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東京征服計画 其の1

「くくくっ・・・・・」

荒川土手に吹きすさぶ春の風音と共に少年の密かな笑い声が吾代の耳に届いた。

遠くで散歩に来ていた犬が吠え、飼い主が気づかぬふりをして回れ右。

荒げた息を整える隙もないほどに殴り合い、お互いにぼろぼろの体をふらつかせながら、立っているのがやっとの状態。

両者とも何度となく殴られ、蹴られ、砂利の地面に叩きつけられ、体の内も外もぼろぼろ。満身創痍のはずだ。そのはずなのだ。

吾代は喧嘩慣れしている。一昔前ほどの剣呑とした雰囲気ではないにしろ、決して治安の良くない足立区の一区画を支配する千住工業高校の番長だ。

だが、風貌、風格、オーラ、とにかく五感で六感で、感じる全てがその吾代を以てしてなお危険信号を発している。恐怖している。

吾代は心のなかで怯えている自分に驚く。

年端も行かない少年であることはお互い様だ。

吾代に比べて、目の前の少年は随分と小柄だ。

何度となく殴り、蹴りしたせいで崩れたリーゼントの前髪の奥で少年の目がこちらを見つめている。

強い意志を感じた。

ヤバいヤバい。

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。


-なんだ。こいつは・・・・ッ

-なんなんだ・・・・・・・・・!!!


土手に向かって吠え続けている犬の鳴き声が耳に響く。

五月蝿い。五月蝿い、五月蝿い。五月蝿い。


「何だ、お前は!!!いい加減くたばれよ!這いつくばれよ!!ごめんなさいと謝れよ!!!」


吾代の焦りが混じった叫びはもはや恫喝でもなんでもない。

その声に混じる恐怖感は、焦燥感は確実に相手に伝わってしまうだろう。

だがそれを考えるほどの余裕も気力も体力も、吾代には残されていなかった。

「謝るのはてめーだろぉがよ・・・・・」

ゆっくりと体を起こし、決して高くない身長から、それでも無理して見下ろすように少年は胸を張り、ポケットに手を突っ込む。

「何度も言ってんだろぉ、オイ。ここを、おれの東京進出の足がかりとする。こっから東京征服するっつってんだよ。それを邪魔するやつはどんな野郎であろぉと叩き潰すのみだろぉが」

この問答も一度や二度ではない。

そしてそのたびに吾代は、ばかがふざけるな、と思う。

この平成の時代。

暴走族も影を潜めたこの東京で。

学校間の抗争なんて無に等しいぐらいに落ち着き、平和な日本で。

リーゼントに学ランの絵に描いたような不良など絶滅したと言える。

その絶滅したはずの絵に描いた不良が目の前に立っている。

そして吾代は馬鹿にして喧嘩を売った仲間を恨みつつあった。


-なんなんだこいつは。


イラつきも、怒りも、覇気も。

全てにおいて叶わない。

体格で優っているはずの自分が。

こんなやつに負けるはずがないと思っていた自分が。


負けるのか。


とたんに吾代は怖くなった。

負けたくない。

今の地位を崩したくない。

仮にも、仲間を作り、学校のワル共を纏め上げている自分の地位が惜しい。


その時吾代の耳に救世主とも呼ぶべき声が聞こえてくる。

「吾代さーん」「吾代よー」「吾代はどこだー」

彼を慕う仲間の声だ。

振り向けば、渡された橋の向こうから走ってくる数十人のやんちゃそうな高校生がこちらを指差し走ってくる。金髪やボウズ頭、ロン毛など多種多様で中には金属バットを持った輩も含まれている。その誰もが黒のブレザーにグレーのスラックス。吾代の通う千住工業高校の制服だった。

仲間が来た。

それが吾代の心に余裕を生んだ。

「ハッハァ!!おい、小僧」

吾代はそれまでの恐怖感が嘘のように消え失せ、心のどこかでどす黒い感情がどろりとかき混ぜられたような。それでいて、自分に酔いしれるような深い黒い陶酔感に浸った。

「んあ?」

「あの連中は俺の仲間だ!喧嘩はサシなんてルールはねぇ!相手をボコボコにのしちまえばいいんだよ!何人いるかなあ?二十や三十なんてもんじゃねえぞ!お前ひとりがどれだけ強かろうがよ!この数相手に勝てるわけねえんだ!!」

「これだから東京モンはぁ・・・」

ポケットに突っ込んだ手を出し、だらしなく興味なさ気に突っ立っていた少年の目に再び熱意が、怒りが、闘志が沸き立つ。

メラメラ、メラメラと燃え上がり、陽炎のように揺らめいた。

少年は両手をゆっくりと広げ、ゆったりと天を持ち上げるかのように手のひらを上にして、少年が一言叫んだ。

「オイ!!」

直後、その場を支配したのは吾代の仲間ではなかった。

土手の裏から無数のバイク。原付。まだいる。チャリ。ヘルメットを被っているやつもいれば、バイクの後ろにまたがった男もいる。エンジン音が響き渡る。まだいる。フルフェイスがバイクの前輪を持ち上げれば、チャリの少年は乗ったまま坂を下る。われ先にと駆け下りて転んでいるやつもいれば、煙草を咥えてのんびりと歩いて来るやつもいる。まだいる。まだいる。まだいる。

ぱっと見ただけで総勢200人以上の子供からどう見てもおっさんにしか見えないような男まで。

土手の坂の下から上まで一帯に。本当に、いったい何人いるのか・・・。


「数の暴力っつーのは、こぉやって使うんだよ。馬鹿野郎」


吾代は何も考えることができず、何度も立ち上がったはずの足にも力が入らない。

今にも吾代のもとへ駆けつけようとしていた仲間達の足が急に止まる。

そして、吾代はゆっくりと膝を地に付けた。


天を仰ぎながら少年は叫ぶ。

「おれは天王寺!天王寺帝人てんのうじていと!この日本の首都、東京を!!今から征服するぞ!」


これが、この発言が、天王寺の東京進出の足がかりになった。





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天王寺の東京征服エリア。

征服済み→足立区(千住エリア)

未征服→それ以外全部

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