20 神官、絶対に謁見じゃないと思う
娘が迷惑!?
何の話だろう……。霊だから、過去に後悔したことを誰にでも話し続けてるなんてこともあるかもしれないが……。
「娘というのは、今のアブネット家の当主、リリアンのことです」
霊がはっきりとそう言ってきた。ということは、この霊は当主の母親……?
そういえば、服装がいかにも高価なものだ。霊というのは、死んだから自由に服を変えますなんてことは普通はできないと思うので、生前もこれだけ高そうな服を着てたんだろう。
「あなた方は竜神の教えを復興した方ですね。とくに危険なこともないものなのに、教会が完成した日を狙って使用禁止を伝えるというのは底意地の悪いことだと思います」
(いえ、事前連絡をしてなかったこっちも非があるので……)
俺たちを案内している兵士もいるので口ではしゃべれない。まあ、テレパシーのようなものでコミュニケーションはできるので大丈夫だが。
「あら、まあ。死んでも美しいだなんて。ありがとうございます」
これ、どうやらナタタが褒めたっぽいな。俺とナタタの間では音にしないとやりとりがわからないので、やや不便である。
「娘は当主として育てられたのもあって、なかなかわがままで。それでも、心根は優しい子なんです。病気で臥せっていた私にも本当に優しくしてくれました」
(まあ、あなたのせいではありませんよ。それだけははっきりしています)
「そうです。悪いのは今の娘なのです。お前に罪を問うことはしないのです」
母親は娘を悪く言ってほしくないだろと思うが、こいつはそんなことで遠慮しないよな……。
「娘は本当にいい子なんです。どうかそのことを覚えておいてください」
そこで霊は去っていった。
ああやって残っているということは、娘のことが気がかりなんだろう。
「着いたぞ。この部屋が待合室だ。勝手に出歩かないようにな」
兵士が俺たちを振り返って、変な顔をした。
「もっと多くの気配があった気がしたんだが、ユート、ナタタ二人の神官だけだよな……」
ラガシャもさっきの霊もいたせいだな。
待合室で待っている間、俺は何を話すかのシミュレーションをしていた。
「いえ、あくまでも滝の周辺で素朴に信じられていたものを復興しただけで、急に出てきた邪教などではありません。むしろ、古来から民が信じていたもので――うん、悪くない」
「いいっス、いいっス。これなら理解してもらえるはずっス」
俺も手ごたえはあった。そもそも、領主なんてぶっ潰せとか、現世の偉い奴なんてかりそめの存在だみたいな教義があるわけじゃないので、別に領主の害悪にもならない。まあ、税金を払うみたいな取り決めはしなきゃいけないかもだが。
そして、ついに俺たちの番が来た。また別の兵士が俺たちを呼ぶ。
「ユート、ナタタの神官二人はついてくるように」
案内されたのは窓も何もない小部屋だった。
「あれ? 何もないっスね。目の前も木の壁っス」
だが、兵士は何も言わずに部屋から出ていった。カギが閉められたような音もする。
ほぼ同時に前の壁がゆっくりと上がっていく。木のシャッターだったらしい。謁見ってこんな変な趣向で行うものか?
シャッターが上がった先には重装備の金属鎧の兵士と巨体のクマが立っていた。
「な、何だ、これ!」
明らかに謁見じゃない。これじゃコロシアムの賭博試合じゃないか!
と、奥の高い席にいかにも金持ちが着そうなドレスの少女が座っていた。
「ふふふふふっ! あなたたち、武術大会ではいい成績を収めたそうね。その力、ぜひここでも見せてちょうだい!」
間違いない。あいつがここの領主、リリアンだ。
「剣士と武道家、それぞれにいい対戦相手を用意したわ。ぞれぞれそちらが勝てたら、滝の教会の許可、考えてあげなくもないわよ」
すっげー嫌な奴! 絵に描いたような暴君!
と、俺の横にまた暴君の母親の霊が立っていた。
「ご迷惑をおかけいたします。でも、あの子は決して悪い子じゃないんです……」
(いえ、お言葉ですが、けっこう悪い子ですよ。あなたはしつけとか教える前に死んでるから責任はないと思いますけど、悪い子なのは事実ですよ)
これから見世物やらされるぐらいだから、文句は言うぞ。
「あ~、これはヤバいっス」
ぽりぽり頭をかきながらナタタが言った。こんな場面でも緊張感はない。
「あの剣士、そんな強敵ってことか?」
「いえ、あの剣士の安全面がヤバいっス」
どういうことだと質問しようとした時には――
クマが近くにいた剣士を吹き飛ばしていた。
「俺はアブネット伯爵家に仕える剣士の中でも最強の――――ぶぐほっ! ぶべえっ!」
思いっきり仲間割れしてる!
「クマの調教が足りなかったわね。誰彼構わず攻撃しちゃう」
上で見物しているリリアンもしまったという顔をしていた。
おいおい、これどうするんだよ……。
「神をもてあそぶから罰が当たったのです」
ラガシャが当然だという顔をしている。
いや、これから俺も戦わないといけないんだけど。
「ユートなら楽勝も楽勝なのです。昼寝してても勝てるのです」
それは言い過ぎだろと思うが、ラガシャはやけに信頼してるぞという顔でこっちを見ていた。
こんな顔で見つめられたら行ってくるしかないか。神が神官に任せたという顔をしているわけなんだから。
「よし、任せろ。俺が終わらせてやる」
クマは本来、俺の担当のはずだしな。ここは俺の出番だ。
「グワワワアアアアアッ!」
クマが腕を振り上げてこちらに迫ってくる。どこから調達してきたのか知らないが、ずいぶん乱暴な奴だ。
ある意味、自分の力を示すのにはちょうどいい。
地面を蹴って、敵のふところに入る。
そして、アゴを狙って、拳を突き上げる。
はっきりと「入った」と感じた。
少しクマの巨体が浮いた感覚があった。
そこを俺は思いきり押す。
クマの体が床に沈んでいく。
そこにそのまま俺は膝立ちでクマの体に飛び乗る。
「ああ、アゴを突き上げた時点で気絶してるな。追撃は不要か」
クマは起き上がってこない。ひるんでるというより、のびている。
リリアンのほかの観客数人が「おお!」「すごいわ!」と声を上げて手を叩いた。取り巻きみたいな連中だろう。
褒めてもらえるのはいいんだが、リリアンの母親の霊が疲れた顔をしているのが見えた。
これは俺たちがちょっと教育してやったほうがいいかな。
それが見えてしまうものの責務だ。




