塔の牢獄
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アーレフが目覚めると、其処は石煉瓦で作られた小さな部屋だった。
一体何が在ったのか、記憶が混乱して頭が痛い。確か王妃に……
王妃の顔を思い浮かべた途端、ざらりとした爬虫類の皮膚の様な厭な感覚がした。
そしてあの、毒を帯びた気の匂い。
独り、恐怖に身震いすると、事の顛末を朧気ながら思い出した。
―投獄された―
いみじくもこの城に仕える騎士として知らない訳は無い、此処は……
「塔の牢獄だ」
半ば溜め息を吐くように呟いた。そう、ここは重罪を犯した者が投獄されると云う、高い塔の天辺の牢獄だ。
頑丈な扉は外から鍵と閂が掛けられ、どんな力自慢の大男でも中から開ける事は不可能だ。
他に、窓がひとつありそれは牢獄の窓だと云うのに鉄格子すら付いていない。
その訳は、この窓からの脱獄は絶対に不可能だからだ。
正しくは、生きて脱獄出来た者は居ない。
この窓から外へ出ようとして、落ちて死んだ罪人は数え切れない程だと聞いている。
件の窓を開けて見ると、鬱蒼とした森が眼下に広がっていた。
王の正気が戻らぬうちは此処から出られないだろう。
アーレフは絶望にうちひしがれた。
その時、強固な扉を叩く音がした。
「アーレフ・ローゼンマイヤー殿。ゲーリングにございます」
あの、貧相で涙脆い大臣だ。
「大臣、一体これはどうした事なのか説明頂けませんか?」
扉の中央に食事を差し入れたり、罪人の様子を見たりする覗き窓がある。そこが開き、ゲーリングの隈と皺で覆われた目が見えた。
「アーレフ殿、突然の事で私も驚いております。しかし、私も城に仕える身、私の一存ではどうにもなりませぬ」
「一体、私が旅に出ている間、何が在ったのです?王ばかりか王妃までも」
「もうあれは……」ゲーリングが洟をすすり上げた、泣いているらしい。
「あれはもう以前の王妃様ではありません」
嗚咽が聞こえる。
泣きたいのはこっちの方だ。
アーレフはそう思った。




