9 神官、特級聖職者となる
担当の神官は濡れた文字のプレートを丁寧にテーブルに並べていく。
右のほうには「聖職者」の文字列ができている。
それだけなら何も不思議はない。なにせ俺はラガシャの神官というものになっているのだ。これまでの治癒師という【天職】が聖職者に変化したとしてもおかしくないだろう。
人間の生き方によっては【天職】が別のものになってしまうということは頻繁にあることじゃないが、ないことでもない。
にしても、ほかにどんな単語が付いてくるんだ? 「しょぼい聖職者」なんて文字列だったら嫌だな……。ラガシャの神としての範囲が狭すぎるから、それに仕える奴もショボい奴とみなされる可能性は一応ある。
神官が左側にもプレートを並べていく。
できた言葉は「特級聖職者」!
「なんですか、これ! こんな【天職】、聞いたことないですよ!」
俺は神官に思わず詰め寄った。
「ええ、長く神官をやっていますが、聞いたことなどありませぬ。奇跡としか言いようがない【天職】……。ええと、ユートさんでしたか、あなた、最近何か特別な経験でもありませんでしたかな? というか、特別な経験があったから【天職判定】にいらっしゃったのでは?」
さすが長くこの仕事をやっているだけあって鋭い。
「実は、先日、竜神ラガシャという忘れられそうになっていた神のために働こうと思い立ちまして――」
変に隠して不審に思われるのも嫌だし、俺は一人で盗賊団を倒したことも語った。もちろん、「あれはラガシャ様のお力添えがあったのでしょう」とラガシャのことにも言及するのを忘れなかった。
実際、俺の後ろで「朕の活躍をちゃんと話すのです。二人で手にした勝利なのです」とうるさくしゃべってきていた。
もっとも、ただの治癒師が盗賊団を撃滅できる可能性など考えられないので、これは正当な主張である。
それと、Bランクの武道家にもなぜか勝ててしまったということも伝えた。
教団は全然違うが、ある意味同業者だし、この神官とも今後会う機会もあるかもしれん。できる限り、本当のことを伝えて信頼は得ておきたい。
「ほほう、そのような奇跡が起きていたとは。まさしくそれは竜神ラガシャ様のお力なのでしょう。たしか、礼拝施設もずっと前に壊れたままと聞いていましたが、神は不滅。再興を誓ったあなたを守ろうとしてくださったのですなあ」
「えっ? あいつ……ラガシャ様のことをご存じなのですか?」
「私は武神ライディール様に仕える神官ですが、ここの教会の管轄にクリエスタという町のあたりも含まれますので。なので、管轄地域の教会や礼拝所は一通り把握しております。さすがに数世帯だけで秘密裏に行っている信仰などは不明ですが、表に出てきているものなら知っていますよ」
おお、この土地の生き字引きみたいな人だ!
「あなたもまだ若いのにけっこうなことだ。教団を作るというよりは修行者としてやっていきたいのかもしれませんが、もし信者の数が増えてきて小規模な教団を作る必要があったら、相談に来なさい」
「いいんですか? はっきり言って、この神殿にとってプラスは何もないですよ」
「あなたに奇跡が起きたのは事実です。ということはあなたは誠実な人でしょう。誠実な方の邪魔をする神官など論外ですよ。竜神ラガシャ様も私利私欲のないあなたに協力したのです」
俺の後ろでラガシャが「教団! 教団ですか! たくさん信仰されてウハウハです! 存在してるだけで丸儲けです!」と将来絶対に地獄に堕ちそうなことを言っているが……。
神の姿なんて見えないほうが信仰できるんだろうな。どんな人気のある俳優もそいつの私生活を全部見てしまったら幻滅させられるだろう。
「私の名前はドビンゲルです。まあ、名前を忘れてもここの神官ということは忘れんでしょう。困ったら来なさい」
後ろでラガシャが「教団がどう収益を上げているか聞くのです」と言っているが無視する。そんなこと聞いたら、いきなり信用失うぞ。
「ああ、せっかくだし、ユート君の新生活祝いにあれをあげましょう」
ドビンゲル氏は細長いきれいな杖と棒の間みたいなものを持って戻ってきた。
「君は杖で戦うのでしょう? これは元武道家だった神官が奉納した武人の色合いが濃い神官用の杖です」
「たしかに折れそうにないですね」
上部は少しだけカールして持ち手のようになってるが、あとはシャープな直線で構成されていて、杖の持つどことなく高齢の人向けの空気感がない。オシャレを意識してるわけではないだろうが、自分にも似合いそうだった。
「持っていきなさい。こういうのは使わないと意味がない」
「ありがとうございます!」
【天職】の確認をしたら、武器までもらってしまった。
「それに、前の杖はそろそろ限界が来そうですしな。このまま使い続ければぽきりと折れそうでした」
にやりとドビンゲル氏は笑った。
神殿を出る時、若手の神官からこんな話を聞いた。
「ドビンゲル上級神官は若い時は武道家として活躍した方なのです」
もしかして、この杖もあの人の持ち物だったんだろうか? 不思議な縁を感じる。
「教団ができたら安定してお金が入りますね。つまり、信者も安定して存在してるということ……。じゅるり……」
ラガシャはそんなことに一切言及せず、自分の未来が明るいことだけ考えていた。
俺も今から武神ライディール様の神官に転職したほうがいいのでは?
ちなみに、治癒魔法のほうも力が明らかに上がっていて、それこそBランクの治癒師として活動できるぐらいのものになっていた。
ラガシャの神官をやめてもこの効果が残るなら、冒険者に戻るのもアリかもしれない。
「なんか、とんでもないこと考えていますね。神官やめたら天罰下しますです」
ラガシャが本気ですねそうだから、今のところ、そこまでの計画はない。
◇
ドビンゲル氏がくれた戦闘に特化した杖は早くも効力を発揮しまくるようになった。
腕試しの人間が次々に瞑想の滝にやってくるようになったのだ。俺がBランクの武道家に勝ったという情報が広まっているらしい。
もしかするとあの武道家がギルドとかで直接語ったんじゃなかろうか。ギルドでの話って広まるのが速いからな。
一日に三戦もする日もあり、さすがに疲れる。ただ、何もすることがない無為の日よりはだいぶマシだった。手合わせも修行と考えればいいのだ。
俺は杖を相手の腕に叩きつける。もちろんケガにならない程度の威力でだ。
「ま、参りました! くぅ……強い!」
対戦相手の武道家が負けを認めて座り込む。今日二人目の相手にも勝った。
「おっ、また勝ちましたね。いいですよ、序列第一位の神官としてどんどん強くなるのです」
ラガシャが自分のことのように威張っているが、自分が芸人で、あいつが興行主の関係と考えればそんなにおかしくもないか。
しばらく休憩を兼ねて神官らしく滝の前で瞑想していると、ぞろぞろと多人数の足音が耳に入った。
冒険者の集まりで来たかと振り返って、俺は言葉を失った。
俺がかつて所属していたクラン【ガーゴイルの眼】のみんなが来ていた。
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