2 治癒師、やっぱり追放される
拠点としているコビルタの町の中でも格式が高いとされているレストランに俺たちパーティーは入った。
「こんないい店、使うんですか。気前がいいですね」
女剣士のランカは嬉しそうに店内の内装に見入っている。安酒場とは格が違うのは明らかだ。安酒場なんてそもそも壁に穴が空いてるところ、何箇所もあるからな。
同じように、魔法使いのリジェも子羊がどうとかここは子ウサギがどうとかメインディッシュの話をしている。
一方でリーダーのマークスと盗賊のカインはほとんど口を開いていない。当然、俺ともろくに口を聞かない。息が詰まりそうだと俺は感じた。
席は円卓で、俺の両側は女性陣二人だ。なんとなく、マークスが俺を監視するために少し離れた場所を選んだように感じた。
そして、話は食事のメインディッシュがおおかた空になった頃に出た。
「ユート、お前はこのクラン【ガーゴイルの眼】から出ていってくれ」
マークスが淡々と言った。一応、俺の目は見てくれていた。
なんとなくわかってはいた。これまでも霊の話は嫌がられていたが、今日は愛想を尽かされた感覚があった。
「理由はわかるよな。お前は命懸けの場で霊がどうとか言い出した。こんなメシの席ならいいけど、戦闘中は冗談じゃ済まねえんだ。リーダーとしてこれ以上、お前を置いておくのはリスクだと判断した」
「理由は察しがついてた。でも、変に思われるリスクを恐れて、マークスが死ぬかもしれない選択はできないだろ?」
平行線になるのはわかっていた。
なぜなら、霊は霊感の強すぎる俺しか見えないからだ。
盗賊のカインがため息を吐いた。
「ユート、お前の世界では霊が見えるんだな。それは別にいいぜ。けどよ、俺たちの世界では霊は見えねえんだ。だから話が通じねえんだよ。コミュニケーションってやつ? それがクランの中でできねえのは無理ってことだよ。霊を信じてる奴らのクランに入ったほうがいいぜ」
取りつく島がないってやつだ。
これは思想の違いだ。
能力の問題とかじゃない。思想の違いだ。だったら一緒にやるのは難しい。それはそうだ。
「盗賊の俺からしたら、ユートのほうに霊がついていきなりマークスを叩いたように見えたぞ。少なくとも、いきなり叩いてくるかもしれねえ回復担当なんて仲間には置けねえよ」
その言葉は決定的だった。
そうなのだ。信頼関係が維持できない。
いきなり殴ってくるかもしれない味方なんて、誰も近くに置いておけない。
「え~? 私はユート、いい奴だと思うよ。治癒魔法のかけ方も丁寧だし。回復量が一緒でも雑な奴はなんか回復しきってない気がするんだよね」
リジェがフォローを入れてくれた。その一言だけで救われる。
「わたしも……自分のミスでケガしたところを何度もユートさんの治癒魔法で助けてもらったので……ユートさんを追放するっていうのは残念です」
女剣士のランカもそう言ってくれた。ありがとうな。
でも、その言葉もちょっとしたフォローという感じだった。
いわば、トラブル起こしたあいつも、こんないいところはあったよな――みたいな。
俺自身もよくわかっていた。
ここにはいられない。
マークスが俺に向けて何かを放り投げた。
金の入った布の袋だ。10万ゴールドの金貨が三枚入っている。これだけで二か月は食っていける。
「手切れ金だ。別にお前が自分の信じる神に祈りを捧げるのは否定しないが、戦闘中に変な話をされるのは困るんだ。出ていってくれ」
出ていきたくないと主張したところで、ここまで空気が悪くなったらどうにもならない。まさに居場所がないってことだ。
「わかった。これまで一緒にやってくれてありがとな」
メインディッシュの後にデザートも出てくるらしいが、俺は店を出た。霊が全然いないので落ち着けるいい店だったんだけどな。
◇
翌日、俺は長く拠点にしていたコビルタの町を旅立った。
コビルタは巨大な都市で、冒険者の仕事も多い。でも、ここにじっとしていれば、確実にクラン【ガーゴイルの眼】のメンバーと顔を合わせることになる。それ以外にも【ガーゴイルの眼】をよく知っている冒険者たちにもじろじろ見られることになる。
俺に悪い印象がない連中でも俺を仕事に誘いづらいだろう。俺が活躍したらしたで【ガーゴイルの眼】への当てつけみたいになるし。
人間関係のトラブルは勘弁してほしい。霊にじろじろ見られるのよりきついかもしれない。
霊感が強いからといって、俺だってそれを誰彼構わず話そうとは思わない。人が望んでもない話をずっと続けたら、それは異常者だ。
でも、一部の霊っていうのは生きている人間にも干渉する。
呪い殺してくる霊なんてのは特例中の特例だが、人間の服や足を引っ張るぐらいはたまにある。短時間だけ憑依する奴もいる。
これが全然違う職業だったら、波風を立てるようなことは言わずに済んだ。
でも、戦闘中に体が重くなればそれが致命傷になりかねない。まさか見殺しにすることもできないから、俺はこれまでも憑いてることを指摘するしかなかった。
で、ついに憑いた霊を外すためにマークスを叩くという強硬手段に出てしまった。
マークスも霊も驚いたことで、意志の弱い霊は外れてくれたが――まあ、いきなり叩いた奴を信用してくれる奴はいないよな。
幸い路銀はあるし、俺はとぼとぼと北の街道に進路を取った。春先だから雪も残ってないだろう。
大陸のこのあたりは南部の東西は人口が多い都市が並んでいる。
一方で北側に向かうと人口は激減する。理由は明らかで、冬に吹雪くこともあるエリアだからだ。冒険者の数も当然少ない。
冒険者の数が少ないなら、俺のことを知ってる奴もいない。新たなコミュニティに入るにしてもちょうどいいだろう。
いくつかの小さな宿場町を超えて、数日、北へと向かって歩いた。
宿場町の宿は慎重に選定した。というのも――
「では、お客様、こちらのお部屋はいかがでしょうか?」
「あっ……ちょっとこの部屋はぞわっとするので、できれば別の部屋に……。あの~、この部屋、何か事件とか起きてませんか?」
宿の店員の顔が露骨に変わった。これは霊感に関係なく誰でも気づく。
「えっ! ど、どうして、それを……。実はこの部屋、カップルが宿泊していたのですが、男性客の浮気を女性客が知りまして……ナイフでざくっと……」
俺の視界には頭を下げている霊がおぼろげに浮かんでいた。どうやら謝罪しているようだ。なんで浮気をしてしまったんだと後悔しているんだろうな。
過ぎちゃったことはしょうがないだろ。ここに立ち止まらずに再出発しろよ。
「あっ、お客様、ではこちらの部屋はいかがでしょうか……?」
次に店員に案内された部屋はベッドの下に何かがうごめいていた。
クハァ~、クハァ~とちょっと魔物みたいな声まであげている。
「あの……この部屋でも何かありましたよね? むしろ、何があったんですか?」
「あっ! そうだ! この部屋は魔物使いが魔物を折檻中に殺してしまったという事件があって……」
「なんで、そんな事件ばかりあるんですか! 普通の部屋にしてください!」
「すみません……。伝統のある宿でして、長い年月の間にいろんなことがあるんですよね……」
結局、三部屋目でようやく落ち着いた。
見えすぎるのも考え物だよな……。ここまで見えすぎると、どう考えてもメリットよりデメリットのほうが大きい……。さすがに日常生活で困るほど見えるわけではないが、宿のような特定の場所にはやたらと霊がいるのだ。
で、翌日、街道といっても利用者も少ない荒れ気味の峠道を進んでいたところだった。
墓石にしては大きい石碑が建っていた。
基本的には細長い板のようなものなんだが、上部はカールしている。
「なんだ、これ。墓にしては明らかに立派すぎるよな……」
治癒師なので、文字は読める。石碑に何が彫ってあるか確認してみる。いくらでも寄り道できるのが一人旅の利点だな。
「『竜神ラガシャ様を讃える碑』って書いてるな。……全然聞いたことない神名だな」
神というのは全国的な教団を持ってるもの以外にも、地域密着の小規模な信仰圏のものが無数にある。おそらくそのうちの一つだろう。
「『この先の瞑想の滝で、隠者が修行していると、ラガシャ様が現れ、お前に誰にも負けない力を与えようとおっしゃった』か。ああ、いかにも狭い信仰だな」
山とか滝とかをそのまま「ご神体」にする教団は原始的すぎるのかあまりないが、山や滝に神が現れたと主張するところは多い。そりゃ、町のど真ん中で突如神が出てきても違和感しかないし、神もどうせなら神秘的な場所に現れたいんだろう。
「竜神はどうでもいいけど、滝のほうはちょっと見たいな」
どうせ、のんびりした気ままな一人旅だ。寄り道をして、観光名所でも楽しんでやろう。前のクランだと、観光とかに興味がある奴は誰もいなくて、遠征の時も寄れなかった。
俺はその先の三叉路をさらに細い道のほうへ進んだ。滝のほうへ向かうぐらいだから道はさらに細く、険しくなるが、近くを谷川が流れる音がするから、そこまで遠くはないはずだ。
「いっそ自主的に滝行でもして、神官になれませんかとどっかの教団の門でも叩くってのもアリかな。神官のほうが安定してるしな」
冒険者をやってるのは、親も死んでいるし親戚の世話になり続けるのも気が引けたから、早く独立したかったためだ。貯金はさほど多くないが、冒険者をやって十年、もう独立はできているし、今年で二十六歳。今ならまだ新しい人生を始められなくもない。
そんなことを考えながら歩いていると、瞑想の滝に着いた。
ちょろちょろと山肌から水がしたたっている。
というか、山肌を濡らしているといったほうが事実に近い。
「しょぼすぎる!」
つい本音が漏れた。
これのどこが滝だ。まあ、「水が高いところから落ちてきてる場所」と解釈すれば、滝ではあるんだけど、誰がこれをいちいち見たいんだとは思う。
「時間の無駄だったな……」
ここに来るまで坂道を歩いたし、数分休憩してから戻るかと思ったその時――
近くで足を崩して座り込んでいる女の子がいた。手で頭を抱えている。
「はぁ……またしょぼいって言われましたです……」
女の子がため息を吐く。見た目は七歳ぐらいか。教団の巫女や女神官が着るような、庶民よりははるかにいい仕立ての服を着ている。
耳の左右に髪を少し垂らしたような髪型で、それもちょっとだけ巫女っぽい雰囲気がある。
まさか、竜神ラガシャの教団ってまだ存続してるのか?
地域密着なら、村落の数世帯だけで細々と祭りをやってるなんてこともありえる。きれいな服を着てるし、飢えて行き場がないってこともなさそうだ。
「ねえ、君、ラガシャって竜神について何か知ってる?」
俺はできるだけ優しい声で話しかけた。魔法関係の職業だし、見た目がいかついキャラじゃないけど、子供からしたら肩が張ってない男もコワモテの男もどっちも不気味だろう。
「…………えっ?」
女の子は、ぽかんとした顔をした。やはり、怖がらせてしまったか。観光客なんてほぼ来ない場所だからか?
「あの、龍神について何か知らない? 知らないんだったらいいんだけど」
「うわ……わわわわわっ! わああああああっ! おあああああああっ!」
驚きすぎ! いくらなんでも驚きすぎだって! 一般人が急に霊を見てもここまでリアクションとらないぞ!
その女の子は近くの岩壁のあたりまで移動した。
「あ、あなた、もしかして、朕のこと見えてるですか!?」
「朕って国王ぐらいしか使わない一人称だぞ! 親、どんな教育してるんだよ!」
「朕に親なんていません」
あっ、親が早くに死んだ子か。しまった、両親を子供の頃に亡くした俺としたことがデリカシーがなさすぎた。
「朕は神ですからね。はっきりした親はわからないのです」
「あっ? 神?」
「朕こそ竜神ラガシャなのです」
自慢するようにその子は両手を高々と掲げた。
それではっきりと気づいた。
その子の頭には二本の角が生えている。
少なくとも、一般的な人間ではない。
「むしろ、人間、あなたこそなんで朕の姿が見えるのですか?」
あれ、もしかして、俺、見てはいけないものを見てしまったのか?
本日、もう1回更新します!




