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大臣の助手





 「あのおチビさんはどうしたの?」


 ブロンウィンが訊くと、侍女長エヴァは答えに逡巡した。確かに、ここのところ姿を見ない。城の者に頼んで探して貰って居るし、エヴァ自身も探して居たが、見つからなかった。


 考えられるのは二つ。城を抜け出したか、王妃の怒りに触れ、処罰されたか。

 後者は充分に考えられる。あの子は生意気で好奇心旺盛ゆえ、知らず知らずのうちに王族に無礼を働いたとしても不思議では無い。それでも以前の王や王妃なら、笑いながら許したような子供ゆえの小さな粗相も今となっては厳しい沙汰の対象となるのだ。


 「オルガは……悪性の風邪にかかりまして……養生しております」

 “正直”を美徳とする侍女長エヴァの精一杯の嘘だった。

 

 「それは大変。後で果物でも持って行っておあげなさい」


 ブロンウィンの優しい言葉に、エヴァは嘘の罪悪感がますます膨れ上がり、いっその事、あの小さな侍女がこの呪われた城を抜け出し、親元で何の憂いも無く暮らして居ればよいのに。そう思った。そして、忌まわしいこの城に、もう二度と帰って来ぬように。と。


 「それでは私はこれで……この後、大臣の授業がありますゆえ、お支度なさってください」


 侍女長は、この若過ぎる……しかし、ただひとり正気の王族である王女に唯一の希望を託して居た。 否、侍女長だけで無く、ヴェロアの城の者、そして、国民が。







 大臣ゲーリングは、見た事の無い若い男を従えて、王女の部屋を訪問した。


 「最近、多忙になって参りましたので、助手をとりました。姫様のお勉強はこの者が教授致します」


 長身痩躯のその若者は、痩せてはいるが、ゲーリングの様に貧相では無く、その若さとは裏腹に老練された不思議な雰囲気を漂わせて居た。


 「多忙?何かあったの?」


 王女の問いかけで、大臣はやっと自分の“失言”に気付いた。


 「いえ……私ももう歳ですので、お勤めをこなすのが大変でごさいまして。手伝いの者が必要なのです」


 「そう、新しい“先生”は何を教えてくださるの?」


 それまで、無言で控えて居た助手は、初めて口を開いた。


 「算術、幾何、歴史に外国語。お望みなら医学や薬学も」


 落ち着いた物腰、低い声。確かにそれは唯ならぬ知性を感じさせた。


 「名は何と云うの?」


 「マルテンにございます」



 王女は思った。みだりに外から来た者を信用すべきでは無い。しかし、外から来たからこそ信用出来る部分も有るのでは?この城の者達は何かを隠している。だからこそ。


 ─この者なら私の本当に知りたい事を教えてくれるかも知れない─


 そして、願わくば、この孤独な“戦い”の頼もしき味方になってはくれぬだろうか。


 「ではマルテン、くれぐれも頼みましたぞ。その日勉強した事は書き付けておくように」  


 そう云い残し、いそいそと大臣は出て行った。


 「さあ姫様、何をお教え致しましょう」


 鳶色の瞳は賢者の瞳。


 「あの……私……」


 この者は味方になってくれるだろうか?

 それとも頑なに真実を覆い隠す他の者と同じだろうか?












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