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甘い痛み





 その頃アーレフは、牢獄の窓から、遥か彼方に見える山々や湖を眺めながら、幼い頃母が自分に語って聞かせた昔話を思い出していた。


 ―昔むかし、フラウヒルデと云うとても可愛いお姫様がいました―


 ―でもフラウヒルデ姫には人には無い“力”がありました。気味悪く思った王様は、姫を高い塔の天辺に姫を閉じ込めてしまったのです―


 ―くる日もくる日も姫は歌を歌いました、やっと自分の弟君に気付いて貰えた時には、既に死んで骨だけになっていましたー


 ヴェロアに伝わる昔話。アーレフはこの話を聞くたびに何代も前の当時の王を憎んだ。そして、今の王がこのような非道な王では無い事に安堵していたのに。


 幼い王女はここに幽閉され、歌いながら、何を思ったのだろう?


 自分も死んでからもなお、歌い続ける事が出来るだろうか?


 最悪の状況ばかりが頭に浮かぶ。こんな事では王女達を守り、共に戦う事など出来やしない。


 ふと、シーグの声が聞こえた様な気がした。


 とうとう空耳が……と思っていると、声は段々近くなって来た。まるで、窓のすぐ側に居るような気がする。


 「アーレフ!」


 空耳では無い。確かにはっきりと聞こえる。しかし、こんな高い塔の一体何処に居ると云うのだろう?


 「アーレフってば!」


 シーグの声は苛立ったように騎士を呼ぶ。


 アーレフはまさかと思いながら窓から下を見た。



 アーレフは我が目を疑った。余りにもあり得ない光景を目にしたからだ。


 地面から垂直に延びる塔の外壁、それをよじ登ってくる赤い髪の……


 「シーグ!」


 彼女は壁の石煉瓦の僅かな窪みや繋ぎ目を足掛かりに登ってくる。まるでイモリかトカゲの様だ。 


 「アーレフ、ちょっと手を貸してくれ」


 アーレフが手を貸し、シーグの身体を引き揚げると、反動で二人とも牢獄の石の床に転がった。 

 何十人もの罪人が、脱獄しようと試みて命を落とした塔を登って来る者が居るとは。


 アーレフは笑った。

 何故だか解らないが、愉快で仕方が無かったのだ。

 シーグもつられて笑い、一頻ひとしきり笑い、自慢げに云う。


 「こんな塔、なんて事ないよ。もっと凄い断崖絶壁を登った事もあるぜ」


 「さすが、盗賊」


 一筋の光が見えた。だが誇り高き騎士は、その光にすがる事は恥とする。


 「アーレフ、逃げよう。どうせ冤罪なんだろう?皆も云ってる。逃げよう。俺が手伝ってやる」


 ふいに真顔になったシーグが云った。 


 アーレフは笑うのを止め、しかし笑顔のままシーグに云う。 


 「いや、逃げない」


 「このままじゃ首を刎ねられるぞ!お前何も悪くないのに!」 


 アーレフの意外な答えにシーグは戸惑いを隠しきれない。甘んじて冤罪を被り、首を刎ねられ、死んでゆくと云うのか、この騎士は。

 狂った王、偽物の王妃に良い様にされて。


 「アーレフ、オルガと云う侍女を知っているか?」


 「オルガ?ブロンウィン王女御付きの侍女オルガか?確かまだ子供の」


 確か、あの侍女はこう云った筈だ。 


 「オルガは瀕死の傷を負って井戸に落とされていた。死ぬ間際にこう云ったんだ“王妃様は偽物だ”って」


 若き騎士は、年端もいかぬ子供がそんな酷い目に遭わされていた事に心を痛めたのか、やはり王妃は偽物だったかと云う驚きゆえか、しばし、凍り付いた表情でシーグのその深い緑の瞳を凝視していた。


 「いや、それでも逃げる事は出来ない」


 「何でだよ!お前が死んだら俺は……」 


 シーグは言葉を探せなかった。

 自分の瞳を見詰められた時、沸き上がった感情の名を彼女はまだ知らなったのだ。










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