コーヒーとウェイトレスと
カランコロン・・・・・・
「いらっしゃいませー。お好きなお席へどうぞ。」
転職して3ヶ月、ようやくこの“営業”って仕事にも慣れて来た。現職とは違い、前職は経理で座りっぱなしだった。その点は良かったけど痔になるから良くないとママちゃんに言われて、“営業”という職に就いた。
初めは歩いてばかりで、足が棒のようだったがそれも次第に慣れて来て、時間に余裕を作れるようになった。なので今日はちょっと喫茶店へ涼みに入ったってわけ。
お、ウェイトレスがかなり綺麗だ。アタリだな。
「当店のご利用は初めてでらっしゃいますか。」
「え? はい、そうですが。」
「では、簡単にシステムを説明させていただきます。」
は? 普通の喫茶店かと思った、違ったのかよ。でもこのウェイトレスの女の子も特に普通で変わったシステムがあるようには思えないが、まずは聞いておくか。おかしな店だったら注文せずに出ちまおう。
「テーブルにメニューブックがございます。こちらからお好きな商品をお選びいただけます。ご自身のお腹の具合を考慮の上、お好きなだけお選びいただく事が可能です。では今から選別時間とさせていただきます。ワタクシ、この間は少し席を外しておりますので、お決まりになりましたらカウンター奥のワタクシ『浜千川』をお呼びください。以上ですが、何かご質問はございますでしょうか。」
「特にないと言うか、あるというか・・・・」流すべきか、聞くべきか。
「何なりと仰ってください。」真っすぐな目しやがって。
「普通ですよね?」聞いてやった。すると「はい?」
「いや、これどの店でもやってる普通のことですよね? 敢えて説明要りますかこれ?」
「他店さんのことはちょっと存じ上げませんが、同じシステムの店もあると?」
「あるとかじゃなくて、どこの店も同じなんですよ。」
「では、ご理解いただけたという事でよろしいでしょうか?」
「・・・・・・・」
このウェイトレス23,4歳くらいの女なのだが、見た目はいたって普通というより、前述の通りかなり美人の類いだろう。言葉の受け答えも問題無いし接客は合格点だ。ごくごく普通の喫茶店のシステムなんて何十年と全国的に同じ事をやってるだろうに、何故に今更事細かに説明が必要なのか。以前に何かトラブルがあって店長が説明することにしたのか。
だとしてもオレが頼みたいのはただの「アイスコーヒー」、メニューを見るまでもないってわけ。システムなんて聞き損なだけ。
「解った、理解した。じゃあアイスコーヒーをください。」コーヒー1杯で面倒はゴメンだ、ここは合わせよう。
「アイスコーヒー、でしょうか。検索の結果、アイスコーヒーに該当する商品はございません。メニューからお選び下さい。」
「はあ? アイスコーヒーないの?」
さすがにそんな店ないだろ? オレはメニューを開いた。
「あった、あるぞアイスコーヒー。」
「確認致します。」無いわけ無いだろ、そんなもん。
「お客様申し訳ありません、こちらアイヌコーヒーでございます。アイヌコーヒーでよろしいでしょうか。」
!!! アイヌ! なんだよアイヌコーヒーって! アイヌにコーヒーの文化なんてねーよ!(多分)
「こんなのただの誤字でしょ? これアイスコーヒーでしょ?」
あ、もしかして! この子、日本人じゃないのか? だから言われた通りにしかできないのか。
「分かった分かった。これでいいよ、アイヌコーヒー」
「はい、ではアイヌコーヒーひとつでよろしいでしょうか?」
「はい、いいです。」
最近はコンビニの店員でも中国人とかホントに多いからな。パッと見ただけで日本人かと思ったら話し方で違和感感じたりすることもある。この子は日本語を話すのはかなり上手いけど、やっぱり知らない単語とかもあるのだろう。だからメニューから選んでもらわないと、ちゃんとオーダーをとれないんだな。まあ仕方ないか。
でも、なんだかアイヌっぽいコーヒー来たら嫌だなあ。
なんだか変なやり取りで小腹減ってきたよ。トーストでも食うかな。ちゃんとメニューから選んでやろう。
「えーと、何トーストがあるかな。」
!!!!!! トーヌト! 小倉トーヌト! シナモントーヌト! ピザトーヌト!
片仮名の“ス”が書けねーのか! こりゃ店長も外国の方確定のようだ。
これ注文時にちゃんと“トーヌト”って言わなきゃいかんのだろうな。嫌だな。
「お待たせいたしました、アイヌコーヒーでございます。」
「追加注文したいのですが、小倉トーヌトひとつお願いします。」
「小倉トーヌトひとつですね。かしこまりました。」
お、この店のシステムが解ってしまえば意外とスムーズに事が運ぶぞ。ウェイトレスは可愛いし、コーヒーは・・・・うん、美味しい。慣れれば問題ないな。
ってあれ? 小倉トーヌト6,800円? 明らかに680円の間違いだろうけど、この店のシステムはメニューブックがルールブックだからなー。聞いてみるか。
「あの、すみません。」
「はい、ワタクシ『浜千川』がお伺いしてよろしいでしょうか。」
「ええ、お願いします。」あなたしかいないでしょ。
ウェイトレスが席に来たところでメニューを見せた。
「ここ6,800円ってなってるけど680円の間違いだと思うんですよね。」
「いえ、6,800円となっております。」
「だから、メニューにはそうなってるけど間違いじゃないの? 小倉トーストがそんなにするわけないでしょ?」
「小倉トーヌトは6,800円でございます。」
まあ日本の文化に慣れ親しんでないと、こういう対応も難しいのかもね。でもこのメニュー作った人も日本人じゃない気がするけど取り敢えず店長呼んでもらうか。
「申し訳ないですけど店長さん呼んでもらえます?」
「店長という者はここにはおりません。ここには『浜千川』『宮田島』『石神戸』の3体のみとなっております。」
3体って・・・ お前ら何者だ。正しい日本語が通じる人と話がしたい。そろそろ噴火しそうになってきた。
「その『宮田島』さんでも『石神戸』さんでもいいから話をさせてもらえますか?」
「ではどちらになさいますか?」
「じゃあ、『宮田島』さんで。」なんか注文したみたいになっちまった。
しばらくしてあの子が戻ってきた。何故か手には小倉ト—ストを持って。
「小倉トーストお待たせしました。」
「なんで先に『宮田島』さんが来ないのでしょう?」さすがにイライラしてきた。
「順番にお持ちいたしますので、少々お待ちいただけますでしょうか。」
やっぱり。この子にはさっきの話をオーダーのひとつにしか思ってないらしい。ここまで来ると素晴らしい店員教育にも思えるが、お客様はそんなこと望んでない。
でも仕方ないからしばらく待つ、イライラしつつ。
すると奥から更に綺麗な女性が現れた。25,6歳といったところか。
「ワタクシが『宮田島』でございます。ご注文はお決まりでしょうか。」
しまった、ハズレのようだ。さっきの子と同じ会話しか期待できそうにない。念の為に聞いてみよう。
「アイスコーヒーありますか。」
「アイスコーヒー、でしょうか。検索の結果、アイスコーヒーに該当する商品はございません。メニューからお選び下さい。」
やっぱりか、くそ。
「・・・・『石神戸』さんお願いします。」
「かしこまりました、『石神戸』ですね。」
「はい・・・・・。」少し、涙が出た。
小倉トーヌトを頬張り、アイヌコーヒーで口を潤す。味は美味しいのだけれども、なんとも惜しい店だ。
しばらくすると可愛らしい年上っぽい女性がやってきた。
「ワタクシが『石神戸』でございます。ご注文はお決まりでしょうか。」
あ、デジャビュ、さらに涙。でも念の為。
「小倉トーストありますか。」
「小倉トースト、でしょうか。検索の結果、小倉トーストに該当する商品はございません。メニューからお選び下さい。」
もう号泣、もう何に頼ったらいいんだ・・・・。
この店には他に客もいない。いるのはオレとメニューブック史上主義の融通の利かない3人の無駄に綺麗な女性店員。
店員より上の立場の人間と話したいのだが、マニュアル通りにしか動かない彼女らでは取次いでもくれない。上の立場・・・・メニューブックがそれにあたるか。これに運営してる会社の連絡先なんかが載ってないだろうか。
オレはメニューブックの裏表紙を見た。
『お困りの際はこちらへご連絡ください。 03-0000-0000』
お困りの際? 確かに今がまさにそれだが、メニューブックに書かれることかコレ? なんで店内で処理できないことを見越してんだ?
とりあえず、その番号へかけた。
トゥルルルルル・・・ ピンポンパーンポーン。
音声ガイダンスだ。
「この度は当店をご利用いただきまして、誠に有難うございます。当店は米国フューチャーロボットカンパニーが運営するアンドロイド店員による無人カフェでございます。」
無人? え? アンドロイド? あの人たちが?
でもそう考えると納得もできる。店のシステムというより彼女達の思考のシステムで、マニュアル通りにしか行動ができないわけね。
さらに続く。
「当店は無人でございます。もし何か不手際がございましたら、本社で承りますので、お手数ですが次のメールアドレヌまでメッセージをいただけますでしょうか。mikedavis@future_r.com 担当は実制作及び運営責任者のマイクデービヌです。以上、宜しくお願いいたします。」
出た! マイクデービヌ! お前か、諸悪の根源は。しかもメールって、今直ぐ解決できないじゃんかよ。アドレヌって洋菓子か!
もうこうなったら仕方ない。今日の所はアイヌコーヒー400円と小倉トーヌト6,800円を払って、メールするかは今日の事をママに話してから決めることにした。そう、こんなことも僕のママちゃんならなんとかしてくれる。
マザコンよりキレのあるものに差し替えて書き直したいのですが、何かないでしょうか。