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逃げる者と残る者





 アーレフ・ローゼンマイヤーの斬首刑の知らせは、その日のうちに城中に広まった。


 女達は嘆き、男達は怒りにうち震え、今更ながら城主の非道を恐怖した。


 ―次は自分だ―


 漠然とそう思う者も出て来る。

 身に覚えのない罪を着せられ、投獄され首を刎ねられる。アーレフのように。


 荷物をまとめ、郷里に帰る者も居たが、殆どの者は城に残った。


 行く先が無い……と云うのも勿論だが、心の何処かで以前の王が戻って来ると信じているのだ。



 そんな折り、荷物をまとめて城を抜け出そうとしている貧相な男を、マルテンは呼び止めた。


 「大臣ゲーリング殿、どちらへ?」


 大臣はまるでずぶ濡れのネズミの様な顔をして振り向いた。


 無理も無い。王と王妃に一番接する事の多い役職を、今まで務めて来ただけでも天晴れだ。


 「マルテン殿……申し訳無いが後の事は貴殿に任せる。何なら大臣の役職を進呈しよう」


 呆れた。自分だけ逃げて、責任を押し付けようとは。


 「王があのような状態では、城の者をまとめるのは貴方しかおりません。なのに、逃げるのですか?」 


 「アーレフ殿まであのような目に……噂では王女お付きの侍女も行方知れずだと云うではないか。次は……次は私だ」


 ゲーリングは冷たい雨でも浴びて来たかのように涙に濡れ小刻みに身体を震わせて、顔は全ての熱を失ったかのように蒼白だった。

 

 「この何処の馬の骨とも判らぬ私に全てを押し付け逃げるのですか?」 

 元々表情の乏しいマルテンの顔が、余計に険しく思える。


 「何なら貴殿も逃げるといい。私はこの春孫が生まれたばかりだ。死ぬ訳にはいかん」


 まるで、恋に破れた乙女の様にしくしくと泣き出すゲーリング。だが彼は良い歳をした男だ。マルテンでなくとも誰も同情などしない。


 「よろしいでしょう。お逃げなさい。ですが、最後の大役は果たして貰います」


 床に座り込み、えづく程に泣いていたゲーリングが顔を上げる。

 

 長身の頂きにあるマルテンの顔は遥か頭上に見えるのに、その視線は真っ直ぐゲーリングを突き刺していた。


 「最後の勤め……」


 厭な予感がした。ゲーリングはそれに関わりたくなくて逃げ出そうとしたのに。


 何を云えば良いのか、何をしたらこの場から立ち去り、愛しい孫の元へ帰れるのか。


 博識を自負しているが、この様な時にとんと働かない自分の頭を恨んだ。


 「ゲーリング殿」


 マルテンが呼ぶ。

 恐る恐る顔を上げるとそこには……


 大臣ゲーリングは世にも恐ろしきものを見た。

 この城に仕えていてはいずれは殺される。だが。

 今、この場を立ち去れば、この長身痩駆の若者……だったもの……が、追い掛けて来て骨も残らぬ惨状が待っているような気がした。

 

 「驚かせて申し訳ありません。こうでもしないと大臣は私の云う事を訊いてくれないと思ったものですから」


 そう云った時には既に元の青年に戻っていた。


 「わ……判った。云う事を訊く。だから殺さないでくれ」


 「ありがとうございます。では、騎士アーレフ・・ローゼンマイヤーの処刑、しっかりと取り仕切る様お願い申し上げます」


 そう云うとマルテンは踵を返し、黒い衣を翻して去って行った。 


 処刑を止めろと云われるのかと思いきや、その逆とは。 


 その後ろ姿は死神のように見えた。 











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