5 神官、町に認められる
俺が瞑想の滝へと向かおうとすると、ぞろぞろと町民がついてくる。
はっきり言って、気まずいを通り越して怖い。
監視されてるわけではないんだろうけど、かといって俺のことが信頼できないってのも事実だろう。
正直、変な神官がいるなあぐらいで扱われるのがいい。あまり町で優遇されると、どこかで「インチキ神官め!」とひどい目に遭わされそうだ。
瞑想の滝に着くと町民たちは呆然と立ち尽くしたり、声を上げて「こんなに荒れ果てていたか」と叫んだりした。全体的に大げさだなとは思う……。
アントン町長は、つぅっと一筋の涙まで流していた。
俺としては泣くようなことかと思ってしまう。
「ワシが子供の頃はまだ教会がありましてな。このあたりでかくれんぼしたりして遊んだものです」
「ああ、なつかしい思い出がいろいろあったんですね」
「教会に落書きもたくさんしましたなあ……」
罰当たりなこともしてる!
「町長の世代ではそうなんだろうねえ。あたしが子供の頃はもうずいぶん荒れていた気がするよ。それでもここまでひどくはなかったねえ」
おばさんもしんみりした顔をして言った。
どうやら町の人達にとって、滝のあたりが整備できてないのは心残りになっていたらしい。
と、俺の前にラガシャが出てきた。自分の肩をとんとんと叩いている。
「あ~、疲れましたです……。二十人ぐらいの夢に順番に現れましたからね……。こんなことなら三日に分けるとかにしたほうがよかったかもですね」
「どういう仕組みかわからないけど、そりゃ大変だったな」
アントン町長が不思議そうな顔をした。
おそらく、俺が何もないところに向かって独り言を言ったように思ったんだろう。
「おや、何かありましたか?」
「い、いえ……なんでも……。ちなみに、皆さん、このへんで竜神ラガシャ様を目にしたということはありますか?」
みんな、言葉に詰まった。少なくとも、そこにいると主張する人間はいない。やはり俺にしかラガシャは見えないらしい。
「へっへっへ~、ここにいますよ~。いますよ~。そばにいるですよ~」
町民の前で竜神本人はしょうもない踊りで煽っている。そんなんじゃ、見えても誰も信仰しないぞ。
「子供の頃、このへんで謎の女の子を見た気がしたんだけどな……。あれがまさか神様?」
おっ、いい線いってる町人がいるぞ!
「おいおい、なんで女の子だったら神様ってことになるんだよ。論理が飛躍してるぞ」「そうだよ。じゃあ、見知らぬ人間がいたら全員神様ってことになるわよ」
正解しているのに論理で否定されてしまっている! かわいそう!
俺もこんなふうにほかの冒険者から変人扱いされてたんだろうな。見えてないほうが多数派ならそうなる。
「ああ、そうだ。これを出すのを忘れておりました」
町長が荷物から何か出した。それは小さな石の像だった。
頭から角が生えていて、どうやらラガシャの像らしい。
「実は……神官のおこもりができる程度の教会はせめて作ってくれと、昨日の夢の啓示で言われましてな。掘っ建て小屋のようなものでよければ短時間で作れますし、用意しようと思います。どうでしょうか、神官様」
「それは自分はうれしいですが、そこまでしていかなくても……。修行ぐらいはどこででもできますし」
「いえいえ。やらせていただきます。町ぐるみでやれば負担も小さいですし。それに……あんな必死な竜神様を無視すると後が怖いですからな」
その言葉は町長のジョークだったらしく、けっこうな数の人間が笑った。
「木造の小屋ぐらいなら三日もあれば建てられますな。これは神官様のためではなく、竜神様の要求ですのでお気になさらず」
というわけで三日後、瞑想の滝には小さな掘っ建て小屋ができた。
中は板敷きで、その上にはどこからか持ってきた絨毯が敷かれている。寝泊まりには足りないが、日中の修行には十分な環境だろう。
なお、小屋を建てる作業が行われている間、俺はひたすら滝のほうを向かって、頌歌を歌ったり、目を閉じて座っていたりした。何もせずにだらけていると思われるとまずい気がしたのだ。
ちなみに目を閉じているだけで、別に祈りを捧げているわけではない。そんな真摯な修行者みたいなことはしてない。
「あれ、修行ですか? にしては何も考えてませんね。もっと竜神のすごさや偉大さをイメージするのです。さあ、さあ、さあ!」
こんなふうに横でしゃべりかけてくるので、祈りを捧げる気にもなれないし、瞑想もできない。なんで神による妨害が発生するんだと思うが、事実として発生してるんだから仕方ないだろう。
それと、数日のうちに新しいコミュニケーション方法が身についた。というか、お互いに慣れてきた。
(教典とか何かないのかよ。何もなさすぎて手持ち無沙汰なんだよな)
「しょうがないのです。地域密着でやらせてもらってたんだから、そんなものはとくに存在しないのです」
(しかし、これじゃ修行もしづらいぞ)
「朕の姿が見えてて声も聞こえてるんだから、いいではないですか。ある意味、ものすごく修行した状態にすでに達しているのです」
こんな感じで、俺の心の声を飛ばしてラガシャとやりとりできるようになった。
小屋を作ってる横で誰もいない虚空と会話するのはまずかったので、この能力はちょうどよかった。といっても、俺の努力というよりはラガシャの努力によるものらしい。たしかに俺の声を読み取ってるのは向こうだ。
「町の信仰が少し戻ったことで、はっきり心の声が読めるようになったのです。さすが朕ですねえ」
こいつ、すぐに自画自賛するな。
「そういう心の声もある程度、読めますですよ」
つまり俺の秘密は何も守られないということだ。まあ、神の見た目がガキでよかった。もし布面積の少ない美女の神様とかだったら、ものすごく気まずいことになっていた。かといって、まったく何も感じませんというのも変だし。
しかし、たまに神像の中に芸術家の趣味みたいな破廉恥なのがあるのは何なんだろうな。意図的に体をくねらせてる像とかあるし。
「本当にああいう神がいるんじゃないですか? 知らんけどです」
(神なので言葉に少しは責任を持てよ。というかラガシャってほかの神と面識はないのか?)
これまで気にしてなかったが、ここまでマイナーな神が存在しているならほかの神はなおさら存在しているはずだ。仮に九割が人間の信仰心だけの実態のないものだとしても、一割の神が実在するとしても相当な数だ。
「わからないです。朕の信仰圏が狭すぎて外部のことはわからないのです」
不貞腐れた顔で、ラガシャはほっぺたをふくらませた。こいつのコンプレックスを刺激してしまったらしい。少し悪いことをした。
(まあ、心配するな。俺も大差ない。冒険者仲間からすら追放された奴だ)
「いや、人間ごときがフォローをするんじゃないです。違うステージの話をしているです」
(こいつ! かわいげなさすぎる!)
とにかく、数日でクリエスタの町から竜神の神官と認められる程度の信用は得られた。追放されてからの再出発としては悪くないんじゃないか。
「神官さん、イチゴ持ってきたよ~。ここに置いておくね~」
町のおばさんが食べるものを持ってきてくれる。
「本当にありがとうございます。助かります」
俺は心から感謝した。
イチゴは少しだけすっぱくてちょうどいい甘さだった。
本当にいい再出発だ。
と、イチゴの減りが速い。
ラガシャがもぐもぐイチゴを食べていた。
うん、お供えと考えれば食べて当然だよな。




