太陽の子
†
街や村が在るうちは良かった。
子供を産んだばかりの女にもらい乳をして赤子の腹を満たせたからだ。
城の近くにいては直ぐに見つかってしまう。
一刻も早く遠くへ……
そう焦る気持ちが誤算だったのだ。
ヴェロアの城下を抜け、農村を抜け、東の国アズウェルへの街道まで出ると民家などは何もなく、それどころか人に会う事も無かった。
フローラは、腹を空かしてむずかる赤子を馬上であやしながら、途方に暮れた。
このままこの赤子が餓死してしまえば自分は城へ帰る事が出来るかもしれない。
女一人にこんな大役は無理だったのだ。と王も許してくれるかもしれない。
だが、野辺の花さえ手折る事も出来ないフローラにとって愛らしい赤子が死にゆく様を想像する事すら恐怖だった。
半ば放心して馬に揺られていると、さっきまで泣いていた赤子が静かになった。
日は沈み、群青の天幕が空を覆い始める。
この赤子は不思議な事に、日が沈むと死んだように眠ってしまう。
どんなに腹を空かせても夜の間は泣き声さえ上げない。
そして、夜明けとともに泣き出すのだ。
フローラ自身、何日も何も口にせず、馴れない旅の疲れで弱り果てていた。
最後にもらい乳をした農民の家はとても貧しく、とても彼女の食べる物まで分けて貰う訳にはいかなかった。
暗い森の中、寒さと空腹と疲れを紛らわす為、死んだように眠る赤子の為、子守り歌を歌った。
宝物はどこにある?
高い高い山の上
火を吐く竜が守ってる
それでも取りに行きますか?
宝物はどこにある?
深い深い海の底
人魚達が守ってる
それでも取りに行きますか?
ヴェロアに伝わる古い子守り歌だった。
フローラはこの歌を息子のアーレフに歌ってやった日の事を懐かしく思いながらいつしか眠っていた。
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†
「おい!あんた!しっかりしろ!」
赤子の泣き声と共に聞こえる、男の胴間声で目が覚めた。
もうすでに陽は登り始めている。
目を開けていても霞む視界。
動かそうとしても動かない体。
この者がどんな人間かは解らない。まっとうな人間である保証は何も無い。
だが、フローラは、かろうじて出せる声をふりしぼって、その野太い声の主に云った。
「この子をよろしく頼みます。名前はシーグリンデ。訳あって命を狙われております」
それだけ言うと、あの太陽の短剣を男に渡し、そのまま動かなくなった。
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