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高貴なる魂の助言




 シーグは夢を見ていた。


 風薫る草原。その風に金髪の髪をなびかせ、美しい子供が空中に浮かんでいる。


 不思議だが、美しい光景。 


 突然、美しい子供はシーグに問うた。



 「真実を知りたくはないか?自分の還るべき場所へ還りたくはないか?」



 何処かで聞いた言葉。そうだ、ゲバルトが臨終の際に云った言葉。


 真実を知れば、還るべき場所に還れば、心やすらかに暮らせるようになるのだろうか?


 自分も、自分に関わるすべての者も。



 シーグは頷いた。



 美しい子供はまるで聖母の様な顔でシーグに微笑む。


 

  しかし、冷たい風が頬を撫で、目を開けると朝焼けの空が見えるばかりで美しい子供の姿は無かった。


 ……身体が痛い。


 そう思ったシーグが自分の横たわる場所を手で探ると冷たい石の感触がした。


 「何でこんな所に」 


 またもや記憶が混乱する。


 それでも、痛む身体を動かし、起き上がると、自分の寝ていた石の横に、アーレフがもたれ掛かり眠っていた。


 朝露に濡れた後れ毛(おくれげ)が朝日に照らされ煌めく様をシーグは不覚にも見とれてしまった。

 見とれていた事を気取られるのは決まりが悪い。シーグはさもアーレフが眼中に無い風情で辺りを見回した。


 朝日に輝く一面の草原。騎士の馬がその草をむ。美しい朝だ。一介の騎士になど心奪われる事は無い。美しいものは其処彼処そこかしこに在るではないか。と。


 その美しい光景を見回し、もう一度群青の騎士に眼を戻すと、先程は気が付かなかったものに気付いた。


 「……何で、俺の剣が此処に」


 あの、シーグの身の丈程もある長剣がアーレフの身体の右側に在った。

 夜の間、狼や狐を追い払ってくれていたのだろうか?いや、だとしたら自分の剣で充分では無いか? 


 何故わざわざ、長剣を手にする必要が……


 考えあぐねていると、の騎士は眼を覚ました。


 目が合ってばつが悪いなどと云っている場合では無かった。


 何故なら、シーグはこの状況を見てある結論に達していたからだ。


 ひらりと、石の上から身を翻し降りたシーグは、長剣を手に取った。


 次の瞬間、金属音が草原に響く。 


 突然、シーグがアーレフに斬りかかったのだ。

 しかし、目覚めたばかりの騎士は咄嗟に自分の剣を抜いてそれを受けた。


 「成る程な……俺の剣は首を斬るには丁度良いからな」


 怒りに震えた声でシーグが云う。もはや手負いの獣だ。何を云っても聞く耳もたないだろう。


 「違う、これは……」


 僅かでも気を抜けば首を斬り落とされる。弁解の余裕さえ与えないシーグの気迫に、騎士はただ、剣を受け、躱すことしか出来なかった。


 その時。


 「おやめなさい!若!」


 誰かが遠くで叫ぶ。


 やっとシーグの動きが止まった。





 見ると、あのゲバルト盗賊団の長身痩躯(ちょうしんそうく)の修道士風の若者が、栗毛の馬を駆ってこちらへ向かって来ている。


 「お二人共、何をやっているのです?」


 血相をかえているのだろうが、冷静さは欠いていない。その氷のような表情を見て、シーグは頭が冷えたのか剣を下ろした。


 「……信じていたのに」


 シーグがぽつりと云う。


 いみじくも盗賊の子として育った彼女だ、生命の危機など幾度となく経験しているし、覚悟もある。


 未遂に終わったとは云え、信じかけていたアーレフに刃を向けられていた。しかも、自分が眠っている時に。 


 彼女の両目からは無数の真珠が溢れて落ちるかのような涙が。 

 

 「信じていたのにっ!」


 もう一度そう叫ぶと、草に突っ伏して泣きじゃくる。


 子供扱いを死ぬ程嫌う癖に、その様子はどう見ても子供だ。


  暫く、シーグがしゃくりあげながら泣いているのを見守ると、修道士風の男が口を開いた。


 「落ち着きましたかな?若」


 シーグは何も云わず、泣きはらして腫れた顔のまま頷く。


 「事情は察しましたが、何かおかしい事に気付いたでしょう?」


 「う……ん」


 やっと、鼻声だが、声を発した。


 「騎士殿が本気で若を殺める気であれば、若はもうとっくにこの世には居りません。騎士殿の理性が若を殺める事を躊躇したのです。その理性を信じるべきではないですか?」


 「……マルテンの云う事は難し過ぎてよく解らないよ……もっと簡単に云ってよ」


 シーグが腫れた目蓋を精一杯開けようとする様が可笑しくて、二人の青年は少し笑った。 


 それまで黙っていた騎士も少し緊張がほぐれ、云った。


 「私の事を信じてくれてありがとう。王女様」


 シーグの顔が赤くなっているのは泣き顔のせいばかりでは無いだろう。





 「心配して付いて来たのは正解だったようですな、若、子供扱いが厭ならもう少し大人におなりなさい」


 マルテンと呼ばれた男はまるで厳しい教育係と云った風にシーグを叱る。しかし、その冷たく厳しい言葉の奥底に暖かく優しいものが隠れている……と、騎士は思った。


 そう、あの養父・大盗賊ゲバルトのように。


 暖かく、優しい者達に囲まれて育ったシーグ。


 ふと騎士は、城の王女を思った。ブロンウィン王女を。


 あの方は幸せなのだろうか? 

 美と富に恵まれし深窓の姫君は、自由と陽の光りを知らない。

 

 ―呪いは王女達自らが解く― 


 あの高貴なる魂の言葉が脳裏を過る。


 


 「シーグ、城へ向かおう、御主の身は私が守りぬく、もう二度と“悪しき者”に惑わされたりしない」


 騎士は“呪い”に真正面から立ち向かう覚悟を決めた。


 正体の解らない“敵”に挑む事を。 



 まだ目蓋の腫れが引けない顔でシーグが頷いた。











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