3 治癒師、竜神の神官をやる
霊感が強いからといって、日常の行動パターンは見えない奴とほぼ何も変わらない。
というのも、人でないもの――とりあえず、代表して霊と呼ぶ――が見えるからといって、そいつらに関わることは基本的にありえないからだ。
霊のほうも人間がこっちを見ているとは考えていない。なので、こっちが意識を向けなければ、お互い素通りするだけだ。つまり、見えてない人間のようにスルーしていれば日常生活に変化は起きないし、それが一番無難なのである。
たとえば、普通の人間が盛り場の筋を通り過ぎても、通り過ぎるだけならトラブルになることはほとんどないだろう。
通り過ぎるだけで命の危険が生じる場所なら、さすがに警備兵とかが見張りをするか、領主がそこでの店の営業を全部禁止させたりするはずだ。
しかし、もし盛り場の筋を歩く奴が、訳アリに見える男女に片っ端から冷やかし半分で声をかけたらどうなる? 中にはケンカを売られてると思って殴りかかってくる奴だっているだろう。
そう、中途半端に手を出すことは一番ダメなのだ。
最初からヤバい連中と一緒に楽しむつもりか、ヤバい連中がいても力で鎮圧するつもりか、それなりの覚悟や意図がないのに、参加しようとするのは最悪だ。
なのに、なのに……俺は人ではないものに話しかけてしまったらしい。
女の子と思っていた存在は一人称が王様ぐらいしか使わない朕なんてもので、しかも自分は竜神ラガシャだと名乗った。
もし、本当だとしたらとんでもないことだ。神に話しかけたことなど一度もない。というか、神が見えたこともなかったはずだ。少なくとも、霊のように町とかで見かけるものじゃない。
ラガシャと名乗った女の子は俺を不審そうに見つめていた。まあ、女の子に男が声をかけたら、町によっては声かけ事案としてそれだけで警備兵に事情を聞かれる都市もあるらしいが、それとはちょっと意味が違いそうだ。
「もう一度聞きますよ。人間、なんで朕のことが見えるのですか? 人間にそんな力はないはずですよ」
「俺は昔からいわゆる『霊感』が強かったんだ。霊とかもいくつも見てきた。あんたも、まあ……近いジャンルのものだってことだろ」
「えっ、まさか、『あ~、楽して信者たくさん増やしてお布施たくさんもらいたいですね~』とか言ってたところも聞かれてたってことですか? しまった、朕のイメージが……」
「それは聞いてない」
もっとも、今、聞いてしまったが。人間で言うところの「楽して金儲けて、モテモテになりたいな~」みたいなものだろう。
「まあ、あまり気にしないでくれ。偶然、あんたが見えてしまう奴が来てしまったってだけのことだ。人間の99%以上はあんたのことなんて見えないし、あんたに気づく奴の大半も『悪寒がする』とか『何かの気配がある』とかいった次元で、どんな見た目の奴が立ってるかなんて知りようもない。俺もあんたのことを話す気はない」
そもそもマイナーすぎる地域信仰の話題なんて地味すぎて話す機会がない。
いっそ、怪談とかなら、そういう語り部でメシを食ってる芸人も王都にいたりするそうだが、これは怪談ですらない。だから、話す機会はない。
というわけで、俺は滝と竜神から背を向けて、引き返そうとした。
服をつかまれた。
「待って! 待つのです、人間!」
「待たない。人でないものと関わらないのが俺のルールなんだ」
「助けてほしいのです! このままでは朕の信仰は完全に消滅してしまうのです! すでに信者と呼べる人口は0なのです! 覚えてる人がちょっといるぐらいなのです!」
そんなの俺の知ったことじゃない。そう言いたかった。
だが、竜神の見た目は明らかに独り立ちなんてできない女の子なのだ。助けてと言われると見過ごしづらい面はある。
竜神が筋骨隆々のムキムキの男とかだったら、お前一人でどうにかできるだろって言えたのだが。七歳ぐらいの子供一人でどうにかできるかと言われると、やはり難しいだろう。
俺だって父親が早くに亡くなり、母親も疫病で亡くなり、そこから冒険者になるまではおばさんに育ててもらった。最低限、飯を食わすぐらいはおばさんもしてくれた。
おばさんに見捨てられてたら生きてたかというと……怪しいところなんだよな。
「条件がある」
俺は言いながら振り向いた。
「ありがとうなのです! よかったのです!」
「いや、条件を聞け。勝手に話を進めるな」
こいつ、人の話、聞かないな。神だからわがままなのか、神ってこういうものなのか。
「俺は冒険者の仲間から追放されて、現在無職だ。無職ではやっていけん。だから、俺が生活できるような環境をあんたも用意してくれ。俺が生きていけないと、あんたの信仰を立て直すこともできない」
そう、悲しいかな、俺は無職なのだ。冒険者なんて将来のことがわからない奴だらけだが、それにしたって収入が何もないままというのは困る。
「わかりました、関係各所と協議をして問題解決に向けて善処したいと思いますです」
「お前、政治家が使うような抽象的な言葉でテキトーに煙に巻こうとしてるだろ! そういうのはわかるぞ」
だいたい関係各所なんてないだろ。いろいろつながりがあったら、こいつが一人で困ってることもないはずだ。
「う、う~ん……どうにかしたいのですが、ただ、今は無力なのです。なので、あなたを助けるから、そっちもこの竜神ラガシャをちゃんと信仰してやろうとしてほしいのです。信仰は力になるのです」
「卵が先かニワトリが先か、みたいな問題だな……」
しかし、言いたいことはわからなくもない。そもそもすごい奇跡を起こせるような力が残ってるなら、偶然通りかかった俺に助けを求める必要がない。
「お前、名前は何と言うのです? まだ聞いてないのです」
「ユートだ」
なかなか名乗らなかったのは霊感が強すぎるが故の処世術だ。名前を使って相手を呪う奴も世の中にはいるらしい。
「ユートですか。では、朕を讃える歌を歌うのです。歌詞は昔の信者が岩壁に刻んであるのです」
たしかに岩壁には文字が彫ってある。
「ええと……『滝に住まう竜神ラガシャ様、どうか我々に力を。すべてを見通す竜神ラガシャ様、どうか我々に栄光を。慈悲あふれる竜神ラガシャ様、どうか我々に平安を』、これか」
地元の人間が書いたものなのか、そこまで難しい言葉が入ってなくて、俺でも読めた。いわゆる頌歌というやつだな。元は祭りとかで歌ってたんだろうか。
「それを歌ってほしいのです。信仰心がなければ何も始まりませんので。メロディは朕が教えるので、それに続いてください」
だるいけど、従うしかないか。今から逃げるというのは現実的じゃない。腐っても相手は神だし、夢の中で文句を言ってくるぐらいはしてきそうだ。
「滝に住まう竜神ラガシャ様~♪」
自分でも歌にやる気がなさすぎると思ったので、途中からもう少し心を込めた。
三十分後、満足したラガシャは唐突にこう言った。
「よし、これでユートは竜神ラガシャの神官と言っていい存在になったのです。ちょっと、そこにしゃがむのです」
言われたとおりにしゃがんだところ、ラガシャが俺の頭に手を置いた。
「この者を最初の神官と認めるのです。この神官におおいなる力をっ!」
体がほんのりと温かくなった気がした。
「今の、何だ?」
「ユート、今からお前は神の下僕――別名神官となったのです」
俺は治癒師の冒険者から、その瞬間、信者0の神の神官になったらしい。
明日は3回更新の予定です。よろしくお願いいたします!
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