誰なの?前にも夢に出て来たよね」
「妾か……?妾はそなた達の守り神じゃ、しかし、守り神とは云え、只の霊に過ぎぬ。出来る事は限られておる。こうして時々現れて“助言”を申すか、ほんの些細な手助けしか出来ぬのじゃ」
“そなた達”が、シーグを含めて誰を指すのか、鈍感なシーグでも解った。
きっと“悪しき者”と戦う者全てだ。
「シーグリンデ、よく聞け。そなた達が危機に見舞われし時、一度だけ“この世ならぬ大切な者”が加勢致す」
「“この世ならぬ”……?」
シーグにはその意味が理解できなかった。
聞き返そうと思った時にはもう、光輝く子供は消えて早朝の微かな陽がシーグの顔を照らしていた。




