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王の居ない玉座





 これはどうした事だろう?玉座には誰も居ず、長い事(まつりごと)が行われた気配が無い。

 色の違う石が市松状に配置された床に敷かれた絨毯は埃が積もり、くすんで見える。玉座の背もたれには蜘蛛の巣が張り、丸い腹の女郎蜘蛛がその中央に居座っていた。


 アーレフは踵を返すと王の寝室へ向かった。乱心とはいえ体調を崩す程では無いと思ったが、こうなるとこの城は滅んだと同じだ。


 ……アウレリア王妃は如何致したのだろう?……


 王が政を執り行え無いとなると、その妃が代わりにつとめると云うのがしきたりの筈だ。


 否、狂った王に治められるより、この方がずっと良いのかもしれない。


 アーレフは、窓の鎧戸を開けた。金具と云う金具が全て赤く錆びて軋んだが、そこから見える景色は昔と少しも変わらなかった。





 王の寝室の前には二人の兵士が立ち、何か物々しい雰囲気を醸し出していた。


 「はっ……これはアーレフ殿」


 無表情だった兵士の一人が気付き、慌てながらも低い小声で云った。


 「挨拶は良い、王はどうされたのだ?」


 アーレフがそう訊くと、二人の兵士は顔を見合わせ返す言葉を探している様だった。


 「王は……とても話を出来る状態ではありません」


 やっと、兵士が口を開く。


 「今、王妃様が付き添っておいでです。誰も中へ入れるなとの命令を受けました」


 「王は……生きておいでなのか?」 


 アーレフの口から、自分でも驚く程不謹慎な言葉が出たが、兵士達はそれを咎めもせず、疲れ果てた様な顔で


 「勿論、生きておいでです……ですが……」

 何と云ってよいのか考えあぐねているのだろう。もう一人の兵士が助け舟を出したが、それは反って不安を助長させた。


 「でも、あれでは死んでいるのと殆ど変わりありません」


  「もうよい、其処を退け」

 

 アーレフは二人の兵士の中を割って、寝室の扉の取っ手を掴んだ。


 「アーレフ殿、お止めください!」


 兵士の制止の声も聞かず、開けた扉のその中は、昼間だと云うに窓を閉め切り薄暗く、黴と埃の匂いが充満している。


 舞っている埃が鎧戸の隙間から僅かに漏れる陽の光りに反射しまるで部屋の中に粉雪が舞う如くのその向こうの寝台に、の王は横臥し、その側には寄り添う婦人が有る。しかし。


 ……誰だ?これは…… 


 一瞬、アーレフはそう思った。

 先程兵士は“王妃は王に付き添っている”と云った。だから、これは王妃なのだろう。


 確かに王妃の顔。王妃の姿。しかし、その雰囲気が、気配が、王妃のものとは違う様な異質なものに感じられた。


 「誰ぞ?」


 王妃の声。

 確かにそれは王妃の声に相違なかったが氷の様な冷たさを含んでいた。


 王妃アウレリアの声は暖かく、美しく、聞くものの心を癒す声だった筈だ。


 「アーレフ・ローゼンマイヤーにございます。心配故の無礼をお許しください」


 「おお、アーレフか、よくぞ戻った」 


 心なしかこの口調は何処かで聞いたような気がする。

 

 説明出来ない胸騒ぎ、そして不安。




 ―−そのミスリルの胸甲の心臓部分に映らぬ者は“悪しき者”覚えて置くがよい−−



 ふいに、あの高貴なる魂の子供の言葉を思い出し、胸甲の心臓部分に目を落とした時には既に、アーレフは悪しき障気に当てられ、躰の自由を奪われていた。 











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