授業のノートは――
『とあるとこの、とある少年たちのなんでもない日常
授業のノートは――』
学年末テストまで、後4日と迫って来ている。
クラスの皆(一部は違うが)は、鬼気迫った顔で先公が黒板に書く字を写していく。
こう、なんとも言えないピリピリ感。テストが間近だと感じさせてくれるね。
まぁ、かく言う俺も必死こいて写してるわけだけど。
特にテスト間近の授業は、先公がテストのポイントを言ってくれるから聞き逃せない。
それを聞いてるだけでも良ければ10点以上、悪くても5点は確保できる。
こうして俺は、朝から一句一語書き逃さぬよう、聞き逃さぬよう、当社比普段の5割増で頑張るであった。
*
がやがやと喧騒が教室を包んでいく。
4時間目の授業が終えたことを知らす鐘が鳴って、昼休みに入ったからだ。
流石テスト前であってか、弁当の中身を食うついでに教科書を開いてる奴もいる。
まぁ、俺はそんなお行儀が悪いことはできんけどね。
ぶっちゃけ、伊織の前でやったら色々と苛めてくるだろうからだが。
頭のネジ、一本か二本取れてると思うほどの変人思考だが、実は学年トップ3の成績を持つ。
神様は気まぐれ――そう確信せずにいられないね。
あ、その彼氏でもある俺も変人なのだろうか。いや、俺はストッパーの彼氏だと思いたい。
「貴弘は勉強しなくてもいいの?」
「ああ。今回は、いつもより5割増で授業に集中してるぞ」
「今更やってもね~」
と、思いっきりため息混じりの落胆しきった顔で言われる。
俺はそこまで駄目だったのか!? いや、伊織は上の人間だからわからんのですよ!
「学年末とは言え、所詮3学期で習ったとこを範囲にしただけだろ。全部出るわけじゃないからいけるさ」
そう言って、伊織特製の唐揚げ弁当を頬張る。
唐揚げが程よいほどの油で揚げられていて、柔らかくて上手い。
「じゃあ3学期初期のところ、ちゃんとノートに取ってるのー?」
む、3学期の初めか? む、むむむむむ……むぅ。
「正月気分が抜けなくて授業受ける気もしなくて、ノート取ってなかったに間違いない」
どこぞの某お笑い芸人のネタで痛いとこを突いてくる。
ぐっ! 確かに受ける気がしなくて寝てたりしてが……
「どうする……このままじゃあ、欠点と言わずとも悪い点なのは免れない」
と、苦悶している俺を見兼ねたのか、伊織が神の助けを差し伸べてくれた。
「だと思って、今日全教科のノート持ってきたんよ」
「ノートって、あのルーズリーフか」
伊織のノートは、俺の大学ノートとは違ってルーズリーフだ。
俺は黒板の字が移せればこれでよしと思ってるが、伊織はルーズリーフではないと駄目だという。
ルーズリーフでしかできないことがあるから、とほざいてたっけ?
まぁ、伊織のすることは俺でも読めんから考えたくもないが。
「なら、それを俺に貸してくれないか」
「そのつもりで持ってきたんだから貸すよー。でも、しっかりと役立ててよねー」
そう言う伊織の顔は、なんだかとても嬉しそうな笑顔だった。
*
「はい、これだよー」
なーんて軽く言うから、大した重さじゃないだろうと思ってたのが馬鹿だった。
「うなっ! なんちゅー厚さだよ。ここまで黒板に書かれていたか!?」
ずっしりと来るルーズリーフの山を両手で受け止めながら、その厚さに面食らう。
「貴弘のためにちゃーんとポイントも、分かりづらい点も分かりやすく解釈して移してたから」
「ああ……ありがとな。苦労しただろ?」
「うーん。貴弘のためだと思えば、ぜんぜん苦にも思わなかったよ」
そこで顔を赤らめて、恥ずい台詞を吐くな。こっちまで恥ずくなる。
とりあえず、家に帰ると寝そうだから図書室で少しノートに写す。
伊織は、見たいテレビがあるから先に帰るようだ。じゃ、また明日なとだけ言っておく。
図書室に向かう途中、伊織のノートを開くと、
『貸した恩は、テスト明けの休みデートでチャラ☆』
伊織の丸々とした、可愛らしいメモが挟まれていた。
つい、伊織の親切心に顔をぬるめてしまった。
「なに、ニヤニヤしてるんだ?」
「うおおぉぉぉおおぉぉぉぉ!」
突如かけられた声にびびる。
振り返って見てみれば、そこには橘がいた。
「なんだ、橘か。驚かすな」
「お前が過剰に反応しすぎなんだ」
冷たい顔でさらりと言い返されてしまう。
「ところでなにしてるんだ? この方角……図書室でテスト勉強か?」
「そんなもんだ」
「お前のノートで勉強が出来るのか? なら、私が貸してやってもいいぞ」
「大丈夫だ。伊織からノートを借りている」
「……そうか。な、なら! 折角貸してやった伊織のためにもしっかりとやることだな」
それだけを言うと、橘は踵を返して立ち去っていった。
一瞬だけ、橘の顔が暗くなった気がするが……まぁ、気のせいだろ。
窓から差し込む夕日の光加減でそう見えただけさ。
そうして、俺は図書室に行く歩を進めていく。
THE・END