侍女の遺言
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只でさえ薄暗い場所にある井戸の中は更に暗い。
目が慣れると、組み上げた石の隙間を割り、樹の根があちこちに張り出しているのが見えた。
その樹の根に何かが引っ掛かっている。そしてその“何か”から歌声が聞こえて来るようだった。
どれが本当の宝物?
誰も見えない触れない
この世の何処かにきっとある
あなただけの宝物
これは子守唄だ。シーグは思った。遠い昔、誰かに歌って貰った記憶がある。
思い出せないのがもどかしい。否、今はそんな事よりも
「誰かそこにいるの?」
シーグは声の主に呼び掛けた。
何を云っているのか解らないが、確かにそれに応える声がする。
誰か、水を汲みに来て足を取られ、落ちてしまったのだろう。と思ったシーグは樹の根を伝い、その者の下へと降りて行った。
それは、シーグよりも身の丈の低い、小さな少女だった。背中には刃物か獣の爪の様な跡があり、衣服が裂かれ、その皮膚からはおびただしい血が流れたであろう痕跡がある。
顔は殆どの血を失ったからであろう蒼白で、愛らしい唇は山葡萄の汁を塗ったように紫に染まっていた。
シーグも流石にこれは、足を滑らせて落ちただけでは無い事に気付いた。
「私……は、ブロンウィン王女付きの侍女オルガ……」
「喋らないで、今、城の人に手当てして貰うから」
僅かに残る力を振り絞り喋る彼女の姿があまりにも痛々しい。
しかし
「ブロンウィン王女に伝えて……王妃様は偽物だって……薄汚いお婆さんが化けているんだ……って……」
そこまで云うと、彼女は目を閉じた。
そして、そのまま二度と目を開ける事は無かった。
侍女オルガの亡骸をどうすれば良いのか、それに
―王妃様は偽物―
これはどういう事なのだろうか?
シーグは急いで厩舎に戻ると、親方に一部始終を話した。
「いいか?ぼうず、この事は誰にも云っちゃなんねえ。オルガの亡骸も何処かへ埋めて見なかった事にしなきゃなんねえ」
険しく、青ざめた顔で親方が云う。
「えっ?でも……」
いくら盗賊に育てられたシーグでも、あの小さな侍女の骸を親元に帰すとか、それが叶わないのならせめて死んだ事を報せるとか……そうするのが常識だと思っていた。
「いいか?ぼうず、よく聞け。この城はなあ、呪われているんだ」
何かに脅えるようにそう云う親方の気持ちを察したように、厩舎の馬達が嘶いた。
侍女の言葉が本当ならば、この城は既に得体の知れない“悪しき者”に乗っ取られてしまったのか?
シーグは生まれて初めて恐怖と云うものを感じていた。




