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斑の馬






 シーグは訳の解らぬ胸の痛みに苦しんでいた。

 痛みと云っても、やまいでも、斬りつけられた痛みでも無く、胸の奥底が熱を持った何かに締め付けられる。そんな痛みだ。


 その痛みは、アーレフの事を思った時のみ現れた。


 ―これも“呪い”なのか―


 馬が草をむのを見ながら、そんな事を考えていると親方が叫ぶ。


 「ぼうず、汚れた敷き藁を堆肥置き場に持っていってくれ」

 

 敷き藁は毎日天日で乾燥させ、繰り返し使うが、汚れたものをいつまでも使っていると、馬が病気になるし、匂いも酷い。なので、そんな敷き藁は畑の肥料として使う。

 

 働いていると、少しばかりアーレフの事を考えている時間が減るので助かる。 


 運搬用の荷車に積まれた汚れてもはや堆肥にするしかない敷き藁の匂いが胸の痛みをやわらげるとは。


 シーグは少し複雑な気分になった。



 荷車を引くのは、普通の馬より一回りも大きいぶちの馬だ。力は有るが、速く走るのが苦手な様で、こうして運搬や農作業に使われる。


 大人しい馬だが、なんとなく愚鈍そうで、いつも眠そうな目をしているのでシーグはあまり好きでは無かった。


 その斑の馬を引いて、農園の端の堆肥置き場へ行くと、突然、行く手を阻む者が現れた。


 その二人はマントを羽織り、腰には剣。一見騎士のように見えるが、アーレフのような威厳も美しさも無かった。


 「アーレフが拾ってきた孤児とはお前か?」


 その二人の騎士もどきの、肥っている方が横柄に訊く。


 あまりの態度の悪さに、シーグは腹立たしさと哀れみとが混じったまま立ち尽くしていると、痩せて背の低い騎士が、シーグの目前まで歩み寄って来た。


 「おい、答えろよ」


 痩せた騎士は、シーグの髪を掴むと激しく振った。 


 「なにするんだ!」


 堪らずそう云うと、肥った方が


 「さすが罪人の拾って来た子供は礼儀を知らないな」


 等と云うので、すっかり頭に血が登ってしまったシーグは、相変わらず髪を掴んだままの痩せた騎士の腰に手を伸ばすと、その剣を奪って


 「隙だらけだ。こんなんじゃ実戦じゃ真っ先に殺られるぞ」


 驚いて手を放した痩せ騎士に剣を突き付けながら云うと、肥った方が剣を抜き、構えた。


 「おのれ、ヴェロア騎士団を愚弄するとは」


 愚弄したのはそっちだろう。シーグは思った。このような人間として出来損ないの輩が騎士を名乗れるとは……失望だ。


 こんな奴等、一捻りで片付けられる。そう思い、剣を構えると、何か黒いものに視界を塞ぐ。


 「お止めなさい、ヴェロアの騎士として恥ずかしくないのか?こんな小さな子供をいたぶるとは。ヨハン、オットー。御主達の名は騎士団除名者名簿に記載しておく」


 訊いた事のある声、シーグは我が耳を疑い、その黒いものの上を見上げた。


 見覚えのあるくすんだ金髪。


 「マル……」


 何故、この者が此処に居るのだろう?

 先程まで横柄で態度の悪かった騎士達が掌を返したようにへりくだっているのも不思議だった。


 「しかし、マルテン殿、城の風紀を乱すものは排除するのが我等の役目にございます。この者は罪人の……」


 「そうか、良く云った。では両名とも荷物をまとめて本日中にこの城を立ち去れ」


 「な……なんで俺達が……?」 


 「御主が云ったではないか“城の風紀を乱す者を排除するのが役目”と。私が見る限り、城の風紀を著しく乱しているのは御主等の他見当たらぬが?」


 混乱したままシーグは、マルテンと騎士達とのやりとりを訊いていた。


 訳が解らないが、今、マルテンはこの三流騎士達より上の立場らしい。


 「うぬぬ……大臣代理と云えど、昨日今日城に入ったばかりの分際で偉そうに!」


 肥った騎士は、顔を真っ赤にしてマルテンに斬りかかって来た。


  しかし、肥った騎士は次の瞬間マルテンとシーグと痩せた騎士の視界から消えた。


 堆肥を積んだ荷車が騎士目掛けて飛んで来たのである。勿論、ひとりでに飛んで来た訳では無く、いつの間にか荷車と馬とを繋いでいた綱がほどけ、あの斑の馬がその荷車を蹴り飛ばしたのだ。


 「大丈夫か?ヨハン!」


 幸い、荷車は当たらなかったが、馬の糞にまみれた藁の山に埋れてしまった。

 やっとの思いで 這い出て来た肥った騎士に、痩せた騎士が駆け寄ったが、濡れて汚れた藁に足を取られ、転び、運悪く肥った騎士としこたま頭をぶつけた。


 痛みに耐える二人に更なる悲劇が。


 斑の馬が二人に近付き、尻を向けると、尻尾の根元を少し上げた。


 「あっ……!」


 馬の事には詳しいと自負しているシーグである。この行動が何を意味するのか、二人の騎士がどうなるのか、厭でも解った。


 湿った重たい物が大量に落ちる音と共に、二人の騎士の悲鳴が聞こえた。 


 





 マルテンは敷き藁の片付けを二人の騎士に申し付け、斑の馬を撫でてて小声で云った。


 「よしよし、フーゴ。ご苦労様」


 シーグはマルテンが昔から動物と話が……と、云うより、動物の心を知り、また自分の考えを動物に伝える事が出来ると云うのは知っていた。だから、これもマルテンの仕業なのだろう。

 フーゴ”と云うのはこの馬の名らしい。親方が付けたのか、馬が自分でマルテンにそう名乗ったのかは解らないが。


 「また“術”を使ったの?」 


 「いえ、フーゴが若に悪さをしたあの騎士達に仕返ししたいと思っていただけですよ」


 「フーゴ、ありがとう」

 眠そうな目の斑の馬の小さな嘶きは、心なしか笑っているように聞こえる。

 


 「ところでマルテン、いつの間に城に潜り込んだの?何で偉い人になっちゃってるの?」


 狡猾なマルテンの事だ。そんな事は容易いのは解っているが、味方が出来て心強くなったその嬉しさを隠すように、敢えて聞いてみた。


 「私の肩書きは、大臣の助手と代理です。大臣が多忙になったとかで手伝いの人材を募集していまして、外国語と読み書き算術が少し出来ると云ったら即採用されました」


 謙遜を。“少し”どころの騒ぎでは無い。

 マルテンに知らぬ事は無いと云える程の超絶な知性。それに加えて


 「魔法は?魔法は出来るって云ったの?」


 「若、それは内密にお願いします」


 魔法使いは人指し指を唇に当てながら笑った。

 







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