今日は――
『とあるとこの、とある少年たちのなんでもない日常
今日は――』
教室の隅に置かれたガスストーブによる陽炎を見やる。
揺ら揺らと揺らめくそれは、俺に催眠術をかけてくる。
テスト一週間前だから寝まいと決めながらも寝たくなるのは仕様がない。
てか、昨日もバイトで夜遅くまで働いたからクタクタだ。
本当にテスト大丈夫だろうか……大丈夫じゃないか。
まぁいい。どうにでもなれだ。じゃ~、おやす……ごげぴゃ!
「学校にはなにしにきてんだ、貴弘。睡眠不足を補いにきてるだけなら休め」
激痛が走った頭を撫でながら顔を上げる。
やっぱし、いやがった。暴力いいん……ぐはっ!
「一言多い。余計なお世話だ」
俺の心の独白を読むな。そして、物言わず鉄拳裁判はやめてくれ。
「お前は表情に出過ぎなんだよ。読まれたくなければ、ポーカーフェイスでも覚えろ」
そ、そんなにも表情に出やすいのか、俺は。
自分ではポーカーフェイスだと自負してるんだが……。
「と言うか、お前は相手の表情を見て、なに考えてるか見極めるのが得意だろうが」
「確かに相手の出方を窺うために欠かせない技術だな、うん」
自分で頷くなっての。殴られる俺の身にもなれってんだ。
「てか、なにか用があるのか? 俺をただ、起こしにきた訳じゃないんだろ。
そんなつまらないことに手間かけるなら復習してるのが、橘だし」
「なんだ。私のこと、よく分かってるじゃないか」
そりゃあ、昼間は学校で、夜はバイトで、何気に一緒にいる時間が長いしな。
伊織の次ぐらいに長いんじゃないか? 同年代の異性といる時間となら。
「ああ、今日はなんの日か覚えてるか?」
「今日? 今日は二月十四日……バレンタインデーか」
「うむ、そうだ」
よく分かったな、と言う感じで頷く橘。
お前の中の俺は、どんな扱いになってるんだ。オイゴルァ!
「聞きたいか?」
「いや、やめとく」
別に聞きたいとは言ってもないし、思ってもないし。
むしろ、聞いたら立ち直れなくなると思うから聞きたくない。
「くだらんコントは置いといて、バレンタインチョコだ。ありがたく食え」
そう言って渡されたのは、橘酒店のバレンタインセールで配られてるチョコだった。
可愛らしく装飾された袋の中にハート型チョコが一つ。
なんでも橘の母親と一緒に作った、今日五十個限定の配布チョコらしい。
「てか、別に昨日でもよかったんじゃないのか。わざわざ今日でもなくても」
「こういうのは、ちゃんとその日にあげると決めている。誕生日プレゼントも例外じゃない」
律儀なことで……まぁ、くれると言うなら貰ってやる。
とりあえず、感謝の言葉ぐらいは述べんとな。
「チョコ、センキュウな」
自分が持つ最高の笑みで応えてやる。
「あ、あぁぁあぁ。あ、あり、りがたく食えよ」
と、なんか顔を赤くして、しどろもどろになる橘。
はっ! まさか、俺に惚れたとかじゃないだろうな。
俺様の爽やか百パーセントの笑みはつ……もぜらッ!
「誰が惚れた、だッ!」
俺の鳩尾に見事なコークスクリューを決めて、立ち去っていく橘。
い、息が、息が出来んぞ……ガクッ!
そして、俺はそのまま意識を失った――
THE・END
お ま け
「はい、バレンタインチョコ♪ 今年も腕を奮いに奮ったから」
「お、おう……ありがとな」
貴弘です。
俺はまた、バレンタインと言う名の拷問に遭っとるとです。
いつもいつも彼女から芸術的なチョコを貰っとるが、でか過ぎるとです。
今年は、東京タワーが来たとです。
赤色の部分はなにを使ったか、凄く気になるとです。
貴弘です……貴弘です……貴弘です……グハッ!