21 神官、ラガシャ教を発足させる
伯爵家の当主のリリアンもぱちぱちと拍手をした。本人は満足したぞという顔をしているので、本当にたんなる見世物としか考えてないらしい。
「お見事。すごい武道家というのは本当のようね。その実力に免じて、教会の使用を認めるわ。許諾の文書を出すから教団の名前を教えなさい」
俺はクマから離れると、そこで膝立ちになる。ムカつきはしても、相手は偉い。礼節は守らないといけない。
「ありがたきお言葉。ただ、一点、神官としてお耳に痛い話を入れさせていただいてもよろしいでしょうか?」
リリアンの顔が曇る。悪いけど、このまま続けさせてもらうぞ。
「吹き飛ばされた剣士、失神しているクマ、この余興だけで傷ついたものが二人おります。もし実力が拮抗すれば最大でこちらの二人も含めて四人が傷つくことになりました。民を思いやる気持ちがありましたら、このようなことはおやめいただきたい」
「うわ! すっごく神官らしいことを言ってるのです! まるで本物の偉い神官みたいです!」
ラガシャ、黙ってろ! それだと、俺が偽物の偉い神官みたいだろ。
「褒めてるんだからありがたく受け取っておくのです。あえて貴族に説教するなんて、ものすごく偉い神官の逸話っぽいのです。これで処刑された後に奇跡みたいなことが起きるものなのです」
じゃあ、俺、処刑されるじゃねえか。
「わたくしに指図するつもり? そんな権限はお前にはないわ。それとも聖人ぶってるつもりなのかしら?」
俺の横であんたの母親の霊がぺこぺこ俺に頭を下げてるんだよ。あんたは見えないかもしれないけどな。
自分の不始末で親に頭下げさせるなよ。頭下げるのが親の仕事とはいっても、それでなんとも思わない子供はダメだぞ。
「あなたがまだ幼い頃、病弱のお母様の前に行き、何度もお話を語っていましたね」
その言葉に観客の一部が感極まったような声をあげた。古馬にも知ってる奴はいるんだろう。なお、俺は霊本人から聞いたので知っている。
「それは人のことを想う者しかできない振る舞いです。伯爵、あなたは幼い頃から慈愛の精神をお持ちでした。その心を少し発揮するだけで家臣も民衆も多くの人々の心が平和になるのです」
我ながらすごく立派なことを言ったと思った。
暴君の過去のいい人エピソードを語ったわけだし、これで一件落着だろう。
母親の霊も涙ぐんで、「ありがとうございます」と言っている。
「あなた……」
リリアンが高いところから俺をじっと凝視した。
どうしてそのことを知ってるんだとでも質問されたら、神官の奇跡だとでも答えようか。母親から聞いたと答えると、妖言を弄する奴だと言われそうだし。
「そんな昔のことは何も覚えてないわ。いいかげんなこと言ったわね。しかも亡くなったお母様のことまで使って!」
しまった! 幼い日のことすぎて本人が覚えてなかった!
これはものすごく、リリアンを怒らせてしまった危険性がある……。そうなると何もかもダメになるぞ……。
と、リリアンは観客席を離れてどこかに行ってしまった。臣下の一部があわてて追いかける。いきなり「処刑!」とか言われなかっただけマシだろうか。俺はやることがないので、クマの横でじっとしていた。
「どうしたんスかね~?」
「わからん。余計なことにならなきゃいいけど……」
しばらくすると、俺が入って来た側と向かいにあった扉が開いた。
そこに立っていたのはリリアンだった。下の階まで降りてきたらしい。
俺とナタタはひとまずその場に膝を突いた。
さっきは相手が高いところにいたから説教もできたのだ。近くに来て、指摘なんかはできない。
「あなた、ユートと言ったわね」
リリアンは俺の真ん前までやってきた。
「は、はい」
これで処刑と言われたら怖すぎるな。でも、それならこんなに至近距離に来ないか。
「あれだけ直言できた者は珍しいわ。少なくとも保身に走るような神官ではないようね。教会の使用と布教を許可するわ」
や、やった……! 目的はかなった!
「ありがとうございます!」
「ありがとうっス!」
俺とナタタはものすごく深く頭を下げた。
ラガシャの喜んでる声が聞こえてきた。
「それと、街道の分岐から滝に至るまでの道の両側の土地を教会の所領として認めるわ。それ以上の土地や建物の購入、寄進などについてはその都度報告しなさい。常識の範囲内で認めるから」
「本当にありがとうございます!」
完璧な成果だ。これで堂々と布教することができる。
「あんなこと言われて腹が立ちもしたけど、叱られるのも悪くないと思ったの。ここで怒ったら自分がどんどん小さくなる気がしたのよね」
よかった。まともなところが残っている暴君だった。
「それに、なんだかお母様がこのお城に残って自分を見守っているような気がしてきたの。そしたら、恥ずかしいことはできないから」
ちらっとリリアンが母親の霊のほうに視線をやったように見えた。
たんなる偶然かもしれないが、何者かに見られているような気配は霊感が弱い人間でもたまに感じる。霊だとは思い至らないから、ほぼ気のせいで処理されるんだけどな。
「こいつ、悪い奴じゃなさそうなのです」
そうラガシャが言ったが、実際そうなんだろうな。案外素直な奴だ。偉そうだが性根は腐ってないあたり、ラガシャにちょっと似ている。
「余計なお世話です。朕が腐るわけなどないのです。常に正しいのです」
その自己評価は置いておくとして、俺は俺で自分に娘がいた時に見せられないような振る舞いはしないというコンセプトで動いているつもりだ。
ラガシャが「こいつ、人として最低だな」と思わないような選択はしている。それが正解とは限らなくても意識としては大切だと思う。
「許可証その他の書類を発行するから、正式な教団の名前を教えなさい」
「はい、教団の名前は…………なんだろう?」
よく考えたら、そのあたりちゃんと決めてなかった。
「『完全無欠竜女教』とかにするのです。朕の偉大さが伝わるようにするのです」
この神の囁きは無視する。そういうやけに壮大な名前にすると廃れるのも早いんだよ。
「ラガシャ教ということでお願いいたします」
「わかったわ。ラガシャ教ね。ところで、そのラガシャ教ってどんな教義なの?」
「ええと……とくに教義らしきものはありません……。今のところ、制作中です……」
「えっ? 別に礼拝すると現世利益があるとかでもないんでしょう? かといって死後の救済を約束してるわけでもないのよね。じゃあ、なんて地元の人間たちは集まったの?」
俺はしばらく迷ったが、その間にナタタが答えた。
「最初に神官となったユートさんが盗賊を倒して町を救って、さらに武術大会で優勝したからっス」
そんなわけないと言いたかったけど、人気になった理由は本当にそれだと思う……!
こうしてラガシャ教は正式に認められた。
あとでラガシャが「朕の功績が何もないままなのが納得いかないです!」と怒っていたが、でも、別にお前が何か救ったとかじゃないからなあ……。




